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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
71/122

27.セクシーな衣装の選び方と彼女の困惑

 




「でも、何で今回、俺達も必要だったんですか……? 俺、出来ることならレイラちゃんにはもう少し穏やかな仕事をして欲しくて」

「ははは、噂通り過保護な男だなぁ~。ま、いいや。その辺は」

「噂って一体何ですか……? えーっと、ルーカスさん?」



 隣を歩いているルーカスにそう尋ねてみると、にやりと笑って茶色い瞳を細めた。これはどうやら教えて貰えそうにないなと思い、曖昧に笑って前を向く。ここは昼下がりのブティック通りで、敷き詰められた灰色石畳の上には、石造りの高級店が立ち並んでいた。先程から通りすがりの人がちらちらと見てくるが、気にしないようにして歩く。切りがないのだ、こういったことは。深く考え込んで歩いていると、ルーカスの隣を歩いていたエディが不満そうな声を上げる。



「聞いてますか? ねぇ? 俺たち必要でした? 本当に?」

「まぁまぁ、そう突っかかるなよ。エディ君? 君は一等級国家魔術師様だろう? どうも毎回毎回、すんでの所でお相手には逃げられているからねぇ。、ここでしっかり摘発しときたいんだよ、俺達としてはさ?」



 そこでふと考え込み、ルーカスを見上げる。



「確か、違法な魔術道具だとか何とか言ってましたけど。そもそもの話、情報が少なすぎるんですよ! 一体誰ですか? あんな招待状を書いてよこしたのは!」

「ははは、ごめんごめん。誰だかはよく把握出来てないなぁ、俺も。ほら、うちの課ってさ? 報連相とかちゃんと出来てないから! みーんな、今何やってるかよく分かってないから。ははっ」

「えっ、えええええ……?」



 思わず頭を抱えそうになってしまった。



(よく、よくもまぁ、そんないい加減で回っているよなぁ……いや、回っているように見えて実は回ってないのかも? 経費とか一体どうなってんだろ)



 しかし、そこは今気にするべき所ではない。気を取り直して、にっこりと胡散臭い微笑みを浮かべているルーカスを見上げた。



「それで? 今回は招待客として、仮面舞踏会に潜入して、その違法な取引現場を押さえると?」

「そうそう、えらいえらい。よく出来ましたね~、レイラちゃん?」

「あの、ルーカスさん? 彼女を馬鹿にしないで貰えますか?」

「はいはい、その手は何だろうか? 引っ込める引っ込める、殴られるのはこりごりだよ。もう」



 拳を握り締めたエディをうんざりとした様子で制すると、愉快そうに笑って、茶髪を掻き上げた。



(どうでもいいけど、死ぬほど良い匂いがする……!! こういう女慣れしてそうな人ほど、良い香りがするんだよなぁ~)



 それとも、女遊びをしている人ほど香水に気を遣っているのだろうか? どうでもいいことをつらつらと考えている内に、目的の衣装店とやらが姿を現したらしく。



「ああ、あそこだ。あそこ。あそこで君達と俺の衣装を揃えよっか! 違和感が無いように二人とも、とびきり派手でセクシーなやつを着てもらうよ?」

「「えっ!?」」

「ははは、揃った揃った。仲良しだ。いいね、若いってね」









「ひっ……無理です、流石にこんなの!! だっ、だって胸元とか死ぬほど開いてる! 開いてる、背中も超開いてる!!」

「いや、そういういかがわしい仮面舞踏会に潜入するんだからさ……?」

「おっ、俺も反対です! 俺も反対ですよ、ルーカスさんっ!?」



 ルーカスが手に持っているのは大きく胸元が開いた黒いドレスで、その頼りないポリエステル生地を見つめて青ざめてしまう。見ると、向かいに立っているエディも青ざめており、その両手を必死に動かして「開いてる! こんなに開いてる!!」とジェスチャーを使って話していた。ここは手狭な衣装店で、パーティーに誘われた人向けにドレスやバッグを貸し出しているらしく、一時間程このお店を貸切にして選ぶことになったのだ。くっと、喉を低く鳴らして笑ったルーカスが黒いドレスを持ち上げ、妖艶な微笑みを浮かべる。



「駄目じゃないか、二人とも? これも仕事の内の一つなんだからな?」

「うっ、それはそうかもしれませんけど……!!」

「せっ、せめて! レイラちゃんにはこっちの首元が詰まった黒いドレスを、」

「駄目。全然駄目」

「えっ、えええええ……?」



 ハンガーラックからエディが取り出してきたのはホルターネックの黒いドレスで、深いスリットが入っているものの、確かに胸元は出ていない。



「私からすると、これが一番いいんですが……?」

「あのね? 君達、今回潜入する仮面舞踏会は不倫のお誘いだとか娼婦のパトロンとか、まぁ、とんでもなくスケベで、いかがわしい連中たちが遊ぶような所なんだよ? ばれるって絶対。それに」



 ルーカスが腰に手を当てて溜め息を吐くと、茶色い瞳できっと睨みつけてくる。



「君達はいかにも真面目そうで世慣れしていない。露出ぐらいしなさい、露出ぐらい!」

「うっ、うう。分かりました、そうします……!!」

「るっ、ルーカスさん! 俺っ! 先に俺の衣装を選んで貰ってもいいですか!?」



 ルーカスが茶色い瞳を瞠ってからふっと無邪気に笑い、焦っているエディの肩を叩く。



「よし、分かった。それじゃあ、エディ君のから先に選ぼうか! レイラ嬢もざっくりでいいから、お目当てのドレスを決めておくんだぞ? いいな?」

「ふぁっ、ふぁい……どれもこれも布地が少なくてひやひやします」



 ルーカスが持っている黒いドレスの裾を摘まみ上げて項垂れていると、エディがぽんぽんと頭を撫でてくれる。



「大丈夫大丈夫。レイラちゃんならきっとどれもよく似合うよ! それに、先に俺が選んで試着するから。ねっ?」

「はい、ありがとうございます……エディさん」

「はいはい、二人ともイチャイチャしてないで! さっさと服を探していくぞー?」

「しっ、していません! イチャイチャだなんてそんな」

「そうですよ、ルーカスさん! こんなの日常茶飯事ですよ、俺達は!」

「惚気かな? まぁいいや、はい」

「わっ、こういうのかぁ~」



 エディが戸惑いがちに派手なスーツを受け取って、しょんぼりとした様子で「それじゃあ俺、着替えてくるね? レイラちゃん……」と呟きつつ、試着室の白いカーテンを引いた。エディが試着室に入った瞬間、当たり前のことだがルーカスと二人きりになってしまう。先程会った、筋骨隆々の店主は「在庫の確認で忙しいから」と言って、事務処理をしに引っ込んでしまったのだ。しんと、痛い程の静寂が落ちる。



(わっ、どうしよう? 何を話そう? 雑談とは言えども果たして、こんな色っぽい男性に今日も良いお天気ですね! とか言ってしまっていいものか、どうしようか……!!)



 意味もなく、ショーウィンドウの向こうにある歩道や車を眺めていると、隣に立ったルーカスが自分のポケットを探って、こちらを振り向く。



「レイラ嬢。俺の奥さんと可愛い娘の写真でも見るか?」

「みっ、見ます! 是非とも見せて下さい!!」



 よ、良かった。



(思ったよりもハートフルな話題が出てきた! 良かった!! というかこの人って)



「既婚者なの? 結婚出来たの?」という失礼な呟きをごくりと飲み干して、にこにこ笑顔で差し出された写真を眺めてみる。



「えっ、奥さん滅茶苦茶綺麗で可愛い……!! あとお嬢さん、双子なんですか!? あっ、もう一人いる」

「だろ? 可愛いだろ~。今、一番上の二人がもうすぐ十歳になるところで、この下の子は四歳。毎日大変だけど可愛くって可愛くってもう……」



 でれれとした表情で語っているルーカスを見て、ほっとする。



(ああ、良かった! わりとまともそうな人で! そういえば結婚指輪をしているなぁ)



 手元の写真にはむっつりとした無表情の女の子が三人並んでフォークを握り締め、口元にはべたべたと生クリームを付けていた。茶目茶髪の双子の女の子を抱えている奥さんは、銀髪に青い瞳の美しい人で、彼女だけがにっこりと嬉しそうに微笑んでいる。



「でも、お嬢さん達はその……」

「ははは、この子達は普段から笑わないからね~、写真を撮るのも一苦労だよ。まったく」



 ひとまず「なるほど、それでも可愛いですね」と呟いて頷いたところ、ルーカスは嬉しそうに笑っていた。その無邪気な笑顔を見てふっと瞠目してしまい、余計なお世話なのかもしれないが、つい言ってしまう。



「ルーカスさんはもう少し、そう笑っていればいいと思うんですよ……最初からそういった笑顔を見ていればこちらとしても、身構えずに済んで」

「っレイラちゃん! 俺っ、着替えたよ!? ちょっといい雰囲気になるの禁止!!」

「大丈夫大丈夫、俺は奥さん一筋の男だから。なっ?」



 焦った表情で勢い良くカーテンを引いたエディは、黒いシャツに白い総レースのジレを着て、上には白いジャケットを羽織っている。その白と黒のコントラストと、薔薇柄レースの白いネクタイにうっと息を飲み込んで、思わず後退ってしまった。



「えっ!? 嫌いになっちゃった!? 似合わないの、これって!? ルーカスさん!?」

「いや、これ。意外とエディ君の色気が出るなぁと思って……ほら、レイラ嬢の顔も赤いじゃないか」

「いっ、言わないで下さいよ、もう……」



 エディの逞しい筋肉質の体にぴったりと沿った細身のスーツを見て、思わず首筋と頬が熱くなってしまう。どうしよう、直視が出来ない。



「えっ!? 本当!? 似合う!?」

「似合う似合う、もうこれでいいんじゃないですかね……?」

「いや、俺としてはもっとこう……エディ君、こっちの赤黒いスーツも着てみてくれ。ほい」

「あっ、どうも。着てみまーすっ、レイラちゃん?」

「なんっ、何ですか? 一体」



 やけに艶やかなスーツ姿のエディがカーテンを握り、妖艶に微笑んで、白いネクタイを緩める。



「俺、格好良い? 似合う? どう? 顔が赤くなっちゃうぐらいに?」

「ひっ! いいからもうさっさと着替えてくる! 私もそのっ、選ぶんですからね!?」

「っはは! ごめんごめん、選んでくるねー? あー、おかしい」

「君らは思春期の少年少女か……? どことなく初々しいよな、君らな」



 エディを試着室にぎゅうぎゅうと詰め込んでいると、何故か呆れた表情のルーカスがそう呟いた。



「初々しい……?」

「なんか付き合いたてのカップルみたいで。いや、付き合う直前の学生って感じで、」

「えっ!? カップル感出てますか!? 俺達って!」

「いいから早く着替えてきなさい、エディ君! 切りがないからほんと」



 痺れを切らしたルーカスがしゃっと白いカーテンを引いて、こちらを振り向き、困ったように笑う。



「大変だね、レイラ嬢もね? 毎日言い寄られて心臓がもたないんじゃないか?」

「あー、何かそれって。以前にも、誰かからそう言われたような気がします……」



 ぎゅっと、紺碧色の胸元を握り締めて考え込んでいると、目の前に立ったルーカスが意外そうな表情を浮かべる。そしてまた、試着室へと向き直って、余計なことをエディに吹き込むのだった。



「安心しろよ、エディ君? レイラ嬢はもう少しで落ちそうだぞ?」

「なっ、ちょっ」

「えっ!? 本当ですか!? あーっ、ズボン脱いじゃった! とりあえず、ぱっと着替えちゃうんで、試着室から出たらルーカスさんのアドバイスを聞かせてください! 誰かのアドバイスが欲しい!!」

「ははは、いいよいいよ? 素直だなぁ、君は。なっ? レイラ嬢」

「えっ、あっ、うん、はい……もー、二人してそんなことばかり言って!」










「ふぉわっふ……ですよね、これ。ですよね……!!」

「大丈夫!? レイラちゃん、手伝おうか!?」

「それ、セクハラ発言だからちょっと待とうか、エディ君。落ち着きなさい、本当」

「でも、だって、ドレスに足が引っかかって中で捻挫でもしていたら、」

「大丈夫大丈夫、落ち着け落ち着け」



 そう、ここはひとまず私も落ち着くべき場面である。どくどくと逸る胸を押さえて、ごくりと息を飲み込む。



(背中が開くという事は……つまり)



 ブラジャーを外さなくてはいけないということだが、ここにストラップレスのブラジャーは無い。ある訳が無い。



(試着室に……まぁ、ある訳が無いですよね! 肌に触れるもんだしね!)



 覚悟を決めて白いカーテンを引き、顔だけを覗かせると、焦った表情のエディが佇んでいた。その横に立ったルーカスが「サイズはどうだった? 大丈夫か?」と聞いてくれるが、それどころではない。



(あっ、ここに、ステラさんがいてくれたら良かったのにな……)



 しかし、どうしようもないので頭を使うしかない。どうしよう? 流石の私としても「ストラップレスブラってありますかね?」とか聞けない。そして精神が乱れているため、魔術で出すことも出来ない。



(いやしかし、ここで。エディさんかルーカスさんにストラップレスブラを出して下さいと言える筈もなく!!)



 悩んだ末にごくりと唾を飲み込んで、不思議そうな表情のエディに問いかける。



「エディさん。ハンカチか絆創膏って持ってますか……?」

「ハンカチ? ハンカチなら持ってるけど、どうしたの? 怪我でもしたの?」



 即座にポケットから白いハンカチを出してくれたエディには感謝するが、しかし。



(いや、自分のハンカチと合わせてブラ代わりにするってのもちょっとな……エディさんなら喜びそうだけど。やめよう、やめよう。この思考!!)



 ひとまず思考を断ち切って、ぐるぐると赤い顔で悩んでいると、ルーカスが私をじっと見て告げる。



「ああ、そっか。ごめんごめん、あるか聞いてくるよ。多分貸してくれると思う。まぁ、いざとなったらエディ君が出せばいっか!」

「えっ? 何の話ですか……? 出す? 何を?」

「二プレス。セクシーなドレスには付き物だよなぁ~」

「二プレスって、一体なんのこと……?」



 そこで私を見られても困る。非常に困る。渋々と「背中が開くんですよ、これ」と説明してみたものの、エディは戸惑った表情で「それは最初から知っているけど、それが何……?」と言ってきたので黙るしかない。そうこうしている内に「あったよ~、ほい」と言ってルーカスが手渡してきたので、光の速度で奪い取って、しゃっと白いカーテンを引く。



「あの、ルーカスさん……? 俺、何が何だかよく分からないんですけど。見えなかったし。一体何を渡していたんですか?」

「胸の突起を隠すやつかなぁ~、下着。外さなきゃ駄目だろ?」

「えっ? ……何で分かったんですか? あれだけの会話で」



 エディが赤く不貞腐れた表情で見つめると、ルーカスがふっと鼻で笑い、腰に手を当てる。



「経験値の差かなぁ? 俺とエディ君の!」

「……」



 レイラはごそごそと着替えつつ、非常に気まずい思いで男二人の会話を聞いていた。




(ああっ、早く終わんないかな!? この仕事! まだ始まってもいないんだけどね!!)








「いいか? エディもレイラも! 決して無茶はしないこと! あと、ハイヒールに靴擦れ防止用の魔術をかけておいたが徐々に効果が切れてくるから、」

「大丈夫ですって、アーノルド様! もうそろそろ時間だから行きますね!?」



 ここはキャンベル男爵家の正面玄関で、辺りはとっぷりと闇に沈んでいる。今からこのジルが操縦してくれる黒鳥馬車に乗って、潜入予定の屋敷から離れた所で、ルーカスと合流する予定なのだが。どうやら、くっきりと谷間を強調している黒いロングドレスを着て、髪も派手な金髪に変えて、結い上げている私が気に入らないらしく、先程から青ざめて、きゅっとくちびるを引き結んでいた。馬車に乗り込もうとしていたエディが振り返って、アーノルドに話しかける。



 ちなみに彼はもう派手な仮面を付けており、結局は一番よく似合っていた、白と黒のスリーピースを着ていた。なお、その長い赤髪も短い黒髪へと変えている。



「大丈夫だって、アーノルド! レイラちゃんはちゃんと俺が守るからさー? ガイルもいることだし」

「せめてそっくりさんも連れてって、」

「駄目です、そっくりさんは色々と話が通じないんですから! じゃっ、行ってきまーすっ!」

「おいっ、レイラ!? ああっ、くそっ! エディ、本当に頼んだぞ!?」



 ばたんと馬車の扉を閉めた後、向かいに座ったエディが窓を開けて話しかける。



「大丈夫だって! お前はクッキーでも作って待ってろ! 行ってきまーすっ!」

「行ってきまーすっ!」

「気をつけて行ってこいよ、エディにレイラー!」



 馬車の窓を開けて手を振る。ぐんぐんと、キャンベル男爵家の屋敷と針葉樹の森が小さくなってゆく。がらがらと、馬車の車輪が空回る音が鳴り響き、はるか遠くの方には眩い夜景が広がっていた。



「っは! 楽しみですね、仮面舞踏会……じゃなくってお仕事! 頑張りましょうね!」

「ははは、まぁ、楽しんでもいいんじゃない? 俺、現に物凄くわくわくしてるし! それに」

「それに? 何ですか?」



 エディが金と銀の装飾が施された仮面を外して、白と黒のスリーピース姿で妖艶に笑う。馬車の闇の中で足を組んで座っていた。心臓がどきりと鳴ってしまったのはきっと、気のせいなんかじゃない。



「そのドレスもよく似合っているよ? 目の保養。何だかんだ言って、それにして良かったね?」

「……セクハラ発言で訴えますよ、エディさん」

「ごめん、雰囲気に酔っているのかも。俺」



 そう言って笑って、機嫌良く頬杖を突き、夜景を眺めているエディは確かにいつもとは様子が違う。その短い黒髪も、妖艶な白いスーツ姿も何もかも。膝の上の黒いドレスをぎゅっと握り締め、ひゅうひゅうと吹きつけてくる風に、ちょっと体を震わせる。



「頑張りましょうね、エディさん。今夜の時間外労働」

「そうだね、レイラちゃん。今はちょうど二十時半だから……帰りは何時になるのかなぁ~、もう帰って寝たい。眠い」

「えっ? それはちょっと早くないですか……?」



 そんな会話をしながらも、徐々に近付いてきた首都の夜景を楽しむ。そして、黒鳥馬車から降りてジルに別れを告げ、待ち合わせ場所へと向かうと、現れたルーカスは何故かぼろぼろに草臥れていた。その茶髪頭はぐしゃっと乱れていて、灰色と黒のストライプスーツがよく似合っているのだが、どことなく遊び相手と喧嘩してしまった色男に見える。



「あー、お待たせ。エディ君にレイラ嬢。すまないね、俺の可愛い奥さんに引き止められてしまって」

「あっ、まぁ、心配ですよね。奥さんからしたら……」

「今夜中に蹴りをつけないと乱入してくるそうだ。急ごう、俺の奥さんに何もかもが台無しにされてしまう」

「えっ、ええ……? それは一体どういうことなんですか?」

「奥さんに弱いんですね、意外と」



 エディが銀と金の仮面を被ったまま不思議そうに問いかけると、ルーカスは困ったように笑って、灰色のネクタイを緩めていた。



「それはね、本当に。さて、急ごうか。時間も無いことだし。招待状は持っているな?」

「持っています、情報提供者から送られてきたやつ!」

「私も持ってまーすっ」

「よし、二人とも。いい子だ。急ぐぞ? とは言ってもまぁ、見えているが」

「あれか! よし、行きましょう! 準備はいい? レイラちゃん」

「大丈夫です、急ぎましょうか」



 夜の闇に沈んだ歩道を歩き、すっかり寝静まった高級住宅街にて、ひそひそと囁き合う。



「今回はかなり規模がでかくなるからそのつもりでいろ。会場に入ったら二階へ直行だ。どうもその辺りで取引がなされているらしい」

「現場を発見したらどうしますか? 取り押さえますか?」

「それは勿論、取り押さえてくれ。あっちにどれだけの魔術師がいるのか……情報は入ってきていないが注意してくれ。証拠を消されてしまうかもしれない」

「分かりました、そうします」



 男二人が何やら熱心に話し合っているが、こちとら、ハイヒールを履いて歩くのだけで精一杯だった。こちらの様子に気が付いたエディがやって来て、ひょいっと私を横抱きにする。



「えっ、エディさん!? ちょっと!?」

「大丈夫、このほうが早いから。若干下心もあるんだけどね?」

「やっぱりあるじゃないですか、もー!」

「レイラ嬢、仮面はもう付けておいた方がいい。ほら」

「あっ、どうも……」



 意外と面倒見が良いルーカスが手に持っていた仮面を取り上げ、何やら紐を調整してから、手渡してくれる。ちなみにこれは紫色と黒の仮面で、どことなくセクシーな雰囲気のものだった。それを受け取って仮面を付けてみると、いよいよだという気がしてくる。



「さて、あれがくだんの屋敷か。随分とまた悪趣味な……あれはライオンなのか?」

「ガーゴイル代わりなんですかね? エディさん、降ろして下さい。もう大丈夫なんで」

「あっ、はい。降ろします……」



 しょんぼりとした様子のエディに降ろして貰い、ドレスの胸元が気になって調整する。赤と黒の仮面を付けたルーカスが低く笑って、こちらの金髪頭をささっと整えてくれた。



「気にしていると余計に人の目を引く。堂々としていろ、レイラ嬢。尻の軽い女の振りでもしていろ」

「えっ、ええ……? 頑張ります」

「俺も頑張らなくっちゃな……」

「今のエディさんはどこからどう見ても、軽薄な遊び人なので大丈夫ですよ?」

「えっ!? ……えっ!?」

「何でそこで俺を見るんだい? エディ君」




 何やら物々しい黒服を着た男達にチェックされた後、こうこうとライトアップされた邸宅へと足を踏み入れる。きらきらと七色に光り輝いている噴水の中庭を通り抜け、二階へと通じる階段を探す。仮面舞踏会はまだ始まったばかりで、辺りにはグラスを持って、談笑している紳士淑女らしき人達がちらほらと佇んでいた。しかし、どの人達も露出度が高いので思わず硬直してしまう。目が奪われていると早速、ウェイターからグラスを受け取っていたルーカスが、声を潜めて話しかけてくる。



「手分けして階段を探そう、レイラ嬢にエディ君。早く終わらせないと危ない。彼女が乱入してくる」

「えっ、ええ……? 奥さん、一体どういう人なんですか?」

「今ここで聞くべきことじゃないな、エディ君。後日じっくりと教えてあげよう、それでは!」

「あっ、はい……それじゃあ、エディさん?」



 振り返ってみると、仮面を付けたエディが不満そうに鼻を鳴らす。どうやら、彼はなるべく私と離れたくないらしい。しかし、私とて同じ気持ちである。



「二手に分かれて探しましょうか、エディさん。大丈夫です、いざとなったら影からガイルさんを呼び出しますから。ねっ?」

「うっ、うーん。分かったよ、レイラちゃん。それじゃ」



 こちらをちらちらと見てくるウェイターに向けての演技なのか、はたまた、彼がしたくてしたことだったのか。よく分からないがこちらの手を持ち上げ、名残惜しそうにリップ音を立てて、指に口付ける。ぼっと、その場所が発火しそうになった。やけに心臓がうるさく鳴っている。



「危なかったらガイルと俺を呼んでね? 分かった?」

「あっ、はっ、はい、分かりました……!!」

「ん、じゃ。また後で。気をつけてね、レイラちゃん」



 軽やかに手を振って去って行き、私も気を取り直して前を向く。



(さぁ、私も頑張って探さなくては……!!)




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