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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
73/122

29.悪魔の謝罪と気が付きたくない恋心

 





「本当にごめんね、レイラちゃん。俺の兄上が君に酷いことをして……」

「いや、まぁ、エディさんのせいではないので……助けてくれたし」



 隣でエディがしょんぼりと落ち込んでいる。今朝から彼はずっとこんな調子だ。ストローから林檎ジュースを吸い上げて飲んでいると、鮮やかな赤髪を揺らして、こちらを見下ろしてくる。気遣わしげな淡い琥珀色の瞳に一瞬だけ、息が止まりそうになった。頭上では公園の木々が揺らいでいる。



「大丈夫? その、トラウマになったりしてない?」

「大丈夫大丈夫、エディさんが助けに来てくれたから。元気ですよ? 私」



 明るい笑顔を浮かべてピースサインを作ってみたのだが、エディの表情はやっぱり晴れない。



(ううーん、どうしようかな? 本当に気にしなくていいんだけど)



 昼時だというのに、何も食べずに黙り込んでいる。そのがっちりと組まれた両手を見て、ほんの少しだけ触れたいなと思ってしまった。ストローから口を放し、ちょうど目の前にやって来たジェラート屋を眺める。白い車体にブルーと淡いイエローのペイントが何とも可愛らしく、でかでかとコーン入りのジェラートが描かれていた。



「エディさん。あれ、私に奢ってくれませんか? あと、心配だからご飯ぐらい食べて下さい」

「えっ? ああ、ジェラート……」



 エディがのろのろと顔を上げ、困ったような表情で見下ろしてくる。その弱った子犬のような表情に笑ってしまい、逞しい背中をぽんと叩いて励ます。



「大丈夫ですよ、気にしなくっても。あと、双子なのにあんまり似ていませんよね、お兄様と」

「うん、それは昔からよく言われる……兄上は昔からずっとあんな感じで、ちゃらんぽらんだったから」

「ああ、物凄くよく想像出来ましたよ、今の言葉で……」



 屑だ、あいつは屑でしかない。密かに怒って林檎ジュースを握り締めていると、エディが慄いた表情で「本当にごめんね、レイラちゃん」と謝ってくれた。



「いや、もう、エディさんが悪い訳じゃないんですから。元気を出して。ねっ?」

「うん、でも、俺は最低なことに……やっぱ何でもない」

「いや、そこで切られちゃうと、余計に気になってしまうんですが……?」

「レイラちゃんに好かれたいと思っているのに。全然、何もならないなぁって」



 エディが深く深く溜め息を吐いて、鮮やかな赤髪を揺らして俯いてしまう。



(ああ、そうか。私に嫌われると思ったから。サイラス様は双子のお兄さんだから)



 まぁ、確かに。彼と結婚するとなったらあれが義兄としてくっついてくるのだ。



「うわ、最悪。想像してしまった……!!」

「えっ!? 何!? 一体何の話なの、レイラちゃん!?」

「うーん、何でもありません。でも、サイラス様を見て改めて。その、エディさんは素敵な男性だなぁと」



 あながち嘘ではないのだが。



(いや、でも。ここで褒めておこう、ほら。午後の仕事にも差し支えちゃうし)



 林檎ジュースを飲みつつ振り返ってみると、エディは酷く戸惑っていた。



「あの、レイラちゃん。ええっと、その。嘘でも慰めてくれてありがとう……?」



 やっぱり駄目だったか。流石に今のはあからさまだったかなと思って、反省する。



(ええい! もういいや、仕方が無い!)



 エディの汗ばんだ手の甲を握り締め、そちらを振り向いてみると、エディが困ったような顔をしていた。その頬が少しだけ赤い。



「あのですね? 別にエディさんのせいじゃないんだし……いつもばくばくとご飯を食べているエディさんが食べないと心配です。きちんと食べて下さい。あとそれから」

「えっ? なっ、何だろう……?」



 ぎゅっとエディの手を握り締め、勇気を出して伝えてみる。どうも、私はエディのしょんぼりとした顔が許せないらしい。



「エディさんの笑顔が見たいです。いつ、いつもいつも癒されているから! はいっ、終了!」

「えーっ!? そこはときめいてるって言って欲しかったんだけど!? そしたら笑えたのに!!」

「もーっ! エディさんはいちいちうるさい! あとジェラート奢って下さい、ジェラート!」

「うん、分かったよ。レイラちゃん。ありがとう」



 あどけない笑顔で言うものだから、やっぱり心臓がうるさく鳴ってしまうような気がして。エディがベンチから立ち上がり、ぐーんと体を伸ばしてこちらを振り返る。



「選びに行こうよ、レイラちゃん。何が食べたい気分?」

「私は苺ジェラートとか、甘酸っぱいベリー系の気分です! エディさんは?」

「俺もそんな感じかなぁ~。でも、ミルキーなやつが食べたい。ミルキーなやつが」

「いいですね、それも。苺とミルクが半分のやつないかなぁ~」



 エディと二人でジェラートを選びに行き、お目当てのラズベリーとチョコのジェラートを注文する。滑らかなチョコレート色のジェラートを見たら、それが食べたくなってしまったのだ。エディはジェラートと私を交互に見つめてから、悩んで悩んで、ココナッツとカシスのジェラートを頼んでいた。



「うーん、やっぱりワッフルコーンは最強……!! うまい」

「ああ、私も、やっぱりワッフルコーンにすれば良かったかなぁ~。でも、食べやすいのはカップとスプーンなんですよね~」

「一口いる? レイラちゃん」

「えっ? いいんですか? あっ」



 隣を歩くエディがにっこりと妖艶な微笑みを浮かべる。そんな顔をしていると、本当に兄のサイラスそっくりだった。



「いやっ、うーん」

「別に無理強いはしないし。俺はどっちでもいいよ?」

「戻って、もう一個買う……?」

「俺的に一番嫌な展開かな、それは……」



 エディが青ざめてワッフルコーンを齧り取り、深刻な声で「そうか、その手があったか」と呟いているので笑ってしまう。さっと素早く辺りを見回してみると、お散歩中といった様子の老人が池を眺めて歩いていた。よし、いける。



「エディさん、ちょっと」

「ん? なぁに、レイラちゃん? ひょっとして、本気でワッフルコーンのやつを追加で買いに────……」



 ばっと素早く齧り取って、ふんわりとしたココナッツの甘い味を堪能する。よし、ミッションクリアだ。



「えっ? ……えっ!? ちょっ、何、今の素早い動き!? 俺っ、もうちょっとこう、甘い感じでキャッキャウフフで!!」

「落ち着いて下さい、エディさん。言っていることがよく分からないです」

「ええ~っ……齧られ損!!」

「齧られ損……」



 エディが項垂れている横で笑い、またその背中をぽんと叩いてやる。



「まぁまぁ、エディさん。ありがとうございます、分けて下さって」

「レイラちゃん、俺。君にあーんして欲しい……」

「断られる前提で提案するのやめて下さいよ、本当に……」




 いや、そこまで甘えてしまうのはどうなんだろう。夜、レイラはじっと、寝台の上で魔術手帳を眺めていた。ひとまず心を落ち着かせるためにテディベアを撫でて、持ち上げてぎゅっと抱き締める。



「う、うーん。迷惑かなぁ、でもなぁ」



 もうシャワーも浴びて白いネグリジェに着替えたし、このままエディとのんびり話して眠りに就きたいのだが。



(うーん、でも、あれからほぼ毎日のように電話してるし)



 それはちょっとどうなんだろう。私には一応アーノルドという婚約者がいるのに。レイラが深い紫色の両目を閉じて開いてまた、じっと魔術手帳を眺める。すると、紫色の地に白百合とマーガレットが描かれている魔術手帳がふるふると震え、ぽんっと目の前に妖精が現れた。淡く光るそれに思わず触れて、すぅと深く息を吸い込む。



「っもしもし? エディさんですか? あの、」

「ああ、ごめん。レイラ嬢。俺だよ~、サイラスだよ~」



 耐え切れずに舌打ちをすると「あれ? 舌打ちした? 今」と呑気な声が響いてくる。腹が立つ。何とか怒りを押さえて肩を震わせ、魔術手帳を持ち上げた。



「な、何ですか? サイラス様。貴方と連絡先を交換した覚えは無いんですけど?」

「そうそう、だから、エディの魔術手帳を使って連絡してる~。今、あいつシャワー浴びてんだよ。だから」



 開いた魔術手帳がふるふると震えて、淡く光っている。エディと話したかったのにと思ってがっかりしていると、何やらがちゃがちゃと物音が響いてきた。



「あっ!? 兄上!? もしかしてそれ!」

「そうそう、レイラ嬢だよ~。お前が電話したいって言ってから、代わりにお兄ちゃんが電話をかけて、」

「あーっ! もうっ! 何でそんな余計なことをするんだよ!? 返せっ! あと、レイラちゃんごめんっ! 寝る前だったろうに!」

「あ、いや。大丈夫ですよ? 私もちょうど、」

「ほらほら、エディ。取れるかな~?」

「ガキかよ!? やめろっ!!」



 どだばたと物音が響き渡って、呆気に取られて、その兄弟喧嘩を聞いていた。口を挟む隙が無い。いや、話しかけてもきっと聞こえないだろう。



「返せってば! だから!!」

「え~、やだ。だってお前さぁ、俺と遊園地に行きたくないって言ってたじゃん? だから」

「適当にどっかそこらへんの女とでも行けばいいだろ!? 何でわざわざ俺と二人で!?」

「いいじゃん、別に。最近のお前、レイラ嬢の話しかしないし? おっと!」

「だからやめろって! 返せって! 今のこれも筒抜けだし! 返せっ!!」



 ふっと口元に笑みが浮かんで、寝台に寝そべり、賑やかな兄弟喧嘩に耳を傾ける。



「エディさーん、まだですかー?」

「ちょっと待っててね、レイラちゃん! あともうちょいっ! あともうちょいで取れそうっ! ほっ!」

「レイラ嬢、聞こえてるかー? エディはどうも、毎日寝る前に君と話したいみたいだぞー?」

「だからやめろって! なるべく連絡しないようにしてんのに! くそがっ!!」



 そうか、そうだったのか。にやけてしまう口元を押さえ、光っている魔術手帳を見下ろす。



「全然連絡が来ないと思ったら。そういう事情があったんですね……?」

「我慢してるんだってさー、一丁前に!」

「やめろ、もう! ああっ、ほら!? それを返さないと一生絶対に、兄上と遊園地なんか行かないからな!?」

「え~、淋しい。お兄ちゃん、淋しい~」

「うるせえーっ! 返せっ!!」

「あっ」



 エディは無事に兄から魔術手帳を奪い返せたらしく、ほっとした声が響いてくる。



「お待たせー、レイラちゃん。ごめんね? 俺の兄上が勝手に君に電話をかけたりして」

「いいだろう? 別に。お前がかけたいって言っていたのを俺が代わりに、いてっ!?」

「出ていけ、もう。兄上は。レイラちゃんと話すのに邪魔っ!」

「ええ~? このまま三人で話していればいいだろう? あっ、そうだ。レイラ嬢、君に美人の妹がいるって聞いたんだけど紹介してくれない?」

「ごめん、ちょっと待ってて。レイラちゃん。今、こいつを追い出すから待ってて」



 エディの珍しく苛立った口調に笑ってしまう。務めて明るく「大丈夫ですよ、気長に待ってまーす」と返してから、何だか嬉しくなってしまって、両足をぱたぱたと動かす。



(ああ、楽しいなぁ。良かった、電話がかかってきて)



 エディがいるだけで、こんなにも毎日が楽しい。ふと罪悪感で胸がちくりと痛んで、連絡先を交換するべきじゃなかったよなと考え、落ち込んでしまう。



(ああ、馬鹿だなぁ。私。自分で自分の首を絞めているみたいだ……)



 怖い怖い、気が付きたくはない。認めたって自分が苦しくなるだけだからそっと、淡い恋心のようなものに蓋をする。



「もしもし? レイラちゃん、お待たせー。無事に追い出せたよー」

「お疲れ様です、エディさん。遊園地、一緒に行ってあげないんですか?」

「えっ、やだ。気持ち悪いし。それに俺はレイラちゃんと遊園地に行きたーい」

「ああ、遊園地……」



 実は今まで行ったことがないのだ。お父様と約束していたから、お外に出られるようになったら一緒に行こうねって。また涙が滲み出てきて、鼻を鳴らす。駄目だ、いきなり泣いたりしたら。エディがびっくりしてしまう。



「私。遊園地に行ったことがないんですよ、エディさん」

「えっ!? そうなの!? てっきりアーノルドと行ってるかと思ったよ! それじゃあ、俺と一緒に行ってみない?」



 無邪気な誘いに苦笑が浮かんで、どうしたらいいのかよく分からなくなって顔を伏せる。



「私……私、行けません。その、本当はお父様とお母様と一緒に行きたかったんですよ。だから」

「えっ? いいじゃん、行こうよ。あっ、でも、辛くなっちゃうかな?」

「んん、どうだろう。でも、私は行ってはいけないような気がして」



 ごくりと唾を飲み込んで、あの日のことを思い出していた。両肩がまた重たくなってきて、強く両目を閉じる。



「でも、確かに。エディさんと一緒に行ったらたのしそ、」

「デート! デートしよう!? 俺と一緒に! 遊園地初デート!」

「初デートしたじゃないですか、鶏糞と共に……」

「ごめん、俺。その日の記憶が無いんだ。カウントされてないんだ」

「消去しちゃったんですね、あの日の記憶を……」



 エディが虚ろな声で「うん、俺。なんにも覚えてないや」と言ってきたので、そんなにショックだったのかと思って笑ってしまう。



「いいですよ。じゃあ、明日はお休みだし、アーノルド様と私の三人で行きません?」

「ですよね!! そうくると思ってた!! でも、嬉しい、好きっ!!」

「わ~、強い。安定のエディさんだ~」



 やっぱり、エディの明るい声を聞いていると元気が出る。落ち着くし、エディにはずっとずっと笑顔でいて欲しい。



「エディさん、私。エディさんの笑顔が好きです。だから無理にとは言わないけど、出来る限りずっと笑っていて欲しいです」



 何故かエディがそこで、しんと静まり返ってしまう。何かおかしなことを言っただろうかと、そう思って首を傾げていると。



「あ、あのさ……レイラちゃんてごくたまに、俺を殺しにくるよね……?」

「えっ!? どうしてですか!? 気持ち悪かったですか!?」

「いや、わりと……心臓が死にそうになった。謝って欲しい、切実に」

「えっ、えっ!? ご、ごめんなさい?」



 戸惑いつつも謝る。一体どうしてだろうか、思ったままを伝えてみただけなのに。




「うん、レイラちゃんってさ? 俺のこと好きでも何でもないくせに……そういうこと言うから本当。やめて欲しい、そういうの」

「ええっ? 何かよく分からないけどごめんなさい……?」

「うん、本当に。でも」

「でも?」



 何故か真剣な呟きに心臓が跳ね上がって、足をぱたりと下ろす。淡く光っている魔術手帳を見下ろしていると、エディの照れ臭そうな声が響いてきた。



「俺もレイラちゃんの笑っている顔が好きだよ。……だから、俺はそのために頑張ろうかと思う」

「エディさん。ええっと、ありがとうございます?」



 深くて甘い声に戸惑って微笑んで、明日のことを考える。



「エディさん、どこで待ち合わせしますか? 駅前? それともセンターの前とか?」

「それよりもあいつ、大丈夫なの? あと、レイラちゃんが兄上に襲われた件で苦情とか、」

「あ、知らないんで。アーノルド様は。うるさいから伝えてない」

「うるさいから伝えてない……駄目だよ、ちゃんと伝えておかないと。心配するから」



 意外だった。最近では私よりもエディの方がアーノルドを気にかけている。



「んー、でも、未遂で終わったしどうせぐだぐだと、」

「まぁ、今回はね? 俺が兄上を散々に殴っておいたからいいんだけど。もし誰か知らない人からその、痴漢とかセクハラとか」

「エディさん、過保護です。鬱陶しい」

「鬱陶しい……レイラちゃん。はーあ」



 子供扱いされているみたいで苛立ってしまう。私だって、そういう時はちゃんと相談するのにな。



「私、大丈夫ですから。そういう時はちゃんと言いますから。ねっ?」

「うーん、だといいんだけど。君は時々、何もかも全部を我慢してしまうから……」



 何だろう、気遣って貰っているのに苛立ってしまう。



(妹扱いされているみたいで嫌だな。何だと思ってるんだろ、私のこと)



 だけど、これは八つ当たりになってしまうから。ぐっと堪えて反論する。



「大丈夫ですって! ちゃんとエディさんにも相談しますから! ねっ!?」

「うん、まぁ。それならそれでいいんだけど……」

「ほらっ、それよりも遊園地の話をしましょう? 遊園地の話を!」

「あいつ、急に言って大丈夫かな? 予定とか入ってるんじゃない? やっぱり俺と二人で行かない?」

「いざとなったらジルさんを連れて行くから大丈夫です、待ってて下さい」

「それは嫌だな……物凄く嫌だなぁ」





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