5.とある雪の日に少年が見ていた景色
雪が降っている、ちらほらと粉みたいに。
世界が白い、俺から少し離れた遠くのほうで彼女が笑う。
「ねぇ、見てよ、アンバー! こんなに降っているのよ、ほら!」
緩やかな黒髪が翻って、紫色の瞳が雪で反射してきらきらと輝いている。冷たい空気に鼻先が赤くなっている。でも、その表情は寒さなんてへっちゃらだって言ってる。
ああ、どうかこのままで。
どうかこのままでいさせて、彼女の傍にいさせてどうか。お願いだからどうか彼女の傍に。
「っレイラちゃん! そこは危ないよ、転ばないように気をつけて、足元をちゃんと見て!」
白い大理石造りの階段の傍で、彼女が大きく手を振って笑う。黒いダッフルコートがよく似合ってて可愛い、俺とおそろいで買って貰ったやつ。
とは言っても四人とも同じコートで「まるで四つ子のお母さんになった気分だわ」っておばさんに笑われてしまったけど。でも、俺は彼女とおそろいのが着れる。それだけで十分嬉しかった。
「へいきよー、アンバー! ぜったいに転んだりなんかしないからー!」
遠くから高い声を張り上げて、彼女がこちらに大きく手を振っていた。俺も笑顔で手を振り返して、ふはっと自分の白い息が立ち昇るのを眺めている。
ああ、どうかこのままで。あまり長くはいられないけど、彼女の傍に。
好きなんだ、彼女のことが本当に。
「……好きだよ、レイラちゃん」
白く息を吐き出した。雪以外はきっと、誰も聞いていないから許される。
ああ、愛おしくて胸が苦しいよ、どうか。どうか終わってしまうその時までいさせて、彼女の傍に。
雪が降って、我慢が出来なくなって走り出した。ちらほらと白い雪が視界に入って、眼球が冷えて睫にも雪がつく。紺色の手袋で目元を擦って走って、彼女の下に辿り着く。
「アンバー? やっと来たのね。私、ずっと待っていたのよ?」
甘い声で彼女が笑う。その笑顔はあどけなくて頬が赤く染まっていた。こっちに来て欲しいだなんて言ってなかったくせに。
傍にいて欲しいだなんて、そんなこと言ってなかったくせに。可愛い、可愛いなぁ、本当にもう。
「ごめんね、レイラちゃん。何して遊ぶ?」
「折角だから二人で踊りましょうよ。ほら、その、誰もいないし、見てないし?」
紫色の大きな瞳が潤んで、恥ずかしそうに伏せられる。睫が長くて可愛い、その赤く染まった白い頬も。彼女の黒髪に雪が舞い降りて、俺はそれをそっと静かに取ろうとした。
「……アンバー?」
彼女の声が不思議そうで甘い。高く澄んでいて、女の子特有の甘さが滲んでいる。それを聞いて何だか堪らない気分になった。だからつい我慢し切れなくなった、彼女も俺と同じ気持ちだってよく理解していたから。
ちらほらと雪が降っている。白く世界を覆い尽くしてしまって、俺と彼女だけがこの世に存在しているみたいに。時間を止めてしまって、このままどうか。少しでも長く彼女の傍にいたいんだ、俺は。
彼女がこちらをはっと見上げて、照れ臭そうに紫色の瞳を伏せる。何だか全てを許されたような気がしたんだ、俺のすること何もかもを。そっと優しく頬に触れて、緊張と期待にばくばくと心臓を鳴らしていた。
彼女のくちびるは冷たくて、とても柔らかかった。
雪と水の匂い、そしてついさっきまで飲んでいたココアの甘い香り。本当はもっと味わっていたかったけど、彼女に嫌われるのが怖くてやめてしまった。
彼女はいつだって、本当に嬉しそうに満足そうに笑うけど。俺はちょっと、いや、かなり物足りなかった。
彼女も先に進みたいって、俺と同じ気持ちでいてくれたらそれで気が済むのに。ほんの僅かな触れ合いでも、その気持ちだけで満たされるのに。
彼女はいつだって、俺の勢いをちょっとだけ嫌そうにするし怖がってもいた。仕方がないかな、こればっかりは。
彼女も俺のことが好きな筈なのに、一体どうしてだろう?
そこまではよく分からない、俺ってそんなにがつがつしているんだろうか? 自分ではそんなつもりないんだけど、もしかしたらそうじゃないのかもしれない。
彼女はどうも、身構えるしほんのちょっとだけ怖がってもいる。いつだってそう。悲しいけど仕方が無い。たぶん、皆そんなものだから。
「……アンバー? どうしたの、急に黙り込んで?」
彼女から体を離して、顔を伏せていた。
どうしようもなく苦しい、愛おしさと淋しさで息が上手く出来ない。胸の奥が狭くなって息が苦しい、まるで胸の奥に柔らかな詰め物をされたみたいだ。息が上手く出来ない、淋しくて愛おしくて苦しいよ、レイラちゃん。
どうかこのままでいさせて。
終わるその時までどうかどうか、彼女の傍に────────…………。
「えっ? ……新入社員ですか?」
「そうだ、新しく雇うことになった。年末に向けてもう少し人が欲しいからな……」
アーノルドがそうぼやいたところ、デスクに座っているマーカスが「まぁ、無駄だとは思いますけどね」と呟いてその場の空気が軽く凍ってしまった。本人も含め、皆分かっていることなのでわざわざ言わないで欲しい。
隣に立ったエディが、首筋を掻きつつ気遣わしげな声で話しかける。どうも彼はアーノルドがデートに行ってもいいと、そう言った辺りから優しくしようと思っているらしくずっとこんな調子だ。
「あー、まぁ。ほら? 分からないしさ! 案外お前に一目惚れしないかもしれないし! なっ?」
「……一目惚れは一応しなかった。多分。まぁ、好いてくる分には構わないさ。仕事だけちゃんとしてくれれば。あとレイラに嫌がらせしなきゃ」
こほんと咳払いをして書類を眺め始める。話はもう終わったということだろう。エディと顔を見合わせ、自分達のデスクへと戻る。
(そっ、そっか。新しい人か……あんまり考えたことなかったな……)
もうすぐ昼休みなのでざっくりとデスクの上を片付けつつ、ちらりと隣のエディを見つめる。あの社員旅行から戻ってきて十日ほどが経つが、彼はずっとずっとご機嫌だ。何故だ。その口元は常にゆったりと笑みを浮かべている。そして今もまた、こちらを見つめてふっと嬉しそうに顔を綻ばせる。
「楽しみだね、レイラちゃん。新しい人。俺のライバルじゃなきゃいいけど……」
「何ですか、ライバルって」
「男じゃなきゃいいなって話! でもあれかー? アーノルドー? 女性かー?」
「ああ、女性だった。完璧に女装してるんじゃなきゃな」
アーノルドの冗談に深く考え込む。そんな軽い冗談で真剣な顔をしなくていいのに。
「エディさんは嫉妬深いというか、心配症ですよね……」
「ごめんね、レイラちゃん。観光地で君がナンパされて以来、この世の男全てを警戒することにしたんだ、俺……」
仄暗い眼差しで呟いている。それを見て何となく、恋人に裏切られて男性不信になってしまった女性そっくりだなと思って笑う。
「さっ! それじゃあもう十二時だし。ご飯食べに行きません?」
「いいね、今日はどこで食べる? レイラちゃん」
結局いつもの食堂で食べることにした。エディが気難しい顔をして立て看板を眺め、うーんと低く唸る。まだまだ時間がかかりそうなので、のんびりと季節限定のデザートメニューを眺めて暇を潰す。
「ああ~、ちょっとずつ秋のデザートも増えてきましたねぇ~。美味しそう、栗のパフェ」
「俺、後でそれを頼もうかな……でもこっちの栗とキャラメルのクレープも気になって、」
「いいから早く。エディさんは何にするんですか? デザートよりもご飯が先でしょう? まったくもう」
二人で軽く笑い合って、メニューを注文する。私はとろりとしたチーズと濃厚なデミグラスソースがかかったハンバーグとオニオンスープと胡桃パンを頼んだ。彼は物凄く悩んだ挙句、さくさくの衣がついたシュニッツェルと茹で玉子とアンチョビのサラダ、そしていつもの葡萄パンとオニオンスープを頼む。
「……エディさん。その、もう葡萄パンは」
「嫌だ、絶対に食べる。ああ、そうだ。新しく入ってくる人ってどんな人だろうね~」
エディがオニオンスープを掬い上げつつ、不思議そうな表情で見つめてくる。軽く溜め息を吐いてちょっとだけ笑い、もっちりとした胡桃パンを引き裂いた。
「さぁ……でも、嫌な思い出しかないから。あんまり乗り気にはなれない……」
ふと脳裏に蘇ってくるのは悪意に満ちた瞳と歪んだ笑み。嫉妬に塗れた表情で悪意をぶつけてくる人達。柔らかな甘さの胡桃パンを噛み締めつつ、考え込む。バターの香りがふわりと漂った。
「大丈夫だよ、レイラちゃん。もう俺がバディだからね? 誰も何も言ってこないからね?」
「ふふっ、ありがとうございます。でもさり気なく私の手を握らないで下さい。なんかやだ」
「なんかやだ……ちぇっ、あーあ」
淋しげな微笑みを浮かべてシュニッツェルを切り分け、優雅に口元へと運ぶ。すっかり日常となってしまった、この光景が。エディと二人で過ごして食事を摂ることが。
「……エディさん、あの」
「ん? どうしたの? レイラちゃん。俺に何か聞きたいことでも?」
「いえ……やっぱりいいです。すみません」
「今までどんな女性と付き合ってきましたか?」なんて聞けない。
(髪を伸ばしてるって言っていた。……その人のために)
別れたのなら切ればいいのに。あの些細な一言がずっとずっと、胸の奥に突き刺さっている。エディの曖昧な態度に傷付いている。
(……やめよう、午後からも仕事があるんだし。新しい人も来るみたいだし)
しかし女性。女性か。あんまりいい思い出はない。ちょっとだけ苦手意識がある。それに嫌な予感がする、何となくだけど。
嫌な予感が当たってしまった。でもそれは少しだけ違っていて。
「初めまして、フェリシア・ダヴィッドソンです」
きらきらの青い瞳に、ゆったりとカールされたブラウンの髪には金色が混じっている。二十四歳だという彼女は優しげな雰囲気の美人で、紺碧色の制服がよく似合っていた。それを見ただけで胸に鋭い痛みが走ってしまったのは何故なのか。
「どうも初めまして。ええっと俺は」
「勿論知っていますよ、エディさん。街でも新聞でも有名な人ですから、貴方は」
綺麗なにこにこ笑顔でエディに話しかけている。胸にもんやりとしたものが溜まっていって苦しくなってしまう。エディがふとこちらに気が付いて、訝しげな表情を浮かべた。
「レイラちゃん? どうしたの? あ、こちらは俺のバディであり婚約者の、」
「なった覚えはありません! 彼のバディでアーノルド様の婚約者です。レイラ・キャンベル。どうぞよろしく」
フェリシアが戸惑った表情を浮かべて、差し出された手を見つめている。しかし彼女はにっこりと可愛らしい微笑みを浮かべ、そっと私の手を握ってくれた。
「はい、どうぞよろしくお願いします。レイラさん」
胸にもやもやとしたものが溜まっていくのはどうしてだろう。多分それは、彼女がエディにばかり話しかけているから。可愛らしい笑顔でずっとずっと、彼のことを見上げているから。
「まぁ、基本的に。こうやっててくてくと歩いて依頼をこなしていくだけなんですけど……」
「でも意外と疲れますね。それに交流にも気を遣っちゃう。皆さん、ひっきりなしに話しかけてくるし」
すっかり打ち解けた二人が前を歩いている。まだ彼女のバディはいないので、澄ました顔のアーノルドが「エディ、レイラ。暫く三人で行動してくれ」と言ってきたのだ。苛立ちが募ってゆく。足元の石畳を睨みつけ、黄色い落ち葉を避ける。
(アーノルド様もアーノルド様でよく分かんないな。私とエディさんを応援するみたいなことを言っておきながら)
いつものルートなのに色褪せて見える。赤い煉瓦造りの壁に観葉植物が下がった家々に灰色の石畳。秋の訪れを感じさせる風は涼しく、頬に心地良い。それなのに一体どうしてこんなにも気持ちが晴れないんだろう。
鮮やかな赤髪を揺らしてエディが振り返る。その淡い琥珀色の瞳が「あ、忘れていた」とでも言いたげでほんのちょっぴりだけ傷付いてしまう。
「レイラちゃん、大丈夫? 疲れた? 俺と手でも繋いで歩く?」
「何でですか……? 大丈夫ですから。一人でも歩けますから! ねっ!?」
エディがこちらへとやって来て無理矢理手を繋ぐ。その温度に嬉しくなってしまって口の端が緩んでしまう。頬を赤くしながらフェリシアの方を見てみると、彼女は困ったように笑っていた。その青い瞳が少しだけ冷たいのは私の気のせいだろうか。
「仲が良いんですね。お二人とも。でもレイラさんって確か部長の、」
「そうなんですよ、アホノルドの婚約者なんですよ。まぁ、彼女はいずれ俺と結婚するんですけどね?」
「いや、だから。しませんって、絶対に一生……」
エディがどきりとするぐらい、鋭い瞳で見下ろしてくる。その剣呑な琥珀色の瞳を見てぞっとしてしまった。嫉妬、なんだろうか? これは。ぎゅっと繋がれた手を強く握り締める。
「……まぁ、それでも今だけだよね。その拒絶も!」
「う、ううーん。相変わらずメンタルが強靭……!!」
「ふふふ、前途多難ですね。エディさん」
彼女が甘く笑って、口元に白い指を当てる。短くふんわりとした茶髪には金色が混じっていて、透明になってきた陽射しを受けてきらきらと輝く。女の私でさえ見惚れてしまうのだからエディもきっと。
「わ~。レイラちゃんのこの角度が可愛い……!! そろそろカメラを持ち歩いて写真を撮りたい! いーい!?」
「よっ、よくありません! 逆に聞きますけど何でいいと思ったんですか!? 許可が下りるとでも!?」
「え~? 駄目だったか、ちぇっ」
エディがわざとらしくくちびるを尖らせ、ぱっとこちらの手を放す。ほっとしたような、残念なような。そんな気持ちが入り混じって心臓がばくばくと甘く鳴っている。思わず自分の胸元を押さえていると、フェリシアが鋭い瞳でこちらを見下ろしていた。しかしそれも一瞬で掻き消える。
「ふふっ、エディさんはレイラさんのこと。諦めるつもりはないんですか? すっごくモテそうなのに?」
「ないですね~、まぁモテるのは否定しませんけど。俺の心はいつだってレイラちゃんに奪われっ放しなので……」
「エディさん……ちょっと大袈裟なのでは?」
エディが胸元に手を当てて、恍惚と両目を閉じている。話しかけてみると、にっこりと愛おしそうな笑顔を浮かべた。
「大袈裟なんかじゃないよ、レイラちゃん。だから君が早く俺のことを好きになってくれたらいいのに……それで全部が解決するのになぁ」
最後の呟きは、胸が狭くなるほどの淋しげな声で。不覚にもときめいてしまい、くちびるをきゅっと引き結んで前を向く。仕事中なのだ、今は。
「さっ! フェリシアさん。何か分からないことがあったらどんどん質問して下さいね? あとエディさんの変態発言はさっくり無視して頂けると有難いです!」
「え~、そんなぁ。レイラちゃん、俺はいつだって大真面目に話してるのに!?」
「嘘でしょ、それ。絶対……エディさんってばもう、本当に相変わらずなんだから。新人さんの前でぐらい、しゃっきりとして下さいよ、もう」
二人で軽く笑い合って街を歩く。ああ、どうかこのままで。誰も入ってこないでどうかこのままでいられますように。それなのに現実はちょっぴりだけ残酷だ。足元ががらがらと崩れ落ちていって眩暈がしてしまう。
「ねぇ、エディさん。良かったら私と一緒に帰りませんか? いくつか仕事のことで聞きたいこともあって」
フェリシアが笑う。にっこりと可愛らしく笑う。白いボウタイブラウスにレースタイトスカートを履いた彼女は口元も目元もきらきらとしていて、はにかんだ笑みがよく似合う。終業後の廊下にて、エディがじっと物珍しげにそれを見ていた。心臓の鼓動がどきどきと速くなる。
「いや、申し訳ありませんが俺はレイラちゃんと一緒に帰るので……アーノルド辺りと一緒に帰ってください。あいつ、意外と紳士的ですよ?」
「ふふっ、いいえ、でも。彼はレイラさんの婚約者な訳ですし……ねっ?」
こちらを振り返り、私を見て笑う。女性らしい棘が潜んでいる。そうか、彼女はアーノルドじゃなくってエディが目当てなのだ。ハルフォード公爵家の当主の弟で、戦争の英雄“火炎の悪魔”。年齢は二十六歳で独身。高身長、人当たりも外見も良くて悪評は付き纏っているが今や都民の息子的な存在。
(そうね、そりゃあね? 優良物件でしょうとも、でも)
どうしてエディのことが好きでも何でもないくせにこんなことをしてしまうんだろう。不思議そうな表情のエディの腕を引っ張り、フェリシアに向けてにっこりと微笑みを返す。
「そうですね、確かに私は彼の婚約者です。ほら、エディさん? いい加減に私のことは諦めて、」
「えーっ!? 絶対に嫌だ!! 一緒に帰ろう!? 一緒に帰ろう!? 俺と一緒に帰ろうよ、ねぇ!? レイラちゃん!?」
「まったくもう~、またそんな我が儘を言って!」
エディがこちらの目論見どおり、両手を握って縋ってくる。あーあ、醜いな。私。好きでも何でもないのにこうして繋ぎ止めようとしている。彼のことが信用出来ないとか言っちゃって、それなのにこの手を握り返して苦笑している。
「仕方が無いですね。それじゃあ一緒に帰りましょうか、エディさん。あっ、フェリシアさんも途中まで一緒に、」
「すみません、俺とレイラちゃんを二人きりにして貰えませんか? ジーンさん辺りに言えば速攻で食いついて一緒に帰ってくれると思いますよ? それともフェリシアさんはまさか俺とレイラちゃんの恋を邪魔するつもりなんですか? あいつの差し金ですか? アホノルドの?」
す、凄い。もやもやが吹き飛ぶほど攻撃的な口調で詰め寄っている。フェリシアが思っていたのと違うといった表情で戸惑い、こちらにヘルプを出してくる。まぁ、気持ちはとてもよく分かる。彼のような筋肉質で高身長の男性に、がっつり詰め寄られたら誰だって怖いもの。
「ほら、エディさん? 一緒に帰りましょう? 怖がっているじゃないですか、彼女」
「えっ? うん、ごめんね? 俺の敵かと思ってさ……」
「全然悪いとは思っていない口調ですね、それ……それじゃあさようなら、フェリシアさん。また明日」
にっこりと笑ってそう言えば、彼女も同じくにっこり笑顔で返してくれる。でもその青い瞳は笑っていない。女同士だからこそ分かる棘が潜んでいる。
「はい。それじゃあまた明日。レイラさん。エディさん」
ああ、どうかこのままもう少しだけ彼の傍にいられますように。そう願ってエディの腕を引き、職場を後にした。胸が痛かった、どうしようもなく。




