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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
55/122

11.ドラゴンダービーと黄金冠のガトーショコラ

 



「ずりぃぞーっ!! 火炎の悪魔なんぞ、出しやがってーっ!!」

「そうだ、そうだぁ! ここはっ、戦場じゃねぇんだぞーっ!?」

「恥を知れ、恥をーっ! このっ、くそったれの腰抜けどもがーっ!!」



 そのブーイングの嵐を、隣のエディが満面の笑顔で聞いていた。ここはエオストール王国で最も古いコロッセオである。ぐるりと囲まれた、円形状のコロッセオにて、黒いボディスーツに身を包んだレイラとエディが佇んでいる。今は選手のお披露目タイムで、他にも出場する予定の選手達が並んでいた。



「帰れ、帰れーっ! てめえはっ、三年連続で優勝しているだろうがーっ!!」

「俺らにガトーショコラを食わせない気かぁっ!? 毎年毎年、掻っ攫いやがってーっ!!」

「そうだ、そうだーっ! 火炎の悪魔なんぞに頼るんじゃねぇや、卑怯だぞーっ!!」



 そう、これは。とある老齢のドラゴンが作っている、美味しいガトーショコラを巡る争いだ。「黄金冠のガトーショコラ」と呼ばれる、最高に美味しいガトーショコラはドラゴンでも気が狂う程に美味しいとされていて、中毒者が続出している。そんなガトーショコラを作っているのはアルフレッド・ダービーというお爺ちゃんドラゴンで、今まで島の一角で細々と売っていたのだが。



 あまりの美味しさに島外から、ひっきりなしに客がやって来た。老齢で体も動かし辛く、作るのがすっかり嫌になってしまったアルフレッド・ダービーは、何と()()()()()()()()()売るのをやめてしまった。どうしてもまた作って欲しいと懇願する客達に、彼はこう宣言した。



「一年に一度のこの日だけ。最も早く、この店に来た者に全てのガトーショコラを渡す」と。つまりは先着順である。それからというものの、毎年この日に参加者を募って、遠く離れた島へのレースを開催することにした。それに合わせて、賭けも行われる。



 そんな訳でレイラとエディは、このドラゴンダービーに参加する予定だった、サム・クロムウェルから頼まれて、代わりに出場することとなったのだが────……。



 それまでむっつりと黙り込んでいた、サムが前に出る。赤茶色の髪に、鋭い赤茶色の瞳を持った彼は、野生的で逞しい男性だった。麻のシャツを綺麗に着こなしている。



「っうるせえー!! お前ら全員、ケツの穴からナイフでも突っ込んで、掻き回してやろうかぁっ!? ああっ!? 大体、夜道で俺を襲ったのはどこのどいつなんだぁーっ!? いいかっ!? 今度会ったら、そいつのケツの穴に、」

「っと、レイラちゃん。ちょっとごめんね?」

「わっ? とっ、エディさん?」



 いきなり両耳を塞がれてしまった。ぴきんと、氷が張られたような、魔術の成就音が響き渡る。途端に観客席のざわめきも、目の前で怒鳴っているサムの声も何も聞こえなくなる。少し経ったのち、エディがぱっと耳から手を離す。



「エディさん? 私、別にこれぐらいの罵倒は平気で」

「俺が聞かせたくなかったんだよ、レイラちゃん。ごめんね? 俺が我が儘でさ?」



 そう言われてしまうと、こちらとしては何も言えない。エディがにこやかな笑顔を浮かべ、黒い手袋をした両手を上げていた。そしてまた、隣へと戻っていく。



「悪りぃな、レイラ嬢。貴族のお姫様のあんたに、聞かせるべき言葉じゃなかったよ。ったく。あいつらときたら」

「ははは、大丈夫ですよ。サムさん。俺が、彼女の両耳を魔術で塞いでいたんで」

「へーえ? 随分とまた、過保護な恋人だなぁ? なぁ? レイラさんよぅ?」

「も~……からかわないで下さいよ、サムさん」



 にやにやと笑ったサムが、乱暴にぐしゃぐしゃと頭を撫でてきた。可愛くシニョンにした髪が崩れてしまうのでやめて欲しい。



『それでは、皆さん! お静かにーっ!』



 赤い羽根をつけて、兵士のような格好をした司会者が声を張り上げる。わあぁっと、歓声が沸き起こった。



『今回っ! 参加する予定の皆さんを、これからご紹介していきたいと思いまーすっ!! まず始めに今回! 卑怯なサム・クロムウェルの画策によって、飛び入り参加が決まった!!』



 そこでどっと、興奮したような声が上がる。隣のエディはにこやかに手を振っていた。ぴーっという口笛と指笛が飛び交い、観客席の方から女性達の「エディ様ーっ! 頑張ってー!」という声も聞こえてくる。それを聞いて思わず、脱力してしまった。自然と口元が引き攣ってしまう。



(エディ、様……? エディさんってば、着々と女性からの支持を得て)



 横を見てみると、エディは嬉しそうな笑顔でひたすら手を振っていた。視線を司会者の背中へと戻す。彼が身に付けている赤いマントが、はたはたと風に揺れていた。



『かのっ! 冷酷非道と恐れられるっ、戦争の英雄“火炎の悪魔”だぁーっ!! 今回一番期待できるのはこのっ、悪魔なのでは!? その名もっ、エディ・ハルフォードっ!!』



 どっと、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。その熱量に頬が熱くなって、喉が渇くような気がした。司会者がばっと、たるんだ二の腕を振り上げる。



『そして、そしてーっ!! 何とっ、あの“女殺し”のっ!! 希代の色男と呼ばれる、女泣かせのっ!! アーノルド・キャンベルの婚約者であるっ、レイラ・キャンベル男爵令嬢だぁーっ!!』



 どっと、また声が上がった。注目しないで欲しい。首筋に汗をかきながらも、愛想笑いを浮かべ、少しだけ手を振る。挨拶代わりのつもりだったが、観客席の方から男性の冷やかすような声が上がる。視線が全身へと突き刺さった。前からも後ろからも注目されている。緊張して汗をかいていると、隣に立っていたエディがすっと前に出て、私を背中の後ろに隠した。それから、するりと魔術でマイクを取り出して、かちりとスイッチを入れる。



『はい。皆さん。今、紹介されたエディ・ハルフォードでーすっ』



 面白がるような歓声がどっと、上がる。司会役の男はこちらを振り返って、不機嫌そうに笑っていたが。エディが私の手を掴み、低く笑う。



『彼女はいずれ、俺と結婚する人なので~。あんまり下卑た目でじろじろと見たり、ふざけた野次を飛ばしていると、ほら!』



 エディの黒い指先がくるりと、円を描く。それから、ぱちんと指を鳴らした。その途端、ぶわっと赤い炎を吐くドラゴンが現れる。観客がはっと驚いて見上げ、踊り狂うドラゴンを眺めていた。ごうごうと赤い炎を吐いているドラゴンが、悲鳴を上げている観客達の頭上をすれすれに飛び、威嚇してゆく。



『俺の操るドラゴンが、皆さんの服や髪を焼いてしまうかもしれません~。はいっ。アドニスさん。中断してしまって申し訳ありませんでした。さっ、続きをどうぞ?』



 ぱちんと指を鳴らすと、ふっと、そのドラゴンが掻き消える。私は司会者の名前なんて、微塵も覚えていなかったのだが、彼は覚えていたらしい。それまでほけっと、空中で舞い踊る炎のドラゴンを眺めていた司会者が慌てて、マイクを持ち直す。



『えっ、えー! ありがとうございます、ハルフォード様!! それでは他のっ、この豪華なお二人以外にも素敵な参加者様はっ! はいっ! 沢山っ、いらっしゃるので!』



 どっと、賑やかな笑い声が上がる。砂の匂いと青空に、夏の気配を感じた。今日は爽やかな天気で、からりと晴れている。じりじりと照りつける陽射しは熱いが、倒れる程ではない。



『さぁっ! それではっ! 順番に紹介していきまっしょう!! まずは四年前まで連続優勝していた、兄妹のっ、ディックとマリーコンビでぇーすっ!』



 ぱちぱちぱちと、拍手が沸き起こる。傲慢そうな金髪の男に、黒いボディスーツがよく似合った、気の強そうな金髪の美女が立っていた。私と目が合うと、馬鹿にしたようにふふんと鼻で笑う。そんな彼女を見つめて、エディがぎゅっと手を握り締めてくる。



「殺そう。あいつ、殺そう。レイラちゃんを馬鹿にしやがった。今すぐ殺そう」

「物騒な発言もたいがいにして下さいね、エディさん……!!」



 そんな物騒なやり取りにも気が付かず、司会者が楽しそうに話を続ける。



『さてさて! 彼らが王者に返り咲くことはあるのかーっ!? 是非ともあの“火炎の悪魔”の、生意気な鼻っ柱を叩き折って欲しいものですっ! さぁーてっ、お次の参加者はーっ!?」



 そこですっと、屈強な男二人が前に出て、厳しい顔つきで観客席を睨みつける。切り揃えられた黒い前髪に、逞しい筋肉が盛り上がった二人は、ぞっとするような威圧感が漂っていた。黒いボディースーツを着た男二人を見て、レイラがひそひそとエディに話しかける。



「彼らはひょっとして、堅気ではないのでは……?」

「そうだとしても。俺がちゃんと君を守るからね、レイラちゃん?」

「やめて下さい。さり気に、私の手を握ってこないで下さい!」

「さっきからずっと、握ってるんだけど?」

「えっ!? 私の評判が酷いことになってしまう!!」

「あっ、そっちが心配なんだ……?」



 ひそひそと小声で話していると、前に出ていた男二人組がぎろりと睨みつけてくる。レイラが口を噤み、エディも大人しく「俺はお利口ですよ」みたいな顔で背筋を正す。



『なんとこちらは今回っ、初参加のっ! 双子のグレッグとグレゴリーさんでぇーすっ!! はいっ、皆さん、拍手ー!!』



 ぱちぱちと、先程よりは静かな拍手が響き渡って、白けたような雰囲気が漂う。司会役の男が慌てて言い募る。



『なんとっ! この厳ついお二人はーっ! 現役のっ、ドラゴンライダーなのですっ!! 日々災害救助に発展途上国への物資援助にと、何かと、日々働いて下さっている、ドラゴンライダーのお二人に皆様っ、盛大な拍手をーっ!!』



 そこでようやく、わあぁっと、興奮した歓声と拍手が沸き起こる。隣のエディがまた、こちらの手を握り締めて、体を屈めて囁いてくる。



「あれは多分、嘘だ。レイラちゃん。心配要らないと思うけど、気を付けたほうがいい。サムさんを襲ったのも、この二人かもしれない」

「がっ、ガトーショコラを巡って……?」



 くすりと、エディが笑う。ほんの少しだけ肩を竦め、こちらの手を離してから、前を向いた。それから三組ほどの参加者が紹介され、観客席にいる若者たちがふざけて踊って、「いいぞ、いいぞーっ!」とはやし立てられていた。一通り終わった後で、手首に湿布を巻いたサムがこちらへとやって来る。



 大した怪我ではないが、激しく揺れるドラゴンに乗って海を渡り、島を目指すのは難しい。そんな訳で今回、レイラ達に依頼してきたのだ。夜道で襲われたらしいが、元々武術に長けていたらしい彼は見事に撃退。ただその結果、手首を捻ってしまったという。



「さぁて。行こうか? レイラ嬢にエディ君? 俺の相棒のドラゴンに会わせるよ。ついて来てくれ」










 かつんかつんと、靴音が響き渡る。真っ暗闇の階段を降りてゆくサムが、その手に燭台を持って、振り返った。赤みがかった茶色い瞳が、ぼうっと、炎に照らされて輝いている。



「足元に気を付けてくれよ、エディ君にレイラ嬢。先を急ごう。俺らを待たずに出発するこたぁないが、足並み揃えておくに越したことは無い」



 おそるおそる、狭い階段を降りてみる。下からびゅうびゅうと、冷たい風が吹きつけてきた。巨大な黒い蜘蛛が石壁へと這い回っていて、それを見て飛び上がってしまう。咄嗟に後ろのエディが、落ちないように支えてくれた。その気配に心臓が少しだけざわつく。



「大丈夫? レイラちゃん。気をつけて」

「あっ、ありがとうございます。エディさん……」



 気を取り直して前を向く。カビの匂いと、古い古い、木のような甘い香りが漂っている。サムはこちらを振り返りもせずに、先を急いでいた。慌てて、手すりも何も無い階段を降りる。ここは数千年も昔に作られたコロッセオで、すぐ左には暗闇が広がっていた。落ちたら死にそうな高さだった。それなのに、手摺りも何もない。



(ひ~……怖いよ。サムさん、すごいな)



 背後のエディが軽快に降りながらも、話しかけてくる。どうやら、彼は怖くないようだ。バランス感覚まで優れているらしい。



「いや~。それにしても昔の人も昔の人で、凄いねぇ~。一体どういう術語を組み合わせたら、こんなコロッセオが作れるんだろ~」

「流石のエディさんも、想像がつきませんか?」

「つかないね、レイラちゃん。少なくともこれを作ったのは、一人じゃないだろうけど。さっ! ととっ」



 実は先程のコロッセオにある、魔術仕掛けのエレベーターに乗ると、地下へと続く、螺旋階段へと転送されるのだ。そこで明かりを手に持って、暗い螺旋階段をぐるぐると降りて、地下へと向かっているわけだが。



「こっ、この先に。ドラゴンさん達が。待機しているんですよね……?」

「ああ。流石に元の姿に戻ったあいつらを、コロッセオに出すわけにはいかないからなぁ」

「気性が荒いからですか? 大丈夫なんですか?」

「いんや。全員、緊張するんだとさ。尻尾が震えちまうかもしれないって」

「尻尾が……」

「震える……」



 元々ドラゴンとは、人間を食らっていた魔生物の一種だ。最近見つかった魔術書によると、初代のエオストール女王が人外者の王と契約を交わして、それまで見ることが出来ず、存在も信じられていなかった、人外者と魔生物達に魔術で実体を与えたらしいが。



 そこからドラゴンは、それまで主食にしていた魔力ではなく、人間を食らうようになった。ドラゴンと人間の争いは熾烈(しれつ)を極め、豊かな土地を巡って争い、何百年とかけて徐々に人間の言葉が話せるようになり、そして。



「とうとう、彼らは人間の姿形を取れるようになった。そんな訳で、あなたの相棒に男の姿にならないよう、そう伝えてください。レイラちゃんが一目惚れしたら困るんで!」

「いや、しないって……」

「でも、美形らしいよ? それなのに年齢いじれんの、卑怯だと思わない? ねぇ?」

「いや、どうでもいい……」



 本当にどうでもいい。早くも疲れつつ、先を急ぐ。どうやら前を黙々と歩くサムは、思考を放棄したようだ。エディの相手が面倒臭いらしい。私だって面倒だ。是非とも代わって欲しい。そうこうしている内に辿り着いた。



「おっ、おおっ。でっか、何これ、物凄く怖い……!!」

「良かった。惚れない?」

「それどころじゃない……というか、呑気ですね!?」

「えっ? ははっ、そう?」



 しゅーっ、しゅーっと、口から赤い炎を吐き出している。銀色に輝く、鱗に覆われた体はまさしくドラゴンそのもの。薄闇の中で、ぎょろりと金色の瞳を動かしていた。そして、ずるりと赤い舌を出して、鋭く並んだ牙の間からかすかな炎を吐き出す。



(えっ? これっ、本当に。言葉、通じるの……?)



 彼らも普通の人間のように暮らしているはずだが。暗闇の中で銀色の両翼を震わせ、地面を引っ掻く。一気に深い溝が出来た。怖い。見下ろして慄いていると、頭を下げ、すぐ目の前でがぱぁと口を開けた。生臭い吐息が顔にかかる。ちょっとだけ熱かった。



『サム。この女がお前の代わりに乗るのか?』

「そんな言い方は失礼だろう、ガイ」



 声が低く轟いた。サムが笑って、友人をたしなめる。彼らはガトーショコラ大好き同盟で(本人たちがそう言っていた)、サムが彼に乗って毎年、他の参加者達を蹴落としているらしい。



「はっ、初めまして。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はレイラ・キャンベルといって、」

『よし。気にいった。乗せてやろう。それからあとで、連絡先も教えてくれないか?』

「殺しますよ、ガイさん。彼女に絶対、迫ったりしないでくださいね?」



 エディが殺気立っている。このままでは駄目だ、いけない。しかし気にする様子も無く、銀色のドラゴンが低く笑って後退った。銀色の鱗に覆われた尻尾が、びたんと床を叩く。



『おいおい、勘弁してくれよ。エディ・ハルフォードさん? 俺は別に、レイラ嬢を取って食おうって訳じゃない。食えばうまそうだけどな。何かと』

「下ネタ発言はやめて貰えませんかね? もう一度だけ言いますよ? 絶対に絶対に、彼女に迫らないでくださいね?」



 それにしても、エディがいつになくぴりぴりとしている。



(ああ、まぁ。それも当然か)



 彼らは野生的で、求愛方法が手荒いことで有名だ。ドラゴンの女性はおそろしく強いのだが、その強い女性に命がけで挑んで、激しい戦いを繰り広げて相手を気絶させる。そこでようやく、カップルが誕生する。ちなみに大抵、女性側が勝つそうだ。



「自分より弱い男はいらない」と言って振られて、めそめそと泣きながら入院している、ドラゴンの男性はかなりいる。しかし、ありふれた光景でもある。そして一番の問題は、彼らが人間の女性にもそれをするところだろうか。しかも、結婚相手は監禁してしまう。



「一生監禁なんて嫌ですよ……ずっとずっと、出してくれないんでしょう?」

『ああ。怪我でもしたら大変だからな。それになるべく、他の男に見せたくないんだ。大事な奥さんをな』

「ねぇ、レイラちゃん? 俺というものがありながら一体どうして、ガイさんとのことを真剣に考えているのかなぁー?」

「過剰反応しすぎじゃないですか?」

「おーい、鞍。持って来たぞ。乗れ乗れ」

「「はーい」」



 魔術でドラゴンの背に移動し、乗る。背中にはざらついた鱗が並んでいて、ちょっとした地面が広がっていた。座り込んでぺたぺたと、その鱗を撫でてみる。



「おっ、おお~……この上で戦うんですね?」

「そうだね。他の参加者が飛び乗ってきたらだけど。ああ、落ちないように魔術をかけておこうか」

「私の分もお願いしまーす」

「もちろん。風圧に負けないようにしておくね?」

「やった! ありがとうございます」



 それからドラゴンの首の付け根に設置された、黒い鞍に乗り込む。鞍と言っても、中が座席になっていた。黒いバーまで付いている。私の後ろに乗ったエディが、すぐさま話しかけてくる。



「ねぇ、ねぇ? レイラちゃーんっ? 俺、前の席に移動してもいいーっ? ガイさんとあんまり話さないで欲しいんだけど?」

『こんな嫉妬深い男はやめたらどうだ? レイラ嬢』

「そもそも選んだ覚えが無いです」

「そっ、そんな……!! あのっ、二人の熱い夜は一体!?」

「エディさんの妄想ですね。毎回毎回、定時の五時で別れているでしょうが。貴方とは」

「でっ、ですよね……すっ、すみませんでした」

「はい」

『気の毒だな、エディ君がな』



 黙ってエディが座席を抜け出し、前の席へと移動した。すぐ目の前でふわりと、鮮やかな赤髪が揺れる。さぁ、いよいよ出発だ。



「っそんじゃあ! 扉を開けるぞー? 準備はいいかー?」

「はーいっ! サムさん、よろしくお願いしまーすっ!」

「まーすっ!」

「おうっ! そんじゃあ、ぶちかましてこいっ!! っとと!」



 そんな声と共にがこんと、何かが倒される音が響き渡る。それまで真っ暗闇だった空間に、ぽっかりと青空と白い雲が出現した。植物柄が施された円形の扉をくぐると、そこはもうコロッセオの上空のはず。魔術の撮影道具を携えた、スタッフとリポーターの男達が、大きな空飛ぶアヒルに乗って待機しているらしい。



『そんじゃあ、行くぞ! しっかり掴まってないと、振り落としちまうからな!?』

「わぁっ!? わわわわっ!?」

「大丈夫だよ、レイラちゃんっ! 俺がちゃんとっ、魔術で守ってるからって!? わっ、わあぁっ……!?」



 ぐんっと、体が浮かび上がった。内臓がふわっと浮かび上がる。ドラゴンの両翼がばさばさと揺れ動き、それに合わせて座席もがたがたと動き出す。



「うえっ! もうっ、もうっ! 吐きそう……!!」

「だっ、大丈夫ですかっ? エディさんっ?」

「らいっ、らいじょうぶ、何とか……!!」



 すぐにかっと、眩しい光が弾けた。おそるおそる目を開けてみると、爽やかな青空と陽の光が飛び込んでくる。他のドラゴンが両翼を広げたまま、空中で一時停止をしていた。彼らは魔術と翼の両方を使って飛んでいるので、微動だにせず止まることも出来る。



「わっ、わああぁ~!! 青空が綺麗! どうやら、私達で最後だったみたいですね?」

「うん……俺、つらい。酔いそう。吐きそう」

「だっ、大丈夫ですか? エディさん。酔い止めの魔術でも、かけてあげましょうか?」

「おっ、お願いしまふっ……おええっ」



 前に座るエディに、後ろからそっと、魔術をかけてやる。鮮やかな赤髪が、陽の光に照らされていて眩しかった。眼下には青い海が広がっていて、生温い潮風がびゅうびゅうと激しく吹きつけてくる。



『さぁっ! 皆さんっ! 準備はよろしいでしょうかっ?』



 黄色いアヒルに乗ったリポーターがメガホンを向けて、正面から語りかけてくる。レイラは前を向いて、こくりと頷いた。エディも震えるような声で「はぁ~い……」とだけ呟く。ちなみにお互いの声が耳に届くよう、魔術で設定してある。



『それでは~……スタート! 死なないように、どうぞお気をつけて!』



 ぱぁんと、ピストルが鳴り響く。その瞬間、ガイが銀色の鱗を震わせて叫んだ。



『はっはぁ!! 行くぞっ! レイラ嬢にエディ君っ!? しっかり、掴まってろよっ!?』

「わっ、わあああああああっ!? えっ!? はっ、はやぁーっ!!」

「わーっ!? 待って、これっ!? ちょっとっ、無理じゃないっ!?」



 ぐんっと、体が引っ張られた。急降下している。びしびしと痛い程に、下から風がぶつかってきた。目をぎゅっと閉じて、黒いバーに掴まって耐える。二人を乗せた、銀色に輝くドラゴンがくるくると回転しながら、海面を目指していた。上も下もよく分からない。エディの「わあああああぁ~……」という悲鳴だけが聞こえてくる。そんな状態が続いた後、おもむろにばんっと、座席からドーム状のガラスが飛び出てきた。その直後、激しい水しぶきが上がる。



「わっ、え、何……!?」

「海……海の中だ。でも、圧がすごいっ……!! ぐんってなるね、これ!」



 おそるおそる目を開けてみると、美しい海の世界が広がっていた。ごぼごぼと、白い泡が通り過ぎてゆく。そんな海の景色に見惚れていると、おもむろに視界が回転し出した。ガイが銀色の翼をたたんで、ぐるぐると凄まじい勢いで回っている。



「ガイさぁーんっ! もうっ、無理っ! 俺たちっ、もうっ、無理っ!! 無理だからぁっ!! わああああああっ……!!」



 エディが悲鳴を上げる。どうしてこんなに回転している中で、話せるのかと。そう驚愕しつつも、心の底から感謝していた。エディの声を聞いて、ぴたっと回転を止まる。体の強張りも取れる。



「はっ、はー……!! あっ、海中が綺麗。凄いっ!」

『悪いな、エディにレイラ嬢。後ろをちょっと振り向いてくれないか?』

「えっ? 後ろって、一体何が……?」



 振り向くとそこには深紅のドラゴンがいて、口を開けて迫ってきていた。ごぼごぼと白い泡を吐き散らしている。



「「ぎゃああああああああっ!?」」

『はっはっはっは! てな訳で悪いな、振り切るぞっ!?』

「わああああああっ!? 依頼っ、依頼ぃっ!!」



 エディとレイラは涙目で、ほぼ同時に叫んだ。



「「依頼なんてっ、受けるんじゃなかったーっ!!」」

『はっはっはっはっは!! あーっ、血が騒ぐぜ! 楽しいなぁ、はっはぁ!!』

「りっ、陸に帰りた~い!! もうっ、嫌だぁーっ!!」

「ぜんぶ、エディさんのせいだーっ!!」

「何でーっ!? それでも好きっ! 結婚して欲しいっ、うわっ、うわあああああ~っ……!!」










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