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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第三章 全ての秘密が明かされる時
91/122

15.未熟な王子様達より頼れる魔法使い

 





 緊張したが何とか手荷物検査も終え、隣国ヴァネッセへと入る。スーツケースを変装したエディと共に転がし、人気が無い川沿いの歩道を歩いていたところで“似姿現し”のそっくりさんが影から顔を出した。



「はーっ! もうっ! 限界! もういいよね? そっくりさん頑張ったよ? ご褒美ちょうだい?」

「ああ、よく頑張ったな。ほい、お前の好きなビスケット。あと目立つから潜んでおけ、影の中に」

「えっ? 今までいなかったのか? オリー」

「……ああ。お兄ちゃん。いや、もう。いいんじゃないのか? 誰もいないし演技しなくても……」

「オリー、そっくりさんに何をさせていたんだ? まさかレイラちゃんに、」

「お前の振りをさせていた。あれ? 言わなかったっけな」



 隣を歩くエディを見上げてみると、えっという顔をしていた。そういや言ってなかったか。



「お前、寝てたしな……荷造りをサイラスさんに任せて寝るからだよ、この馬鹿が」

「えっ? ちょっ、待って? 俺がいない間に一体、何の話をしていたんだよ!?」

「うるせえ、声が大きい! 気を引き締めろよ、オリバー。何もかもを偽造してここに来てるんだ。任務で来てるってことを忘れるなよ?」



 声を潜めて咎めると、不満そうな顔で「へぇーい……」と呟いた。まったく、昔からこういうところは変わらない。ごろごろとスーツケースを転がしながらも、泊まる予定のホテルへと向かう。それなりに綺麗な観光客向けのホテルで、経費で落とせるところが有難い。空は青く、エオストール王国よりもほんの少しだけ空気が冷たかった。街並みもどことなく色褪せていて雑多な雰囲気だ。



「お前も俺も有名人だろ? だからそっくりさんに頼み込んでお前の振りをして貰った。ヴァネッセに入国したら来てもいいって言ってな」

「へー……ん? じゃあレイラちゃんは? お前の振りをしてたんだよな?」

「ああ。サイラスさんはそのままで。レイラが俺に変装して、シシィがレイラに変装していた」

「あー、なるほど。いつもの休日を演出する感じか……」

「祝日で良かったな、やりやすい。まぁ、あらかじめそれを狙って打診してきたんだろうが……」



 俺から離れたがらないそっくりさんを説得して、エディの振りをして貰ったんだが。セシリアから来たメッセージによると、随分と楽しんでパフェを食べていたらしい。そんな写真が送られてきた。ちなみに、何度も何度もメッセージを送ってみたがレイラからは一向に返事が来なかった。きっと、彼女のことだから「過保護~、心配症~」と嫌そうな顔で言って魔術手帳を閉じたんだろう。いや、見もしないか。俺からのメッセージなんて。



 少女姿のアーノルドが「くそったれ!」と言い、足元の小石を蹴り飛ばすとエディがそれを見て「オリー、目立つから。その仕草。やめておけ」と言って苦笑する。



「あれだな、こう……何か可愛い飼い猫と妹に無視をされているみたいな気分だ。なぁ、そっくりさん? 意外と楽しんでいたんだろう……?」

「楽しんでなんかいませーん、淋しかったんだもーん」

「だから出てくんなって。レイラちゃん思い出して淋しくなるだろ? それにお前もお前で話しかけんなよ、アーノルド……」

「言ってる、言っちゃってるって。お前、俺の名前を」

「あ~、くっそ!! 難しいな、これ! 俺、絶対に絶対に死んでもスパイとかにはならない! 向いてない!!」

「だから声が大きいって、お前は……でも、同意。絶対向いてないよなぁ、お前には」










 真夜中に研究所に忍び込む予定だが、まだ時間があるので観光客らしく観光地を巡って遊ぶ。金と黒の宮殿の前でエディがピースサインを作って、カメラを持った俺の前に立つ。邪魔だこいつ。嫌がらせなのか? 俺への。舌打ちをして、カメラから顔を離した。



「おい、どけよ。あっと、あーあー。お兄ちゃーん? 退いてくれないかなー?」

「宮殿より俺の写真を撮って欲しいよ、オリー。だめ?」

「……レイラとこのやり取りをしたかったな。だめ。先に宮殿を撮りたいから退いてくれない?」

「えーっ? それよりもさぁ、せっかくだから一緒に写真でも撮ろうぜ~。後で誰かに頼んで、」

「良かったら撮りましょうか? 私が」



 品の良い老婦人に話しかけられ、目を見開く。知り合いだったからだ。やばい。冷や汗を掻く俺とは裏腹に、エディが呑気な声で「じゃあよろしくお願いしまーすっ! オリー。ほら、こっち来いよ。お前」と言って笑顔で手招きをする。怪しまれたくないので渋々とエディの隣に立って、少女らしい笑顔を浮かべてピースサインを作った。糞食らえだ。俺は一体何が楽しくて、エディと一緒に写真を撮っているんだろう……。



(後で絶対に燃やしてやる……!! この写真! ああっ、くそっ! それに何でこんなところにレイモンド伯爵夫人がいるんだよ……あーっ! 演技に手が抜けねぇ……)



 それなのにいつもの愛想の良さを発揮したエディがにこにこと笑いつつ、「奥さんも旦那さんと一緒に撮りますかー? 俺、撮りますよー?」なんて聞きやがる。伯爵夫人の方も満更ではない様子で、広場でぼーっと立っていた夫を呼び寄せて並び、エディが「はーい、笑って笑ってー。いい笑顔ー」と言いつつシャッターを切る。その嬉しそうな横顔を見て気が付いた。こいつ、はしゃいでやがる……。



「器用な奴だな、お前も……俺とこんなことをして楽しいのか? なぁ?」

「オリー、出てる出てる。いつもの乱暴な口調が! 楽しいよ~、ほら。お兄ちゃんのフライドポテト、一本だけ分けてやろうか? 一本だけ」

「十本ぐらい寄こせ、腹が立つ」

「あっ! そんなに取りやがって! 半分金払えよ!?」

「うるせえ、儲けてんだろうが! ケチ臭いな、まったく」

「それ、俺の台詞だよ……アーノルド。お前も儲けてんだろうが、お前も」

「お前のために使ってやる気は微塵も無い。次は船乗ろうぜ、船。海賊船!」

「おっ、いいな。楽しそう~」



 海賊船に乗って青い海原を見てはしゃぎ、その次は運河に沿って建てられたビルティング街とマグロの形をした水族館を背景に写真を撮る。名物のチョコカスタードパイを食べつつその水族館の中を歩き、ついでに近くにあった市場に入って買い食いをして、所狭しと並んだ土産物屋を物色する。



 エディがレイラに螺鈿細工のオルゴールと珊瑚のネックレスとイヤリングを買っていたが、追加で見事な刺繍の絨毯を買おうとしていたので慌てて止めに入る。そうこうしている内にまた腹が減ったとエディが騒ぎ出したので、近くのバルに入って飯を食う。



 酒樽とカウンターテーブルが印象的な店は人でごった返していて、賑やかな雰囲気を漂わせていた。入ってカウンターに座り、色々と注文してエディだけ酒を飲む。



「あーあ、いいなぁ。お兄ちゃんはお酒が飲めて~……」

「オリー、お前は成人してからな~。うんま~」

(くっそ、俺の目の前で飲みやがって……!!)



 そう言えば、こんな風にエディと過ごすのは初めてかもしれない。人々の喧騒と揚げ油と酒の匂いがぷんと漂い、店内の活気がこちらの頬をあぶってゆく。飴色のカウンターテーブルにジョッキを置いたのを見計らって、エディに話しかけてみた。



「エ……お兄ちゃん。そういや初めてだね? こんな風に過ごすの……」

「んあ? だな~……お前、ずっと冷たかったよな、俺に。まぁ、仕方ないのかもしれないけど」

「……悪かったな、今まで」



 やっぱり詳しい話はホテルに帰ってからするか。女の振りをしているのが辛い。黙々と烏賊と帆立のぴりりと辛いパスタを食べて、アボカドとサワークリームのポテトサラダを食う。エディは追加でメカジキの香草焼きと猪肉のシチューを頼んでいた。相変わらずよく食う。シメでチーズケーキを平らげ、店を後にした。



「あー、食った食った。うまかった~、どうする? オリー。次は」

「帰って眠りたい。疲れた……」

「あっ、ファーマーズマーケットがあるんだって。行ってみようぜ! その後は手芸店に寄ってくれないか? キースから頼まれているんだよね~、発色の良い糸を買ってきてくれって」

「聞いてたか? お前。俺の話を……あと任務もむぐぐ!?」

「待った待った、オリー。お兄ちゃんが悪かったよ。帰ろうな~、ホテルに!」



 そう、今夜は命がけで研究所に忍び込むというのに。エディはどうも温存するべき体力を使い切って観光名所を巡りたいらしく、「やっぱりもうちょっとだけ見て回りたーい! 新婚旅行の下見!」と言って騒ぎ出したので凶暴な妹らしくその足を蹴り飛ばし、「もう私は疲れたから! いい加減に帰るよ、お兄ちゃん!」と言ってずるずるとホテルへ連行する。



 ホテルの部屋に着いて早速、解術薬を飲んでエディに今までの苛立ちを全てぶつけてやった。



「あのな!? お前な!? 俺の言っている意味、分かるか!? 今ここではしゃいでアホみたいに観光してたら夜に魔術が使えなくなるんだぞ!? どーするんだよ!? 俺も俺で体力削られてろくな魔術が使えないぞ!? いざとなった時に全員殺す魔術だって体力と魔力の消耗がはげし、」

「大丈夫だって! ちょっと眠れば! 今だってまだ夕方の十六時だし……寝よーぜ、アーノルド。寝て食って体力回復すればいいだけの話だろ、もう」

「そうだった、お前はそういう奴だったな……!! くそったれ」



 言うが早いがシャワーを浴びて髪を乾かし、置いてあったパジャマを着てベッドに寝転がる。それに合わせて照明を落としてやると、「おやふみー、起こして。腹減ったら……お前の分の晩飯も買いに行ってやるから」と呟く。ああ、敵わない。深い溜め息を吐いて、シャワーを浴びるためにバスルームへと向かう。




「あーあ、ったく。エディはな、本当にな……」



 緊張のかけらも見当たらない。だが、嫌な予感がする。それまで出していたシャワーの湯をきゅっと止め、足元の影に向かって呼びかける。



「いいか? そっくりさん。俺とエディが追い詰められたその時は────……」


















「なぁ、どうしよう? アーノルド。俺、腹が減ったかもしれない……」

「あんだけ食っといてかよ、お前……」

「いや、運動するからさ? だから腹八文目ぐらいでやめておいたんだけど……」

「しっかり食っときゃ良かったのに。アホかよ、お前は。とりあえずだ、今からあのドアをこじ開けて侵入するから。黙っとけ、もう。お前はずっと……」

「へぇ~い、ホテルに帰って食おうっと。兄上に渡す予定のお菓子……」

「やめてやれ……ぐだぐだ言うじゃねぇか、サイラスさんが。巻き添えを食らうのは俺なんだぞ、やめろ」



 夜の暗闇に浸された中で、白い研究所のドアを見つめる。セキュリティが厳重そうだが、まぁいけるだろう。隠密に向いた魔術をいくつか行使しようとしたが、やめる。魔術探知カメラがあるかもしれない。センサーに引っ掛かったらまずい。



「おい、エディ。魔術無しで行くぞ……このスーツに期待だ」

「ああ、分かった。でもこれ、いかにもな感じで落ち着かないな……」



 ぴったりとした黒い魔術仕掛けのスーツに身を包んだ二人は、音も立てずに茂みから這い出る。茂みを這い出て芝生を歩いていたところで、エディが「わっ!?」と叫んだ。



「おいっ、何してんだよ。お前は……!!」

「いや、だって。人がいっぱい転がってる……」

「は? お前、一体何を言って……」

「あ、やっぱりだ。来た来た」



 その声に振り返ってみると、白衣姿の男がおもむろに立ち上がった。研究所近くのライトに照らされつつ、眼鏡をかけ直す。



「あれじゃない? 二人とも。人から信頼を得られないタイプ? それともただ、()()()に恨まれているだけなのかな……」

「すみません、心当たりが多すぎて……ええっと、俺はお祖母ちゃんの家に行く予定のオリバーです……」

「無理だろ、お前。その設定はもう……」

「ははっ、ごめんねー? あーあ、おかしい……頼まれているんだよね、ええっと、ここに来る予定の男二人を殺してくれって。そうそう」



 男が嗜虐的に黒い瞳を細め、手をぽんと叩いて笑う。



「エオストール王国の一等級国家魔術師、“女殺し”と“火炎の悪魔”を殺してくれって。っふ、残念。亡命してきたんだよね、こっちに。情報局の幹部が」

「……話が見えないが。とりあえずこの男を殺せばいいんだな?」

「正当防衛だよな、アーノルド。よっしゃ! さっさと終わらせて飯でも食いに行くか!」















 さて、この短時間で分かった情報を整理しようか。混乱する中で息を吐き出し、本棚と本棚の間に身を潜める。エディは無事だろうか。あっという間に数人の男をなぎ倒して「とりあえずは生物兵器だよなー! 一体どこにあるんだ!?」と言って、研究所のドアを蹴破って去って行った。ここに勤めている研究所の人間()()()殺害していた、頭のおかしい一等級国家魔術師、通称“共食い”が腹を抱えて笑って話したことと言えば。



(くっそ……まさかあのおっさんがここまで狂っていたとは……レイラは無事なのか? いや、そもそもの話、メルーディスさん絡みでここまでするもんなのか? 絶対に絶対に他の動機があるに違いない、他の)



 やめよう、考えたって無駄だ。分かっていることはあのルドルフ・バーンズに嵌められたこと。生物兵器なんて無い。全部フェイクだ。しくじった、もう少し疑ってかかれば良かった。先程受けた傷を治したところで、おもむろにドアが開く。くっそ、俺は戦闘経験なんかまるで無いのに。いわゆる馬鹿にされがちな、お勉強だけが出来る一等級国家魔術師。



(人をより多く殺してから、一等級国家魔術師だと初めて言えるだなんて……糞だな。どいつもこいつも糞だ。狂ってやがる)



 こう見えて俺は平和主義者なんだ。出来れば人なんか殺したくない。たとえ相手が()()()()()()()()()()を殺す一等級国家魔術師であっても。“共食い”と呼ばれる男の名前はナイチンゲール。狂ってやがる。本人がそう名乗っている以上、そう呼ぶしかない。息を潜めて佇んでいると、狂ったような笑い声が響き渡る。



「あれだよね~、アーノルド君もアーノルド君で諦めが悪いよね~? 君のお友達はもうとっくの昔に死んじゃったけど? いいのかなぁ~、隠れてて~。遺髪とかさ、思い出の品とか集めに行かなくてもいいの? お墓作れないってさ、一番心が抉られて残酷な……」

「黙れよ、ナイチンゲール。イカレた糞野郎とでも改名した方がいいんじゃねぇのか? お前は」



 魔術で生み出した剣で思いっきりその頭を叩き割ろうとしたが、にやりと笑って信じられない速度で男がそれを受け止める。男の歓喜に満ちた黒い瞳がこちらを捉え、「みーつけた」と言って歪んだ笑みを浮かべた。刃が波打ったノコギリのような剣でこちらの剣を弾き飛ばし、嬉しそうに笑う。



「アーノルド君。駄目だよ、殺意がまるで無いから……でも、依頼の金もしけてるし。お前に乗り換えてやろうか? “女殺し”君?」

「それはいいな……ルドルフの倍は出そう。いくらだ?」

「一億。いや、でも金はいいんだ。いらないんだ」

「じゃあ何が欲しい? エオストール王国の情報か?」

「君が全裸になって逆立ちをして、俺の靴の裏を舐めてくれるのなら、両耳を削ぎ落とすだけで我慢してあげよう……どうかな? アーノルドく、」

「なら却下だ。死ね」

「ざーんねんっ! ふふふふふっ」



 もう一度剣を振り下ろし、それをナイチンゲールが受け止めて低く笑う。しまったな、銃でも出せば良かった。しかし複雑な構造をしている。どんな術語でそれを出せばいいのかよく分からない。焦って剣を振り下ろしていると相手がやすやすとそれを受け止め、つまらさそうな顔をする。



「ああ、動き辛いな。この部屋……君も上手く動けないみたいだし? 移動しよっかぁ……」

「アーノルドっ! 生物兵器が無いんだけど!? 青いシールが貼られてるって言ってたけど!?」

「エディ! お前っ、逃げろよ!? 何で逃げない!?」

「何でって、生物兵器が無いから……?」



 ああ、駄目だ。頭が上手く回らない。くそっ、エディだけは何が何でも生かして帰したいのに。俺はいつだって無力だ。笑って背後のエディを振り返ったナイチンゲールに銃口を向け、低く脅す。



「振り返るな、殺すぞ」

「だから甘いんだって! でも流石だよね? この数秒でそんな銃を生み出すだなーんてっ……」



 素早く俺の銃を奪い取ったが、背後にいたエディが「よっと! がら空き~!」と言ってその後頭部にバットを振り下ろす。何故バットを出したんだ、お前……と言う暇もなくナイチンゲールがその白衣を膨らませて笑った。



「なぁ、知っているか? 俺が今まで一等級国家魔術師を殺せた理由を……」

「あー、これは……幻獣ですかね……アーノルド君、お前知ってる?」

「多分これは、北の最果てに位置する国の幻獣種……白虎じゃなかったっけ? 昔は神の獣だと崇め奉られていたが、その残虐性と知能の高さから駆除対象になったって言う……」

「そう。俺の両親を殺したのは一等級国家魔術師だった。まぁ、先にその妹と弟を殺したのはこっちだったんだが……」

「えっ……自業自得」

「呑気かよ、お前。死ぬ予感しかしないんだが……!?」



 ()()()先程まで着ていた黒いニットとデニム、血が飛び散った白衣を脱ぎ捨てて部屋の天井ぎりぎりまで膨れ上がっていた。



 白く手触りが良さそうな毛皮に赤く煌く両目────どうやら正気を失っているようだ────をこちらに向けふーっ、ふーっと生臭い息を吐き出している。白い牙から覗く真っ赤な舌からぼたぼたと唾液が流れ落ち、青いカーペットにいくつものシミを作ってゆく。ぐるるるると低く唸る、巨大な白虎を見上げてエディがぼそりと呟いた。



「俺、こんなことならレイラちゃんに言えば良かったかも」

「その言葉、本当か? なら帰ってから言え」

「生きて帰れたらね。……君の命令で祖国を滅ぼしたんだよって。そう言えば良かったかもしれないな……」














 真夜中にふと目を覚ます。心臓がどくどくと嫌な音を立てていた。一体どうして? あの二人に何かあったんだろうか。



「魔術手帳。魔術手帳は一体どこだろう……」

「察しが良いな、レイラ嬢は。流石だ」

「えっ? ルドルフさん。一体どうしてここに……」



 夢だろうか、もしかして。きっと夢に違いない。ルドルフが寝室の窓を開けて、優雅な身のこなしで床へと着地する。白いネグリジェ姿で呆然と突っ立っていると、茶色いツイードスーツ姿のルドルフがにっこりと笑った。招待された夜会や祝賀会で会った時とまるで変わらない、社交的な微笑みだった。その熱っぽい茶色い瞳に吸い寄せられて見つめていると、こちらまでやって来て私の手首を掴む。



「さぁ、逃げよう。レイラ嬢。この前、エディ君の全てを知りたいと言っていたよね?」

「言って、ましたけど……何で!? やだ!!」

「おっと、騒がれたら困るな……君には色々と、やって貰わなくちゃいけないことがあるのに」

「へっ? なん、何で……」



 ルドルフが手際良く私の手首にがちゃんと手錠をかける。まるで犯罪者のようだ。状況が飲み込めず、ルドルフを見上げてみると残忍な笑みを浮かべた。



「今頃、二人は死体になっていることだろうよ……行こうか、レイラ嬢。ずっとずっと言いたかったんだ、好きだって。君にこんな場所は相応しくない……その大量に有り余っている魔力も有効活用すべきなんだ。女王陛下もハーヴェイも、君の意思がとか人権がとかどうのこうの言っていたけど」



 ああ、忘れていた。私には人外者並みの魔力があって、発展途上国では高値で取引されているって。どんなに魔力消費量が多い魔術道具でも兵器でも機械でも、私なら使えるから。



「メルーディス、ずっとずっと好きだったんだ……でも、彼女はよりもよってあのエドモンを選んだ。彼となら一緒に死にたいって。たとえいつかは子供に殺されるんだとしても、その方が貴方と添い遂げるよりよっぽど幸せなんだって」

「お母様が……そんなことを?」

「そうだ。そして彼女は無残に死んでいった……骨の欠片も残さずに。俺にあんなことを言ったのに謝りもしないで」

「そんな……ねぇ、一体どうして」



 状況が上手く飲み込めず、震えて自分の手錠を眺める。このまま? このまま浚われてしまうんだろうか。そして魔力を搾り取られて死んでゆくのだろうか。小刻みに震えていると、ルドルフが笑って私の首筋をゆっくりと撫でてきた。その気持ち悪い感触にびくりと震える。



「大丈夫。殺したりなんかしないよ? レイラ嬢、君は俺の妻となってヴァネッセで第二の人生を送るんだ……」

「ほら、だから言ったじゃないの。ハーヴェイ、この男は殺しておくべきだって」

「そうは言ってもな? ダイアナ~。この男を泳がせておいて、裏切り者を全員炙り出しておきたかったんだよ~」

「ハーヴェイおじ様!」



 寝室の戸口に立ったハーヴェイが陽気に笑い、ひらりとこちらに手を振る。いつもの煙草型の魔術補助道具をくわえ、白い煙を漂わせていた。青いチェック柄パジャマの上から白いガウンを羽織ったハーヴェイが動き出し、ぱちんとお茶目にウインクをしてみせる。




「いつだって、絶体絶命のお姫様を救うのはケツの青い王子様達じゃなくって、魔法使いのおじ様だって相場が決まっているんだよなぁ~。さぁ、ルドルフ君? 俺の娘を浚うからにはその首を置いていけよ? じゃないと釣り合わないだろうが、お前。俺のことを舐めてんのか? ぶっ殺すぞ」

「……俺は昔から。お前のそういう所が大っ嫌いなんだよ、ハーヴェイ。死ね!」










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