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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
65/122

21.泣いちゃった変てこ悪魔と周囲の笑い声

 





「えっ? それでその、エディ君がレイラ嬢の誕生日パーティーに出席すると?」

「ああ、ライさん。誕生日パーティーと言っても身内だけで。ちょっとお洒落して贅沢なご飯を食べるっていうだけの、ささやかなものなんですけど……」



 その言葉にダンボール箱を持っていたライが、こくりと真面目に頷いた。刈り込んだ灰髪に青い瞳を持った彼は、マフィアのような強面の男性だが、実はとんでもなく優しい人である。ライの隣を歩いていた金髪巻き毛のアランが、きょとんとした表情で覗き込んできた。



「それで、その招待状を。一体どうしてレイラちゃんのお父様が渡しに来たの? 憎くはないのかな?」

「えっ? いやぁ~、多分、あの二人には特にこれと言って面識も無いだろうし」

「普通、そういった場面では修羅場になりそうなんだが……」



 確かに私も、ハーヴェイおじ様がのほほんと招待状を渡している場面は想像出来ない。



(うーん? エディさん、大丈夫かな? でも、今朝も元気にプロポーズしてきたしなぁ)



 あと他に変わったことと言えば、アーノルドがエディのことをやたらと心配していたことぐらいで。いつもの紺碧色の制服を着て、ダンボール箱を持ってセンターの廊下を歩いていると、突然黙り込んだ私を気にかけてくれたのか、背の高いライが覗き込んでくる。



「どうした? レイラ嬢。すまないな、元はと言えば私が頼まれた仕事だったのに。手伝わせてしまって、本当に申し訳が無い……!!」

「あっ! いっ、いいえ! 別にそういうつもりで黙り込んでた訳じゃありませんからね!? どうぞお気になさらないで下さいね、ライさん!」

「それじゃあ、何を考え込んでいたの? レイラちゃん?」



 アランにおっとりとした口調で尋ねられ、うぐっと言葉に詰まってしまう。彼はこうして何かと、鋭い人なのだ。



「う、うーん。いやぁ~、エディさんが誕生日パーティーに来るのが、気まずいと言うか、何と言うか」

「あっ、ああ。そうだよな? エディ君は確かに中々の好青年だがその。レイラ嬢もレイラ嬢で、アーノルド君という婚約者がいる訳だし……何かと辛いな、レイラ嬢も」

「らっ、ライさん……!! 最近の私の癒しはライさんだけです、どうもありがとうございます!」



 ライが戸惑いつつも、ふんわりと嬉しそうに微笑んで「そうか、なら良かった。あまり無理はしないようにな?」と言ってくれたのでときめいてしまう。



「あ~、ライさんが。もう少し年齢が近くて、私にアーノルド様とエディさんさえいなければ! なんかもう、普通に結婚を前提にお付き合いをして欲しかったレベルの良い人で、」

「れっ、レイラちゃん!? 浮気!? 浮気なのかな!?」

「おわっ!? エディさん!? 一体何をしているんですか? そこで」



 前方の白い壁からひょっこりと顔を出して、エディが憂鬱そうな表情で見つめてくる。ただその頭には何故か、白黒ギンガムチェックの布を巻いていた。淡い琥珀色の瞳には涙が滲んでいて、途端に心配になってしまう。



「エディ君? どうしたんだ? そんな所から覗き込んでいて。それに心配しなくともレイラ嬢は、独身の私に気を遣って社交辞令を言ってくれただけで、」

「いや、わりと本気でしたよ? あのう、エディさん? どうしましたか?」

「わぁ、可愛い布だ~。どこのやつなんだろう? それ~」



 のほほんとしたアランの声を背にしつつ、泣き出してしまいそうな表情のエディに駆け寄る。この手に重たいダンボール箱が無ければと思ったが、言っても仕方の無いことだろう。



「エディさん、あの」

「わっ、わああああっ!? ごっ、ごめん! ちょっと今、本気で近寄って欲しくない!! どうしよう!? ごめんね、俺! 君のことは相変わらず好きなんだけど! 午後からもデートはして欲しいんだけど!」

「いえ、ですから。仕事ですって、巡回巡回」



 彼はどうも未だに毎日デートしている気分らしく、日常魔術相談課の仕事を「お給料を貰ってレイラちゃんと遊ぶ日!!」と言っていたので認識を即刻改めて欲しい。



(まぁ、言っても無駄なことなんだろうけどね!)



 持っていたダンボール箱を床に置いて、やたらと恥ずかしがっているエディを引っ張り出して、その白黒ギンガムチェックの布を奪ってみると、ぼわんっと、虹色のアフロが飛び出してきた。



「うわっ!? どうしたんですか、その頭は!? これじゃあまるで、」

「うわあああああっ!? 何で外しちゃうの!? レイラちゃん! 俺っ、この頭だけは絶対に絶対に! 誰にも見られたくなかったのに!?」

「ごっ、ごめんなさい! まさかこんな頭になっているとは! 全然思っていなくて!!」



 優しいライが慌てて、白黒ギンガムチェックの布を拾い上げて被せる。ほわほわとした虹色のアフロがまた、布に覆い隠されて見えなくなった。



「えっ、ええ~? 誰にやられたんですか、その頭? 絶対絶対、呪い由来でしょう?」

「うっ、うう。まさか、こんな、こんな。時間差で虹色アフロになるような、悪戯っ子キャンディーだとは思っていなくって……朝、腹を壊したので終わりかと思ってたのに……うっ、うう」



 エディがぐったりとした表情で布を被っていると、ライが心配そうな表情を浮かべて優しい声を出す。



「懐かしいな、悪戯っ子キャンディ。まだ販売しているのか……大丈夫か? エディ君。腹はもう痛くないか?」

「うっ、ライさん。大丈夫です。どうも、下痢と嘔吐が付与されていたみたいで」

「僕も昔に食べさせられたことがあるけど、その時は捻挫付きだったなぁ……」

「地味に嫌なやつですよね? それって」

「うん……あの時は三日間取れなかった」



 しょんぼりとしたアランの言葉を聞いて、エディがさっと蒼白になってしまった。



「みっ、三日間も!? どうしよう! レイラちゃんに嫌われてしまう!! レイラちゃんはこの赤い髪が好きなのに! これで俺のことを遠くからでも見分けてくれるのに!!」

「あっ、すみません。いつも便利に使っていて……擬態魔術とかで、何とかならないんですか?」



 エディが泣き出しそうな表情でふるふると、首を横に振って俯いてしまった。こんなにも弱り果てた彼を見るのは初めてのことで、何だかつい胸がきゅんとしてしまう。



(やだ、エディさんが。こんなに弱ってるの初めてだから、ついつい庇護欲と言うか何と言うか)



 いつになく優しい気持ちとなって、エディの腕にそっと手を添えてやると、落ち込んだ表情で見下ろしてきた。



「大丈夫ですよ、エディさん。貴方は一等級国家魔術師なんですし、きっと良い術語の組み合わせが、」

「うっ、ううん。レイラちゃん。さっきも男子トイレでいくつか試してみたんだけど。市販のものが改造されているみたいで。なっ、なにやっても。おれ、おれ、無理で……!!」

「あっ、ああ!? 泣いてしまわないで下さいよ、エディさん! 大丈夫ですから! ねっ? ねっ?」



 白黒の布を被って、ふるふると震え出して泣いてしまったエディに慌ててしまう。背後で見守っていたライがすかさずやって来て、褐色の手を添えて、布越しに魔術をかけてみる。ぱぁっと銀色の光が飛び散って、淡く緩んでは消えていった。



「どっ、どうだ? エディ君。これで……」

「だっ、駄目です。俺の、俺のトレードマークでレイラちゃんに愛されし証が!! 戻ってきませんよ、ぜんぜん……!! ううっ」

「おっ、落ち着いて下さいよ? エディさん。貴方が虹色アフロだろうが、綺麗な赤髪だろうが、好きでも何でもないし、むしろどうでもいいんで」

「うっ、うう」

「れっ、レイラ嬢! それは流石にちょっと!」

「あっ、駄目でしたか? すみませんでした……」



 弱り果てているエディにときめいて動揺してしまって、ついうっかり、思いやりの無い言葉を口にしてしまった。エディは辛そうに目をつむって、ぼたぼたと涙を流している。



(うわ~、本気で泣いているよ。どうしよう? と言うかこんなに泣くんだ? たったあの一言で!?)



 心配したライがハンカチを取り出して(今日は小鳥柄だった)、エディの顔を拭いてやり、エディがぐすぐすと泣いて「ライさぁ~ん」と言って肩に縋っている。とても自分勝手なことだが、それを見て、何だかモヤモヤとしてしまった。



「あー、ほら? エディさん? 大丈夫ですよ? エディさんは虹色アフロでも魅力的な男性で、」

「ありがとう、レイラちゃん。うっ、うう。申し訳ないんだけど、午後の仕事に差し支えるからやめて欲しいなって、本音が……透けて見えてるからやめて欲しい、うっ、ううっ」

「いつになく暗い言動ですね、エディさん……」



 本当に本当に心配して言ってみただけなのだが、どうも彼は疑心暗鬼になっているらしく。



(うーん。ひょっとして、あの赤い髪がエディさんの本体なのかも? あそこからきっと、明るい変態パワーが出ていたに違いない)



 両目を閉じて考え込んでいると、物凄く弱り果てたエディがぼそりと呟く。



「もう駄目だ、おしまいだ。俺は。このままずっともう一生虹色アフロで。れいっ、レイラちゃんに褒めて貰ってた赤髪が、折角折角、伸ばしてたのに……!!」

「えっ、ええっ!? 大丈夫ですよ、エディさん! きっと元に戻りますからね!? ああっ、ほら! ちょっと」



 べそべそと泣くエディの手を引っ張って、明るく笑って励ましてやる。



「アーノルド様の所に行きましょうよ、アーノルド様の所に! きっと直して貰えますよ!?」











「っぶ! ははははは! 何だエディ! お前! その頭は! ははははは!!」

「ぶ、言っちゃ悪いっすけど。イケメンの頭に。虹色アフロがふんわりって、ぶふふふふ!!」

「はははは! エディ君! 笑えるよ、それー! いいねぇー!」



 アーノルドが大爆笑すると、辺りが笑いの渦に巻き込まれ、あのミリーやジェラルドでさえも震えて笑っている。確かにエディの精悍な顔立ちにぼわわっと、虹色アフロが乗っかっているのはとても笑える光景だけど。



(にしても酷いな、みんな! 一人残らず全員笑ってるよ、もう!!)



 さりげなくエディの手を握ってやると、エディがふるふると震え出して泣き始める。



「れっ、レイラちゃん。おれっ、俺のこと。嫌いにならない!? 嫌いにならない!?」

「なりませんよ、も~。ゴキブリになったのならまだしも、たかだか虹色のアフロごときで」



 そこでドア近くの席に座っていたマーカスが「でも、レイラ嬢なら。ゴキブリになったエディ君を真っ先に踏み潰しそうだよなぁ」と呟いて、スキンヘッドのトムが「だよなぁ、分かる。躊躇が無いやつ」と返答したので、隣のエディがふるふると震え出してしまった。



「うっ、うう。もう無理だ、俺は!! このまんま永遠に気が付いて貰えないまま! レイラちゃんがアーノルドと結婚して! 俺のことなんかずっとずっと一生思い出さないんだあああああっ!!」

「わぁっ!? いつになく情緒不安定ですね!? 大丈夫ですか、エディさん!?」



 両手で顔を覆って泣き出したエディを見て、慌てていると、赤茶色の髪を揺らしたエマがやって来て、どーんっと飛びついてくる。



「レイラちゃーんっ!! そんな悪魔は放っておいてぇ! エマと一緒にお昼ご飯を食べに行きませんかーっ!? もみもみーっ!!」

「わーっ!? ちょっ、わあああああっ!? 胸揉むの禁止ですよ、エマさん!? 貴女にだってあるでしょうが、脂肪の塊が!!」



 後ろから胸を揉まれてしまい、慌ててその両手を掴んで止めていると、ジーンがやって来て飛びついてくる。



「いいなぁ、羨ましいーっ! 俺も俺もーっ!」

「っおい! お前らな!? 何度も何度も言ってるだろうが、ここは! 職場じゃなくて学校だっての! あっ、間違えた! 違った!!」

「アーノルド様!? 止めるならちゃんと止めて欲しいんですけど!?」

「うっ、うう。レイラちゃんが、レイラちゃんが。レイラちゃんに嫌われてしまう、どうしよう、もう駄目だ無理だ、うっ、ううっ……」












「ごめんね、レイラちゃん。俺、さっきからずっと、べそべそ泣いてばっかで」

「いや、別に構いませんよ? 今に始まったことじゃないし……」



 遊歩道のベンチに座っていたエディが、きょとんとした顔で見つめてくる。結局面白がったアーノルドが「そのままでいいんじゃねぇか? 別によ~」と言い出したので、虹色アフロは解呪して貰えなかった。ここはリーヌ川沿いの遊歩道で、灰色の柵の向こうには、穏やかな水面が揺れている。ここなら人通りも少ないし、川を見ている人ばかりで丁度良いと思ったのだ。頭上には木々の枝葉が広がって、夏の濃い影を作り出してはさざめき、隙間から爽やかな青空が見える。



「俺、レイラちゃんの前でさ? べそべそ泣いていたっけ?」

「うーん、本気で泣いているのは今回が初めてかな? でも、何かいつも大体、そんな感じで泣き喚いていますよね……?」

「えーっ!? そうだっけ? しまったなぁ、俺」



 エディが布を被り直して、目の前の通行人を睨みつける。好奇の視線で見られやしないかと、心配で心配で仕方が無いらしい。今日も暑いのに、青白い顔のエディを見て、何やら不思議な感情がふつふつと湧いてくる。エディの膝に手を置いて、そっと見上げてみると、不思議そうな淡い琥珀色の瞳が煌いて、木々の影の中で美しく光っていた。



「エディさん。本当に本当に、大丈夫ですからね? えーっと。そんな風に泣いて悩んでいるエディさんも。親しみやすいと言うか、共感できると言うか」

「ありがとう、レイラちゃん。でも」



 ふっと困ったように微笑んで、私の手を見つめていた。どうも布は手放したくないが、私の手を握りたいらしい。そんなエディの頭を撫でてやって、意識して優しい微笑みを作ってみる。多分、彼が悩んでいるのはアフロのことじゃなくて、めそめそと泣いていることだろうから。



「あのですね? エディさん。それじゃあ、私の暗いじめじめ話を聞いてくれますか? その、かなり重たいんですけど」

「君の話ならいつだって、何でも聞きたいよ? 教えてくれる?」



 弱々しく微笑んで、こちらの顔を覗き込んでくれる。その優しさに胸の奥が温かくなって、ふんわりと微笑むことが出来た。私の微笑みを見て少しだけ、エディがその耳を赤く染める。



「私、もうすぐ誕生日なんですよ。来週で」

「うん、知っているよ? 二十三歳になるんだよね、レイラちゃんも」

「流石はエディさん。しっかり覚えていますね……」

「大丈夫、体重までは把握してないから」

「そこを把握していたら絶縁ものですよ、もう」

「あっ、はい。大丈夫です、ごめんなさい……」



 そこで笑い合っていると、リーヌ川から水鳥の声が聞こえてきた。ふんわりと揚げ物のような匂いが漂う。そう言えばまだ、ご飯を食べていないなと気が付いて、空腹から意識を逸らす。



「私は魔力障がい持ちで。ずっとずっと、屋敷から一歩も出して貰えなくて」

「うん、そうだったね。一人だけ出られないのは。……惨めだったろうに」

「ふふっ、ええ。でも、アーノルド様が来てくれたから。あっ」



 そこでエディがきゅっと、鼻の下で布を結んでしまう。完璧に心を閉ざしてしまったエディに苦笑して、その頭をぽんぽんと撫でてやる。



「まぁ、だからこそ。彼は頼れるお兄さんなんです。私の」

「うん、気を遣ってくれてありがとうね、レイラちゃん……」

「それでこれは、その。アーノルド様にも話したことがないんですけど」

「是非とも聞かせて欲しい、詳しく!!」

「ふふっ、もー。エディさんってば。まったく」



 特別扱いして貰えると思ったのか、途端にきらきらと、淡い琥珀色の瞳が輝き出す。爽やかな風が吹き、、黒髪を押さえつつエディを見上げる。



「私、外出することに罪悪感があって。ずっと」

「そうなんだ? 一体それはどうして?」

「私が外に出たいと望まなければ。……お父様もお母様も、死ななかったんじゃないのかなって。そう、思って」

「それは違うよ、レイラちゃん。大丈夫」



 エディがしゅるりと布を解いて、心配そうな表情でこちらの手を握り締めてくれる。ああ、そうか。



(彼はどんな時だって、私を優先してくれるから)



 そのひたむきな恋心に怯えてしまう。自分の歪さが露見してしまいそうで怖い。ずっとずっと常に恐ろしいのだ、私は。だからきっと好きになりきれない、恋に落ちることがない。ふわふわの虹色アフロが揺れて、ほんの少しだけ笑いそうになってしまって耐える。



「いっ、今。笑いそうになったよね!? だよね!? 変だよね、俺!? 今!!」

「だっ、大丈夫です……!! それよりも私の手を握っていて下さいよ、エディさん?」

「あっ、はい。よっ、喜んで……」



 たかだかそんなことで真っ赤になって、じっと熱く見下ろしてくるのだから。やっぱりその純粋な恋心に、苦い感情が湧き起こる。



「私がそもそもの話、外の世界に憧れを持たなければ。あの男達を招き入れることも無かったのにって」

「ああ、でも。そう思っちゃうよね、分かる。俺だってきっとそう思ってた」

「……ありがとうございます、エディさん」

「いや、大丈夫。話して貰って嬉しいけど、でも」



 苦しそうに呟いたエディがぎゅうっと、両手でこちらの手を握り締める。すっかり虹色のアフロが見えているが、どうも彼は開き直ったらしい。何も気にせずにそのまま、俯いて話し始める。



「俺、今。メンタルが不安定で。この間から辛いこと続きで。修道院で畑仕事もさせられるし」

「あっ、ごっ、ごめんなさい、エディさん……!! あれは流石の私もちょっと悪かったなって、」

「でも、俺。なんかこう、レイラちゃんを上手く励ましたいのに。その思い込みから解き放ってあげたいのに。上手い、上手い、慰めがちっとも思い浮かばなくって……!!」

「ああっ、そこで泣いちゃうんだ!?」



 エディがぱっと手を離して「ううっ、つらい。もう無理だ、俺!」と言って布を被り直してしまった。エディの温もりを恋しく思う。夏の暑さに汗ばみながらも、その生温い手を見つめていた。



「ごっ、ごめんね? レイラちゃん。俺、ぐだぐだのよわよわで」

「い、いえ、大丈夫ですよ? 私は、」

「でも、やっぱりその。ずっとずっと、したかったことなんだろう? お出かけも外出も。あっ、同じ意味だった。えーっと」



 真剣に深く考え込んでいる姿に何故か、泣き出しそうになってしまう。心配されていることに胸が詰まって嬉しくて、どうすればいいのかよく分からなくなってしまう。隣のエディは何も気にせずに、必死で頭を回転させていた。



「えーっと。レイラちゃんがそんな風に思い込んで。一番悲しいのはその、レイラちゃんのお父様とお母様なんだろうし……娘を、自由に外で遊ばせてあげれなかったって。れ、レイラちゃん!?」

「うぐ、すみません。思わずその、涙が出てきてしまって……」



 過去の悲劇を思い出していると、エディがこちらに布を被せてくれた。ばさりと視界が遮られて、酷く慌ててしまう。



「えっ!? でも、これってエディさんの!」

「あー、いいよ。俺は。新しい布を出すし。このアフロってさぁ、帽子を被れない呪いも追加されているらしくって。無理なんだ、被れない」

「へー、あー、そうなんだ?」

「あっ、えっと。そうじゃなくって、俺の話じゃなくって!!」



 慌ててエディが声を張り上げて、私の頭を布越しに撫でてくれる。ざらりとした布の中で、ぐすんと鼻を鳴らしていた。



「だから多分。俺が母親とか父親だったら、凄く申し訳ないなって思うし……余計に苦しみを背負わせてしまったなぁってそう思うから。あっ! 悩んじゃ駄目ってことは無いんだけどね!?」

「大丈夫ですよ、エディさん。私」



 エディが本気で心配してくれるから、胸の痛みが徐々に和らいでいった。そうだ、私はどこにだって行けるから。



「いつかその、エディさんとアーノルド様の三人で。日帰り旅行にでも行きませんか? 実は遠出が好きなんですよ、私。色んな所に行きたい」

「俺はレイラちゃんとお泊り旅行に行きたい!! 新婚旅行ならなお良し!!」

「流石はエディさん、まるでぶれない恋心……!!」

「えへへ、そう?」

「いや、褒めた訳じゃないから。どちらかと言えば罵り!」



 私の涙声に笑ってぎゅうっと、布ごと抱き締めてくれる。だけどこれは。



「っぶ! 虹色アフロの人が。私に布を被せて、ベンチで抱き締めてる……!!」

「わーっ!? やめてよ、レイラちゃん!? ああっ、もう! 締まらないなぁ、もう!!」



 エディと二人で泣いて笑っていると、胸の痛みがすぅっと消えていった。残ったのはエディに対する愛おしさと、自分に対する自己嫌悪だけで。



(ああ、本当は。会いたくなかった、エディさんに)



 もしかしたら苦しんで苦しんで生きる方が楽だったかもしれないなと思って、オレンジの丸パンを頬張っているエディを見つめていた。この愛おしさは誰に消して貰えばいいんだろう、当分消えそうになかった。





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