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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
66/122

22.前日の服選びと不穏なお誕生日パーティーの幕開け

 




「うーん、どうしよっかな? あー、悩む。どうしよう、でもなぁ~」



 レイラは夕食を食べ終わった後、自室でああでもないこうでもないと悩んでいた。ここはウォークインクロゼットの中で、目の前にはアンティークの大きな鏡が置いてある。鏡に映った自分は情けない顔をしていて、やっぱり。



「うーっ! やめよう! いくらエディさんが盛装姿でくるからと言って! やめよう、お洒落するの!!」

「どうなさったの? お姉様。珍しい、大きな声を出したりなんかして」

「わっ! せっ、セシリア様!?」



 振り返るとそこには、きょとんとした表情の義妹が佇んでいた。輝く金髪はゆったりと下ろして、瞳と同じ青いカシュクールワンピースを着ている。見られてしまったことに慌てて、咄嗟に隠そうとしたが今の私は下着姿で、足元には沢山のワンピースとドレス、アクセサリーにカチューシャが散乱していた。



(うぐっ、どこからどう見ても、明日の誕生日パーティーで着る服を悩んでいる人! 辛い、終わった!!)



 しかも、先程の呟きを聞かれたのだ。



(私が、私がエディさんの為にお洒落をするって。どうかそう、誤解されませんように……!!)



 そんな願いとは裏腹に、セシリアがぱぁっと顔を輝かせて口元を押さえる。



「お姉様!? もしやもしや! あのエディ様の為に悩んでらっしゃるのですね!? そうなのですね!?」

「やめっ、やめて下さいよ!? セシリア様!? 私はただ単純に、わざわざプレゼントを持って来てくれるエディさんに失礼が無いよう、」

「そうね! お姉様は胸が豊満ですからそれを強調しつつ、色白の肌にあった深い色合いや淡いパステルカラーを選んで、あくまでも清楚な色気を出せるよう、露出は控えたらどうでしょう?」

「アドバイスして下さって、どうもありがとうございます……」



 そうだ。彼女自身デザイナーであり、服飾関係の会社を経営しているのだった。厳しい目つきで近寄ってきてまずは、こちらの腰をぎゅっと掴んでくる。



「せっ、セシリア様? あのう?」

「うむ、やはり流石はお姉様だわ! この細さならあれが入るに違いなくってよ、ちょっと待っててらして? 今このお姉様が愛し、お姉様を愛する妹が素晴らしく美しいドレスを持ってきますから、お姉様はその間、アクセサリーでも選んで待っていてください。分かりましたか?」

「あっ、はい。分かりました……」



 セシリアが重々しく頷いて、ずんずんと去っていった。あまりの事態に硬直してしまう。



「さっ、最悪だ。ばれてしまった……!!」



 どうしよう? 明日、エディさんにこのことを告げ口でもされたら! 嬉々とした笑顔で「お姉様がエディ様のために選んだのですよ! 一晩かけて!」だなんて言っている、セシリアの姿が目に浮かぶかのようだ。どうしよう。つらい。



「うっ、違うもん。別に、エディさんのために選んでいる訳じゃなくって」



 でも、昨日のエディはこう言っていたのだ。嬉しそうな笑顔で。



『レイラちゃんのお父様から貰った招待状にさ! ドレスコードが書いてあったから俺、とびっきりお洒落して行くね! 美しいレイラちゃんに霞まないように!!』



 そう言われてしまい、黙って頷くしかなかった。



(ああ、どうしよう? あの時だってスーツ姿が最高に格好良かったのに!! ああ、どうしよう? ただでさえ、エディさんはあの美貌と筋肉質で)



 もやもやと考え事をしていると、やけに凛々しい顔つきのセシリアが戻ってきた。両手には何やら美しいドレスを持っている。思わず、その光沢のある布地を見て唾を飲み込む。



「これは、セシリア様?」

「元々、去年のお誕生日に渡そうとしていたものなの。でもね? あの陰湿なお兄様が、俺のと色が被るからやめろって言ってきて。ずっとしまっていたの、ねっ? 着てみてくださいな、お姉様!」

「あっ、はい。それじゃあ、失礼して……」



 どきどきと緊張して、その淡い薄紫色のドレスに足を入れ、背中のファスナーを上げて貰う。鏡に向き直って、自分の姿を確認してみると、品良く開いた胸元には白いアンティークレースが縫い付けられていた。その下には真珠の釦が並んで、腰から足にかけ、ふんわりと薄紫色のスカートが広がっている。こよなくお上品で、清楚な薄紫色のドレスは誂えた(あつら)かのようにぴったりで、ほうっと溜め息を吐いてしまう。



「セシリア様、これ。去年のお誕生日の時に欲しかったです……物凄く綺麗!」

「ふふふふ、でしょう? お姉様に合うと思ったの、白いパールの釦も上質な生地も。ねっ? これを着てエディ様と並べば、」

「あの、私の婚約者は。お兄様のアーノルド様なんですけど……!?」



 その言葉にふんと鼻で笑って、輝く金髪を振り払った。



「あのね? お姉様。確かに、お姉様の婚約者はあの忌まわしいお兄様かもしれませんけど! でも、お姉様が惹かれているのはエディ様で、」

「ちょっと待って下さいよ、セシリア様!? 勝手に捏造するの、やめて貰えませんか!?」

「あら、お姉様。だったらどうして、延々と悩んでらしたの? ほら、この服もドレスも。こんなに出してきたりして」



 足元に散乱していた服を拾い上げて、セシリアが妖艶に微笑む。本人には怒られてしまいそうだがそんな顔をすると、本当にアーノルドそっくりだった。青い瞳がこちらを射抜き、その鋭さに背筋が寒くなってしまう。



「ねっ? きっと、明日にはエディ様も! お姉様に惚れ直して!! そして二人きりの甘い時間を過ごして、」

「やっ、やめて下さいよ、セシリア様……? 私は別に、エディさんのことなんか好きじゃないし」

「ふふふふふ、お姉様? アクセサリーはどうしましょう? エディ様の瞳と同じ、琥珀色のものとか?」

「えっ? しない、しない、しないし、頼むから人の話を聞いて欲しい……!!」



 悩んで悩んで悩み抜いた末に、髪型は無難なものにした。いつものハーフアップではなく、緩やかに巻いて、昼間のささやかなパーティーということで、薄紫色のリボンカチューシャを装着し、小さな真珠のピアスとネックレスを付ける。セシリアは最後の最後まで、たとえドレスの色に合わなくとも「赤いルビーか琥珀色のものを!」と主張していたが、その提案は却下した。



 左手首の腕時計を確認して、そわそわとエディの到着を待つ。ここは屋敷の玄関ホールで、見上げる程に大きい両開きの扉と、白と黒の大理石の床がモダンで美しい。背後には階段が佇み、真っ赤な壁には数多くの肖像画が飾られていた。約束の時間まであと、十五分程あるが。



(あ~、流石にまだかな? ジルさんが迎えに行くって話だったけど。でも、エディさんがそれを断って魔術で、)



 そこまでを考えていると、ふいに軽やかなノック音が響き渡る。



「あっ! はっ、はーいっ! えーっ、えーっと! エディさんですか!?」

「そうだよ~、レイラちゃん。開けてくれるかい? 今、ちょっと両手が塞がってて」

「えっ? はっ、はい。少々お待ち下さい!!」



 緊張して扉を開けると、そこには真っ赤な薔薇の花束を抱えたエディが立っていた。彼が悪戯っぽく笑い、真っ赤な薔薇の花束を持って、身を乗り出してくる。



「お誕生日おめでとう、レイラちゃん! はいっ! これっ」

「えっ? えっ? わぁ~、綺麗! ありがとうございます、エディさん! わぁ~!」



 真っ赤な薔薇の花束に感動してしまった。定番と言えば定番なのだが、予想以上に嬉しい。



「わっ、わ~。本当に何だろう? とっても嬉しいです、ありがとうございます!」

「いやぁ~、定番中の定番だから悩んだんだけど。兄上がそれにしとけって、しつこく言うもんだからさ~」

「ああ、双子のお兄さんの? ええっと名前は、」

「サイラスね、サイラス。あのどうしようもない女好きも。役に立ってくれて良かった」

「どうしようもない女好き……そうでしたね」



 エディは人の悪口など絶対に言わないタイプの人だがどうも、お兄さんの話題になると口が悪くなる。仲が悪いというよりも、弟が兄に甘えているかのようで、思わずふっと笑ってしまった。



「ふふっ、エディさんってば。気付いてないのかもしれませんけど。お兄さんには意外と、」

「わ~、レイラちゃんが可愛い!! いつにも増して凄く可愛い! 喜んでくれた時の笑顔しか見てなかったけど、死ぬほど可愛い! 後で写真撮ってもいーい?」

「えっ、嫌です。でも、集合写真なら後で撮りますよ? ハーヴェイおじ様が好きだからそういうの」



 そう冷たく返しながらも、エディの盛装姿が気になって振り返ってみる。薔薇の花束ばかりを見ていて、ろくに見ていなかったのだ。きらきらとした淡い琥珀色の瞳で見つめてくるエディは、いつもと同じく、鮮やかな赤髪をハーフアップにしていた。違うのはその服装で、濃いベージュ色のスーツに淡い青のシャツを合わせ、そして以前に選んでお薦めしてみた、黒とベージュと赤のストライプネクタイを締めていた。精悍な美貌に、爽やかな色合いがよく合っている。



「ねっ? ねっ? レイラちゃん。俺も格好いい? ねっ? ねっ?」

「うーん、まぁまぁかな? でも、私が選んだネクタイ。付けて下さってありがとうございます」

「照れ隠しが可愛い~、好き~、可愛い!!」

「あーっ、もうっ! 静かにして下さいよ!? この花束でぶん殴りますよ!?」

「えっ、それはそれで。ちょっと嬉しいかもしれない……!!」

「やめて?」



 賑やかに会話しつつ、エディと一緒に階段を上がってリビングルームへと向かう。



「ああ、そうだ。後で義妹のセシリア様と、イザベラおば様達を紹介しますね? あと今日はその。私の祖父母が来ていて」

「えっ!? 緊張して吐きそうなんだけど!? えーっとそれは、」

「血が繫がっていない祖父母で、イザベラおば様のご両親です。でも、とっても優しいお祖父様とお祖母様で。孫同然に可愛がって貰ってます」

「ああ、良かった。君が愛されていて」



 エディの凄い所は歯の浮くような台詞を口にしても、すんなりと馴染んで様になる所だった。彼は機嫌良く階段を登っていて、辺りをきょろきょろと見回しては、肖像画を指差して「あっ! あれ。アーノルドに似ているなぁ、ちょっと腹が立つ」だなんて言っていて笑ってしまう。



「でも、私。知っていますよ? 実はエディさんとアーノルド様が、」

「えっ!? 知ってるって一体何を!? あいつ、何か言ってた!?」

「さては二人して、何かを隠してますね……?」

「……いや、別に。何も」



 そのまま黙り込んでしまい、二人で階段を登ってゆく。流石に腹が立って問い詰めてみたのだが。



「ねぇ? エディさん。貴方、何か私に隠し事をしているでしょう?」

「いや、レイラちゃんを傷付けるようなことは何も、」

「やっぱり隠し事はしているんですね? そうなんですね!?」

「んっ、ん~。いやぁ、隠し事っていう程のもんでも何でも無いからさ? ただ、君に知られたくないってだけで」

「何ですか? それは。余計に気になるんですけど?」



 エディが苦笑して、階段の手摺りを掴みつつ、立ち止まる。貴族の屋敷で佇んでいるエディは美しく、困ったような微笑みを浮かべていた。



「ほら、俺もさ? その、男なんだし? レイラちゃんに聞かれたくない話も色々とあって、」

「誤魔化すのも下手くそなんですね? エディさん? でも、いいやもう、折角の誕生日だし。イライラなんかしたくないし」

「うん……イライラさせちゃってごめんね?」



 やけにしょんぼりとした声を出して落ち込んでいるので、ああ、やっぱり。



「私が悪いみたいな気持ちになっちゃうじゃないですか……!! 別に責めてないんで。ねっ?」

「うん。ありがとう、レイラちゃん。愛してるよ?」

「うーん、何だろう? 詐欺師に会った気分」

「えっ!? 何で!? 嘘偽りのない、心からの愛の告白だったのに!?」

「なんか胡散臭いから? ほらっ、もう着きましたよ?」



 隣でエディがやたらと緊張して、深く深く、息を吸い込んでいた。荷物は魔術仕掛けのポケットにでも収納しているのか、その手は空いている。ふと、彼が私に贈る予定のプレゼントが気になってしまい、慌てて目線を扉へと戻す。



「っよし! 大丈夫! 今日は流石に君にプロポーズしたりしないから。安心してね? 後でプロポーズするけど」

「うわぁ、その一言で。一気に不安になりましたよ、エディさん」

「うっ、つらい。緊張で吐きそう」

「大丈夫ですって、本当に優しいお祖父様とお祖母様ですから」

「よし、開けてみるね?」

「はい、どうぞ」



 エディが震える手で扉を開けて、開きかけた瞬間に「あっ! ノックを忘れてた! 失礼します!!」と言ってぱたんと閉じてしまう。



「えっ、エディさん!? 一体何をしているんですか!?」

「いや、何か。緊張しちゃってどうしよう、ちょっと訳が分からなくなっていて、俺っ、どうしよう!?」

「お前のことだからそうすると思ったよ、エディ。ほら」

「アーノルド様」



 呆れた表情のアーノルドが扉を開けてくれた。今日の彼は灰色のスーツに白いシャツを着て、黒いネクタイを締めており、どこか退廃的な匂いが漂っている。私が持っている真っ赤な薔薇の花束を見て、眉を顰め、褐色の手をかざして月光のような魔力を放つ。



「わっ!? おいっ、お前!? 何で淡いピンク色に変えたの!? 折角の赤い薔薇がもごっ!?」

「しーっ! 静かにしろよ、エディ? そんなのを見たら、お祖父様もお祖母様も心配するだろうが、まったく。今日のお前はただの同僚で、共通の友達ってことになっているんだからな?」

「ああ、そっか。それでか……後で元に戻してくれるか?」

「おーい、セシリアー? エディが来たぞー?」

「無視かよ、お前。腹立つなぁ、も~」

「まぁまぁ、私が後で。戻しておきますから。ねっ?」



 その言葉に目を丸くしたエディが、ふんわりと照れ臭そうな微笑みを浮かべる。



「うん、ありがとうね? レイラちゃん。気に入って貰ったみたいで、俺。すっごく嬉しい……!! 本当にありがとう」

「あー、えっ、ええっと。その、どういたしまして……?」



 あまりにも嬉しそうな笑顔と純粋な言葉にどぎまぎしてしまった。隣に立ったエディが「うん」と呟いてから、その足を一歩踏み出す。




「ああ、君がエディ君かい? どうも初めまして、祖父のセドリックだよ。セドリック・サッチャー」

「まぁ、素敵な花束ね? 貰ったの、レイラちゃん?」

「お祖母様。そうなんです、貰ったんです。ほらっ」



 祖母のエヴァンジェリンが青い瞳を細めて、私が持っている淡いピンク色の薔薇を見つめていた。今日はお祝いということで、ターコイズブルーのドレスを着て、白髪混じりの銀髪を纏めている。こちらを見て、にこにこと笑っている祖父のセドリックも青いスーツを着ていて、銀色の眼鏡が優しげに光っていた。



「どうも初めまして。彼女のバディの、エディ・ハルフォードと申します。何かすみません、俺。どうも一家団欒にお邪魔してしまったようで」

「あら、大丈夫よ? エディ君。だって、わたくしが呼んだんだもの。シシィちゃんから聞いたのよ? あの火炎の悪魔君がレイラちゃんのバディだって。ふふふふっ」



 その意味ありげな微笑みを耳にして、顔色の悪いアーノルドがやって来る。



「お祖母様? もしかしてその、エディのことはもう知って、」

「勿論知っているわよ、アーノルド君? も~、早く言ってくれたら良かったのに! エディ君とは中々会えないのよ!? 住宅街の方ばかりを巡るから奥様方に取られちゃって!!」

「おっ、落ち着いて? お祖母様。知っていたの? その」



 もしや彼がプロポーズしていることまで知っているのではと、危惧している横で。薄い金髪に青い瞳の祖父が苦笑して、呆気に取られているエディの肩を叩き「すまないね、うちの妻がミーハーで」と謝っている。



「ふふふふっ、どうかしら? ハーヴェイ君が許しそうに無いわね~。でも、本当にハンサムで驚いちゃったわ! 今日は夫の代わりにエスコートして貰おうかしら? なぁ~んて」

「喜んで、ミセス・サッチャー。お手をどうぞ?」

「エディ、お前な? ノリノリかよ……」



 アーノルドが低く呻き、妻を取られてしまったセドリックが苦笑している。



「ん~、まぁ。別にいいんだけどね? その、レイラ? 彼とはどうなんだい?」

「えっ? お祖父様? どう、どうってそれは、」

「お祖父様、とにかくも今日はレイラの誕生日ですから。ねっ?」

「いっ、いや。しかしだね、アーノルド君!?」



 エディは嬉しそうなエヴァンジェリンをエスコートして、キッチンの方にいたイザベラとセシリアに挨拶をしている。外堀を埋めてしまう作戦なのか、いつにも増して嬉しそうな笑顔で、その笑顔に背筋がぞっとしてしまった。



(うーん。変なこと、話してなきゃいいけどなぁ~)



 物思いに耽っていると、何かと心配性で臆病な祖父のセドリックが話しかけくる。



「なっ、なぁ? レイラ? お前、アーノルド君と婚約を解消して。まっ、まさかあの火炎の悪魔と結婚する気じゃないだろうね!? 困るよ、それは! 私はずっとずっと二人の結婚式を楽しみにして、」

「いやぁ~、まさか! そんなことにはなりませんよ、お義父様?」

「ハーヴェイおじ様! 一体、どこに行ってたんですか?」



 銀髪をなびかせたハーヴェイがにっこりと微笑んで、灰色のスーツの襟を正した。前日に「息子たんと同じスーツが着たい! お揃いコーデがしたい!!」と騒ぎに騒ぎまくったので今日は、アーノルドと同じ灰色のスーツに、紺色のネクタイを締めている。



「いや、何。レイラへの誕生日プレゼントを移動させていてなぁ~。おっ、あれが例の火炎の悪魔君か? なぁ?」

「はっ、ハーヴェイ君。くれぐれもその、暴力沙汰は無しで頼むよ……?」



 弱々しいセドリックの言葉に微笑みを深めて「大丈夫ですよ、お義父さん。何もしませんから。ねっ?」と呟き、ぷるぷると震えている肩に手を置いていた。祖父は常に何かに怯えていて、ハーヴェイはそんな義父にも意外と優しい。しかし、それは。私も気になる点で。



「ハーヴェイおじ様? そのっ、私は絶対に絶対に、アーノルド様と結婚しますので! くれぐれもエディさんに何かしないで下さいよ? ねっ?」

「ああ、勿論。分かっているとも、可愛いレイラ?」



 こちらの肩に手を置いて、額にキスをすると、花束をぱっと取り上げた。



「そんじゃあまぁ、これは。パパ上の部屋にでも置いてこよっかなぁ~? ああ、勿論。後で返してあげるからね? 安心してくれよ、可愛いレイラちゃん?」



 挑むような銀灰色の瞳に、ごくりと唾を飲み込んでしまう。そして、大事な花束を見つめたあと、ハーヴェイをじっと見上げる。



「大丈夫ですよ、ハーヴェイおじ様。彼がくれた花束を気に食わないと言うなら。焼いてしまっても」

「だがなぁ~、真っ赤な薔薇の花束だからなぁ~、勿体無いよなぁ~?」

(ばっ、ばれてしまっている……!! でも、だよね! そうだよね!?)



 ハーヴェイがふわりと、色を戻してしまった。そして機嫌良く、真っ赤な薔薇の花束を担いで歩き出す。



「うーんっと! それじゃあ、俺もエディ君に挨拶してこようっかな~!?」



 どうも今年の誕生日は荒れそうな気がすると感じて、深い溜め息を吐いてしまった。



(ああ、どうか。なっ、なんにも起きませんように……!!)







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