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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第三章 全ての秘密が明かされる時
92/122

16.私のちょっとだけ間抜けで素敵な王子様

 





 嘘だろう、嘘だと言ってくれよ。アーノルドさん。泣き出しそうな思いで血の出た腹を押さえ、目の前のそっくりさんを見つめる。レイラちゃんと同じ顔をしていた。ああ、懐かしいな。会いたいな。いつもの紺碧色制服を着ている。



「何で……何でそんなことを? どうして何で」

「君を死なせたくないからだろうね……じっとしてて、怪我を治すから」

「俺だって戦えるのに……何でどうして、勝手なことばかりして」

「う─ん。その言葉、そっくりそのまま返すよ? 戦争の英雄君? でも、ごめんね~? ほら、お願いされちゃったからさ~? アーノルド君にさぁ~」

「頼む。この足枷と手錠を解いてくれ……」



 怪我も治ったんだ、戦える。それなのにレイラちゃんと同じ紫色の瞳を細めて、妖艶に笑うだけ。ここは研究室の廊下で、俺の手足には金属製の枷がはめられていた。ああ、どうして。何で。



「死んで欲しくないって思うのは。俺だって同じだろうが……!!」

「でもさ? 君はレイラだけ死ななかったらそれでいいんだよね?」

「そんな訳あるかよ……俺は今まで沢山、あの人に散々迷惑と心配をかけてきたのに?」

「あ、一応自覚はあるんだ? ……酷かったよ、アーノルド。君がいない間」

「だろうな……俺、あの手を取れなかった」



 思い出すのはあの日、全てが変わってしまったあの日。いや、全てが最悪へと向かおうとしていたあの日。どうやってここまで来たのか、列車の扉を開けて言う。



『アンバー……いや、エディ』

『アーノルドさん!? 一体どうしてここに……』



 銀灰色の瞳に涙を滲ませ、向かいの席に座る。冬の陽射しがその銀髪を照らしていた。驚くほど穏やかだった、これから血と砂塵にまみれた日々が始まるというのに。



『エディ……逃げよう。もう。お前は兄さんとキースさんのところに行くべきだ。俺とガイルさんが手引きして、』

『逃げません。すみません……せっかく、来て頂いたのに。ここまで』



 女王陛下は優しい人なんだろうか。ここまで来れるだなんて。それか、アーノルドさんがハーヴェイおじさんの息子だからだろうか。頭を下げると、切らなかった赤髪がさらりと揺れ動いた。彼女が綺麗だって言ってくれたから伸ばすんだ、俺。彼女が綺麗だって言ってくれたから、この赤髪を。



『申し訳ありません。俺は戦場に行きます。生きて帰ってきます。だからその時はまた────……』

『分かっているのかよ!? お前! アンバー! いや、エディ! 戦争だぞ!? 頑張ったって努力したって全部全部無駄なんだぞ!? それに……怖がりのくせに! レイラの過去の話をしただけでお前は、』

『それでも俺は逃げません! すみません、すみません! アーノルドさん……!! せっかくここまで来て頂いたのに……』

『アンバー、アンバー……』



 あの時の死にそうな声がまだ耳にこびりついている。ああ、申し訳ない。



「でも、あの手を取る訳には行かなかったんだ……俺は戦争を勝利へと導くキーパーソンで、開戦派の貴族達は全員喜んでいたって、そう聞く……」

「だね。あそこで彼の手を君が取れば、キャンベル男爵家は何かと危うい立場に立たされていただろうね……」

「あの人を守ることにも繫がると思ったんだ。アーノルドさんを、俺が守れるんだって……シシィちゃんだって、イザベラおばさんだって……」



 記憶を失くしたという俺に、本当に優しくしてくれた。思い出すのは雪を見てはしゃぐ彼女の顔。遠くて優しい日々、それらを思い返すと涙が滲んできた。愛おしくて愛おしくて、安らかな日々。ああ、あの時は叔父上も叔母上も生きていたのに。生きて、穏やかに国を治めていたのに。



『エディ。お前は王家の恥さらしだ』



 ああ、叔父上。いっそ俺のことを口汚く罵ってくれたら良かったのに!



 泣き叫ぶ民衆にも怯まず毅然(きぜん)と立って、粛々と頭を下げて俺が剣を振り下ろすのを待っていた。処刑台へと向かう直前、俺の心を折ったのは一体どうしてですか? いいや、聞くまでもない。分かっている。俺への復讐だったんだ、あれは。



「叔父上、叔母上……なぁ、そっくりさん。解いてくれよ、これ」

「解かない。万が一君が怪我をしたら、のっぴきならない状況になったら。エディだけでも逃がしてくれって頼まれているんでね……大丈夫だよ、向こうにはガイルもいるから。君の可愛い狼君がさ?」

「嫌だ、怖い……もしもアーノルドさんに何かあったら? 彼女に合わせる顔が無い……!!」

「君は何でも守ろうとしすぎだよ……少し眠るといい。アーノルドだってそれを望んでいる」

「嫌だ……嫌だ」



 眠るのは怖い。叔母上と叔父上の夢を見そうだから。



(ああ、どうしてだろうな? 何でもない時の穏やかな夢が、一番苦しいんだ……)



 生まれて初めて夜会に参加して、うっかりカフスボタンを落としてしまった時のこととか。叔父上が酒を飲んで、琥珀色の瞳を細めてこっちを見ていた時のこととか。ああ、どうしてなんだろうな。そんなことばかりが胸を抉ってくるんだから────……。















「アーノルド坊や。どうする? やめるか? 一旦立て直すか?」

「いや……ああ、いつからそう呼んでますっけ? 俺のこと」

「お前がエディ坊やを守ると決めたその日からだ。飲んどけ、これ」

「っぐ、何だ? 臭い……」

「よく効く。……俺の友人が作ったものでな」



 木の皮とジンジャーを煮詰めたような味がする。そのまろやかな液体を飲むと、舌先がぴりっと熱くなった。喉を通って胃を熱く満たし、戦う気力がふつふつと湧いて出てくる。ガイルの手からその瓶を受け取って一気に飲み干し、口元を拭った。よし、いける。戦える。



「あいつの首。落とせませんかね?」

「無理だろうな、おそろしく硬い。あの毛皮が一番厄介だな……魔術が通らない。来るぞ、多分」

「備えるか……くそっ、勿体ぶりやがって」



 狭い廊下の曲がり角から、ふしゅーっ、ふしゅーっと生臭い息を吐き出す音が響いてくる。先程出した剣を握り締めると、ぬるりと滑り落ちていった。血だ、血が付いている。黒い袖で拭き、また持ち直す。あと数分あれば完璧に乾いただろうに。下らないことを考えつつ、術語を組み立てる。するとらんらんと赤い両目を輝かせた白虎がひょっこりと顔を出し、歪んだ笑みを浮かべ、がぱぁっと口を開けて襲いかかってきた。



「残念。フェイクだ。こっちだよ、バーカ」

「煽るようなことを言うなって、アーノルド坊や」



 驚く白虎の背後に立ち、床から巨大な剣を生み出してどっとその腹を突き刺す。するとその体が見る見る内に小さくなり、怪我をした裸の男が現れた。ナイチンゲールがふわりと白衣を手の中に生み出し、優雅に羽織る。



「あー、あー。いって、ちょっとだけ刺さったかも。今のは」

「おいおい、おいおい……いくら何でもそりゃないだろ、ナイチンゲールさんよ」

「あー、ごめんねー? 俺さ、ちょっとばっかし丈夫なんだよねっと!!」



 のこぎりのような剣を生み出して振りかぶり、こちらへと襲いかかってきた瞬間、隣に立っていたガイルがざぁっと大きな狼姿となって飛びかかり、その腕に噛み付く。ナイチンゲールが舌打ちをしてガイルの腹を蹴り飛ばしたので、その隙に剣を振るって片腕を一本切り落とす。それなのにぎらりと赤が散った黒い瞳を輝かせ、こちらの首をがっと掴んで締め上げてくる。



「っぐ! この化けもんが!」

「死ね、アーノルド。鬱陶しいな、本当に」

「そうはさせるかよ、くそったれが!!」



 人の姿に戻ったガイルがナイチンゲールを蹴り飛ばしたが、すぐさま床に両手を突いてにやりと笑う。再生速度が半端ない。何故切ってもすぐにまた生えてくるんだ!? そしてまた白衣を膨らませ、巨大な白虎へと変身する。ああ、切りが無いな。本当に。そう考えている間にも、大きく口を開けて迫ってくる。するとガイルが「させるかよ!」と叫んで横から飛び出してきた。



 ああ、またか。俺はまたあの時のように無力な存在なのか。



「そんな筈は無いだろ、アーノルド! くそっ!!」



 もう俺は十八歳のガキなんかじゃない。あの時のように、見送るばかりの無力な存在なんかじゃないんだ!



 咄嗟にガイルの肩を掴んで引き寄せ、閃光を生み出して目玉にぶつける。眩い光が炸裂した後、けたたましい咆哮が上がった。いくつかの素晴らしい術語を組み立てて唱える。とっておきの術語。きっとこの後、俺は気絶する。



「その前足はか弱く、時はお前をかつての姿へと戻す! いい加減にしろよ、このクソ白虎が!」

「きゃうんっ!?」



 驚いた顔の白虎がしゅるしゅるしゅる、と縮んで呆然と座り込んだ。それまで木の幹の太さほどあった両足はふわふわとした毛を生やして細くなり、その赤く輝いていた両目は円らな黒い瞳となっている。良かった、上手くいって。自分の身に何が起きたか分からないといった様子で、しきりに首を傾げていた。



「おい、これはまさか赤ん坊に戻って……アーノルド坊や!? 大丈夫か!?」

「っああ、流石に。巻き戻し系の魔術は辛いな……でも」



 指を振ってその魔術を固定し、両目を閉じる。ああ、良かった。今度はちゃんと守れた。ガイルが頭上で呆れたように溜め息を吐き、黒い帽子を被り直す。



「よくやった、アーノルド坊や。後は俺に全部任せて寝ろ……エディ坊やを迎えに行くか」

「小型犬……サイズになったとは言えども危ないだろうから。そいつ」

「大丈夫だ。今、拗ねて後ろ足を舐めているから。中身も子犬になったんじゃないのか? そいつ」

「ああ、かもな……どうだったっけな。よく思い出せない……」



 ガイルにもたれたまま、薄っすら目を開けてみると確かに後ろ足を抱え込んで、しゃぶしゃぶと舐めていた。いいのか、それでお前。ナイチンゲール……。



「レイラは、レイラは?」

「それも後で、俺とエディ坊やが確認に行く……いや、この施設から抜け出すのが先か? いざとなったらキースを呼ぼう。気にせずに眠れ、アーノルド坊や。お疲れさん」

「俺、守れたかな。今度はエディのことをちゃんと……」



 ガイルがこちらの肩を支え、ふっと笑う。手も足も鉛のように重たくて熱い。眠い、腹が減った。エディじゃあるまいしと、自分で自分の考えを笑い飛ばす。



「……ああ、守れたよ。しかも今度は命まで救えた。今も昔もお前はエディ坊やを救っている」

「嘘だ……俺は何も出来なかった。無力だ……」

「あの手紙だって生きる原動力になっていた。ありがとさん、アーノルド坊や。だからエディ坊やは最後まで戦えたんだよ……」




 いいや、違う。本心も混じっていた。



(心のどこかでエディが死ねばいいと、少しだけ思っていた……)



 レイラ、レイラ。何も知らずに俺に笑いかけてくる。好きになるだけ無駄だったのに。でも、エディが死ねば手に入るかもしれないと、堂々と夫として隣に立つことが出来るのかもしれないと。



「ほんの少しだけ、そう思ってしまったんだ……俺、謝らないと。エディに」

「そうだな。とにかく休め。まったく、お前らは本当に手のかかる……」



 眠りに落ちる寸前、ガイルが聞き取れないほど小さな声で囁いた。



「なぁ? あの時、俺達はどうすれば良かったと思う……? 答えが出ないんだ、まだ。お前はどう思う? アーノルド坊や……後悔、してるか?」



 ああ、確かにどうすれば良かったんだろう。あの時のことを考えると泣き出しそうになるんだ。自分がただの無力なガキで、戦争なんか止めれないって理解してしまったから。過去の自分に思いを馳せていると、ガイルが俺をひょいっと横抱きにする。有名な彫刻みたいになってんだろうなと考え、また笑う。



「後悔? どうなんだ? ガイルさんは……」

「俺は……よく分からない。ただそうだな、ただただ、ハーヴェイとレイラ嬢が恨めしい……」

「逆恨みだろ、それは……レイラは何も悪くない。悪いのは全部父上だ……」



 ガイルが黙り込む。ああ、そうだよな。父上が完璧に悪い訳じゃないから。エドモンさんさえ生きていてくれれば、きっとここまで捩れなかったんだろうに。いや、でも、そうなるとエディが死んでいたか。



「なぁ……答えなんて出ないよ、一生。ずっと。それでも生きていくしかないだろ? ガイルさん。こうやってさ、ずっとずっと……」

「そうだな……そうだな」



 失ったものは大きい。エディも俺も、レイラも。そのことを考えると胸が苦しくなった。でもきっと、数日休んだらいつものデスクに座って仕事をしている。どっかで何かを諦めなきゃ駄目なんだ、俺は。そんなことを考えて両目を閉じ、体からふっと力を抜く。



「ありがとう、ガイル。おやすみ……後は任せた」

「ああ、おやすみ。アーノルド坊や。ゆっくり休め……」



















「しくじったよ、まさか。ハーヴェイ、前から俺のことを疑っていただなんて……」

「そうか。命だけは助けてやろうと思ったんだが、いらないか。目玉だけを残して死ぬか、ルドルフ・バーンズ?」

「っは、余裕だな。本当に……」



 ハーヴェイがすぐ目の前で煙草型の魔術補助道具を吸って、ふーっと気怠げに白い煙を吐き出した。魔力の塊であるそれらを阻むシールドでも張ってあるのか、目の前で消えていくが。



「さて、どうする? お得意の操る魔術も使えないな?」

「目的を言え、ルドルフ。まさか本当にレイラに惚れて、今回の裏切りを計画したと?」

「さぁ、どうなんだろうな……少なくとも学生時代。あの時が一番幸せだった……妻に、知られなきゃ良かったのかもしれないな。メルーディス嬢が好きだったてことを」

「お前のことだからどーせ、メルーディスの写真でも隠し持っていたんだろう? しつこいな、死ねばいいのに。本当」

「嘘が吐けないお前にとって、エドモンは光だったんだろうな? 俺も似たようなもんだよ、ハーヴェイ。どうでもいい人間ばかりがうようよと集まって話しかけてくる中で、彼女だけが輝いて見えた。信じられるか? 俺は今の今まで、誰にも興味を抱けなかったと言うのに……!!」



 気持ちが昂って(たかぶ)しまったのか、私の首元にナイフを押し付けて声を張り上げる。ちりりと、燃えるような痛みが少しだけ走った。おそろしい、怖い。このまま殺されてしまうんだろうか、私は。目の前に立ったハーヴェイは冷静そのもので、銀灰色の瞳を暗くさせてルドルフを射抜いている。ぞっとするような仄暗い怒りと殺意を(たぎ)らせていた。爆発寸前の火山みたいだ、怖い。



「あと一本。傷を入れたらお前の首を跳ね飛ばす。どうしても我慢出来ない場合は殺してもいいと、優しい女王陛下がそう仰ってくれたのでね」

「それはそれは……流石だな。お前のようなキチガイを上手く操っている。かつてのエドモンのようにな」

「俺を怒らせようと思ったって無駄だぞ、ルドルフ……そうだな、レイラを殺したら流石の俺も取り乱すんだろうが」

「ああ、嫌な男だよ。お前は本当にまったく……!!」



 その苦しそうな声を聞いて確信する。私を殺せないんだ、この人。先程から両手も小刻みに震えている。ちりりと、ナイフの刃が首に当たるからやめて欲しいんだけど。



「ねぇ、ルドルフさん……もうやめて貰えませんか? 何もかも」

「レイラ嬢……君はあのアーノルドと結婚するつもりなのかもしれない。だが、本当に結婚するべきは、」

「やめろ、ルドルフ! てめぇ……!! 今すぐ殺してやろうか!?」

「流石のお前も冷静でいられないか? 怖いんだろう? レイラ嬢に知られて嫌われるのがさ!?」



 くっきりとその顔に恐怖が浮かぶ。ハーヴェイが銀灰色の瞳を見開いて、食い入るように私を見つめていた。



「ハーヴェイおじ様……お父様。私は、」

「おっと、駄目だよ。レイラ嬢。ここでこの男を喜ばすようなことを言っちゃ」

「やだ……!! 気持ち悪い、やめて……」



 こちらを強く抱き寄せて、首筋にキスをしてくる。それでも、ナイフの刃は首に押し当てたままだ。ハーヴェイが殺気立って足を一歩踏み出すと、「おっと!」と言ってまた一歩下がってゆく。先程からこの繰り返しだ。切りが無い。



「ルドルフさん……お願い、やめて」

「死んだメルーディス嬢はどう思っているんだろう? 一体。振るにしてもせめて、言葉を選べば良かったのに……」

「復讐のつもりか? ルドルフ。下らない」

「いいや、俺も彼女の手にかかって死にたいんだ。メルーディスと同じ死に方がしたい」

「まさか、お前……!! おい、やめろ! 嘘だろ!? ダイアナ! 戻ってきてくれ、今すぐ!!」



 ばっとナイフを投げ捨て、私の口に無理矢理瓶を突っ込んで何かを飲ませる。思わずそれを飲み干すと、ちかちかと火花が散った。心臓が馬鹿みたいに熱くなってどくどくと鳴り響いて、血管の中を何かが駆け巡る。ああ、これはもしかして。



「てめぇ……!! ダイアナ! ダイアナ!」

「無駄だよ、俺の人外者が足止めをしているから……ごめんな、謝らないと。あいつに。スウェッペンに」



 床に両手を突いてから、胸元を押さえた私の頭を掴み、無理矢理持ち上げて顔を覗き込む。狂気に満ちた茶色い瞳を細め、低く笑った。



「さぁ、レイラ嬢。魔力を暴走させるんだ、ここに銀等級の人外者はいない……」

「レイラ! 絶対に絶対にお前のせいなんかじゃない……どの道そいつは俺が殺す予定だった! 何も気にするな!」

「さすがだな、ハーヴェイ。ここで確かにお前が死んだら、レイラ嬢は二度と立ち直れないだろうよ……!!」



 ハーヴェイが暴発に巻き込まれないよう、部屋の隅に避難している。ああ、良かった。お母様もそうしてくれたら良かったのに。朦朧とそんなことを考えていると、誰かが私を押し倒してネグリジェを引き裂いた。ハーヴェイが「どこまで狂ってるんだよ、お前は! 殺してやる!!」と叫んで走った。ような気がする。きっと取り乱していて、魔術が使えないんだろう。



「駄目! お願い! 来ないで、ハーヴェイおじ様! 私にもう一度お父様を殺せと!? 出来ない、やめて!」

「レイラ、しかし!!」



 声を張り上げると、私を押し倒しているルドルフ・バーンズが笑った。



「さぁ、暴発するまでまだ時間はある……正確な時間を教えるつもりは微塵も無いが」

「狂ってるだろ、お前。このロリコンの異常者め……!!」

「何とでも言え、ハーヴェイ。生きていたって無駄なんだ、俺は。ああ、レイラ嬢……どれほどこの時を待ち侘びたか。俺を殺してくれ……その手で。愛しいメルーディスを殺した時と同じように」



 ああ、付き纏って離れてはくれない。ぎゅっと両目をつむってその両手首を掴み、暴れると低く笑って身を屈めてきた。



「レイラ嬢。いいだろう? 死ぬ前にぐらい、ちょっとだけ……」

「あーっと、ケツが痛い! 着地するとこ、間違えたんじゃないのか!? ガイル!」

「うるせぇよ、魔力が足りねぇんだ。耐えろ」

「エディ、さん?」

「なっ……」



 倒れた私のすぐ傍に、エディが降って来た。そしてエディの後ろに立っているであろうガイルが「んあ? 丁度良かった、レイラ嬢。その魔力、吸い取っとくな~」と言って手をかざし、熱い魔力を吸い込んでゆく。私の胸元を握り締めていたルドルフが「嘘だろ……」と呟いた瞬間、エディが立ち上がってその体を蹴り飛ばす。



「おいおい、気持ち悪いおっさんが!! レイラちゃんの服を脱がしてもいいのは俺だけだっての!」

「エディさん! 良かった、生きてた……」

「よし、よくやった! エディ・ハルフォード! デートの一回ぐらいは許してやろう、デートの一回ぐらいは!!」



 ハーヴェイが嬉々として吹っ飛んだルドルフを捕まえ、胸倉を掴んでばきっと殴ってから「さぁ、お前はこれからたっぷり拷問してやんよ。大丈夫だ、骨のヒビから打撲から何もかも治癒魔術で一瞬で治してやるからな?」と低い声で話しかけている。



 呆然としているとエディが毛布を取り出して、ふわりとかけてくれた。その優しげな淡い琥珀色の瞳を見つめ、涙腺が緩む。ばっと腕の中に飛び込むと、笑って抱き締めてくれた。



「エディさん……!! 良かった、良かった!!」

「レイラちゃん……間に合ったみたいで良かったよ。何かよく分からなかったけど……色々。生物兵器とか子犬のナイチンゲールとか」

「子犬? ナイチンゲール……?」



 疑問に思って離れようとすると、「やだ、このままがいい!」と呟かれて胸がきゅんとしてしまう。でも多分、少し離れた場所ではハーヴェイがルドルフを殴っているんだろうけど。骨と骨が当たる、凄まじい音が響いてくるから。



「レイラちゃん……良かった、本当に。無事で」

「はい、ありがとうございます……ちょっと間抜けな王子様感があって、可愛かったです」

「ちょっと間抜けな王子様感……そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ~」

「でも、エディさんらしくて素敵でした……惚れ直しました。ときめいちゃいました……」

「あれ? 俺へのリップサービス? それとも、んっ」



 ハーヴェイは今、ルドルフを殴るのに夢中だろうから。その隙にエディにキスをして、肩に手を回す。暫く楽しんだ後、エディがこちらから離れて照れ臭そうに笑った。そして優しくそっと、私の額にキスをしてくれる。



「お疲れ様、レイラちゃん……大丈夫だよ、もう怖いことは起きないからね……」

「私、その台詞をどこかで聞いたことがあります……何ですか? エディさん、知っているでしょう?」



 淡い琥珀色の瞳に涙を滲ませ、苦しそうに笑う。そしてこつんと、私の額に額を押し当ててきた。



「……うん、知ってるよ。俺が遠い昔、君に言ったことだから」

「エディさん、それは。まさか」

「話すよ、秋の収穫祭の時に……全部。とりあえず今は眠って、レイラちゃん。もう二時過ぎだからね」

「はい……はい」



 薬の影響なのか、頭がぐらぐらと揺れる。でもエディの手を借りて起き上がり、ハーヴェイ達を見送った後、何とか新しいネグリジェに着替えて寝台に潜り込んだ。手と足の先がぽかぽかとしている。きっと、さっきのエディとのキスが効いたんだろう。それまで体を蝕んでいた恐怖が溶けて流れ落ち、温かいものだけが胸の奥にふわりと残る。



「おやすみなさい、また明日……」



 誰もいないのにそう呟いて、両目を閉じる。どこかでお父様が「あいつ、殺してやる。絶対にな」と呟いたような気がして笑ってしまった。お父様の気性って荒かったんだろうか、どうなんだろう。



(ああ、良かった。ようやく全部が分かる……)





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