6.俺だけが立ち入れない領域
「あれっ!? 今日、レイラちゃんは!? レイラちゃん! 何でどこにもいないの!? 俺、折角今日もレイラちゃんにプロポーズしようと思っていたところなのに!! 何でいないの!? ねぇ!?」
予想通りの反応を見つめて、深い溜め息を吐きたくなった。しかし、それをぐっと堪えて真剣な眼差しで見つめてくるエディを見つめ返す。戦争の英雄“火炎の悪魔”になってしまった、その男を見つめ返す。
そして、アーノルドがおもむろに口を開いた。
「レイラは今日、有給を取っていて休みだ。……自分の、両親の墓参りに行くらしい」
「えっ!? それならそれで、俺も一緒に行く!!」
はいはーいとでも言いたげに、エディが腕を上げてぴょんぴょんと飛び跳ね始める。こいつは一体いくつになるんだ? いつまで経ってもガキのままで、時が止まっていて。
(落ち着けよ、俺……予想していたことだろうに。まったく)
その癪に障る飛び跳ね方に、いらつきもした。ただ、それでも。デスクの引き出しから一通の封筒を取り出し、不思議そうな顔のエディに渡す。
「……お前のことだから、そう言うと思った。行ってこい、既に有給扱いにしてるから」
エディが淡い琥珀色の瞳を彷徨わせ、困惑した表情で受け取る。そして何故か、白い封筒を陽の光に透かしてみたり、左右に振ってみたりと入念にチェックし始めた。それを見て、誰かが忍び笑いを漏らす。
こんな時にふと、こういう所だろうかと思う。自分がエディに敵わないのは、奴が誰からも愛されるのは。こういう所だろうかと、ふと、そんな下らない考えに浸ってみる。
(だからレイラも、多分。俺のことを好きにならないで、こいつのことを……)
何を馬鹿げたことを。今更そんなことを言ってどうする。下らない意地を張って、エディを傷付けて俺は。
『そうやって、子供みたいに拗ねていても何も解決したりなんかしないのに────……』
レイラの言葉が蘇ってくる。あの言葉に対して、声を荒げてしまったのは図星だったからだ。痛い所を突かれたと、そう思った。何年も前にあの二人の幸せを願っていた気持ちはまだ、この胸に存在している。
自分の思考を切り上げて、目の前のエディを見つめた。鮮やかな赤髪に淡い琥珀色の瞳を持ったエディは、自分とは違って陽気な春や初夏を連想させる男だった。俺の冷たい銀髪などとは違って、その色はどこまでも温かい。
それでも幼い頃のレイラが『月の光みたいできれい』と、そう目を輝かせて言ってくれたから。そんな言葉でほんの少しだけ、息が吸い込めるような気がしたんだ。
「……気になるのなら、開けてみればいいだろう? お前は何故そうしない?」
「えっ? 呪いでもかけられているのかと、そう思ってのことなんだけど?」
エディがきょとんとした表情で、こちらを見下ろしてくる。そんなことする訳が無いだろうと、きっぱりと言えない自分がいる。本当にどこからどこまでを理解しているのか。そう思いつつ足を組み直して、溜め息を吐いた。
「その封筒には汽車の切符が入ってる。発車時刻が書いてある紙も入れておいた。レイラが乗るのは二番線のホームにくる、ロー・クロムェル行きだ。乗る車両まではよく分からん。が」
「が?」
エディが食い入るように、こちらへと身を乗り出してくる。その真剣な淡い琥珀色の瞳を見て、何故か笑い出したくなった。やっぱりエディは、ほんの少しだけレイラと似ている。二人はそのことに気が付いていないようだが。
「まだ乗ってはいない筈だ。今から急げば間に合う。行ってこい。あー……今の時刻は八時十二分で、レイラが乗る予定の汽車は八時四十二分に発車するもので、」
「ありがとう、アーノルドさん! それで? レイラちゃんはどっちの駅に向かったんだ!?」
「そう言えば、それはまだ話していなかったな? ここから一番近くの、ホワイトセントラルの駅で」
「分かった!! 今すぐ、大急ぎで着替えて行ってくる!! あとそれからっ」
すぐさまその身を翻して、駆け出そうとしていたエディがこちらを振り向いた。
「教えてくれてありがとう! あと、汽車の切符もくれて! そんでから汽車の切符代はまた今度返すから、」
「っいいから、もう! さっさと行って来い!! 仕事をする気が無い奴がいても迷惑なだけだ! 早く行けよ、エディ!」
分かりやす過ぎる態度だった。エディが淡い琥珀色の瞳を瞠ってから、にかっと嬉しそうに笑う。
「うんっ! ありがとう、アーノルドさん! それじゃあ、行ってきまーすっ!」
ばたばたばたとエディが騒がしく遠ざかっていって、部署のドアが閉まる。溜め息を吐いていると、書類を手にしてミリーがやって来た。その生温い笑顔を見て顔を背け、珈琲を飲む。どうにも苦手だ。頭が上がらないからか。
「良かったんですか、部長? このままだと本当に、レイラちゃんはエディ君のことを好きになっちゃいますよ?」
「いいんだよ、別にそれで。元々レイラと俺は、好きで婚約してた訳じゃないし……」
「でも、部長はレイラちゃんのことが好きでしょう? 違いますか?」
「……違うと言えば違うが。違わないと言えば、違わない」
自分でも動揺して、何を言っているのかよく分からなかった。ミリーが蜂蜜色の瞳を瞠って、意外そうな表情で詰め寄ってくる。
「えっ? それじゃあ一体、どうしてあんなことをしたんですか? わざわざ汽車の切符まで買ってあげて。どうせ往復分、あの封筒に入っているんでしょう?」
「どうして往復分を買ってあげたって、そう言い切れるんだよ?」
不貞腐れて返せば、ミリーが呆れた表情で腰に手を当てる。ああ、苦手だ。本当にどうにも。
「そんな言葉が返ってくる時点で、絶対にそうでしょう? とにかくも、私が聞きたいのはそう言うことじゃありません! 私が聞きたいのは、レイラちゃんが好きならどうして努力もせずに、エディ君と二人きりにさせるかって、そういうことです!」
両耳を塞ぎたくなったがぐっと耐えて、腕を組む。部署には透明な朝日が射し込んでいた。
(俺は一応、上司なんだけどなぁ……ま、いいや。こういう年配女性に逆らうと、後で碌でもないことになるからな)
ミリーが聞いたら「まだ三十六です」と、眉毛を吊り上げそうなことを考えつつ苦笑する。
「ミリーさん。貴女だってよく分かっているんじゃないですか? レイラがあいつと、エディといる時の方が楽しそうだって」
「それは、ねぇ……」
言いにくそうな表情でミリーが、もごもごと口を動かしている。ああ、分かっている。レイラを好きになった時に、不毛な恋だなと思って諦めようとしたのに。
「だったら、それでいいんです。もう。……あいつには」
「あいつには? 一体何です?」
この場にいる全員が、聞き耳を立てているに違いない。ミリーの後ろにいる筈の部下達に思いを馳せ、渋々と諦めた。後でからかわれるかもしれんが、いちいち気にしたって仕方が無い。ここは潔く諦めようかと思う。
「あいつには、エディには。俺だけが立ち入れない領域にも、ぐんぐんと立ち入ってゆける。あいつに、怖いものなんて無いに等しいし……レイラだって、そうだ」
思ったよりも情けない声が出た。耳が熱い。きっと今俺は、耳まで赤くなっている。
「レイラだってそうだ。あいつは俺のことを拒絶するのに、あいつだけは、エディのことは拒絶しない」
目の前のミリーがぽかんとしていた。それもそうか、子供みたいだ。俺の方がエディよりも、ずっとずっと小便臭いガキだ。
「仕方が無いだろう? 諦めるしかないじゃないか。ぴったりでお似合いの二人じゃないか……馬鹿馬鹿しいにも程がある……」
「あの、そこで一つ質問なんすけど?」
「トム君。一体どうしたの?」
ミリーが不思議そうな声で尋ね、振り返る。それにつられて首を伸ばしてみたが、トムの席は出入り口に近いのでよく見えない。
「質問ってのは一体何だ? トム? 俺に対することか、仕事に対することか?」
「あの、一応両方っす。ついさっき、面倒臭そうなばあさんから恐ろしい電話かかってきたんで……えーっとまぁ、それは別にどうでもいいから」
「いや。どうでも良くは無いだろ、お前な……そんで、その人の用件とやらは?」
「家に下着泥棒が出たんで、アーノルド様に来て欲しいらしいっす。三十二歳の人妻」
「よし、無視決定だな。ばあさんと言う年齢でも無かったが、まぁいい」
「自称なんすよ、自称。でも俺が考えるにあれは、」
「トム君? その質問とやらに、早く入ってくれるかしら?」
「あっ、はい……」
雲行きが怪しくなってきたので、ミリーがこほんと咳払いをする。どうも彼女を前にすると、縮こまってしまう。出来の悪い生徒にでもなった気分だ。でも、居心地は悪くない。少しだけ面映い。
「そんで、話を元に戻すんですけどね、アーノルド部長?」
「おう、何だ。トム? 珍しいな。お前がそんな風に聞いてくるのはな?」
その指摘にほんのちょっとだけ、トムが低い笑い声を漏らす。年が近いということもあってか、友人のような関係だった。
「レイラ嬢以外にもいっぱいいるでしょと思って。いっそ諦めて、婚約を解消したらどうっすか? アーノルド部長?」
いとも呆気なく指摘してくるな、こいつは。
(まぁ、作ろうと思えばいつでも作れるんだろうが。恋人も、結婚相手も)
今朝も引き出しに大量に入っていた、見ないで捨てるだけのラブレターに思いを馳せる。魅了系の呪いが入っているかもしれないから、下手に開けれない。
「……確かに。レイラじゃなきゃ、駄目な理由はどこにも存在しないな」
「でしょ? アーノルド部長ならもっとこう、ぼいんぼいんとした、」
「トム君?」
「あっ、はい。すみませんでした、ミリーさん……」
下世話なジェスチャーをし出したトムを、ミリーが怖い声でたしなめる。そんな風にたしなめられて怒られてしまうことをよく理解しているくせに、どうしてそんなことをするのか。案外トムもトムで、ジーンと似たような所があって、彼女に叱られたいだけかもしれない。
「そうだな。下世話な言い方だがまぁ、出る所が出た美女でも何でも、よりどりみどり何だろうな?」
「そうでしょ? 勿体無いなぁ、部長ってば」
とうとう我慢が出来なくなったのか、ジーンが声を上げる。それにつられて、他の連中も続々と声を上げ始めた。
「エマもそう思いまぁーすっ! アーノルド部長もそろそろ~、陰気臭い惨めな豚野郎の顔つきでレイラちゃんを見つめるの、やめたらどうですか~?」
「エマな、お前な……本当、相変わらずなのな?」
「すっ、すみません、部長!! 本当に本当に後で俺が、エマをきっちり叱っておくんで!!」
「いや、いい。別に気にしなくって。気にしてないから、俺も」
アーノルドがひらひらと、褐色の手を振って謝罪を遮る。顔を赤くして逃げなかったら、それでいい。ただ、通りすがりに足を踏んでくるのはちょっと流石にやめて欲しいが。そのことをジェラルドに言うと、卒倒しかねないので黙っている。
「と言うか、エマ嬢? 陰気臭い豚野郎って一体どんな顔つきなの? ねぇ、ねぇ?」
「ジーン、あんたはね……」
「恋愛特有の未練たらたら、じめじめの、くっそ気色悪い茸が生えてきそうな顔でぇ~すっ! ふーんだ。レイラちゃんが可愛いのは、とってもよく分かるんですけどねぇ~?」
「恋愛特有の、未練たらたらの顔つきねぇ~・・・・・・・」
最もな指摘を聞いて、復唱する。どことなく彼女が、毛を逆立てている猫に似ているからかちっとも腹が立たない。
「あー、まぁ。そうかもしれないなぁ~……」
「でしょう? 何で早く諦めないんですかぁ? ひょっとして意気地なしの租チ、」
「やめようやめよう、エマ。お前。もういい。もうちょっと、そこでストップしとこうな? なっ?]
焦ったジェラルドがエマの口元を塞いだらしい。その直後「いだだっ!? お前な、本気で噛むなよ!?」とジェラルドが悲鳴を上げる。
「おい、大丈夫か? 後で絆創膏でも貼ってやろうか?」
「お気遣い無く、部長。エマも次の誕生日で二十七歳になりますからね。六歳の時とは違って、大量出血するまで噛まれはしませんでしたよ」
「六歳の時にお前らの間で一体、何があったんだよ……?」
「まぁ、それはいいから置いといて、はいっ! 何で婚約解消しないんですかー?」
そろそろ堪忍袋の緒が切れたのか、マーカスが先を促す。全員さっさと仕事をしろと言いたくなったが、黙りそうに無いのでぐっと耐える。
「それは勿論、レイラのことが好きだからだよ。レイラ以上に可愛い女性も、目が覚めるような美女だっているだろうさ。性格も良くてきちんと対等な関係が築けるような、そんな女性が。でも俺は、」
「えーっ!? そんなにレイラ嬢のことが好きなんですかーっ? ぶちょー?」
何かを食べつつ話しているのか、ぼりぼりと咀嚼音が響き渡る。そんなジーンのバディであるミリーが、何かを言いたげに振り返っていたが、諦めてこちらへと向き直る。
本当に、自分は何かと厄介な性格をしている。彼女のことを手放そうと手放そうとしているのに、上手くいかない。あともう少しだけ、あともう少しだけ彼女の傍にいたいと願ってしまう。婚約者として、彼女の傍に。
「ああ、好きなんだ。レイラのことが。……ずっとずっと、昔から好きだった」
その言葉に、全員がぴたりと黙り込む。何故こんなことをこいつらに話しているんだろう。朝の穏やかな陽射しがそうさせるのか、それとも、今日がエドモンさんとメルーディスさんの命日だからか。
今日と同じ日付の午後二時に、彼らは殺されてしまった。そして、永遠に帰らぬ人となってしまった。オーブンの中には、焦げた檸檬タルトが入っていたそうだ。俺に焼いて送ってあげるね、とそう言っていたからですか。俺のために焼いてくれてたんですか、とはもう聞けない。
二度と味わえないケーキに思いを馳せると、泣きそうになった。俺だって悲しいんだよ、レイラ。俺だって立ち直れてないんだから。だからお前と一緒にいたかったのに。だからこの痛みを共有したかったのに。エディには無い痛みなのに、お前はエディを拒絶しないんだろうな。
エディだけは連れて行くんだろうな。
(レイラ。何でお前は、いつも俺を置いて行こうとするんだろうな?)
本当は、無理にでも付いて行きたかった。でも、拒絶されてしまった。手を伸ばせなかった、その手を取れなかった。
(っ仕方が無い、エディは。エディだけがあいつの、レイラの心を癒せるんだから)
惨めで苦しい気持ちに蓋をする。言ってもどうしようもないことだから、彼女の為に全ての感情を飲み干す。
(行っていい。行っていいよ、レイラ。俺を置いていってもいい、俺を一人ぼっちにしていい。この苦しみに寄り添わなくてもいい)
彼女をいつまでも大事に大事に、鳥籠の中に閉じ込めてはおけないから。俺のことは何も気にしなくていい、お前が幸せであればそれだけでいい。俺はあの時結局、お前のために何も出来なかったから。
砂粒を噛み砕いて、強い酒を一気に飲み干した時のような苦しみが襲いかかってきた。
「目が覚めるような美女でも何でも無理だ。俺はどうしたってレイラがいい……好きなんだ。仕方が無いだろう? それが恋愛感情ってもんなんだから。いくらどんなに素晴らしい女性がいたとしても、それに目が向かないのがごくごく真っ当な恋愛感情ってもので、」
「可哀想に、アーノルド君っ!!」
「ぶわっ! みっ、ミリーさんっ!?」
涙目のミリーが俺を抱き締め、頭をわしゃわしゃと撫でてくる。どうやら俺は、彼女の母性スイッチを押してしまったらしい。
「ぶ、部長-!! 大丈夫っすよ、また一緒に飲みにでも行きましょうね!?」
「俺ら、奢るんで!! ねっ? ねっ!?」
「うぇーいっ。朝まで飲み明かそうぜ、ぶちょー! ひゅーひゅー!」
「おわっ!? お前ら、ちょっ、待てって、ぶっ!?」
全員に続々と抱きつかれ、揉みくちゃにされてしまった。部署に帰ってきたジル・フィッシャーが俺を見て、爽やかな笑顔を浮かべる。
「ははははっ、一体どうしたんですか? 皆さん」
「あっ、ジルさん……」
「ジルさん……」
「おっ、お帰りなさい、ジルさん……!!」
「はい。只今戻りました。で? 坊ちゃんは一体どうしたんですか? なにやら、浮かない顔をしているようですが?」
その呼び方に深く溜め息を吐くと、優しいライが「大丈夫だからな、アーノルド君」と呟いて頭を撫でてくれる。振り払えない。
「何があってこんなことになったんですか? ねぇ?」
「さぁな。俺にもよく分からん」
さて、エディは無事にエディと合流出来たんだろうか。窓の外に広がった木の枝を見つめ、考え込む。どこかで二人が上手くいきませんようにと、願っていた。そんな願いに蓋をして、もう一度溜め息を吐く。
(俺も俺で、未練がましいな……)
ざぶんと、水が音を立てて揺れる。ちゃぷちゃぷとそんな水音が響いてくるのは、汽車が魔生物だからだ。この汽車にしか見えない魔生物はヒレを使って泳ぐので、線路には深く水が張ってある。長い黒髪を一本の緩やかな三つ編みにしたレイラは、レトロな本革鞄を持って紺色リボンのカンカン帽を被り、ベーシュ色のワンピースを着ていた。浮かない顔で、駅のホームを黙々と歩いている。
ぺるるるると、発車を告げるベルが鳴り響いた。レイラが美しい茶色と金の汽車を見上げ、焦って階段を登ると、そのはずみでカンカン帽が落ちてしまった。「あっ」と声を上げて振り返った瞬間、彼女が硬直する。戦争の英雄“火炎の悪魔”がゆうゆうと帽子を拾い上げ、にっこりと微笑みを浮かべていたからだ。
「はい、レイラちゃん。帽子をどうぞ?」
「……どうしてここに、エディさんがいるんですか?」
白いシャツにベージュ色の麻ジャケットとズボンを身に付け、臙脂色リボンのカンカン帽を被ったエディが低く笑い、たっと階段を登って乗り込む。
「鞄、持つよ。重たそうだ」
「あっ、あのっ、エディさん?」
「話ならまた後でね? 発車するみたいだし」
そんな愉快そうな声の後で、車掌のアナウンスが響き渡る。
『えー。 ロー・クロムウェル行き、ロー・クロムウェル行き、只今より発車致します。魔術書修理の塔へと向かうお客様は、この汽車に乗って────……』
エディがレイラの頭にぼすんとカンカン帽を被せ、無理矢理重たそうな鞄を奪い取った。さりげなくレイラの背中に手を添えたところで、ぷしゅーっとドアが閉まる。
「とりあえず行こうか? レイラちゃん」
「……はい、エディさん」
レイラが戸惑って紫色の瞳を揺らし、溜め息を吐く。がたがたと車体が揺れ、その動きにつられて二人も揺れる。
「鞄、持ってくれてありがとうございます。あと、それから」
「それから?」
「帽子もその、拾って下さってありがとうございます」
その言葉にエディが淡く微笑み、レイラの鞄を持ち上げた。
「うん。どういたしまして、レイラちゃん。それじゃあ行こうか」




