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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
75/122

番外編 こぼれ話とそれぞれの休日

 




<エディのメニューの決め方 食堂にて>




(うーん、どうしよう? 俺としては、レイラちゃんが一昨日頼んでいたサーモンフライのやつを食べたいんだけど、気持ち悪いって言われるかな? でも、どうせ頼むのなら海老のビスクスープも一緒に頼みたい。どうしよう? レイラちゃんが四十五度の角度で飲んでいたのが滅茶苦茶可愛かった……俺も同じ角度で飲みたい。でも、気持ち悪いって言われるかもしれないから、先週の火曜日に食べていたハンバーグセットにしようかどうしようか)



「うーん、ごめん。レイラちゃん、俺、まだまだ時間がかかりそう……一応候補は決まってるんだけどなぁ~」

「あはは、エディさんってばもう。いっつもいっつも悩んでいますよね~、それで。意外、ぱぱっと決めそうな人に見えるのに~」

「ごめんね~、レイラちゃん。いっつも待って貰ってて。でも、今日はやっぱりハンバーグセットにしようかな!」




<わりとエディでもアーノルドでも遊んでいるレイラ 部署にて>



「エディさんの髪って本当に綺麗ですよね! 三つ編みしても大丈夫ですか?」

「えっ? 別にいいけど。はい」

「わ~い、やった! あっ、リボン。リボンも付けたい! いいですか!?」

「いいよ、別に。何でも好きなようにしていいよ?」

「じゃあここ結ぼう。結んでリボンを付けてっと……」




 数分後




「エディ、お前。嫌なら断ってもいいんだぞ……? レイラもレイラでそこまで好きにするなよ」

「えーっ? だって、いいよって言われたんだもーん。ねっ? エディさん?」

「うん、まぁ、別に大丈夫だよ? レイラちゃんと距離が近かったし! 全然大丈夫、俺!」

「安定のお前だったな……」

「アーノルド様もします? メイク」

「メイクまでしてたのか……そういやしてるな。俺は絶対に嫌だ。お前と二人きりならまだしも」

「陰湿陰険イヤミ虫め……」

「たまに出てきますよね、その罵り言葉」





<意外と押しに弱くて頼まれたら断れない性格のアーノルド ロッカールームにて>




「なぁ? お菓子ちょーだい。お菓子。アーノルド」

「何でだよ、エディ。どうせ昼間っからぽんぽんとお菓子貰ってるんだろ? ほい」

「ありがとう、でも足りない。あとお前からお菓子のカツアゲをしたい。復讐」

「うるせぇな、もう。それ食ったらさっさと帰れ。目障りだっての」



(あげるんだ……あげちゃうんだ? へー)

(あげなくても別にいいと思うんだけど。何だかんだ言って甘いよな、アーノルド様も)

(仲が良いんだか悪いんだか……)




<サイラスがレイラを襲った本当の理由 ストレスが溜まっていたから&ブラコンだから>



「今日はなんか。いいようにこき使われた……ニワトリの着ぐるみを着せられた。ミニスカ姿のレイラちゃんが可愛かった。生足最高」

「何だって!? 俺も見たかったのに、生足と着ぐるみ姿! どうして俺も呼んでくれなかったんだ!?」

「いや、仕事だから……あと、何かと疲れたから話しかけないで欲しい、鬱陶しい。あーあ、レイラちゃん。こんなにも好きなのになぁ、あーあ」

「最近はそればっかじゃないか、エディ……!! 頼む、お兄ちゃんのことも少しは構ってくれよ!?」

「やだ、絶対にやだ」





「今日はショッピングモールでばったり、デート中のレイラちゃんとアーノルドに会っちゃってさぁ~……レイラちゃんとは手も繋げなかったし。なんかお揃いの服装だったし。嫌だった」

「えーっ!? 可哀想に、エディ! どうしてレイラ嬢は、その婚約者を振ってさっさとお前と結婚しないんだ!? おかしいだろ、どう考えても! エディはこんなにも可愛くて賢くて、」

「もういいから、ちょっと黙って欲しい……くたびれたから寝る。俺。おやすみ」

「ちょっと待ってくれよ、エディ!? 俺っ、振られたんだけど!? 女の子に振られて傷心中なんだけど!?」

「知らん、おやすみ……はーあ、レイラちゃんに会いたいなぁ。もう」

「エディーっ!! 淋しいよ、俺っ! 淋しいよっ!!」




「っおかえり! エディ! どうだった!? レイラ嬢との初デートは!?」

「ああ、デートいう名の畑仕事だった……あと喋っちゃ駄目なんだって。デート中は」

「何だと!? 喋ってこそのデートだろうが! やっぱりおかしいぞ、そいつ! よし! ここは俺がレイラ嬢に会ってとことん言い聞かせて、」

「やめようやめよう、兄上! もういいから! 頼むから黙って欲しい、マジで!!」



 そして、エディから仮面舞踏会の話を聞いて潜入する。今までの不満をレイラにぶつける。




「初めまして、レイラ嬢。俺はサイラス。サイラス・ハルフォード」








<誕生日パーティーの後で>




「わ~っ!! レイラちゃんの幼少期が神々しくて目が潰れそう、可愛い~。可愛い~!!」

「エディさん、ちょっと大袈裟なのでは……?」

「わ~、こっちのアルバムも見てもいいかな!? シシィちゃん!?」

「勿論ですわ、エディ様! そして私イチオシの写真はお姉様が十七歳の頃の写真で、高原の植物園に行った時のものです!」

「わ~っ!! 可愛い、俺も一緒に行きたかった!!」

「いや、家族旅行だから……三歳の頃の写真もあるんだ。見るか?」

「アーノルド様……完壁に兄馬鹿の顔ですよ、それって」

「見るぅーっ!! 今日ばかりはお前に感謝するよ、俺!!」

「おい……常に感謝しろよ、常に」

「しない、やだ」

「自由かよ……まぁいい。お前、紅茶で良かったか?」

「うん、ありがとう」










<それぞれの休日の過ごし方 連動>



 ピピピと鳴った目覚まし時計を止める。枕を抱えつつ時計を眺めると、時計の針は朝の五時を指していた。



「起きる。……起きるかぁ~、もう」



 寝室は薄暗く、かすかに野鳥の声が聞こえてくる。アーノルドは渋々と起き上がり、分厚いカーテンを引いて窓の外を眺めた。



「ん、今日は晴れそうだな。洗濯物……父上のと。ああ、シシィと母上の分もだな」



 俺に洗濯物を触られても平気なのか、シシィから頼まれている。どうも、あの妹は俺のことを便利な使用人だと思っているらしい。



「まぁ、妹なんてそんなもんか。レイラの分もだな、あいつ。溜め込んでやがる……」



 それぞれの部屋にバスルームが備わっているのでわざわざそこに行って、洗濯機を回して干してとしなくては。



(どうも魔術で洗って乾燥させると、生乾き臭が漂って来るんだよな~。やっぱ陽の光が最強だ)



 それとも俺の技術の問題なのか。くだらないことをつらつらと考えつつ、歯を磨いて髭を剃ってと、身支度を一通り済ませる。



「朝飯……何にするかな。そっくりさんは何を食う?」

「目玉焼き五つとミルクをコップ一杯!」

「ほいほい、後は?」

「苺ジャム。苺ジャムを熱いミルクに溶かして飲む……」



 今日は足元の影にいたい気分なのか、レイラの顔だけ出してそう答える。人外者の主食は魔力だが、時折こうして人間の食事も摂る。嗜好品だそうだ。



「俺は何にするかな……そういや食パンが湿気ってたな。フレンチトーストにでもするか」

「そっくりさんのは? ある?」

「いいぞ。一切れやろうか、そっくりさん」

「ん、ちょーだい」

「へいへい」



 エプロンを手に取って、淡いブルーの壁紙と白いタイル床のキッチンに立つ。昨日の夕食の残りもあるから、それを食べようかどうしようか。



「そっくりさん。食パンを取ってきてくれ、食パンを」

「ん、ほい」

「ありがとう、そんで母上とシシィを起こしてきてくれないか? 頼まれているんだ、起こしてくれって」

「はぁ~い、ぶ~……銀等級人外者なのにぃ」



 どうも銀等級人外者という称号に誇りを持っているらしく、こうして雑用を言いつけると不貞腐れる。



(そういや、この間の遊園地でもガイルと二人で不貞腐れていたなぁ~)



 エディと同時に人外者を呼び出してしまったことを思い出して、眉を顰める。レイラが「何だかんだ言ってそっくりですよね、二人とも! タイミングがぴったり~」と言って笑っていた時のこともついでに思い出し、何やら胸がむかむかとしてくる。



(くそっ、仕方が無いことだが。レイラもレイラで呑気なこって……あーあ)



 早く言ってしまえばいいのに。エディ、エディ。



『アーノルドさん。お願いです、俺は────……』



 エディの声を聞かないようにして玉子を割る。フォークでかき混ぜて卵液を作る。



(エディ、エディ。だからだよな、だからきっと、レイラもお前のことが好きになるんだ。俺ではなく)



 そのことを考えると胸の奥がずきりと痛んだが、考えないようにする。



(飯を食ったら洗濯物を回収して。ああ、母上とシシィが起きてくる前に焼かなきゃなぁ。昨日のトマトスープとサラダが残っていたから。それをまずは出しておくか。そんでからえーっと、ゴミ出しだな、ゴミ出し。ここはもうそっくりさんに頼んで。とりあえずこの後は洗濯物。その後がフレンチトースト。よし!)








「ふがっ? ……んが」



 こうしてふっと目覚める時がある。外はまだ薄暗く、タオルケットがでろりと床に広がっていた。



「やっべぇ、埃が付く……というか腹壊す。やべぇ」



 寝台に横たわったまま腕を伸ばして、床からタオルケットを拾い上げる。横の窓からは薄暗い朝日が射し込み、足元で眠っていた狼姿のガイルが低く唸る。



「へいへい、うるさくしてごめんってば。あ~あ、眠い。でも、こうなると二度寝が出来ないんだよなぁ~、俺」



 何故かどんなに眠たくても、ふっと目を覚ましたらそのまま、もう一度眠ることが出来ない。眠い、頭がよく回らない。



「うが~、寝たい。二度寝したい、ガイルぅ~、もふもふ~」

「やめろ、鬱陶しい。眠いのなら寝たらどうだ、エディ坊や」

「いやだ~、ねむい~……」



 ぼふんと黒い毛皮に顔を埋めると、ガイルがふんと鼻を鳴らして、身じろぎをする。そのまま暫くふわふわの黒い毛皮を撫でつつ眠ってたけど、やっぱり。



「ねむっ、眠れない! 仕方が無い、起きるか~……レイラちゃんは今頃どうしてるかな?」

「昨夜もお前ら二人で、遅くまで喋ってたからな……ぐうすかと眠っているんじゃないか? ぐうすかと」

「ほんと、お前もお前で。ちょっとレイラちゃんに棘があるよなぁ~」

「当然だろ、エディ坊や。お前がどう思ってるかは知らんが」

「俺ねぇ。ん~、俺は」



 そもそもの話、生きたいと願ったのは俺だから。感謝しかないと言えば嘘になるけど、でも。



「兄上もキースもガイルも。そりゃあレイラちゃんのことが目障り? 目障りって思うのかもしんないけどさ。俺はこれで良かったと思う。本当に。マジで」

「いいから早く顔を洗ってこい、エディ坊や。臭い」

「えっ? 気を付けてるんだけどなぁ~……ま、いいや。洗ってこよ」



 シャワーを浴びるかどうしようか悩んで、やっぱりやめてバスルームで顔を洗う。顔を洗って歯を磨いて、ぼんやりと重たい頭で考え込む。



(あ~、レイラちゃんに連絡がしたい。でも我慢、我慢)



 鬱陶しがられると嫌だから。極力連絡しないようにしていたら何と、レイラちゃんから頻繁に連絡が来るようになった。嬉しい、でも、眠たくて重たくて頭がふらふらする。



「んぇっ、朝に弱いの何とかしたい……めし。飯食おう、飯」

「キースはもう起きているぞ、エディ坊や」

「さすが俺らのパパ……行くか」

「おう」



 適当にそこら辺にあった、白いTシャツとハーフパンツを履いて降りる。ここはかつて住んでいた公爵家の屋敷でやたらと広い。だだっ広い。安っぽいスリッパでとんとんとんと、大理石の階段を降りていると、落ち着かない気分になってしまう。戦場に長くいたからか、どうにも豪華な部屋は落ち着かない。



「あ~、おはよう。兄上。キース」

「おはよう、エディ。昨夜はよく眠れたか? 俺の隣の席が空いてるぞ?」



 いや、そりゃあここには俺と兄上の二人しかいないんだから。空いていて当然だろう。渋々と嬉しそうな様子のサイラスの隣に座り、頬杖を突いてぼーっとする。朝っぱらから白いシャツを着たサイラスが嬉しそうな様子で腕を伸ばし、寝癖がついた俺の赤髪を整える。



「エディは寝癖が付いていても可愛いなぁ~! 今日の予定は? 何だ?」

「特に無い。けど、レイラちゃんに会いたい、俺……」

「だよな~! 可哀想に、エディ! 本当あの女もあの女でどうして、」

「兄上? 何か言いましたか?」

「いや、何でもない……エディは怒った顔も可愛いな! ほら、お兄ちゃんがご飯を持ってきてあげるからな! ご機嫌、直そう? なっ? なっ?」



 昔からブラコンだから、きっと一生治らない。



(たかだが数秒ごときで……兄貴面かよ。あ~あ)



 でも、苦労をかけてしまったので何も言えない。黙って、運ばれてきたベーコンエッグとサラダをももそもそと食べつつ、考え込む。



「エディ、ほら。珈琲こぼしそうだぞ? ああ、ほら。ぼろぼろ落ちてる。相変わらず朝に弱いなぁ~、お前は」

「兄上は意外と平気ですよね……」



 いまだに距離感が掴めない。双子とは言えども、約八年ほど離れていたら他人も同然。どういう態度が正しいのか。



「やべぇ、眠くて頭が回んねぇ……つらい、ねむい」

「もう一度寝てくるか? エディ」

「いい、そう言えば今日。フレッドおじさんに教えて貰う予定だったから……野菜。レイラちゃんに食べさせたい」



 随分前にハムを作ってあげてみたところ、凄く喜んでくれたので。やはり野菜から手作りするべきかと考え、庭の隅に作って貰った。ハルフォード公爵家には代々の菜園があるので、別にそこから貰ってきても良かったが。



「お前もお前で健気だよなぁ、エディ。俺も流石にそこまでは出来ないぞ……?」

「兄上は遊びだろうが、俺は違うから。本気だから」



 ベーコンを刺し損ね、ふらふらと眠たい頭でもう一度試してみる。今度は上手くいった。



「エディ、俺も毎回本気だぞ? 常に同時進行しているだけで」

「いや、それって本気って言わない……ただの屑。屑男」

「屑って酷いなぁ! 俺は女の子を愛する為に生まれてきたようなもんだからね。それに尽くすタイプだし、俺」



 確かに尽くしてはいるが、問題はそれを何人もの女性にやっているということで。



「器用だよな、兄上も。振られる度に泣いて落ち込んでいるし。次の朝には恋人が出来てるけど」

「俺はそれぞれの彼女を愛しているからね! 女の子はみんなお姫様だし、ずっとずっと幸せでいて欲しいんだ」

「へー、やっぱ屑だ。屑」

「何でそうなるんだよ? エディ」



 朝食を食べて麦わら帽子を被り、庭へと向かう。



(ああ、レイラちゃんに会いたいけど。やめておこう、連絡すんの……)




 友達でも誘って遊びに行くか。ひとまずは野菜の育て方を教わる。庭師のフレッドおじさんに。







 休日とは心ゆくまでだらだらと寝そべり、惰眠を貪るものだと思っているのだが。どうもアーノルドはそうじゃないらしく、十時を過ぎるとこうして起こしにやって来る。白いシャツ姿のアーノルドが腕を組み、先程からしきりに起きろ念波を送ってくるのだ。



「レイラ……いい加減にしなさい。起きろ。朝飯が冷めるだろうが、お前」

「いいもん、作ってって頼んだ覚えが無いんだもん……!!」

「どーせ俺が出かけたり寝てたりしたら文句を言うだろうが!! 起こしてよって文句を言うだろうが! 起きろっ!! 寝過ぎるとまた平日が辛いぞ!?」

「やだーっ! もーっ、休みの日ぐらい! ゆっくり寝かせてよ、アーノルド様!」



 ぎゅうぎゅうとタオルケットにしがみついて反抗してみたものの、呆気なくべりっと剥がされてしまう。ああ、これだから。



「これだから、お年寄りのアーノルド様は……」

「おい、お前。レイラ。誰が年寄りだって……?」

「いっ、痛い痛い。ごめんなひゃい」



 思いっきり頬を引っ張られたので謝ってみると、ふっと銀灰色の瞳を細めて笑う。どうも、最近の彼は兄へとシフトチェンジしている最中らしく。



(そのことがちょっとだけ淋しいだなんて。我がままだな、私も)



 寝室にあるバスルームで歯を磨きつつ、鏡に映った自分の姿をぼんやりと眺めていた。今日は特に何の予定も無いが、どうしよう? 



(エディさんにでも連絡してみるかな……でも、その前にご飯ご飯。朝ごはんっ)



 白黒ボーダーのTシャツとデニムに着替えて降りると、いつものキッチンにて、アーノルドがフライパンを眺めていた。そのすらりとしたエプロン姿に見惚れつつ、後ろから覗き込んでみる。



「フレンチトーストですか? 美味しそう、甘い匂いがする」

「ああ、パンが湿気ってたからな。玉子も余ってたし、久々にフレンチトーストでもしようかと。俺はごめんだが、ベーコンも付けるか?」

「付ける~、あまじょっぱいのにする~」

「あーあ、やれやれ。ベーコンとメープルシロップだなんて。合わないだろうに、まったく」



 そんなことはない。ベーコンの塩気とメープルシロップは、意外とよく合っていて美味しいのだ。口元を緩めながら冷蔵庫へと向かって、中から牛乳を取り出す。



「アーノルド様、今日セシリア様は? それにイザベラおば様達も」

「あー、父上はなんか。仕事らしい。そんで母上もシシィも朝っぱらから出かけてる。遠くの美術展に招待されたかなんかで。遅くなるってよ、今日」

「へー、元気ですねぇ。ジルさんは?」

「姪っ子の所に遊びに行ってる。何でも結婚が決まったそうだ」

「へー……想像つかないや」



 ジルの姪っ子ならアーノルドとも遠い親戚だ。何気ない会話の中で、自分が養女だということを思い知らされる。



(どうもたまに落ち着かないな、この家は)



 居候しているような気分だ。違うんだけど。冷たい牛乳をごくごくと飲んでいると、アーノルドが火を止めて換気扇を消した。



「レイラ、皿持って来い。皿。あと、さっきからメッセージが入ってるんだけど、お前の魔術手帳」

「あーっ、どうだろ。ジーンさんかな……」

「またか? しつこいな、あいつも」



 いや、多分エディさんからだと思うのだが。何となく後ろめたくて私は、連絡先を交換したことをアーノルドに伝えていない。フォークを持ってフレンチトーストを食べつつ、魔術手帳を開くと、向かいに座ったアーノルドが「行儀悪いぞ、レイラ。食ってからにしろ。食ってから」と眉を顰めて注意してくる。



「ふぁ~い。ひょっひょ待っへ、アーノルド様……んあ」

「何だって? ジーンか? エマか?」

「ん~、ミリーさん。女同士の話だからこれは」



 途端にアーノルドが黙り込む。何かよく分からんが聞かれたくないことなんだな、という言葉が顔に書いてあって笑ってしまう。便利だ、このフレーズ。そして、魔術手帳にはエディの文字が揺れ動いていて、それを見て首を傾げてしまう。



 “レイラちゃん、おはよう。ごめんね、朝から。君にどうしても会いたいんだけど無理かな?”



 まぁ、別にいいんだけど。今日も暇だから。でも。



「レイラ……飯食ってからな?」

「ふぁいふぁい……んぐ、美味しいれふ。フレンチトーストもベーコンも!」

「お代わり、まだフライパンにあるぞ? よそってやるからいつでも言え」

「ふぁ~い……」



 甘くて蕩けるような食感のフレンチトーストを食べつつ、考える。メッセージの横に記された六時四十二分という時間がどうも引っかかる。エディはとても常識的な人で、朝早くからこんなメッセージなんて送ってこないのに。



(さてはサイラス様だな……筆跡がなんか違うような気がする。怪しい、得体の知れないじめっとしたものが漂っている。女好きの屑め)






 ガイルに呼ばれて部屋に戻ってみると、テーブルの上に置いた魔術手帳にメッセージが入っていた。



「えーっ!? 俺っ、まだ寝てる時間だし!! くっそ! 兄上の仕業か!!」

「そういやなんかいじってたな、あいつ」

「止めてくれよ、見てたんならさ~。も~、でも」



 レイラちゃん、レイラちゃん。少しは期待してもいいんだろうか、君に好かれているって。思わず口元に笑みが浮かんで、その綺麗な文字を指でなぞる。



 “おはようございます。いいですよ、会いましょう。二人きりで。なんか最近アーノルド様がうるさいし。むかつくし”



「っはは、何だろう? ……可愛い。可愛い、レイラちゃん」



 好きだよ、レイラちゃん。だから、君が早く俺のことを好きになってくれたらいいのに。レイラちゃん、レイラちゃん。好きだよ、レイラちゃん。ああ。



「それじゃあ、俺、出かけてくるよ、ガイル。昼飯はいらないってキースに言っておいて。レイラちゃんと食べてくるから、俺」



 麦わら帽子を脱いで、クローゼットを開ける。さぁ、何を着ていこうかな。会いに行こう、レイラちゃんに。





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