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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
67/122

23.早く言ってくれたら良かったのに

 




 そう心配していたが和やかに進んでいた、良かった。



「悪いね、エディ君。わざわざお菓子を持って来てくれて。どうもありがとう、美味しく頂くよ」

「いえ、大したものでは無いんですが。息子さんから甘いものがお好きだと伺ったので、それで。最近出来たパティスリーで、俺もよく利用していて……」



 二人はにこにこと、穏やかな微笑みを浮かべて会話していた、ハーヴェイもエディもどうやらここで、婚約解消だのプロポーズだのの話をするつもりは無いらしい。ほっと胸を撫で下ろして、アーノルドが注いでくれた葡萄ジュースを口に含む。するとそこへ、鮮やかなターコイズブルーのドレスを着たセシリアがやって来た。今日の彼女は金髪を纏めて、祖母に贈って貰ったエメラルドのピアスとネックレスを身に付けている。



「ねぇ? お姉様? 何故か、その花束をお父様が持っているけれど。エディ様から頂いたの? 素敵ね? 情熱的で」

「あっ、はい。貰ったんですが、」

「どうして、お父様がそれを持っているのかしら? お姉様にお返しすべきなのでは?」



 とても可愛らしい笑顔だが、目が笑っていない。ぴりぴりとした空気が漂う。肝心のハーヴェイはにっこりと微笑んだまま黙って、真っ赤な薔薇の花束を抱えていた。



(ああ、返して貰えないのかな? 折角部屋に飾って楽しもうと思っていたのに)



 このパーティーが終わった後でゆっくり眺めつつ、本でも読もうかと思ったのに。少しだけ落ち込んで俯いていると、向かいに立ったエディがこちらを見つめていた。そして、何を思ったか淡い琥珀色の瞳を細めて、隣のハーヴェイに向き直る。



「申し訳ありません、それ。ちょっと貸して頂けませんか?」

「ああ、どうぞ。どうしたんだい? 何か不具合でも?」

「いえ……ああ、あったあった。はい、どうぞ? レイラちゃん。言い忘れてたんだけど、メッセージカードを花束の中に入れておいたんだ。分かりにくくてごめんね?」

「あっ、はい。どうも……」



 エディがメッセージカードを取り出して、花束ごと手渡してくれる。喜んで受け取ると、ふとハーヴェイと目が合った。穏やかに微笑んではいるが、銀灰色の瞳は鋭く、こちらの心まで見透かされてしまいそうで。思わず額に汗を掻いて、ぎゅうっと薔薇の花束を抱き締める。



「あっ、私。邪魔になるだろうからこれ、部屋に置いてきますね?」

「ええ、お姉様! その方がいいわ、何なら花瓶に活け直した方がいいかと」

「あっ、そうよね? それじゃあ、その。もうすぐご飯が出る時間だし。ええっと、早く活け直してきまーすっ」



 エディがひらひらと手を振って「行ってらっしゃーい」と笑い、こちらの動きに気が付いたアーノルドがすかさず扉を開けてくれる。



「レイラ。お前が活け直して部屋に飾ったものなら、流石の父上も処分できないだろう。ちゃんと花瓶に移し替えてこいよ? あと花瓶の置いてある場所、分かるか? 何なら俺の部屋の棚に、」

「あっ、大丈夫ですから。アーノルド様? ちょっと過保護です、黙ってて下さい」

「……分かった。それじゃ、適当に喋っておくから早く行ってこい」

「はぁーい……」



 おそらく緊張した空気が漂っているであろう、背後を振り返らないようにして、リビングルームを出て廊下を歩く。腕の中には真っ赤な薔薇の花束が揺れていて、この美しい煌きを守れたことにほっとしていた。



(ああ、良かった。燃やされでもしたら、一体どうしようかと思ってたけど)



 機転を利かせてくれたエディには感謝しかない、つくづく彼は器用な人だと思う。



(あー、戻るのが。気が重い! イザベラおば様の手作り料理は楽しみなんだけどなぁ~、毎年恒例のアーノルド様お手製バースデーケーキも)



 エディの存在が胸を揺らしている、水面にさざ波が立って波乱を呼んでいる。



(切り捨てなくてはと思うのに。……この花束だって、大事にするべきではないのに)



 それなのにどうして、私は花束を抱えて、失われなかったことにほっとしているのか。ちっともよく分からなくて廊下の絨毯を見つめていた、それは擦り切れた赤茶色だった。





「それじゃあ、レイラ? 二十三歳のお誕生日おめでとう、かんぱーい」

「乾杯、おめでとうレイラちゃん」

「おめでとう、お姉様」

「おめでとう、レイラ」

「ありがとうございます、皆さん……」



 次々に祝われて口元が緩んでしまう。グラスを持ち上げると、しゅわりと白い泡が立った。向かいにはハーヴェイとイザベラが座っていて、イザベラは銀色のレースで縁取られた青いドレスを身に付け、小さな羽根付きの帽子を被っていた。みんなで少しだけお酒を飲んだあと、目の前のテーブルに目を落とす。テーブルの上には紫色のナプキンと、可憐な菫と白いカスミソウが飾られ、銀製のカトラリーが並べられていて、何とも華やかな雰囲気だった。



 そして、肝心の給仕はジルと人外者のそっくりさんがしてくれるのだが。何となく嫌な予感がするのは気のせいだろうか? いつになく例年と違う誕生日パーティーに緊張していると、向かいのハーヴェイに、食前酒を注ぎ終わったジルがにっこりと微笑む。



「おめでとうございます、レイラ様。良かったですね? エディ君も。来て下さって」

「えっ、あっ、はい。ありがとうございます、ジルさん……はははは」



 この人はもしかして、面白がっているのだろうか? その言葉を聞いて、今日はウェイター姿のそっくりさんがふふっと笑う。せめて、私以外の姿になって欲しかったんだけど。



「本当にすみません、俺がずかずかとお邪魔してしまって。でも、ロード・キャンベル。貴方から招待状を頂いた時は、本当に嬉しくて舞い上がってしまいましたよ? 俺も彼女の誕生日を祝いたかったもので……」



 いつになく丁寧な口調で、エディが述べる。その穏やかな甘い声には何かが潜んでいた。向かいに座ったハーヴェイがにっこりと微笑んで、グラスを掲げる。



「いいや? 本当はいつも通り、家族と過ごす予定だったんだが。どうも君のファンであるらしいセシリアちゃんとお義母様に頼まれたのでね? いやぁ~、凄い人気だ。街でもさぞかし、女性に持て囃されているんだろうね?」

「はははは、まぁ、否定はしませんが。だからと言って、幸せという訳ではありませんよ。ロード・キャンベル? 意中の女性にも振られっぱなしで」



 和やかな筈の空間に火花が散る。冷や汗を掻いて、ひたすら食前酒を飲むしかない。



「……ところで君は。俺の可愛い娘に花束を持ってきたようだけど? しかも、真っ赤な薔薇の」

「いやぁ~、すみません。ロード・キャンベルの分も用意すべきでしたかね? 貴方の方が似合いそうだ、血のような赤が」



 隣に座ったアーノルドが鋭く舌打ちをして、グラスを傾ける。



「父上もエディも、もう少し和やかに会話が出来ないのか? レイラが怯えきっているだろうが、お祖父様も。あと、お祖母様? その表情は一体……」

「ふふふふっ、いえね? 普段は特にやることも無くて退屈なものだから。勿論、この歳になっても、ゴシップネタは尽きないんですけどね? ふふふふっ」



 やることもないとはよく言う。エヴァンジェリンは慈善活動にパーティーに社交にと、大忙しなのに。



(まぁ、エネルギッシュな方だから……お祖父様もお祖父様で、交友関係が広いし)



 青い瞳を細めて笑い、エヴァンジェリンが興味津々といった様子で身を乗り出す。隣に座ったセドリックは顔色が悪く、しきりに怯えた目つきでエディとレイラを交互に見つめていた。



「ねぇ? エディ君はレイラのどこを好きになったの? 知りたいわ、私」

「はい。それは語ると長くなるんですけど、あの日のレイラちゃんの髪型は、」

「おい? よせよ、エディ? 本気で長いからお前のそれは」

「別にいいじゃないか、聞きたいなぁ~。パパ上もっ!」

「父上……貴方という人は本当に」

「まぁまぁ、坊ちゃん。ほら」



 そこで前菜を載せたワゴンを押して、爽やかな笑顔のジルが登場する。昼間の陽射しに照らされたそれは、生のサーモンとモッツァレラチーズと玉葱、檸檬の輪切りと赤いトマトのカルパッチョで、仕上げにオリーブオイルとパセリと黒胡椒が振ってある。



「うっ、嬉しい。これ、私が好きなやつだ~! イザベラおば様、アーノルド様、ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして。レイラ? 折角のお誕生日だから。これくらい」

「お前、好きだもんな。サーモンに檸檬も。エディ? メモを取るなよ、お前」

「いや、これは食材のメモじゃなくて。単純に、この喜んだレイラちゃんの姿をじっくりと観察してしたためて、」

「嫌だ、やめて欲しい……!!」

「はい……しまいます、やめます」



 しゅんと落ち込んでいたがどうして、私の祖父母と両親の前でそんなことが出来るのだろう。その勇気にちょっとだけ怯えてしまった。



「エディ様? お姉様の情報なら後でいくらでも渡しますわよ!? まずは手始めにそうね!? お姉様の子供の頃の写真を、」

「是非とも欲しいです、ください! 俺に売ってください!!」

「欲望に忠実過ぎだ、お前は!! シシィ!? お前もお前で余計なことを言うんじゃない!」

「あっははは、あ~あ、おかしいなぁ。も~」

「ハーヴェイおじ様」



 目元の涙を拭い取ったハーヴェイが笑って、その煌く銀灰色の瞳をエディに向ける。心配になって振り返ってみると、エディはいつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。



(でも、付き合いが長くなってきたから分かる。エディさんがこういう顔をする場合は、大体追い詰められている時で……)



 彼はどんなに誰かに怒鳴られてもただただ、穏やかな微笑みを浮かべているだけで。穏やかな微笑みの下で何を考えているのか、誰にも分からない。



「随分とまぁ、素直なもんだな? 火炎の悪魔君? どうだ? 早いところ、俺の娘のことは諦めて、」

「ははは、まぁ。検討だけしておきますよ、検討だけ」



 うぐっと、サーモンが喉に詰まりそうになっしまった。振り返ってみると、エディが悪戯っぽく笑って、淡い琥珀色の瞳をつむってウィンクしてみせる。その瞬間、背筋に汗が伝う。



(あっ、しまった。ここで振り返るべきじゃなかった、どうしよう? ハーヴェイおじ様に疑われてしまう……!!)



 慌てて視線を前に戻すと、ハーヴェイは真っ赤な薔薇を生み出していた。一体何故。それをぼうっと燃やし、黒焦げとなった花弁がひらひらと舞い落ちてゆく。



(こっわ!! あれは紛れもなく私への警告なのでは!? エディさんもこうして燃やしてやるぞっていう警告なのでは!?)



 固まっていると、イザベラが深い溜め息を吐いて、がつんとテーブルの下で夫の足を蹴り飛ばす。



「あだっ!? えっ!? 駄目だった!? イザベラちゃん!?」

「駄目に決まっているでしょう? ハーヴェイ。いいじゃないの、別に。レイラとエディ君が結婚しても」

「あっ、あのっ!? イザベラおば様!? 私はそのっ、アーノルド様のことが好きなんですよ!? エディさんと結婚する気は微塵もありませんからね!? たとえ、ハーヴェイおじ様が他の人と結婚していいと言ったとしても!!」



 隣のエディが悲痛な声を出して「レイラちゃん、そんな」と呟き、アーノルドがこほんと咳払いをする。褐色の手が伸びてきて、こちらの頭をぽんぽんと撫でてくれた。



「もういいから。レイラ? 飯を食おうぜ、飯を。さっきからお祖父様も震えていることだし?」

「たっ、頼むよ。ハーヴェイ君? そのっ、くれぐれも波風を立てるようなことはよして、」

「あらぁ~、残念だわ。ロマンス小説みたいで面白かったのに」

「エヴァ……私の肝は冷えっぱなしだよ、もう。はー……」



 顔色悪く胃の辺りを擦ったセドリックを見つめ、流石のハーヴェイも反省したのか「それじゃあ、美味しく和やかに食べてみようか? とりあえず今はね!!」と宣言し、またもやイザベラに足を蹴られていた。次に出てきたのは、滑らかな口当たりのヴィシソワーズで、エディがやたらと「美味しい! これ好き! 美味しい!」と言っていたので、それを作ったアーノルドは複雑そうな顔をしていた。彼は何かと繊細な人であり、エディは何も気にしない、大らかな人である。



 その次に運ばれてきたのは魚料理で、こちらは素朴な感じで仕上げてある、帆立と海老のポテトグラタンだった。あつあつに焼き上がった、チーズとバジルソースが何とも言えない美味しさで、ほっくりとしたポテトと甘い帆立と、ぷりぷりの海老の食感が堪らない。



「美味しい……!! こういう素朴なの好き。贅沢なのも好きなんだけど、こういうのが一番落ち着く~」

「分かるよ、レイラちゃん。それは。俺も意外と、こういう素朴な家庭料理の方が好きで。ああ、そうそう。家庭料理と言えばこの前、アンナさんがハムの作り方を教えてくれて」

「えっ!? そうなんですか!? あの滅茶苦茶美味しいやつの!?」

「そうそう。レイラちゃん、気に入ってたでしょ? 一口食べて。またレイラちゃんにもレシピを教えてあげるけど、とりあえず、俺が家で作ってみようかなぁと思って。今作っている最中なんだ、今度持ってこようか?」

「えっ! 嬉しい!! 食べます。じゃあ、いつもの公園でパンでも買ってきて……」



 そこではっと我に返って、おそるおそる、向かいのハーヴェイを見てみると。無言でグラタンを食べていたが酷くつまらなさそうな顔をしていて、その隣に座ったイザベラは何故だか涙ぐんでいるし、エヴェンジェリンにいたっては「続きをどうぞ!」と言わんばかりに、きらきらとした青い瞳で両手を組んでいる。



(し、しまった!! つい、いつもの癖で!!)



 私が酷く動揺していると、エディが低く笑って、テーブルに突っ伏した。背中が小刻みに震えている。



「えっ、エディさん!? そんなに笑う要素ってありましたか!? 今の!!」

「っぶふふ、いやぁ~。ごめんね? レイラちゃん。そうだよね? レイラちゃんは俺と話している時が一番楽しいよね?」

「エディ、お前。メンタル最強かよ……?」

「素晴らしいわ、正にこれこそが、二人の愛の結晶よね……!!」

「すみません、セシリア様? ちっとも意味が分からないんですが!?」



 セシリアをたしなめていると、向かいのハーヴェイがかちゃんと、静かな表情でフォークを置いた。おもむろに両手を組むと、食べかけのポテトグラタンを眺めながら、とんでもないことを言い出す。



「よし、やっぱり今からは。誕生日パーティーじゃなくて、エディ君と殺し合いでも始めるべきだろう。目障りで仕方が無い……!!」

「それじゃあ! 俺が勝ったら!! レイラちゃんをください、それで受けて立ちます!!」

「っおい、やめろよ!? エディ!? 座れ、一旦! お前!!」

「ハーヴェイ? 貴方ね? 折角のレイラの誕生日なのに、一体何を言っているの!? 大体ね? 貴方はね────……」



 それぞれぎゃいぎゃいと言い争いを始めた一同を見つめて、セシリアがぽつりと呟く。



「まぁもう。お姉様はエディ様のことが絶対に好きになるんだし? この戦いも決して、避けては通れない道ですわよね……!!」

「もしもし? セシリア様? 火を付けた内の一人が一体何を仰っているんでしょうか? それにそれ、アーノルド様が大事に残している海老なのでは……?」

「いいのよ。お兄様は取っ組み合いを始めたお父様と、エディ様を止めるので忙しいから」








「いやぁ~、ごめんね? レイラちゃん。黒幕を倒したら君と結婚できると思ってつい、張り切っちゃったんだ……ごめんね?」

「いいえ? も~、ハーヴェイおじ様もハーヴェイおじ様で、大人気ない……」

「いや、だって、諦めが悪いストーカーなんだし? あれぐらいしても許されるかと思って」



 結局あれから本当に庭へと移動して、戦い始めてしまった二人を必死で止めて、今現在、ようやく落ち着いた所である。庭にいくつか穴が開いて芝生も焦げてしまった上に、先程まで美しく着飾っていた二人はぼろぼろとなっていて、止めに入ったアーノルドとイザベラの機嫌は最悪になっていた。



「あのね? ハーヴェイにエディ君? 貴方達は一等級国家魔術師なの、分かる? その意味が」

「母上の言う通りだぞ、エディに父上。俺達が折角、レイラの誕生日を良いものにしようと頑張っていたのに、お前らときたら本当に……!!」

「ぐえっ! 苦しい苦しい!! ごめんって、アーノルドさん!!」



 怒ったアーノルドが、エディの胸ぐらを掴んで締め上げている。そして、ふるふると震えて拳を握り締めたイザベラを見つめ、ハーヴェイが「わ~ん、レイラちゃん? 助けて欲しいなぁ! パパ上のこと~」と言って両肩を掴んできた。



「まったく。あのですね? ハーヴェイおじ様? 怯えて私の背中に隠れるくらいなら、最初からしなきゃ良かったのに」

「ううっ、ごめんよ? 折角のお誕生日パーティーなのに。あいつを処分したらもっともっと楽しめるかと思って」

「お願いだからやめて下さいよ? ハーヴェイおじ様……」



 そこで、イザベラが深い溜め息を吐いて「ケーキを持ってきて頂戴、アーノルド。エディ君を締め上げていないで」と指示を出したので、アーノルドも渋々とエディを放す。



「そんじゃあ、お前ら? 大人しくしているんだぞ!? いいか!? 俺がケーキを持ってくる間ぐらい、大人しく待てるよな!?」

「はぁ~い、ごめんなさい。アーノルドくぅ~ん」

「気持ちの悪い声を出すなよ!? 糞親父! あーあ、まったくもー」



 ぶつぶつと文句を言いつつアーノルドが去っていって、赤髪がぼさぼさになってしまったエディが近付いてくる。



「ごめんね? レイラちゃん。怒ってる? 大丈夫?」

「まぁ、ある程度は。でも、皆から贈り物を貰って、ケーキを食べれば大丈夫ですよ。回復します」

「エディ君は、一体どんなものをうちの娘に持ってきたんだ?」



 どうやらエディと話す気になったらしく、緩やかな銀髪をちりちりに焦がしているハーヴェイがそう問いかけた。ちなみに祖父のセドリックは疲れ切っており、心配したセシリアとエヴェンジェリンに付き添われて、席を外している。今頃は別室で、冷たい紅茶とクッキーでも食べている頃だろう。アーノルドの繊細さは、セドリックから受け継がれたものに違いない。



「ああ、俺はですね~。ふふっ、かなり自信がありますよ? お義父さん?」

「お前にお義父さんと言われる筋合いは無いぞ、エディ君? 今すぐにその発言を撤回するんだな、さもないと」

「さもないと無視しますよ、ハーヴェイおじ様? いい加減にして下さいよ、もう」

「あっ、はい。ごめんなさい……」



 しょんぼりと落ち込んでしまった、その姿を見てふと思う。そろそろこの辺りでハーヴェイの機嫌を取っておこう、そうしよう。



「何だか、ハーヴェイおじ様って。少しだけエディさんと似ていますよね? 私がエディさんと仲良くなってしまうのも、無理も無い話だったかもしれないなって、うわぁっ!?」

「レイラーっ!! 可愛いぞーっ!? よぅし、それならそれで!! 今日は本当にエディ君と揉めない、ごめんね!?」

「俺は死ぬほど複雑な気分だよ、レイラちゃん……似てないと思うんだけどなぁ~、この人と」



 ハーヴェイに持ち上げられて、くるくると回されてしまい、酔いそうになった所でアーノルドが止めに入る。



「ああ、ほら? 父上? ケーキを持ってきましたよ? レイラを放してやってください、目を回してるんで」

「アーノルドたん! よっしゃ! ケーキ!!」

「アーノルド、ケーキって一体何? うわっ、うまそう! 俺、少しだけ大きく貰いたい! うまそう!」

「遠慮ってものを知らないのか、お前は? はーあ、まったくもう」

「お皿を持ってきたわよ、アーノルド。ほら? 早く切り分けて頂戴」

「はい、母上……」



 休憩していた祖父母とセシリアも戻ってきて、深い溜め息を吐いたアーノルドがケーキを切り分ける。アーノルドが腕によりをかけて作ってくれたのは、檸檬のチーズタルトで、上にはこんもりと焼き目がついた白いメレンゲが盛られ、中には檸檬のリコッタチーズとサワークリームが詰まっていた。口に入れると、タルト生地がほろりと崩れ落ち、檸檬の爽やかな香りが漂った。



「うわぁ~、美味しい! しゅわっとしてる、檸檬の風味が堪らない、美味しい~」

「レイラちゃん、俺の一口あげようか!? ねっ? ねっ?」

「エディ、お代わりが欲しいって言ってたよな? ほい」



 隣に座ったアーノルドから一口貰ってしまい、エディがぎょっとした顔をする。



「えっ!? 俺が思ってたのと全然違う!! でも、嬉しいよ。ありがとう」

「……ああ」

「後悔するのならあげなきゃいいのにまったく、アーノルド? お前もお前で何かと繊細ねぇ、ほんと」



 きゅっと、くちびるを引き結んで青ざめてしまったアーノルドを見て、向かいに座ったイザベラが溜め息を吐く。それを見て、笑って和やかに会話をして、とうとうプレゼントを貰う時間がやってきた。



「えー、それでは。いいかな? 私からで」

「いいんですよ、最年長だし。お義父さんだし!」

「ふふっ、良かったわね。あなた。喜んで貰えるといいのだけれど、私とセドリックからの贈り物を」



 エヴァンジェリンに優しく見つめられて、思わず赤くなってこくこくと頷く。全ての料理が下げられた後のテーブルには、菫とカスミソウの花々だけが飾られ、真っ白なレースのテーブルクロスが目に眩しい。テーブルの上で、両手を組んで緊張していると、青いビロード張りの細長い箱とオルゴールが現れた。



「わっ、これは……?」

「去年のお誕生日の時にね? 魔術仕掛けのオルゴールを気に入ってくれたから。勿論今度はちゃんと、趣向を凝らして中身を変えてみたんだけど。開けてみてくれる?」

「あっ、はっ、はい。それじゃあその、開けてみますね……?」



 もう一つの青い箱も気になってはいたが、とりあえず息を深く吸い込んで、オルゴールの蓋を開けてみる。



「ほわっ!? ユニコーンだ!? 凄いっ!」

「わ~、綺麗。虹色だ、凄いな」

「そうだな、見事だ。金がかかっていそうだな……」

「お兄様……まったく。情緒が無いんだから」



 きらきらと眩い銀色のユニコーンが飛び出してきて、白い薔薇付きのヴェールを被った乙女も現れ、籠に入った白い花々と銀粉を振りまいては、軽やかなリズムに乗って楽しげに踊り、しゃんしゃんと涼やかな鈴の音が響き渡る。



「わぁ~! 凄い、綺麗!! 去年の舞踏会のやつも凄く好きなんですけど! これはもっと好きになりました! ありがとうございます……!!」

「いいえ? どういたしまして、レイラ。次のも開けてみてくれるかしら?」

「私が選んだものなんだが、どうだろう? その、気に入ってくれるといいんだが……」



 セドリックに促されて青い箱を開けてみると、そこには美しいパールのネックレスが収められていた。



「わっ、覚えていてくれたんですね? 嬉しい~、持っていたパールのネックレスが、ぶちっと千切れてしまって……!! あれは凄く悲しかったなぁ~」

「ごめんよ? 補充みたいなプレゼントで……」

「とんでもない! 嬉しいです、ありがとうございます! わ~、綺麗!」

「それじゃあ、次は俺かなぁ~? 楽しみだなぁ~」

「あっ、はい! 私も楽しみですよ、ハーヴェイおじ様にイザベラおば様!」




 どこか期待した表情のハーヴェイとイザベラからは、ずっと欲しかった美しい図鑑と、マーガレットが何とも可愛らしい麦わら帽子を貰い、セシリアからはダイアとサファイヤの豪奢なネックレスを貰ってしまった。ちょっと怖い、お値段が。



「何でしょう? セシリア様。私に関することだけその、浪費が激しいですよね……?」

「気のせいなのでは? お姉様。さっ、エディ様は!? お姉様に一体何を持ってきましたの!?」

「その前に俺だよ、セシリア? ほい、レイラ」

「ありがとうございます! わ~、可愛い手袋とマフラー! それに帽子まである!」



 深い紫色のリボンがかかった箱を開けてみるとそこには、むくむくとした白い毛皮付きの茶色い手袋に、真っ赤なリボン付きのフェルト帽。そしてどこか、エディを彷彿とさせる赤茶色チェックのマフラーが入っていた。しかも、手袋とマフラーにはレイラとエディのイニシャルが入っていて、菫と向日葵の刺繍まで施されている。



(もしかしなくてもこれ、アーノルド様お手製の刺繍なのでは……? 変なの)



 その中身を見たエディが無言で振り返って、アーノルドがさっと顔を逸らしている。



「アーノルドさん? あのう、」

「いいからエディ。早く。次はお前の番だろう?」

「あっ、ああ。まぁ、それはそうなんだけどさぁ~……」



 エディがぽりぽりと頭を掻いて、魔術でふわりと大きな白い箱を出したものだから、全員ぎょっとしてしまって、思わず首を伸ばしていた。



「えらく大きいんだな!? エディ君!? しかも何だよ? その向日葵のリボンは……」

「えっ? ただの、向日葵の造花と紫色のリボンですけど……?」

「分かりますわ、エディ様! これを見て少しでも自分を思い出して欲しいといった! 健気な恋心ですよね!?」

「その通りです、シシィちゃん……」

「何を真面目に頷いているんですか、エディさん? はーあ、まったくもう」



 その大きな箱には、一体何が入っているんだろう?



(あまり怖いものじゃなきゃといいけど、な……)



 こちらが知りたくてそわそわしているというのにエディときたら、何故か青ざめて押し黙っている。



「お、おい? エディ? 一体どうしたんだよ? お前。腹でも痛いのかよ?」

「えっ、いやぁ~。その。あんだけ豪華な贈り物の後で、これって一体どうなのかなぁと」

「いいから見せて下さいよ、エディさん! 中を開けても?」

「あっ、はい。どうぞ、レイラちゃん……」



 エディがおそるおそるくれた。胸をわくわくと弾ませて白い蓋を開けてみると、そこには。



「こ、れは……」



 あれだけ欲しい欲しいと、ずっと願って泣いていたテディベアが座っていた、しかも私好みの。



「テディベア? 一体また、どうしてこんなものを?」

「テディベアだって? へー? どれちょっと見せて、」

「だっ、駄目です! ハーヴェイおじ様!!」



 これだけはこれだけは、どうしても奪われたくない。巡り巡って、やっと手に出来た大事な宝物だから。気が付けば泣いていた。泣いて、柔らかな毛並みのテディベアを抱き締めていた。正統派の、真っ赤なリボンを首に巻いた、可愛らしいテディベアだった。驚いた表情のハーヴェイとイザベラの姿が歪んでいる。涙のせいだと理解していたが、止まらなかった。ぎゅうっと抱き締めて、顔を埋めると、ふわりと、いつものエディの香りが漂った。瑞々しい柑橘系と、クローブのような香り。



「私のです、これは。ずっとずっと欲しかったんですよ、これが! 私とお父様の、約束していた。っひ、欲しかったのに貰えなかった、もう、もう二度と。もう二度とお父様が渡してくれない私の誕生日プレゼント……!! ごめんなさい、お父様。本当にごめんなさい……!!」

「なら早く」



 ぼたぼたと涙を零して泣いていると、ハーヴェイの声が聞こえてきた。



「早く言ってくれたら良かったのに。俺、俺だって。きちんと気にしなくてもいいんだよってさ? そう、そう言って渡せたのに。エドモンの、代わりにさ?」



 その声には深い悲しみと涙が滲んでいた。エディがこちらの頭をそっと、優しく撫でてくれる。そしてエディさんが私の代わりに、ハーヴェイおじ様に伝えてくれた。



「きっと。欲しいって言えなかったんですよ、彼女は。レイラちゃんは……欲しいと言って手に出来る物だと、その、意味が無かったのかもしれませんね?」



 誰も何も言えなかった、言わなかった。私は暫くそうして泣いていた、エディさんだけが私の背中を擦って慰めてくれた。




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