10.お願いだからそれを愛情と呼ばないで
そんな訳で、ハルフォード公爵家にやって来たのだが。
(ひっろ……キャンベル男爵家と全然違う……もはやちょっとしたお城なのでは? これ)
きちんとした格好をしてきて良かった、本当に良かった! 黒いベレー帽に黒い角襟のチェック柄ワンピースを着たレイラは、震える手で門のインターホンを押した。門番か何かがいるかと思ったけどいなかった。その代わりに防犯カメラが作動中ですと記されている。
(ここに、シンシア妃殿下……エディさんのお母様とお父様が暮らしていた……)
魔術新聞によれば、この屋敷でエディの母は死んだのだ。自分の寝台で首を掻き切って死んだ。白い壁にいくつもの窓とバルコニーが並んでいる屋敷は壮麗で、緑の芝生と噴水がきらきらと輝いていて目に眩しい。少しして、低い男の人の声が響いてきた。
『……どちら様でしょう? エディ様に何か御用ですか?』
「えっ、えーっと私、サイラス様と約束している者で……午後二時からその、お会いする約束を」
『聞いておりませんが。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
あいつ、殺してやる。と一瞬だけ物騒な考えが過ぎってしまった。どうにも勇気が出なくて、「明日告白しに行きますね!」とか「遊びに行きますね!」とか言えなくてエディに連絡しなかったのが、した方が良かったかもしれない……。
「レイラです。レイラ・キャンベル……エディさんの、えーっと、バディの」
『……ああ、貴女がレイラ様ですか。少々お待ち下さい。そちらまで行きます。では』
「あっ、はい。よろしくお願いします……?」
ぶつんと途切れる。今の人、どうして声に棘があったんだろう。敵視? されているような気がする。
(一体どうして? 多分使用人の人? よね?)
会ったことも無い人からどうして、敵意を向けられなくてはならないのか。そこまでを考えてふと、サイラスの敵意に満ちた淡い琥珀色の瞳を思い出す。エディと全く同じ瞳の形をしているくせに、どこまでもよそよそしくて冷たい。笑顔で話しかけてくるものの、その瞳の奥は冷たく凍っている。
『いいか、レイラ? 何を知っても気にするんじゃない……いいや、それは無理な話なのかもしれないが。とにかくお前はまだほんの子供だった。十三歳の子供だったんだ……!!』
昨夜のアーノルドの言葉が蘇る。私は一体何をしたんだろう、九年前に。
(だからサイラス様も今の人も敵意を向けてくるの? 分からない、何も……)
でも、エディを見る度に焦ってしまう。あの鮮やかな赤髪が視界に入ると、どこかで誰かが泣いているような気がして。「思い出して」と。深く考え込んでいると、ふいに黒い門がぎっと開いた。気が付かなかった、もうそんなに時間が経っていただなんて。
目の前に立った男性は見たところ四十代後半といった感じで、黒いスーツを着ていた。白髪混じりの薄い金髪に青い瞳を持った彼はシャープな眼鏡をかけて、神経質そうな顔立ちを少しだけ歪める。
「……レイラ様ですか? サイラス坊ちゃまが申し訳ありません。確認したところ、言い忘れていたと仰せで」
「はっ、はははは……大丈夫です。貴方はえーっと」
「キースです。キース・ハンプシャー。ご存知だとは思いますが」
エディの父親、ハルフォード公爵家の前当主を殺した男。戦争の引き金を引いた男。鳥肌が立って息を飲み込んだ。レイラが紫色の瞳を瞠って、呆然と佇んでいるのを見て皮肉げに笑う。
「エディ坊ちゃんが女王陛下に願い出てくれましてね……お陰で処刑されずに済みましたよ。本来なら断頭台で殺されるべき存在なのでしょうが」
「でも……エディさんにとってはえーっと、お父様のような存在だと。そう前に伺いましたけど……」
以前、会話の流れで何となく聞いたことがある。エディはぼりぼりとお菓子を食べながら「キースがお父さんだな~。死んだ父親にはあんまり構って貰ったことがないし……」と呟いていた。そのどこか淋しそうな横顔を思い出し、恋しくなってしまった。こんな所で従者と話し込んでいないで彼に会いたい。
彼に会って聞くのだ。九年前、何があったのかを。
「……そうですね。恐れ多いことですが……行きましょう。ご案内します」
「あっ、はい。ええっと早速で申し訳ないんですけど」
「はい? 何でしょう?」
「後でエディさんの野菜畑? を見たいです。えっ、ええっと、私の為に作ってる野菜や何かがあるみたいで……」
このまま庭園を歩くついでに案内して欲しい。駄目だろうかと考えつつ、足元の地面を眺める。辺りには幾何学模様のトピアリーや緑の芝生が広がっているが、殺風景に見える。美しく整えられた人工的な庭、という感じがして。頭上には秋の始めの青空が広がっていた。雲がたなびいて、いくつもの白い筋を青空に残している。
「……帰りにご案内しましょう。そしてエディ坊ちゃんはその……お昼寝中です」
「お昼寝中……サイラス様から聞いてなかったんですね……」
「私もつい先程、耳にしたばかりですから。それでかと」
やはり棘があるような気がする。やや薄い金髪頭を困惑して見つめ、溜め息を吐く。この人は知っているんだろうか、私の過去を。エディとの間に起きた全てを。
「あの、キースさん……」
「ここで飛びましょうか、レイラ様。きっと坊ちゃんも喜ぶでしょうし」
「えっ? あっ、ああ。だからすぐに門の所まで……」
キースが律儀にポケットから白い手袋を出して嵌め、こちらへとその白い手を差し出す。魔術で一気に屋敷まで飛ぼうというお誘いだ。ごくりと唾を飲み込んで、その手に手を重ねる。ふわりと生温い風が巻き起こり、目をぎゅっとつむればそこはもう屋敷の廊下だった。白い壁紙に深紅の絨毯が美しい。壷や絵画などの美術品が飾ってあった。
「わぁ~……ここがエディさんが住んでる屋敷……」
「坊ちゃま? 起きてますか? 坊ちゃま」
「まっ、ままままま待って下さい! キースさん!? 部屋ってそこなんですか!?」
「ええ。坊ちゃんの部屋の前まで一気に飛びました。この方が疲れないかと思い……」
それもそうだ。最もな考えだ。それでも私に心の準備というものは出来ていなくて、物凄く混乱してしまう。ああ、どうしよう? 過去にあったことを聞くのは怖いけど、告白するのはもっと怖い。アーノルドの言葉なんか信用出来ない、もしも本当に好かれてなかったらどうしよう────……。
「レイラ様? あの……」
「もっ、申し訳ありません……その、服の裾を引っ張ってしまって」
黒いスーツの裾から手を放し、俯く。真っ赤な絨毯を見る度にエディのことを思い出す。最近ではトマトを見るだけで胸がきゅんとするようになった。重症だ。頭がおかしい人間になっているような気がする。
「……坊ちゃんに会いに来たんでしょう? 喜ぶと思いますけど」
「どっ、どうでしょう……キースさん、貴方はもしかしたら私の過去を知っているのかもしれない。でも、記憶が封じられていて思い出せないんです……多分」
記憶喪失になった可能性もある。でもどこかで何かが「私は記憶を消されたのだ」と呟いている。誰にだろう、一体。アーノルドに聞いても、苦痛に満ちた顔をするだけだった。「エディに会って聞け」と、それしか言わなかった。ぎゅっと両手を握り締め、俯く。
「だから怖いんです、聞くのが……告白するのが」
「告白……愛の告白ですか? それとも」
「あいっ、愛の告白です……一応」
私は初対面の男性に一体、何を言っているのだろう。恥ずかし過ぎるので妖精のゆりかごの中にでも頭を突っ込んで眠ってしまいたい。つらい……。キースがふっと息を吐き、微笑んだ。ような気がする。
「そうですか……それを聞いてほっとしました。そうですね……貴女には重たい過去でしょうね」
「やっぱり知って……」
「俺は怖くて怖くて仕方が無かった。坊ちゃんまでもがシンシア様と同じ道を辿るのかと思って」
がらりと声が変わった。絶望してのた打ち回るような声に唾を飲み込む。静かなのにどこまでも暗くて重たい。見る勇気が無いが、きっと青い瞳を虚ろに翳らせている。
「だから貴女のことが憎くて仕方が無かった……逆恨みだとは理解していても。サイラス坊ちゃんだってきっとそうだ……貴女はまだほんの子供だった。恋に恋するお年頃だった。仕方の無いことだった」
何故だろう、責められているような気がする。いいや、違う。責められているんだ。私は一体何をしたんだろう、エディさんに。
「いっそ殺してしまえば解決するんだろうかと、何度も何度もそう考えてきた……でも、出来なかった。また同じような失敗は繰り返したくなかった。俺さえいなければ、と。そう考えたくはなかった。もう二度と」
何の話だろう、よく分からない。重たく肌を刺すような殺意が漂い、空気がぴんと張り詰める。ああ、知っている。この空気を。似たようなものをエディも漂わせていたから。
「……俺がシンシア様に出来ることはこれだけ。エディ坊ちゃんとサイラス坊ちゃんを幸せにすることだけ……どうかお願いです、レイラ様。坊ちゃんを叩き起こして告白して来て下さい。それだけで……それだけでエディ坊ちゃんの全てが報われるんですから」
「その、全てが報われる……?」
エディも言っていた、似たようなことを。「君が俺のことを好きになってくれたら、全てが解決するのに」と。ごくりと唾を飲み込み、顔を上げる。するとキースは顔を歪ませ、泣き出しそうな顔をしていた。今すぐにでも怒鳴ってやりたい、そんな感情が渦巻いているように見える。
「会います……会って、話をします。そしてキースさん、貴方にも謝ります……」
「いい……大丈夫です。貴女は何も悪くないと、どこかで理解はしているんです。申し訳ありませんでした……」
キースが重厚な木の扉に手をかけ、そっと押し開く。後ろから覗き込んでみたが、薄暗い部屋に敷かれた草花柄の絨毯しか見えなかった。足を一歩踏み出し、背後のキースを振り返る。
「ありがとうございます、キースさん……それっ、それじゃあ頑張ってきますね……!!」
「遠慮なく叩き起こして下さい、レイラ様。十一時からずっとご飯も食べないで眠りっぱなしなので、坊ちゃんは」
「お昼寝……?」
「お昼寝です。それでは失礼致します」
一礼をして、速やかに去ってゆく。纏っている雰囲気も顔立ちもまるで違うのだが、どことなくジルに似ているような気がする。
(同じ坊ちゃん呼びだし。得体が知れないところとか……わっ、なんか。男臭い香りがする!!)
少々混乱しつつも扉を開けて閉め、深く息を吸い込む。正面の窓際にはライティングビューローと椅子が置いてあった。緑とストライプのカウチソファーには白いシャツや下着が投げ出され、全体的に何となく散らかっている。テーブルの上に置いてあるお菓子を見て笑ってしまった。きっと、カウチソファーで寝そべりながら食べていたのだろう。
そっと足音を消して歩き、奥の寝台へと向かう。すうすうと、規則正しい寝息が聞こえてきた。ガイルはいない。そのことを少しだけ残念に思いつつも、そのあどけない寝顔を覗き込む。口は半開きで、いつもの赤髪はくしゃっと乱れていた。可愛い……。
(でも白いTシャツと短パン姿って……寒くないんだろうか」
絶対に寒いと思うんだけど。エディはすうすうと寝息を立てて、腹を出していた。心配になってシーツをかけ、その姿を見て安堵する。ああ、良かった。また会えた。不思議な感覚が湧き起こるのは昨夜、自分の過去に何かあると知ったからだろうか。
「エディさん……可愛い~。起こしたくないなぁ、もう」
社員旅行の時も寝顔を見たが、あの時よりもっと可愛く見える。恋をしているから。エディのことが好きだから。片手を寝台に添え、体を屈める。その目元にかかった赤髪を払いのけ、自分の黒髪を耳の後ろへとかけた。
「好きですよ、エディさん……ってきちんと言えるかな」
体を屈めて、エディの滑らかな頬にキスをする。幸いにも口紅は付かなかった。ほっとしつつその湿った大きい手を握り締め、笑う。好きだからもう少しだけ見ていたい。すやすやと眠っているエディを起こしたくない。それでも私の気配を感じ取ったのか、うーんと低く唸る。
「エディさん? 起きちゃいましたか……?」
「うーん……痛い、腹……腹へった」
「いつだってエディさんはお腹を空かせてますよね……多分キースさん怒ってますよ、あれ」
「ん~……あとで謝っておく~……」
寝ぼけているのかごろりんと寝返りを打って、またすやすやと眠ってしまう。苛立ちと寂しさが混ざってその背中を揺すり、起こしてみる。
「エディさーん? エディさん? 起きて下さーい。大事な話があるんですよ、私!」
「ん~? 大事な話ってなに……?」
駄目だ、声がもにゃもにゃしている。可愛い、好き……。まだもうちょっと聞いていたいが、私と過去に何があったのか聞きたいので起こす。絶対に起こす。何が何でも起こす。
「エディさーん? エディさん、起きて下さいよ~。も~」
「うーん……レイラちゃんは俺を起こしに来ないと思うんだけどな……」
「残念、本物です! ほらほらっ」
こちらを振り返って見上げてくるエディに笑いかけ、手を振ってみると淡い琥珀色の瞳を瞠っていた。次の瞬間、がばっと起き上がって寝台の上で後退る。
「じっ、人外者!? レイラちゃん!? どっち!?」
「私です! レイラです! も~、折角大事な話があって来たのに……」
「大事な話……? あっ、ちょっと待って。歯を磨いてくるから。ついでに顔も洗ってくる……」
「あっ、はい。どうぞ……」
まだ寝ぼけているのか、のそのそと寝台から起き上がって降りる。スリッパに足を突っ込んでいるエディの後ろ姿を見てきゅんとしてしまった。可愛い、抱きつきたい。その欲求のままに近寄って、ぎゅっと抱き締めてみる。するとエディが「ふぁっ!?」とおかしな声を上げた。
「れっ、レイラちゃん……? もしかしてまだ寝ぼけてる? 俺……」
「ですね、本当に……折角会いに来たのに寝てるし、全然喜んでくれないし」
「えっ? よっ、喜んでるけど……えーっと」
私の両手に手を重ねて、首を傾げている。その様子が可愛くて可愛くて、笑みを深めた。ああ、良かった。またこうして会えた。どこかで何かが酷くほっとしている。そのままぺたぺたと服の上からエディの腹筋を撫でて触っていると、体をびくりと動かした。
「えっ!? レイラちゃんが俺に触ってる……!? なんで!?」
「さぁ、なんででしょうね~。前からずっと触ってみたかったんですけどね! この腹筋を!」
「えっ? ごっ、ご自由にどうぞ……?」
「まっ、まぁ。とりあえず歯を磨いて顔を洗ってきて下さい……」
我ながら凄いことをしているなと気が付き、ぱっと離れる。エディが変な顔をしてこちらを眺めてきた。まじまじと私を見下ろしていたが、やがて気を取り直して「そうだね。じゃ、また後で」と言って去ってゆく。きいと部屋の扉を開け、バスルームに入っていった。追いかけたいがぐっと耐える。しつこくし過ぎて嫌われたら嫌だ……。
(エディさんは。そんなことも考えなかったのかな……だったら本当に、私のことが好きって言えないんじゃ……)
怖い怖い。恋愛特有の恐怖が渦巻き、自分の黒い編み上げブーツを見つめる。暫くそうやって見つめていたが、ふと悪戯心が湧いた。
(エディさんの。エディさんの寝台に飛び込んでみたいっ……よし!!)
広々とした寝台に向き直って、ぼふんと飛び込む。そのままぱたぱたと両足を動かしていると、ふいに扉が開いた。エディだ。これは多分、こちらを見て硬直しているのでは……。
「えっ? れい、レイラちゃん……? 眠たいの? そこにガイルはいないよ……?」
「知ってますぅー! それぐらい!! 大体この間から何ですか!? 私への嫌がらせですか!?」
「えっ!? そんなつもりは無かったんだけど……ごめんね……?」
今いちよく分からない、といった顔をして首を傾げる。そして鮮やかな赤髪を掻き上げ、眠たそうな顔でこちらへとやって来た。その妙に色気がある仕草を見て、わああああっと叫びたくなってしまう。本当に私は一体どうして、今まで好きにならなかったんだろう……。
「エディ、エディさんってその……物凄くかっこいい男性ですよね……」
「あれかな? わざわざ屋敷まで来たってことは……アーノルドと結婚するとか? 実は俺のことが好きでしたと告白してからの、でもアーノルドと結婚します報告……?」
「うーん、惜しい!! どうして私がその、純粋な好意からだとか……」
続けられなくなって黙り込む。私が黙って寝台に腰掛けていると、エディが目の前に立った。いつもの手を伸ばし、私の黒髪を耳の後ろへと掻き上げる。
「じゃあ。少しは期待してもいいのかな……レイラちゃん?」
「すみません、ちょっと無理です……死にそう……!!」
「えっ!? どうしたの!? 一体何が!?」
ばったりと背中から倒れ込み、両手で顔を覆う。寝台はスプリングが効いていて気持ちが良かった。こちらの体をふんわりと受け止めてくれる。
「お願いだから私に近寄らないで下さい……!! ええっと、これは拒絶じゃなくって」
「拒絶じゃなくって……?」
「気持ち悪いとかでもなくて……ああっ、もうっ! とにかく話を元に戻しましょう! 大事な話があります!!」
「わ~、凄い。がばぁって起き上がってきた……そんなレイラちゃんも好き。可愛い~……」
エディが両手で口元を押さえ、ふるふると震えて感動している。ああ、もう。同じ気持ちだったらいいのに。エディさんもちゃんと私のことが好きならいいのに。
「えーっと……」
「あれだよね!? 告白だよね!? 流石の俺もなんかちょっと分かってきたよ!? 今までの行動も全部全部俺に恋しちゃった照れ隠しで、今日は頑張って告白しに来てくれたんだよね!?」
(こんな時だけ鋭くなりやがって……)
思わず心の中で毒づいて、舌打ちをしてしまった。途端にエディのテンションが下がり、「調子に乗ってすみませんでした……」と呟く。ああ、上手くいかなかった……どうしてだろう。
「うっ、あの。合って、合って……」
「えっ? 合ってる……? えっ!? 俺のこと、その……」
そのまま続きを言ってくれたら、聞いてくれたら頷けたのに。エディは何故か黙り込んでしまった。いつもの押しの強さをここで発揮しないでどうする……!!
「レイラちゃん、その、お昼ご飯でも食べてく……?」
「私は食べました! もう!!」
「だっ、だよね? ごめんね……?」
顔を真っ赤にして頭を掻き、「今日は天気がいいね~!」と言い出す。このポンコツ男め……。告白するのを諦めて溜め息を吐き、自分の手を見つめる。そうだ、告白するのなら。もっともっとそれに相応しい場所で。
「エディさん、その。今度秋の収穫祭があるのを知って……」
「知ってるよ! 勿論!! レイラちゃんとデートに行きたいなって常々思ってるし! 屋台とか秋の味覚とか移動遊園地みたいなのもあるらしいし! 行かない!? 俺と一緒に!」
「行きましょうか……でも、一つだけ聞いてもいいですか?」
「やったあああああ!! デート! デート! えっ!? なに!?」
深く息を吸い込み、勇気を出す。頑張れ、私。頑張れ……!!
「私のこと、好きですか? あと、その、アンバーとか、私の過去の話を……」
「それだけは絶対に駄目だ、話せないよ……レイラちゃん」
話の途中で強く遮った。やっぱりやっぱり、私に隠してた! 何かを! 勢い良く立ち上がって、エディを逃がさないようにその手をぎゅっと握り締めて見上げる。
「教えて下さい! 今すぐ! それを!」
「ごめん、それだけは無理かな……誰から聞いた? 兄上から? それともアーノルドから?」
「っエディさん、お願い。教えて……」
「無理だよ、ごめん……一生話さないって決めたんだ。それに」
「それに……?」
「俺のこと、好きになってくれたんだよね? レイラちゃん」
その優しい声を聞いて、何故か泣き出したくなってしまう。決意しているからだ、彼が。一生話さないって、そう。俯いていると、頬に両手を添えて持ち上げてきた。涙を滲ませつつ見上げてみると、エディも泣き出しそうな顔をしていた。いつもの淡い琥珀色の瞳を細め、優しく笑う。
「ごめん、俺……泣かせちゃって」
「エディさん、ねえ、教えて下さい……好きだから、エディさんのこと。知りたいから……」
その手を振り払い、胸元に額をこてんと預けて泣く。どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう、悲しい。ちゃんと告白できた筈なのに。エディが戸惑ったように体を揺らし、私の肩をそっと抱き締める。温かいのに酷く悲しかった。
「……ごめんね、レイラちゃん。それでも言わないよ、俺……俺と結婚してくれる? 好きになったのなら」
「いやっ、嫌です……教えてくれないのなら絶対に嫌です……!!」
「入籍したら教えるってことで。どうかな……」
「ちゃんと、魔術で約束してくれますか? 魔術で指輪に誓ってくれますか……?」
その言葉に黙り込む。ああ、嘘なんだ。私を丸め込む為の嘘なんだ、全部全部。エディの胸元をぐっと押し返して、淋しげに微笑んでいる顔を見上げた。ああ、憎たらしいのに好きだ。どうしようもなく。
「お願いです、教えて下さい……私のこと、好きなんでしょう?」
「……うん、好きだよ。レイラちゃん。君さえ俺と結婚してくれれば。もう、それだけでいいから……」
「戦争と。関係あるんでしょう? まさか、まさか……」
「いいよ、レイラちゃん。もう何も気にしないで、眠ってて」
エディがふっともう一度私を抱き締め、耳元で術語を囁く。ああ、嫌だ。消さないで、記憶を。
(エディさんが消していたの? 嫌だ、お願い、やめて……!!)
その叫びは声にならなかった。気が付いたら目の前には心配そうな表情のアーノルドがいて、深い溜め息を吐いていた。そして「お前でも駄目だったか」と呟く。ああ、何かよく分からないけど。
(私は失敗してしまったんだな……)
魔術手帳にはエディからのメッセージが入っていて、“ごめんね、でも本当に好きだよ。秋の収穫祭、一緒に行こうね。楽しみ”とだけ書いてあった。あまりよく思い出せないが、何か大事なことをエディに聞きに行った気がする。好きだって、告白はしたし。多分、一応……。
「まぁ、告白したのならいい……ひとまずはそれで。行ってこい、来週。デートに」
「はい、アーノルド様……」
「そんで休め、今日は。悪かったな、レイラ……まさかエディがあそこまで頑固な男だとは……腹減っただろ? 今日の夕飯、何が食べたい?」




