3.夏の社員旅行 浜辺でのBBQと寝台での呟き
「肉……アーノルド、まだかな? 肉。焼けないかな、肉」
「少しは落ち着けよ、エディ……あと腹の音が凄いな、お前。どうなってんの?」
「今日は海で泳いだから……腹が減ってる。泳ぐと腹が減るじゃん? だから」
ぐるるるると、凄まじい音が響き渡る。ここはとっぷりと日が暮れた夜の浜辺で、職員全員でBBQをしている最中なのだが。どうもエディは待ちきれないらしく、水着姿で白い皿を持ってそわそわと落ち着かない様子だった。
「分かりますけどね、その気持ちは。まだかなぁ、お肉~。でもいいんですか? トムさん。こんなに貰っちゃって」
振り返って尋ねてみると、もそもそと串付きの玉葱を食べているトムが頷く。彼は着替えるのが面倒だったのか、水着の上から黒いパーカーを羽織っていた。
「ん~、うちのじいちゃんが絶対持ってけ! アーノルド様にも食わせてこい! それで売るからって言ってました。あと写真とサインも欲しいって」
「サインは却下だ。写真は……まぁ、ぎりぎり許容範囲。いや、でもなぁ~」
「いいじゃないですか、写真ぐらい。私が撮ってあげますよ、白いバスローブ姿で寛いでいるアーノルド様の写真を!」
もう焼けたかなと思いつつ、トングで網の上の串焼き肉をひっくり返す。まだだった、そっと元に戻して溜め息を吐く。するとアーノルドが嫌そうな顔をして、こちらを振り向く。彼はいつだってきちんとしていたい派なので、黒いポロシャツと白いハーフパンツを身に付けていた。
「何で白いバスローブ姿なんだよ? 肉の宣伝に使うつもりならもうちょっとちゃんとした感じの服装で、」
「受けがいいから、以上。お肉まだですかね、アーノルド様。早く食べたい……」
かちかちとトングを鳴らしつつぼやくと、白いシャツとデニム姿のジルがやって来た。恐ろしく似合わない。いや、似合っているのだがどこか安心できない雰囲気が漂っている。
「レイラ様、火力をあげましょうか? ああ、そうだ。エディ君に少しだけ焼いてもらったら解決するのでは?」
「えっ……情緒が無い。そりゃ魔術で焼いちゃった方が早いのかもしれないけど。味気ないじゃないですか、そんなの…………」
その言葉に笑って、ジルがこちらの頭をぽんぽんと撫でる。適当に纏めてシニョンにしているので、あまり触って欲しくないのだが。そんなことを考えていると、慌てた様子のエディがやって来て割り込んできた。
「むぐ、ジルさん! 反対れすよ、俺! さすがにジルひゃんが俺のレイラひゃんの、」
「エディ君。落ち着いて下さい。あと一体何を食べているんですか?」
「どうしても腹が減ったからジャガイモを……レイラひゃん、言い忘れてたけどその服装。ええっと、物凄く似合ってて可愛いよね! もう一回パーカーでも羽織る!?」
「落ち着いて下さいよ、エディさん……も~」
そう宥めつつ、物言いたげなアーノルドからそっと目を逸らす。服装ぐらい好きにさせて欲しい。耳がかっと熱くなって、近くにあったテーブルからグラスを持ち上げてジンジャーエールを一気に飲み干す。
「でも、あれだよね? レイラ嬢がこんな風にセクシーな感じのワンピースを着るのって珍しいよね? 解きたーい」
「ジーンさん、ちょっ、解かないで下さいね!? リボン解けたらそのっ、脱げるんで!」
これは黒いリボン付きのホルターネックタイプのニットワンピースで、しかも二の腕も出ている。さっきからやたらと視線が突き刺さるのだが、確かにこれは駄目だったかもしれない。頬が熱くなって、ぼんやりと目の前の野菜とお肉を眺める。早く焼けるといいんだけど。
「ジーンさん、あの、ちょっとレイラちゃんに、」
「エディ君。どうなの? 最近進展は。なんかレイラ嬢も可愛くなってきたし。もうそろそろじゃない? 成就すんの」
「えっ、いやぁ~……確かに連絡先は交換して軽くちょっとデート? デートらしきことはしたけどでも、」
「連絡先。交換したのかよ、お前……」
おわっ、とうとうばれてしまった。気まずくなってそそくさと、青いストライプシャツを着ているジーンの後ろに隠れる。それを見て、少し離れた所にいるミリーが苦笑していた。
「交換したんだ? レイラちゃん。エディ君と? アーノルド様に無断で?」
「ひゃっ、ミリーさん……ええっとそれはですね…………エディさんの嘘です。幻想です」
「っはは! レイラ嬢もばればれの嘘を吐くよね~。可愛い~。いいよいいよ、俺が守ってあげるよ? あ~、おかしい。部長の顔が最高! 傑作!」
「ジーン、あんたね……」
遠慮なく甘えることにする。照れ臭くなってエディの顔も見れず、ジーンのシャツを握り締めて顔を埋めた。お肉は諦めよう、そうしよう。
「でもさ~、エディ君? デートらしきものをしたって言ってたけど。大分進展してんじゃん、良かったね?」
「う~ん、そうなんですかね? 俺、まだ全然好かれている自信とか湧いてこなくって」
「だよなぁ~、昼間の海でも頭突きされてたもんなぁ~。クリーンヒット感やばかった、あれ」
「だよな~、マーカス。おい、お前。それ、俺が狙ってた肉なのに……!!」
「悪い、ほい、返す。その代わりにそのジャガイモを寄こせ、トム」
ぎゅっと両目をつむってその会話を聞く。アーノルドもジルも何も言ってこないが。どう思っているんだろう、私のこと。
(怒られるのかな、分かんない。でもアーノルド様もジルさんも何だか。エディさんに好意的だし)
それなのに嫉妬はするのか。よく分からない。アーノルドもジルもエディも、一体何を考えているんだろう?
「エディ君。前からその、言おうとしていたんだが……あ、焼けたみたいだぞ。食べるか?」
「食べますっ! あっ、ライさんそっちの! そっちのお肉がいいです、俺っ!」
「ええっと、これかな……アランもいるか? あ、でもまだ野菜がたっぷり残ってるな」
「これ、んぐ、食べたからお肉も食べる。ありがとう、ライおじさん。全部エディ君にあげて」
「あっ、私も食べたーい。下さい」
ぐっ、仲間外れにされている感が凄い。でもどうしよう、どうしたらいいんだろう? 怖い、アーノルドの気持ちが知りたいのに。ぐるぐると考え込んでジーンの背中に顔を埋めていると、ジーンが低く笑ってこちらをそっと抱き寄せてくる。
「っぶ、ジーンさん? あの、ちょっとはなして、」
「どう思ってんの? 部長はレイラ嬢のこと。なんか婚約破棄していい的なこと言ってたらしいじゃん? すんの? 嫉妬しない?」
「しない。ジーン、レイラが嫌がってんだろ。放してやれ。ああ、あと。俺とレイラは元々兄妹みたいなもんだから。レイラがいいって言うのなら婚約を解消するさ。……別に。好きで婚約した訳じゃないし」
その言葉に少しだけ傷付いてしまったのは何故だろう。
(そっか。今まで考えてこなかったけど……アーノルド様の選択肢を奪ってたのって私なんだ。もしかすると誰か、好きになった女性もいたりして)
そう考えると悲しくなってしまった。恋愛特有の悲しさではなく、自分がお荷物で邪魔な存在のような気がして。
(ああ、やっぱり私は。どこか中途半端な存在だなぁ~。…………キャンベル男爵家にも。馴染めてないんだ)
仕方が無いけど、それは。もやもやと考え事をしていたら、ジーンがこちらから離れて甘く笑う。王子様のような青い瞳が煌いて、それに吸い寄せられた。
「悲しい顔をしているね? レイラ嬢はどうなのかな? エディ君と結婚したいの?」
「ジーンさん、それは」
「ひょっひょ待って! もう限界! ストップ!!」
「あっ、ちぇ~っ。ここからが良い所だったのになぁ~」
「あんた、隙あらばレイラちゃんの体を触る気だったでしょ。ジーン……」
白いTシャツに灰色のパーカーを羽織ったミリーが、呆れ返った表情でジーンの後頭部を叩く。それをぼんやり眺めてからふっと見上げてみると、エディがこちらを見下ろしていた。牛肉の香りと玉葱の匂いがぷんと漂っている。
「レイラちゃん。…………やっぱいいや。何でもない。後でジーンさんを殴ってもいいかな?」
「駄目ですよ、そんなことしちゃ」
「えーっ!? 酷いなぁ、エディ君! 別にちょっとぐらいいいじゃん、ぶー! ぶー! ライバルのエマちゃんもいないのにさ~」
串焼き肉をもぐもぐと頬張りつつ、ジーンがぼやく。その横でマーカスが「後で締め上げようぜ、あいつ。神聖な社員旅行を何だと思ってやがる。あいつ」と呟き、剣呑な目をしたトムが「そうだな、イチャコラしたいのなら自費で行けっての。糞だ、糞」と言ってこくこくと頷いている。
「ふふっ、エマさんもジェラルドさんも。どうして婚約したんでしょうかねぇ~。あとエディさん? 放して貰えませんか?」
「ええええ~……まぁいいや。ほい」
エディが渋々離れると、気遣わしげな表情のライがやって来て串焼きを手渡してくれた。彼は迷彩柄のシャツと白いチノパンツを履きこなしていて、どこか洗練された雰囲気を漂わせている。
「エディ君。ええっと、そうそう。先程言いかけていたことなんだが」
「あっ、はい。何か言いかけてましたよね? どうかしましたか?」
「その、距離をもう少し取った方がいいんじゃないかと……せめてアーノルド君の前ではな。レイラ嬢もレイラ嬢で、あともう少しだけ……バディとは言えどもな、ちょっとな」
その注意に息が詰まった。悪意も棘も無いから尚更だ。自分が物凄く非常識なことをしている人間のような気がして、貰った串焼き肉を齧る。じゅわっと甘い脂が溢れ出て、ふんわりと炭火の良い香りが漂ってくる。それなのにどうしてだろう、美味しくない。
隣でもそもそと串焼き肉を齧っていたエディがそれを飲み込み、心配そうな表情のライをじっと見つめていた。
「すみません、俺。レイラちゃんに触りたくてしょうがなくて……以後気を付けます。でも、どうですかね? ライさんの目から見て、レイラちゃんって俺のことどう思っているんでしょう……」
「え、エディさん……最強ですよね、本当」
「うっ、うう~ん。そうだなぁ、私も。恋愛にはそこまで詳しくないから……独身だし」
最後の方は暗くぽつりと呟いていたので、何だか申し訳なく思った。慌ててしょんぼりとした様子のライに近寄り、その厳つい顔立ちを見上げる。
「あのっ! 私っ! ライさんと年が近かったらもう今すぐにでもお付き合いを申し込みたいぐらい、むぐっ!?」
「あっ、危ない危ない……その服装でその上目遣いは駄目だよ、レイラちゃん! 駄目だよ、レイラちゃん! 俺もメンタルもライさんのメンタルも殺られる……危ない危ない、ふ~」
「むぐっ!? むぐぐぐぐ…………!!」
まるで誘拐犯のように、エディがこちらの口元を塞いでずるずると後退する。ライが口を開けてぽかんとした表情を浮かべていた。しかしこちらを見ていたアランが咳き込み始めたので、慌ててそちらを向く。
「ぶはっ! エディさん? ちょっともう、いい加減に放して、」
「レイラちゃん。ずっとこのままなのかな? ……君は以前、俺のことを好きになったとしても言わないって。あいつと結婚するって。そう言ってたけど」
そ、そんなこと言ってたっけ? エディの胸元にもたれたまま、自分の記憶を漁る。少し離れた所では皆がBBQコンロを囲んでいて、時折こちらを眺めてくる。ジーンがひらひらと手を振って、ライが心配そうな表情で見てきた。アーノルドは串焼き肉をひっくり返しつつ、頑なにこちらを見ようとしない。
頭上には満天の星空が広がっていた。銀や金の砂をまぶしたような夜空は美しく、生温い潮風と海のざざんという音が響き渡って溶け合って、こちらの胸を淋しく揺さぶってくる。記憶の底の方でまた、何かが蠢いて熱を持った。
「……エディさん。本当に、その。私のことが好きなんですか……?」
ずっとずっと怖くて聞けなかったこと。恐ろしくて不安で、海の音と人の喧騒を聞きながら待っていた。耳を澄ませて彼の返答を待つ。
(怖い、怖いな。どうしてこんなに怖いんだろう、馬鹿みたいだ)
分かりきっていることの筈なのに。どうしてこんなに怖いんだろう、紡ぎ出されるその返答が。
「……好きだよ、レイラちゃん。ずっとずっと昔から」
「昔から……? エディさん、それは」
振り返ってみると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。でも次の瞬間にはぱっと両手を上げて、にっこりと明るい笑顔を浮かべる。
「それぐらい好きってこと。さっ! そんじゃあ戻ろうか? レイラちゃん。またライさんに注意されるのも嫌だし?」
「あっ、はい……戻りましょうか」
何だろう、はぐらかされた気がする。ゆうゆうと遠ざかってゆく背中を見て、胸が淋しく締め付けられる。ああ、やっぱり。
(エディさんは私のことが好きじゃないのかな……よく分からない。どうしたらいいんだろう、もう)
両目を閉じて深く考え込む。どうしてもどうしても認めたくない感情が這い出てきて、それに蓋をする。気がついた所でどうにもならないから。全てが終わってしまうような気がしたから。
「あ~……馬鹿だ。私、眠れない…………!!」
低く呻いて寝台から起き上がる。大人が三人寝転がれそうな寝台は絹のシーツがかかっていて、客室もやたらと豪華だ。重厚なカウチソファーにテーブル、ドレッサーに猫足バスタブが置いてあるバスルーム。
(流石は高級なリゾートホテル……でもちょっと落ち着かないな。どうしよう、眠れない)
嘴が黄色い南国の鳥に豊かな果実が描かれた絨毯を踏みしめ、歩き回る。客室を出てどこかへ散歩にでも行こうか、どうしようか。ふと、先程の彼の声が蘇る。悪戯っぽく笑って、こちらを振り返っていた。
『レイラちゃん、夜這いがしたくなったらいつでも来ていいよ? あいたっ!?』
『洒落になりません。やめて下さい。寝ます。おやすみなさい!!』
『はは、まぁ今のは冗談半分の本気だからさ? 眠れなくなったらいつでもおいで、お菓子とお茶でも出してあげるから』
そう言って客室に入っていって、ぱたんと目の前で白いドアが閉まる。その優美な金色の取っ手が付いた、木製のドアを見て考え込む。
(うーん。子ども扱い。し過ぎじゃない……? いや、私を警戒させないため? よく分かんないなぁ、も~)
悩んだ末に淡いブルーのネグリジェの上から、白いガウンを羽織ってスニーカーを履く。まだ時刻は二十二時を過ぎたばかりだし大丈夫だろう。……多分。そっとドアを開けて廊下に出ると、途端にひんやりとした空気に包まれる。
(涼しいな、意外と。もうそろそろ秋に向かう頃だし……まだ暑いけど)
このまま涼しくなってくれたら、外での仕事も捗る。炎天下の中歩き回っていると、体温調節付きの制服を着ていても倒れそうになるのだ。熱中症が怖い。
「うっ、ううーん……エディさん、起きてるかなぁ?」
ドアの前で佇んでいると、中からざあざあという音が微かに聞こえてくる。まさかシャワーでも浴びているのだろうか。それなら出直した方がいいのでは。
「えっ、えいっ! もうどうにでもなれっ! エディさん、いますか!? ってあれ? 鍵が開いてる……」
ベルを鳴らして呼ぶのも気が引けて、駄目元でドアを開けてみるとすんなり開いた。物騒だ。私達の他には一応、誰もいないんだけど。
「エディさーん……? やっぱりシャワーかな? あっ、カーテンが」
白いタイル床のバルコニーへと続く扉が開いていて、ひらひらと白いカーテンが舞っている。駆け寄って扉を閉めていると、背後でがちゃんという音が響いた。振り返ってみるとそこには、白いバスタオルを首にかけて呆然と突っ立っているエディがいた。全裸で。
「すっ! すみません!! まさかいきなり全裸で出てくるとは思わずっ! すみませんっ!」
「いやっ、別にいいんだけどね!? びっくりした、びっくりした!!」
エディの慌てた声を聞いて、思わず両手で顔を覆ってしゃがみ込む。ああ、駄目だ。もう何か。恥ずかしくて死んでしまいたくなる。
「ごめっ……ごめんなさい。ちょっと、眠れなくって。お菓子でもちょっと貰って喋って眠ろうかと思ったんですよ、私」
「あっ、ああ。うん。それは別に構わないんだけどね……しまったな、もう少し気を遣うべきだったよね? ごめんね?」
「いや、悪いのは私なので……このままその、しゃがんでおくので。ちゃっちゃっと着替えちゃって下さい…………」
ああ、馬鹿だ。私。馬鹿だ。
「シャワーの音がした時点で。気がつくべきだったのに……ごめんなさい」
「いや、大丈夫だけど……着替えてくるね、じゃ」
足音が遠ざかってドアが閉まる。顔から両手を離して、溜め息を吐いて立ち上がった。
(まぁ、そっか。洗面所で着替えてくるよね……)
意外と素っ気無い態度に傷付いているのはどうしてだろう。迷惑がられただろうかと思い、ふと寝台に目を向けてみるとそこにガイルが寝そべっていた。黒い鼻をぴすぴすと鳴らして、ふわふわのお腹をこれでもかと言うぐらいに見せ付けている。
「ふっふっふっふ、ガイルさぁーんっ! もふもふっ! もふもふっ!」
「うおっ!? ……何だ、レイラ嬢か。エディ坊やと思った」
「エディさんは着替え中でーっす! はー、もふもふ。至福のもふもふ!!」
寝台へと寝そべって、ガイルのふわふわのお腹に顔を埋める。爽やかな石鹸の香りと空調の効いた部屋にほっとして、眠たくなってしばしまどろむ。
「ふぁ~あ……眠い。何だかもう、ここで眠りたい気分でいっぱいですよ、ガイルさん……」
「頼むからそれだけはやめてくれ。エディ坊やの負担になるだろうが、必死に耐えてんのに」
もう一度、欠伸をしつつ考える。きっとエディはそこまで私のことが好きじゃない、女性として見ていない。うつらうつらと眠たくなってきて目蓋を閉じる。
「きっと違う、きっと違うよ。ガイルさん……エディさんは嘘吐きで、きっと私のことなんか好きでも何でもないと思う」
「どうしてそう言い切れるんだ? レイラ嬢?」
ふくふくとしていて温かい毛皮に顔を埋め、考える。原始的な温もりだった。いつかの時代では誰かもこうやって毛皮を埋めて、安心して洞窟で眠っていたに違いない。
「だってさっきもなんか、反応が冷たかった……淋しい、淋しいよ。ガイルさん」
「レイラちゃん。……そういうことは俺の目を見て言って欲しいんだけどなぁ。ガイルにじゃなくって」
ぎしりと寝台が軋んで、エディの静かな声が落ちてくる。それをまどろみながら聞いていた、いつもの優しくて甘い声。頭を撫でられて、その優しさにうっとりとしてまた目を閉じる。
「めいわく。でしたか? エディさん。こうやって来たの……」
「いいや、ちっとも。レイラちゃん。本当に勘弁して欲しいんだけどなぁ……」
心底参ったような声に嬉しくなる。嬉しくなってほんの少しだけ、我が儘が言いたくなる。困らせたくなる。
「今日はもう。ここで寝ます、エディさん……おやすみなさい」
「レイラちゃん……はー……」
「エディ坊や。後で俺が運ぼう。そう睨むなよ、俺は。今でも彼女一筋だから……」
そうだ、ガイルには人間の奥さんがいたんだ。
(ああ、もう。名前も思い出せないな、でも)
いつだって悲しい。誰かがいなくなるのは。無意識に手を伸ばして、ガイルのふくふくとした黒い毛皮を掴む。温かい。
「エディさん。……エディさんのことは好きじゃないし今いち信用出来ないけど。いなくなったら悲しいです。だからもう少しだけ、私の傍に…………」
眠たくなってもう、両目を開けることが出来なくて。眠りに落ちる瞬間、エディが何かを呟いた。
「いいよ、レイラちゃん。傍にいるよ? ……ごめんね、本当は君の傍にずっとずっといたかったんだけど。ごめんね……」




