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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
64/122

20.みんな、お待ちかねのパパ上だよ

流血描写があります、ご注意ください。

 





「あれ? ハーヴェイおじ様がアップルパイを残してる、珍しい」



 レイラの呟きに、キッチンで皿を洗っているイザベラが答える。



「ああ、そうなのよ。何でも大事な用事があるとかで。あの人が残すのは珍しいんだけどね」

「へー、食べてもいいですか?」

「ふふっ、そうね。怒りはしないんだろうけど、あの人のことだから。でも出してあげるわ、ちょっと待ってて。まだ残ってる筈だから、アップルパイが」



 その言葉に申し訳なく感じたものの、甘えてみる。ことにする。



(うっ、ちょっとだけ頑張ろう! 私! きっと、もう、甘えてもいい筈だから)



 いつか「お母様」と、そう呼べたらいいんだけど。透明なケーキドームが被せられた、飴色のアップルパイを見てふと、随分前のハーヴェイの言葉を思い出す。



『俺はね、レイラ。以前学んだんだよ。人を殺す予定がある時に、アップルパイは食べるもんじゃないって』

『何ですか? その物騒な言葉は? 突然』



 ハーヴェイがお茶目にぱちんと、ウィンクをしてみせる。アップルパイを片手にフォークを振っている、その姿に見惚れていて。不穏な銀灰色の瞳が、ピエロのように細められていた。



『勿論、アップルパイだけじゃなくって。赤いもの全部、そうなんだけどね?』

『ハーヴェイおじ様……仕事でその、殺すことがあるんですか?』



 私の問いかけに黙りこみ、穏やかに微笑んでいた。そこには“笑う蜘蛛男”と呼ばれる、頭のおかしな魔術師が座っていた。彼は本当は頭のおかしい人だと、イザベラもアーノルドも口を揃えて言う。でも。



(私にとってはただの、愉快で優しいお父様なんだけどなぁ~)



 美しい焼き色のアップルパイを見つめて、深く考え込んでいると、白いエプロン姿のイザベラがこちらへやって来た。



「お待たせ、レイラ。食べましょうか? 私も少しだけ休憩したくって」

「ああ、手伝えなくてすみません……アーノルド様とセシリア様も呼んできましょうか? 上にいると思うし」



 淋しそうに微笑んで「そうね、お願いするわ」とだけ呟いたのを見て、胸がずきりと痛んでしまう。キッチンを出て、古き良きリビングルームを出て廊下へと出た。その年季が入った、飴色の扉をぱたんと閉めてよりかかって、深い溜め息を吐く。



「ごめんなさい。ああ、早くきちんと。……呼べるようになるといいんだけど」



 可愛い義妹を「シシィちゃん」と呼んで、義理の両親も「お父様とお母様」と呼んで笑って。でもと考え込んで、胸元を握り締めていた。



(まだもう少し勇気がいるなぁ、それは)



 でもきっときっと、大丈夫だ。



(いつかはちゃんと呼ぼう、大丈夫。あの人たちはそれでちゃんと、本当に喜んでくれるから)



 菫の花の砂糖漬けを、大事に取っておくみたいに。その呼び方を仕舞いこんで、いつかは呼んでみるのだと、甘い想像に笑みを零していた。



 きっと大丈夫だ、きっと。



「さっ! アーノルド様を呼んでこよう。この前みたいにまた突然、カスタードクリームを作って食べるって、そう言い出さなきゃいいけど!」



 皆で一緒に食べたいのに、彼ときたら一人だけキッチンに立って、カスタードクリームを作って、満足げな顔で食べるんだから。この前もそれで、ほんの少しだけ淋しくなってしまったのだ。アーノルドの部屋を訪ねると珍しく、ジルもそこにいて。



「ジルさん! ジルさんもどうですか? アップルパイ!」

「レイラ様。いや、俺は申し訳ないから、」

「いいじゃねぇか、別に。ジル。レイラ? 今日は父上もいないんだろう?」

「はい、アーノルド様! ねっ? いいでしょう? ジルさん」

「うーん……レイラ様」



 困ったような表情のジルを引っ張って、その手を握って歩いていると、アーノルドが嫉妬してしまったのか、隣にやって来て呟く。



「レイラ? 俺のこともその、忘れてないか?」

「忘れたりなんかしてませんよ、アーノルド様! ほら」



 ジルの手を離して、アーノルドに手を差し出してみるとふっと瞠目して微笑み、うやうやしく手を重ねてきた。



「うん、良かった。それじゃあ行くか、レイラ。アップルパイはどれくらい残ってるんだ?」

「二台焼いたみたいで。かなり残ってますよ? ジルさんも一緒に食べましょうね?」



 私の隣を歩いていたジルが、困ったように微笑む。何故かいつもこうして一線を引きたがる。ハーヴェイに気を遣っているんだろうか?



「それでは邪魔をするようで申し訳ありませんが、俺もご一緒させて頂きますね?」

「お前も家族みたいなもんだ、ジル。好きなだけ飲んで食ってりゃいいよ、もう」

「ですね! 私もそれはそう思います。何たって二人とも、親戚だし?」



 その言葉に二人とも、ぱちくりと目を瞬く。



「……ああ、それもそうですね? 坊ちゃん。遠いとは言えども一応。ねっ?」

「坊ちゃんはやめろって、だから。まぁ、レイラもな。俺とは家族だから。親戚みたいなもんだけど、ここの三人は」



 アーノルドの不器用な言葉に、思わず笑ってしまった。



「私を仲間外れにしないようにってそう、気を遣ってくれたんですか? アーノルド様? ねぇ!」

「あ~、も~。いいだろ、別に! そこには触れないでくれよ、もう」

「坊ちゃんも坊ちゃんで、照れ屋さんですよね~。ははっ」

「やめよう? もう。やめよう?」



 穏やかに笑い合って、三人で廊下を歩いてそのままセシリアも呼びに行って。ダイニングテーブルに腰掛けて、五人でアップルパイを囲んだ。



「うわっ! うま! 何入ってんの? スパイス。これ」

「そんなの、色々と適当に入れたから分かんないわ。オールスパイスとか、ああ、そうそう。ナツメグとアニスも」

「うんま、お代わりある?」

「坊ちゃん。分けて差し上げますよ、俺の。ほら」



 向かいのジルが、アーノルドにアップルパイを差し出した。でも、その量を見て呆れてしまう。



「相変わらず甘いなぁ、ジルさんも。それ、全部渡しているのでは……?」

「いいよ、もう。少しだけ貰うから。全部はいらねぇよ」

「お兄様もお兄様で、その。ジルさんから貰いはするのね?」



 気の強いセシリアが珍しく戸惑っていて、恥ずかしくなってしまったのか、アーノルドがむすっと不貞腐れた顔をする。そして、ジルのアップルパイをさっくりと切り崩して食べてしまった。向かいに座ったセシリアが、それを呆れた表情で見つめている。思わず私が笑うと、イザベラもジルもつられて笑い出した。こうして、キャンベル男爵家の午後が穏やかに過ぎていった。



(今頃どうしているんだろう? ハーヴェイおじ様。何か物騒な用事でなきゃいいけど)



 バターの香りが漂う、さくほろのパイ生地を噛み締めて。蕩けるような甘さの林檎を、大事な家族と一緒に味わっていた。本当に、いつかちゃんと「お母様」「シシィちゃん」と呼べるといいんだけど。














「っぐ! 相変わらず気の短い人だ、あなたは……!!」

「よう、火炎の悪魔。久しぶりだな、お前。俺の娘とデートしたんだって? なぁ?」



 ようやく路地裏に追い詰めて、思いっきりその頭を壁へと叩きつけてやる。そのままぎりぎりと、“火炎の悪魔”の頭を掴んでいると、淡い琥珀色の瞳で睨みつけてきた。獰猛にふーっ、ふーっと息を吐いて、こちらの手首を握り締める。その悔しそうな表情を見て、白いジャケット姿のハーヴェイがせせら笑った。



「なぁ? 覚悟はしていたんだろう? どうあっても俺の娘を誑かすつもりか? お前は」

「いい加減に諦めて。娘さんを俺にくださいよ、ロード・キャンベル?」

「このままもう、いっそこと。お前の首でもへし折ってやろうかぁ? なぁ?」

「ぐっ!!」



 さぁ、どの辺りで反撃してくるのかと。そう愉快に待ち望んで、エディの首を締め上げていたというのに。苦しそうに喘いで、顔を顰めて、こちらの手首を握り締めてくるだけで一切反撃してこない。思わず笑いが込み上げ、くちびるの端が吊り上がってしまう。



「おいおい? ど~したんだ? 戦争の英雄くぅん? 君はこの程度で終わるような男じゃないだろう? なぁ?」

「っは! おっ、れは……!! レイラちゃんが悲しむのを、見たくは無いから」

「あ? 何だって? 何故そこでレイラの話が出てくるんだよ? 呼ぶなよ、その大事な名前をさぁっ!?」

「ぐっ!?」



 激しく苛立って、首を絞めたまま壁にがっと叩きつけて、赤髪を引っ張ってやると精悍な顔立ちを歪めていた。足元にはこいつの荷物が散乱している。見たところどうも、市場へ野菜を買いに行っていたらしい。淡いブルーのTシャツに、ベージュ色の麻ジャケットを羽織っていた。



 赤い林檎がころころと転がってきたので、それに魔術をかけて脆くして、遠慮なく踏み潰してやる。ぐしゃりと果肉が溢れ出して、それを見たエディが「もったいない」と呑気に呟いていた。



「まぁなぁ~、お前は中々の男前だし? 流石のレイラも、ぐらりときちゃうかもしんないな?」

「そうなったら俺の勝ちですよね? あなたの企みは全て、」

「黙れ、火炎の悪魔。そもそもの話、お前があんなことを言い出さなきゃ良かったんだ。糞が!!」



 ここで数十発ぐらい殴っておこうと、そう考えてエディの胸ぐらを掴み、ナックルを嵌めた手で何度も何度も殴りつけてやる。血が飛び散って、淡い琥珀色の瞳がぐるりんと虚ろになって、鼻から赤い血を流す。気が済むまで殴った後、離れるとぐったりと両目を閉じていた。その様子を見て訝しく思う。



「おいおい? 何故抵抗しないんだぁ? お前だって一等級国家魔術師だろうに、んん~?」

「……から」

「あ? 何だって? もういっぺん言ってみろよ? なぁ?」

「っう」



 エディの赤髪を掴んで顔を近付けてみると、弱々しく息を吐いて呟いた。



「レイラちゃんが、悲しむから……あなたが、傷付いていると。怪我をしていると」

「お前な~? そこでこの俺が感動して、逃がしてやるとでも思ってんのかぁ? 甘いなぉ、殺しちゃうぞ~?」

「いいえ、ちっとも。これは……俺が勝手にしていることだから……」



 その健気とも言える言葉に、歯を食い縛る。ああ、だから嫌なんだ。こいつは。何も変わらない、戦場に行っても変わらない。



「あーっ!! 俺はなぁ!? お前のそういう、しつこい所が嫌いなの!! いい加減、諦めりゃーいいのにさぁっ! もうっ!」

「ぐうっ!? あっ、ぐっ」



 赤髪を掴んで、腹を蹴り飛ばしてやって、爪先を踏み潰して、もう一度顔を殴り飛ばしてやって、ついでに指の骨も折ってやる。ごきりと嫌な方向に指が曲がって、エディが「うああっ!?」と叫んで地面へと転がった。



 地面に倒れて、震える腕を伸ばして、ぜいぜいと息を荒げている。その手に足を置いて、ぐりぐりと踏み潰してやると「うあああっ!?」と苦悶の声を上げていた。うるさいので頭を踏んで、地面に押し付けてその口を塞ぐ。懐から煙草型の魔術補助道具を取り出し、吸って魔力の煙を吐き出した。術語を組み立ててから指を振って、ぴんとエディの腕を縛り上げる。



 そのままきりきりと吊り上げて、磔にしてやったんだがそれでも黙っている。抵抗する気はどうも本気で無いらしく。



「え~? つまんなぁ~いっ! でもおじさん、無抵抗の美青年を殴るのも好きだよ? このまんま、殺しちゃってもい~い?」

「っは、最期に。レイラちゃんに愛してると、そう伝えたかったのに……」

「いいだろ、毎日。伝えてるから。聞いているぞ~? ジルから報告が上がってきてるぞ~?」

「う、あぁ……!!」



 磔にした両腕をぎりぎりと、血を止める勢いで締め上げてみる。このまま締め上げていたら血が止まって、やがて壊死してしまいそうだが。それでもやはり“火炎の悪魔”は無抵抗だった。



「お前なぁ~? このまんま本当に、俺に殺されてもいいのかぁ? なぁ? レイラと結婚するんだろう?」

「許す気も無いくせに。まだ信じて貰えないんですか、俺のこと?」

「そうだなぁ~。お前は所詮、敵国の人間だしなぁ~、ほらよっと」

「あがっ……!?」



 腹へと拳を叩きこんでやると、苦しそうに呻いて、淡い琥珀色の瞳で見上げてきて。



「ハーヴェイおじさん、俺は」

「ああ、懐かしいなぁ。その呼び名も。だがそれも過去の話だよ、エディ君? ほいっ」

「うっ、うあっ、ぐ……!!」



 口の中にキャンディーを詰め込んでやると、がりっと噛み砕いて、変な顔をする。やがて痺れが回ってきたのか、淡い琥珀色の瞳が彷徨って、赤い舌がでろりと出てきた。



「あっ、ぐ。毒ですか? これは」

「さぁなぁ~。何だと思う? まぁ、明日の朝には分かるんだろうが」



 ついでにもう一発だけ殴ってやろうと考えて、ついうっかり、五発ほど殴ってしまう。その頃にはもう、息も絶え絶えだった。



「さぁ、エディ君? 俺の娘を諦めると、そう言ってくれたら解放してあげるんだけどなぁ~?」

「無理です、絶対に無理です。分かっているでしょう、そんなことは!!」

「あ~あ、諦めが悪い。だからあんなことになったんだよ、分かるだろう? 全部全部、お前のせいだ。浅ましい」

「……」



 戦争の英雄“火炎の悪魔”が黙り込む。それに気を良くして、煙草型のそれを吸いながら煙をふぅっと吐き出し、血塗れの顔にかけてやった。エディが苦しそうに顔を歪めて頭を振り、嫌そうにしている。



「お前がその手で叔父を殺したのも、正気の沙汰じゃないな? 逃がしてやれば良かったのに、あ~あ!」

「無理です、そんな。そんな」

「あーあ、さぞかしあの世でお前のことを恨んでいるんだろうなぁ? 死んでいった国民も何もかも。そう思わないか? なーあ?」



 俯いたエディは「でしょうね」とだけ呟いて、そのまま低く笑い出した。夏の湿った路地裏に、低い笑い声が響き渡る。



「あ? 何だ? 何で笑っている? 殴られ過ぎて頭でもおかしくなったのか?」

「無駄ですよ、ロード・キャンベル。こんなことをしたって、いつか絶対に娘さんは俺のことを好きになる。現に今だって、」

「そうか。元気そうで安心した、良かった。あーあ!」

「うっ!?」



 磔にしたエディを殴って殴って、気が済むまで殴った後に離れる。いい汗を掻いたなと笑って、酒を取り出して一気に呷った。



「あ~、うまい! 人を殴った後の酒がやっぱり、一番うまいなぁ~!」

「っは、相変わらず。癪に障るほど、頭のおかしい人だ……!!」

「んーん、流石は。ドラゴンの血が混じっているだけある。丈夫だなぁ?」



 空になった瓶で頭を殴り、鮮やかな赤髪を数十本ほど抜いてやった。そこで本当にようやく気が済んだので、懐を探って、一通の招待状を取り出して渡す。



「何ですか、これは? ……招待状?」

「そうそう、もうすぐレイラの誕生日だろう? エディくんを招待してあげようと思って。会いに来たんだよ、俺」

「散々殴り飛ばされる前に。聞きたかった台詞ですね、それは……」

「仕方が無いだろう? お前に諦める気が無いんだからさ?」



 魔力の糸を消してやると、どさりと崩れ落ちた。地面に座り込んだまま、招待状を握り締める。



「レイラちゃんの、お誕生日パーティー……いいんですか? 本当に。俺を招待して」

「勿論構わないとも、英雄くん? 娘のセシリアが君をどうしても呼べと、うるさいんでねぇ~」

「シシィちゃんが……俺のことを?」



 弱々しく呟いて、両手で握り締めて「ありがとうございます、ハーヴェイおじさん」とのたまう。それを見て呆れてしまった。



「お前はあの時あそこで死んでおくべきだった、エディ・ハルフォード。そうすれば何もかもが上手く行ったのに。戦争だってお前の力を借りずとも、女王陛下が勝利へと導いただろうさ」

「生きたいと。願っちゃ駄目ですか? 俺は」

「駄目だったよ、勿論。死んでくれた方が良かった。レイラがあんなことをしたのも、」



 お前のせいだと言おうとして、やめた。足元のエディがぐしゃりと招待状を握り締めて、「レイラちゃん」と呟いて泣き出したから。



「ごめんなさい、叔父上。ごめんなさい、ごめんなさい。俺のせいでごめんなさい。恥さらしだなんてどうか言わないで、ごめん、ごめんなさい。俺は、俺は」

「ああっと、トラウマでも刺激しちゃったかぁ? まぁ、心はちっとも痛まないんだけどな~?」



 過呼吸にでもなったのか苦しく喘いで、自分の喉を掻き毟って、地面へと倒れ込む。自分で自分の喉を締め上げて、ぼろぼろと涙を流していた。



「ごめんなさい、ごめんなさい。叔父上、叔母上。浅ましい、なんて浅ましい。ごめんなさい、ごめんなさい。でもレイラちゃん。レイラちゃん、レイラちゃん、レイラちゃん……レイラちゃん」



 その執着に苛立って、泣いているエディの顔を蹴り飛ばして、その赤い頭を踏みつけてやる。



「戦争も終わったというのに、これみよがしに髪など伸ばしやがって。つくづくお前は癪に障る……!!」

「レイラちゃん、俺は。全部全部忘れてても。大丈夫、大丈夫だ。大丈夫大丈夫、俺だが覚えていても大丈夫、俺だけが覚えていても。大丈夫だよ、レイラちゃん。レイラちゃん」



 そのまま狂ったように泣き出して、名前を何度も呼び始めたので、呆れてその場を離れた。



「あーあ。さてと。帰るかぁ、可愛い息子と娘が待つ家に」



 あんな頭のおかしな“火炎の悪魔”になど、俺の娘は絶対にやらないのだ。



「言ったんだ、レイラは。ずっとずっと、パパ上の傍にいるんだって。嘘はいやだ、嘘は。俺が吐けない嘘を吐いて欲しくなんか無い」



 約束は絶対に守って貰う。そう決心して、魔術で服を洗浄し、エオストールの街並みを歩いていた。屋敷に帰れば、大事な家族が待っているから。



「あーあ、イザベラちゃん。俺の分をちゃんと残してくれているかなぁ? まぁ別に、ある程度食べてもいいんだけどね……」













「っエディ坊や! 大丈夫かよ、お前!?」

「ありがとう、ガイル。耐えてくれて……」

「もう二度とそんな命令をするな、俺に向かって!!」



 泣き出しそうな表情のガイルに抱えられ、笑っていた。路地裏から見上げる空は、やけに眩しくて。彼女と出会ったあの日を、思い出して泣いていた。



「望まなきゃ良かったのかな? 生きたい、だなんて」

「望んで当たり前だろう? 生きている限りはな」

「でもレイラちゃんが、レイラちゃんが、」

「いいよ、もう。殺そう。殺してしまおう、いざとなったら」



 ガイルが苦しそうに呟いて、両目を閉じて、血塗れの俺を抱きかかえていた。



「でも、俺は。そんなこと、許されなくって」

「いいよ、もう。俺はお前の幸せの方が大事だよ、エディ坊や。キースに会わせる顔が無い」

「大丈夫、キースは。俺じゃなくて、母上のことが好きだから」

「何を言っている? お前も大事な息子だよ、キースにとってはな」



 本当にそうだろうか?



(俺も、母上の代わりなんじゃないか……?)



 ああ、だからこそ。彼女の苦しみがよく分かる。ガイルから離れて、治癒魔術をかけてもらって、目立つ傷だけを治して、血と涙で汚れた招待状を丁寧に伸ばす。



「ああ、レイラちゃん。君が欲しがっている。テディベアを買いに行こう、そうしよう」

「エディ坊や。俺は、」

「いいよ。確かに全部全部、俺のせいだから。これは俺が勝手にしていることだから」



 それでも、でも。



「いざとなったら殺そう、君のことを。この苦しみを少しでも分かって欲しいから」

「エディ坊や……くそっ」



 本当は誰よりも何よりも、代替品にされる苦しさも何もかも。理解、してくれるんだろうけど。このまま駄目だったら殺そう、そうしよう。望んでいない筈なのに、そのことを考えると何故だか、獰猛な笑みが浮かび上がってきて。高揚感に胸を弾ませ、歩く。



 不思議と心が軽い。一体どうしてなんだろう? あの人の言う通り、俺は頭がおかしいのかな。嬉しいのか苦しいのかよく分からなくなって、彼女への愛おしさで胸が満たされる。喉がやけに渇いていた。



「どうすればいいのかな? ガイル。俺は凄く彼女のことが好きなんだよ。それでも殺したいと思っている。いっそもう、このまま。何も知らない君をって」

「俺は否定しないぞ、エディ坊や?」

「ああ、お前が人外者で良かったよ。助かった」



 俺が大袈裟なんだろうか、これは?



(いいや、違う。ドラゴンの血が混じっているせいだ、きっと)



 途轍もなく大事に甘やかしてやりたいのに、時折、滅茶苦茶にしてやりたくなる。彼女を食らって、一つになれば楽しいだろうに。ああ、君が欲しい。とにかく何が何でも頭がおかしくなるくらいに、彼女が欲しい。



 君が欲しい、君が欲しい。



「ああ、そうだ。テディベアの他には何を贈ろうかな? 何がいいと思う?」

「適当にアクセサリーとかにしておけよ、エディ坊や。まぁ、テディベア一つでいいとは思うけどな」

「そうだ、彼女は甘い物も好きだから。そんなのを詰め込んでみてもいいかもしれない。ああ、楽しみだ」



 彼女の誕生日が本当に楽しみだ。路地裏を後にして、招待状を眺め、ふとあることに気が付いた。



「あれ? ドレスコードが書いてある……スーツ、新調しなきゃな?」

「するのか? しなくてもいいだろ、別に」

「随分前に、お墓参りの時に。レイラちゃんに選んで貰ったネクタイがあって……それに合うスーツを買わなきゃ! 急げ!!」

「落ち着け。それ、一週間後だから。もうちょっとだけ余裕あるから、なっ?」






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