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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
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26.仮面舞踏会への潜入依頼

 



「えっ? 仮面舞踏会への潜入依頼ですか? あと、これってその……」

「どうも匿名でタレコミがきたらしい。そんで、その悪ふざけに乗った結果、魔術犯罪防止課の連中がわざわざご丁寧に、白い封筒に入れて渡してきたんだ」



 目の前のデスクに座ったアーノルドが両腕を組み、ぐったりとした表情でこちらを見つめていた。ちなみに彼は以前、女性を助け起こした際に「貴方の手の温度で好きになりました!」と告白されたことがあるので、白い革手袋を嵌めている。背後の窓からは陽の光が射し込み、中庭の樫の木がさわさわと揺れ動いていた。レイラが少しだけ考え込んだ後、その優美な白い招待状に目を落とす。



 そこには黒い飾り文字で“仮面舞踏会への潜入依頼”とだけ書かれ、左下の方には“魔術犯罪防止課”と記されている。隣に立っていたエディがこちらを覗き込み、その拍子に鮮やかな赤髪が揺れた。ふわりと、シダーウッドのような香りが漂ってくる。



「あれだね? なんか、それらしいものを頑張って作りましたって感じだよね? この金色のシールといい、飾り文字といい」

「ですね、エディさん……それにしても魔術犯罪防止課かぁ~、はーあ」

「エディ、お前。あそこの部署の連中は最低最悪だからな? しっかりレイラを守ってくれよ?」

「えっ!? 国家公務員なのに!?」



 最もな疑問を口にしたエディの背後から、ぬっと地味な顔立ちのマーカスが現れる。そしてエディの肩にぽんと手を置き、嘆かわしげに黒髪頭を振ってみせるのだった。



「いいかい? エディ君? あんな奴らに公務員としての心構えだとか何だとか、そもそもの話、常識を求めちゃだめなんだ。分かるかい?」

「えっ、ええっ?」

「そうっすよ、エディ君。マーカスの言う通りだぜ、ふーう」



 戸惑うエディの肩にまたもやぽんと手を置き、スキンヘッドの冴えないトムが、嘆かわしげに頭を振ってみせる。エディはそんな二人に挟まれてすっかり困惑しており、情けない表情でレイラとアーノルドを交互に見つめていた。アーノルドが両目を閉じて深い溜め息を吐き、ひらひらと白い手を振る。



「行けば分かる。行ってこい、どうせカモにされて終わりなんだろうけどな?」









「うーん、魔術犯罪防止課ってそんなに酷い場所なんだ?」

「うーん、酷いというか何と言うか……まぁ、元犯罪者の集まりですね?」

「えっ? あ、ああ、そういう取り組みが?」

「そうそう、元受刑者の社会復帰応援システムです。なのでしょうがない……」



 私が深い溜め息を吐くと、エディが「お疲れさま」と言って微笑みかけてくれる。昼時を過ぎたセンターの廊下は静謐で、モスグリーンの草花柄絨毯に陽の光が柔らかく射し込んでいた。長く続く廊下の窓を見上げてみると、憂鬱そうな表情の自分が映し出される。



(こんな時には楽しいことを考えよう、そうしよう)



 少しだけ考え込んでから振り向くと、エディが淡い琥珀色の瞳で優しく微笑んでいた。彼はいつだってこちらを見ていて、その蕩けるような淡い琥珀色の瞳に何だか落ち着かなくなってしまう。



「あー、今日もその、電話してもいいですか……?」

「勿論だよ、レイラちゃん! 大丈夫? 俺、鬱陶しくない?」

「言いませんよ、そんなこと。私の方から言い出してるのに……」

「んー、でも、大抵いっつも些細なことで鬱陶しい! って言われちゃうからね~。あーあ」



 困ったように低く笑ってはいるが、そこには責めているような響きが宿っていて戸惑ってしまう。彼はいつだって素直な人だ。



「うーん、確かに私も毎回毎回。エディさんには酷いことを言っているような気が」

「ああ、ここにきてもまだ言っているような()()()()、なんだ?」

「うっ、すみません。言ってましたね、酷いこと……」



 即座に謝ると低く笑って「冗談だよ、大丈夫。気にかけてくれてありがとうね? レイラちゃん」と言いつつ、こちらの黒髪頭をぽんぽんと撫でてくれる。



(うーん、すっかり拒絶出来なくなったなぁ。この優しい手も)



 乾いた指先で黒髪を絡め取った後、名残惜しそうに放して前を向いた。



「そろそろじゃないかなぁ~、魔術犯罪防止課ってところ!」

「ああ、もう着きましたね。あの黄色いスプレーと黒いスプレーでぐちゃぐちゃに汚されたやつです。元は白いドアの筈です」

「わ~、滅茶苦茶にしてんなぁ、もう。不良じゃあるまいし……」



 呆れた表情で溜め息を吐きながらも、密かに私を背中に隠して進んでゆく。目の前で鮮やかな赤髪が揺れて、守られていることに何だかふっと瞠目しそうになった。



(意外と信じているのかな、さっきの警告。まぁ、エディさんなら当然か……)



 エディがするりと汚れたドアの前に立ち、何のためらいもなくがちゃりと開ける。



(はっや!! えっ、ちょっ、心の準備の時間がもうちょっとだけ欲しかった!! というかノックは!?)



 慌てて駆け寄ってみると、前に立ったエディがのんびりとした声で「わ~、薄暗~い。あとノックを忘れていました! こんにちはー!」と挨拶をし、あまりの恐怖でぎゅっと、エディの紺碧色制服を握ってしまう。驚いたエディが振り返って「レイラちゃん?」と呟いた瞬間、奥からぬっと誰かが現れた。ドアを支えた金髪の男は不機嫌そうに眉を顰め、美しい青灰色の瞳でじっと見下ろしてくる。そんな彼は魔術犯罪防止課に所属している証の、血のように赤い制服を着ていた。



 その冷徹な眼差しに怯んでしまったものの、何とか声を発する。



「おっ、おつかれさまです。ええっと、じゃなくって! お久しぶりです、セドリックさん」

「久しいな、レイラ嬢。元気だったか?」



 退廃的な雰囲気を纏ったセドリックがくっと愉快そうに笑って、遠慮なくこちらの黒髪を掬い上げて絡め取る。それに嫌気が差して、顎を引いて戸惑っていると、隣に立ったエディがその腕をがっと掴んだ。



「あんまり彼女にべたべたと触らないで貰えますか? セドリックさん?」

「どうやら噂は本当らしいな? 戦争の英雄、火炎の悪魔といったか。随分と仰々しい通り名だなぁ~」



 ふっと馬鹿にするかのように鼻で笑って、緩慢な仕草でエディの手を振り払う。



「幸運だったな、レイラ嬢。今、あのうるさい部長がいないんだ。好き放題出来る」

「いや、あの、私達にとっては不運なんですけど……!?」

「はぁいはーいっ! 格好つけてないでどいてよ、セドリックちゃん! 私も火炎の悪魔がみたぁ~い!」

「ステラさん! こんにちは」



 憂鬱そうなセドリックの背後からひょっこりと顔を覗かせたのは、ふんわりとした短い金髪を揺らした女性だった。青い瞳を細めて可愛らしく微笑むと、白い手を無邪気に上げる。



「いよっ! 久しぶり、レイラちゃん~! 元気にしてた? 火炎の悪魔とはどう? 結局アーノルド様とは婚約破棄するの? 一体どうするの?」

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ、ステラさん!? あと先に言っておきますが、エディさんは新聞で言われていたような残虐な人じゃなくって、本当に穏やかで愛想が良くて優しい人でって、うわぁっ!?」

「レイラちゃん!? 大丈夫!?」



 ステラに腕を引っ張られくるりんと回転し、ぎゅっと後ろから抱き締められる。焦ったエディが腕を伸ばして、その腕をセドリックが掴んでいた。少しだけ目がくらくらとしている。



「まぁ、悪いようにはしないさ。エディ・ハルフォード君? 中でじっくりと英雄譚でも聞かせて貰おうじゃないか、なぁ?」

「あるのは事実だけです、俺が人を殺したっていう」



 腕を掴まれたエディが強く睨みつけると、セドリックが青灰色の瞳をふっと瞠って、冷笑を浮かべた。



「どうやら温厚で優しい人ってのは、本当のことらしいな? てっきりレイラ嬢の目が恋心で曇っているのかと」

「はっ、はいいっ!? そんな訳が無いでしょう!? だって私はアーノルド様の婚約者なのに!?」

「破棄しちゃえばいいじゃん、そんな婚約~! 駆け落ちしちゃえ~!」

「そこだけは俺もステラさんに同意……!!」

「何を真面目な顔で頷いているんですか!? エディさん! って、うわっ!? ちょっ、ステラさん!?」



 何故かステラがひょいっと、こちらの体を持ち上げた。華奢な肩に担がれて呆然としてしまう。エディが「レイラちゃん!?」と言うのも無視してすたすたと中に入り、途端にぷぅんと、煙草と酒の匂いが漂ってくる。中の部署は薄暗く、冷房がよく効いているのか肌寒い。



「みんなー! レイラちゃんとエディ君が来たよう、例の仮面舞踏会の件で遊びに来たみたいー!」

「いやっ、違いますからね!? 仕事の話をしにきたんですって!!」

「へー、すげぇなぁ。そいつは」

「ディックさん。ええっと、こんにちは?」



 ステラの肩に担がれつつ挨拶をすると、赤茶色の髪をしたディックが緑色の瞳を細めて笑う。彼は四十代前半の男性であり、飄々とした雰囲気と、かっちりとした深紅色の制服が大人の魅力を醸し出している。



「ほい、こんにちは。レイラ嬢? そんで? ええっと、こっちの死ぬほど焦っている坊主が戦争の英雄か? 見えねぇなぁ、人を何百人と殺したようには」

「人は見かけによらないって言うじゃないですか、それですよ」

「おいおい、エディ君だったか……そんな真っ直ぐな目で言われてもおじさん、ちょっと困っちゃうんだけどなぁ~」



 困ったように笑って頬を掻き、それを見たエディが不思議そうに首を傾げる。しかしこちらを見て、慌てて腕を伸ばした。



「レイラちゃんを返してくださいよ!? ステラさん! って、うわああああっ!?」

「あらやだ、酷い。そんな化け物みたいに」



 赤茶色の髪をふんわりと下ろした、栗色の瞳の美女がエディの腕に腕を絡めている。エディは嫌そうに顔を顰めていたが、その豊満な肢体を持った美女にとても焦ってしまう。



「っステラさん! ちょっと本気で降ろして貰えませんかね!?」

「大丈夫大丈夫~、ほら、レイラちゃんのファンがさ~? 手ぐすね引いて待ってるから。ねっ?」

「ひっ、ラインハルトさん……」

「久しぶりだなぁ、レイラ嬢! 元気にしていたか!? ん~!?」



 デスクに座っているラインハルトがきらきらと青い瞳を輝かせ、両腕を広げて、こちらを待ち構えていた。ぼさぼさと伸びきった茶髪に青い瞳の彼は美しく、陽気な雰囲気を纏っているのに、その口元は常に歪んでいる。そして、だぶっとした黒いコートを羽織っており、黒い眼帯を付けていた。そこには何故か、銀色のドラゴンと蔦の刺繍が施されている。



「はーい、到着ー! これでちょっとお金、待って貰えない?」

「いいとも、ステラ。お利口だなぁ! 後でお小遣いをあげよう。レイラ嬢! どうしてあれから来てくれなかったんだい?」

「当然でしょう!? 実験台にはされたくないんですけど!?」



 ステラが「はい」とでも言うかのように私を差し出し、呆気なく狂人に両肩を掴まれてしまう。この魔術狂いのラインハルトは通りすがりの職員の魔力をこっそり測定していたらしく、以前「君は俺の女神様だーっ! 奇跡だーっ!!」と言って抱き上げられ、その時はアーノルドが助けてくれたのだが。



(ああ、魔力障がいを持って生まれてきた自分の体が憎い……!!)



 にやりと歪んだ笑みを浮かべたラインハルトが立ち上がった後、こちらを素早く抱き上げる。



「っとと! ちょっとだけ軽くなったんじゃないか? 四百グラムぐらい。駄目だぞぉ~、ダイエットなんかしたら! 一説には脂肪に良質な魔力が宿るとされていて、」

「おっ、降ろして下さいよ!? エディさん、助けてー!」

「何? 火炎の悪魔がいるのか!? ここに!?」

「相変わらず人の話を聞いていないんですね、ラインハルトさん……」



 ごうっと赤い炎が巻き上がり、はっと目を瞠っていると、たちまち赤い炎に包まれてしまう。



「ああ、しまったな。奪われてしまったよ、折角の魔力の宝庫が!」

「彼女をエネルギー源扱いしないでくださいよ? ええっと、ラインハルトさんでしたっけ?」

「エディさん! 良かった」



 ぷんぷんと香水の匂いを漂わせたエディが優しく笑い、こちらを抱き上げている。エディの腕に座りつつ、距離が近すぎるんじゃないかと思って、頬が熱くなってしまったが。



(まぁ、いっか。怖いし、離れるの)



 エディの逞しい肩に触れると安心出来た。彼がいるならもう大丈夫、何も怖くなんてない。しかし、不満そうな様子のラインハルトがずずいっと近寄ってきて、エディが嫌そうに下がる。



「君はよく分かっていないだろう!? 彼女の価値を!! その魔力量さえあればどんなに凶悪な魔術道具だって扱えるし!! いいや、それよりも何よりもその魔力を使って俺は────……!!」

「来たぞ、伏せろ」



 セドリックが鋭く声を発すると、ぎりぎり聞こえるか聞こえない程度の声量であったのにも関わらず、さっと青ざめ、ラインハルトが黒いコートをばさりと翻して体を伏せる。



「えっ? 一体何が始まって、」

「こんのっ、馬鹿どもがあああああああっ!!」



 轟くような怒鳴り声が響いてきて、ばぁんと目の前に眩い雷光が走って、窓硝子が弾け飛んだ。慌てたエディが私を床に降ろして、ぎゅっと強く強く抱き締める。何が何だかよく分からずに、呆然と縋っていた。頭に回された手が熱い。



「大丈夫!? レイラちゃん、怪我は無い!? 何をするんですか!? もしも彼女が怪我でもしたら俺は、」

「ああん? 悪かったねぇ、そこにいたのかい?」



 ちゅぽんと酒瓶から口を放すような音が響き渡って、静まり返った周囲から「部長、メルメル部長」といった呟きが飛び交う。



「ああっ!? 一体何度言ったら分かるんだい、お前達は!? このあたしのことはアレクサンドラとお呼びと、そう何百回も何億回も言っているだろう!? お前達の頭の中には煙草の吸殻でも詰まってんのかい、このくそったれがあああああっ!!」

「うわあああああっ!? 怖い怖い、なにこのお婆さん!?」



 エディが叫んで、こちらを抱き締めつつ身を低くした。辺りには怒号と窓硝子が割れる音と、雷が飛び交っている。



「っは、大丈夫だよ。レイラちゃん? 君のことは俺が絶対に守るからね?」

「え、エディさん。あの、お婆さん発言をしたことは、はやく、早く謝った方が……!!」



 その瞬間ばっと引き剥がされ、呆気に取られて見上げてみると、部長のメルメルがエディの首根っこを掴んでいた。エディが驚いた表情で固まり、猫のように手足をぶらんと垂らしている。メルメルは鋭く青い瞳を細めると、また酒瓶に口をつけて、ぐびぐびと飲み始めた。彼女は巨人族の血が入っているからか、エディよりも誰よりも背が高く、血管が浮き出た筋肉質の体を持ち、深紅色の制服はこれでもかと言う程に盛り上がっている。



 そして、痛んだ金髪をざっくりと纏めてポニーテールにしていた。そんなメルメルがエディの首根っこを掴んで持ち上げたまま、ぷはっと、酒の混じった息を吐き出して告げる。



「命乞いをするのなら今のうちだよ、坊や。火炎の悪魔。あたしが一体何だって?」

「申し訳ありません、マダム。どうも気が動転していたみたいで。貴女が放った雷のせいで」

「はん! 噂通りふてぇ奴だね、あんたは。いいよ、許してあげようかいね。あんたのその綺麗な顔立ちに免じてさ!」

「エディさん!」

「っぐ、はは。驚いたな……」



 いとも簡単にぽいっと投げ出されたエディがよろめいて笑い、紺碧色の首元を緩める。慌てて駆け寄ってから、おそるおそる部長を見上げてみると、皺だらけの喉元をさらけ出して、ぐびぐびと酒を飲んでいた。周囲が呆然と見守っている中でメルメルは────ちなみに噂によると、彼女を猫可愛がりしていた両親が「メルメルちゃん! ぴったりだわ!!」と言って名付けたものらしい────酒を一気に飲み干し、天に向かってぶはぁっと吐き出す。



「ルーカス。そうだ、ルーカスだね。この一件は。ルーカスなら、そっちの可愛いレイラ嬢にも手を出さないことだろうよ! 悪かったね、うちのアホ馬鹿クソボケナスどもがおいたをして。はーあ!」

「え~、酷いっすよ、部長~!」

「そうだそうだぁ~、何でルーカスなんですか!? 俺がレイラ嬢を調査するためにも、」

「っお黙り! ラインハルト! お前はちったぁその頭の中身をどうにかしな!! 寒空の下へ投げ出されて、猫の餌でも漁って生きて行きたいのかい!?」

「おわぁっ!?」



 がちゃんと凄まじい音を立てて酒瓶が割れ、焦ったエディがこちらの両耳を塞いでくる。



(ドラゴンダービーの時もそうだったな、そう言えば。エディさんもエディさんで過保護!! まぁ、別にいいんだけどね……)



 彼の温かな手に包み込まれていると、酒瓶を投げ付けていたメルメルが、うげっと嫌そうに顔を顰める。



「なんだいなんだい? あの色男を振るのかい? 勿体無いねぇ、あたしがあと十年ちょい若ければ良かったんだけどねぇ~」

「十年どころか五十年ほど若い必要があるな、メルメル部長」



 デスクの向こうに隠れていたセドリックがぼそりと呟いて、また凄まじい雷が走って、耳をつんざくような音が飛び交う。



「はーあ、うちの馬鹿どもはまったく! おい、ルーカス!? 聞こえているだろうが、てめぇはよ!?」

「はいはい、どうぞ落ち着いて下さいよ? ちゃんと聞こえてますって」



 がたりとデスクから立ち上がったのは、何やら胡散臭い笑顔の美形だった。滑らかな茶髪に茶色の瞳を持ったルーカスが甘い微笑みを浮かべ、片手をすっと優雅に上げる。



「確かにここは俺が行った方が良さそうだ。悪いなぁ、俺だけがいいとこ取りをして!」

「っち、ずりぃぞ、ルーカスのくそったれが!」

「くそったれー!」

「興醒めだ、興醒め」



 ラインハルトの本気で悔しそうな声とセドリックの呟きが飛び交って、苛立ったメルメルがまた、皺だらけの手をばっと上げる。それを見て慌てたルーカスが両手を上げ、気の短いメルメル部長を制した。



「ちょっと待った、部長! アレクサンドラ部長! 貴女がそうぽんぽんと雷を放ってちゃあ、こちらとしても身が持たないんですけどね? 仕事に支障が出るでしょう? 仕事に支障が」

「はん! 仕方がないね、それじゃあ。いいかい? よくお聞き。違法な魔術道具とやらを売り払っているクソ共を引き摺り出してここへ連れて来るんだよ! 分かったね!?」

「仰せのままに、アレクサンドラ部長。さてと」



 エディとレイラは呆然と立ち尽くしたまま、甘い微笑みを浮かべているルーカスを見つめていた。彼が颯爽とした身のこなしでこちらへやって来て、握手を求めるかのように手を差し出す。



「ああ、本当だ。火炎の悪魔だ。それにレイラ嬢? よろしくね。さぁ、ひとまずは潜入用のドレスを選びに行こうか?」

「潜入用の……」

「ドレス?」



 ルーカスがにっこりと笑って茶色い瞳を細め、差し出していた手を引っ込める。四十代前半に見えるが若々しく、どことなく胡散臭い。そして、ぷんぷんと世慣れた男の色気が漂っていた。



「そう。もちろん、エディ君のも一緒に選びに行こうね? とびきりセクシーなやつをさ」






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