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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第二章 彼らの思惑と彼女の過去について
48/122

4.植物鉱石の直し方と穏やかな午後のティータイム

 







「すまないね、エディ君。若い君にこんなことを頼んでしまって」

「いえ、大丈夫ですよ? お安い御用です。しかし、俺でお役に立てるのかどうか……」



 ふつりと揺れ動く、燭台の明かりを手にしてコーネリアスが笑った。彼はこの書庫を抱える邸宅の主人で、何とあのジーン・ワーグーナーの祖父である。白いシャツとニットベストを身に付け、薄暗い書庫を歩いてゆく。



「その辺りのことについては心配いらないだろう。君は手先が何かと器用なようだからね……僕の孫娘は最近どうだろう? 君に迷惑をかけていないかな?」



 レイラはこの男性、コーネリアス・ワーグナーが大好きだった。とは言えども決して変な意味ではなく、ただただ純粋にこの老人の纏う穏やかな雰囲気が好きだった。白髪混じりの金髪に優しげな青い瞳。ぴかぴかに磨かれた老眼鏡に「かの“女殺し”に会ってみたい」と駄々をこねるチャーミングさ。ジーンとアーノルドと一緒に何度かこの屋敷を訪れているが、いつもいつも優しく歓迎してくれる。



「大丈夫ですよ、ミスタ・ワーグナー。貴方のお孫さんは今日も元気でしたよ?」

「あの子は元気過ぎると言うぐらいに元気なのだろうね? やれやれ。またどこぞの美しいお嬢さんに、腹を刺されていないと良いが……」



 ふわりと、魔術書庫独特の紙の匂いと甘い木の香りが漂う。飴色のフローリングの上には擦り切れた赤い絨毯が敷かれ、ドーム型の天井には硝子のアンティークランプが吊り下げられていた。淡く煌く金色の光をこちらへと落としている。そして辺りには魔術書が入った本棚がずらりと立ち並び、いわくつきの魔術書がかけられた鎖を外そうと「キィキィ」と喚いて動いている。



 そんな本棚と本棚の間を歩きつつ、コーネリアスがこちらを振り返って「足元に気を付けてくれよ、エディくんにレイラ嬢?」と、穏やかに微笑みかけてくれる。その度にこのご老人のことが好きになってしまうのだった。そして先程から喋りたくて喋りたくて、うずうずとしているのに口を挟む隙がない。エディもようやく黙ったので慌てて話しかける。



「ジーンさんもジーンさんでその、特定のお相手を作る気は無いのでしょうか? いいや、その、彼女のあり方を批判している訳では無いのですが……」



 しかし、焦りすぎて話題選びに失敗してしまったらしい。どうしよう? いくら穏やかな微笑みで「いつでも遊びにおいで、レイラ嬢。僕の飼い猫も喜ぶし」と言われていても、年に数回が限界だった。冬の魔術祝祭の時や夏至祭、新年のお祝いにお誕生日にと、アーノルドと二人で遊びに来ているが、流石に訪問し過ぎて迷惑になっているのでは……。



(ううっ、だって言ってしまえばただの、職場の先輩のお祖父さんだもんなぁ……!!)



 無言で焦っていると、コーネリアスが振り返って笑ってくれた。



「批判どころか! あの子のあり方については、散々になじっても良い頃合いだろうね? レイラ嬢? 困り果てたことに、どうやら特定のお相手を作る気は無いようだねぇ~」



 おまけにぱちんとウインクまでしてくれる。



(わ~! やっぱり好きだなぁ、コーネリアスさん!)



 恍惚とその後ろ姿を見つめていると、隣のエディがすかさず眉を顰めて問いかけてくる。



「レイラちゃん? ……何だかさっきからさ? やたらとその、そわそわしてない?」

「へっ? あっ、あ~、いやぁ~……私としてもその、コーネリアスさんは憧れの男性と言うか何と言うか……!!」



 こちらの会話を聞いてコーネリアスが体を揺らして笑い、その動きに合わせて蝋燭の火も揺れた。



「はっはっは! ありがとう、レイラ嬢。君のような可愛らしい淑女にそう言われるのは、とても光栄なことだよ……僕があと何十歳か若くて、亡くなった家内一筋じゃなきゃ調子に乗ってプロポーズをしていたかもしれないな?」



 そんな愉快そうな台詞を、聞き捨てならないと言わんばかりにエディが激しく食ってかかる。心が狭い……。



「ちょっと待ってくださいよ、コーネリアスさん? レイラちゃんには既にこの俺が足元に跪いてプロポーズしたし、何ならレイラちゃんは俺の婚約者で────……」

「何をしれっと、そんな嘘を吐いているんですか!? ていっ」

「あだだっ!? ちょっ、レイラちゃん? 今の、意外と痛かったからもう一度だけ踏んでくれない?」

「いやっ、かなり意味が分からないんですけど!?」



 そんなエディとレイラのやり取りを耳にして、前を歩いているコーネリアスがもう一度腹を揺らして笑った。



「はっはっはっは! やっぱり、エディ君? 君は可愛いジーンから聞いた通り、かなり前途多難な恋をしているようだね?」

「そうなんですよ~、コーネリアスさん。アーノルドの存在が本当に、邪魔で邪魔で仕方が無くって……」

「えっ、エディさん……この場合、邪魔なのは貴方でしょうに」



 コーネリアスが手にした燭台の炎が揺らいで、その明るい炎に目が吸い寄せられる。とある扉の前に佇んでいるコーネリアスが、その老眼鏡越しに青い瞳を細めた。



「それは仕方が無い話だろう、レイラ嬢? いつの時代も男と言うのは、恋敵の足元に自分の手袋を叩きつけてやりたい気持ちでいっぱいなんだよ。もっとも、古き良き私闘(フェーデ)が禁止されてからは、そんな乱暴さも奪われてしまったが。さてと」



 そこで一旦言葉を区切って、コーネリアスはきらりと青い瞳を輝かせる。



「君はアーノルド君とエディ君。そのどちらを選ぶつもりなのかな?」



 じっとエディが食い入るように見つめてきた。怖い。振り返らなくても怖い。



「えーっとそれは、やっぱりアーノルド様ですかね……?」

「えーっ!? そんなぁ~……はーあ。でも分かり切ってたから別にいいや~」

「そう落ち込むことは無いよ、エディ君。悩んで貰えただけましだから」



 意外にも鋭い言葉を口にしつつ、じゃらりとズボンのポケットから真鍮の鍵束を取り出す。そこに佇んでいたのは美しい飴色の木の扉で、小鳥と結晶化した花々のプレートが下げられていた。下げられた金色のプレートには“植物鉱石保管室”とだけ刻まれている。そんな扉に鍵を差し込み、コーネリアスが振り返った。



「女性というのはいつの世も辛辣だからね。僕の()()()妻もそうだったもんさ。レイラ嬢が先程の問いかけに対して悩むということは、君にもある程度のチャンスが残されているということだよ、エディ君?」



 コーネリアスがそこで悪戯っぽく青い瞳を煌かせたので、冷や汗を掻いてしまった。そうです、わりと毎日ときめいています……。一方のエディは今いちよく分からなかったのか、しきりに首を傾げている。



「さて。このままエディ君と恋愛談義に花を咲かせるのも楽しそうだが……何分、僕の可愛い孫娘が植物鉱石を割ってしまったのでね」



 コーネリアスはほんの僅かに苦笑してみせると、その扉を開いて優雅に中を指し示す。



「それでは頼めるかい? エディ君にレイラ嬢? 勿論お代は弾もう。あとそれから、午後のティータイムに君達を招待しても? 今ね、執事のベンジャミンがケーキを焼いているんだ。美味しいよ、どれもこれもね」


















「はー。またこんな、ジーンさんは綺麗な植物鉱石を割ったりなんかして……!!」

「俺、今朝ちょっと聞いてみたんだけど。何でも可愛い恋人の一人に見せたくなって、黙って持ち出したらちょっとだけ割れちゃったんだって」

「ちょっとだけ? ですかね? これって……」

「うーん。ばっきり中央から割れてるよね?」

「ね……」



 明るい窓際に面したテーブルの前に立って、その割れている植物鉱石を見つめる。この保管室は先程までの書庫とは違って丸い天窓があり、そこから燦々と陽が射し込んでいた。この植物鉱石は生きた植物なので、たっぷりの陽の光と水が必要なのだ。柔らかなクリーム色の壁紙と絨毯が穏やかな雰囲気の保管室には、そんな植物鉱石たちが標本のように棚へと並べられている。



 淡い水色のスイートピーに真っ赤な薔薇、白百合と菫。どれもこれも美しく、陽に照らされてきらきらと輝いている。少しだけそれらに見惚れた後、エディと二人で椅子を引いて座る。



「えーっと、これだっけ? 絵は?」

「そうですね、それですね。うわぁ~……元はこんなに綺麗な植物鉱石だったんですねぇ」



 ジーンが恋人に見せてやりたいというのも納得な、美しくて見事な植物鉱石だった。今は亡きコーネリアスの妻が趣味で集めていたという植物鉱石は、盗難にあった時や壊してしまった時のことを考えて画用紙に描かれている。そんな美しくも精緻な絵の下には、描いた日付と彼女が名付けた植物鉱石の名前が記されていた。



「盛夏の夕暮れ時と黄昏の花々、かぁ~。まぁ、これを見ていたら気持ちは何となく分かるけど、何かちょっと俺は、見ては駄目なものを見てしまったような気がする……!!」

「ふふふっ、奥様は少女趣味だったのかもしれませんね~。エディさんってば大袈裟なんだから」



 隣に腰掛けたエディがそんな美しい絵を手に持って、背筋をぶるぶると震わせている。震えるエディを見て笑ってから、またその絵に視線を戻す。白い画用紙の上にはあえやかな林檎色とテラコッタ色を混ぜたような薔薇に、白く柔らかそうな百合と珊瑚色の小さなスプレーマム、しなやかに伸びた茎と翡翠のような葉が描かれていた。



(あれ? でもこれって、よく見てみたら……)



 エディの鮮やかな赤髪と、ほんの少しだけ似ているような気がする。幾重にも繊細に重なった林檎色とテラコッタ色の薔薇を、じっと見つめて考え込む。そうだ、そう言えば初めて会った時にもエディの鮮やかな赤髪はまるで、夏の夕暮れ時の空に浸して染め上げたみたいだと、そんなことを考えていたんだった。



 彼の鮮やかな髪色と比べたら、この絵の薔薇はどこか叙情的で繊細なのだが。



「これってよく見てみると、何だかエディさんの髪の色にもよく似ていますよね?」

「えっ? そうかなぁ~。俺ってこんな髪色してるかな?」

「いや。確かにもうちょっと、鮮やかで明るいんですけど。ほら」



 手を伸ばしてエディの鮮やかな毛先を摘み、元の絵と比べてみる。



「ほら、やっぱり。ちょっとだけ似ている。あー、でもやっぱり、エディさんの髪の方が鮮やかで美しいですねぇ~」

「あっ、あのさぁ? レイラちゃん?」

「はい? どうかしましたか、エディさん?」

「それって無意識? それともわざと?」

「へっ? いっ、一体、何がでしょうか……?」



 エディがやけにそわそわと落ち着かない様子で、お尻を動かしていた。その気恥ずかしそうな様子のエディを見て、ぱっと毛先から手を離す。どうしよう、ちょっと顔が赤くなっているかもしれない。



「あー、うん。もういいや、もう。俺が過剰に反応しているだけかもしれないし……」

「えっ? あっ、ああ。ごめんなさい。その、勝手に髪の毛に触れたりなんかして……」

「いいや、いいよもう。別に。大した事ないし、こんなの」



 エディがどこか拗ねたような口調で、手元の美しい絵を眺めている。それを見て何故だか心臓がざわついた。この間から何かがレイラに思い出せと告げている。二の腕に鳥肌がざわざわと立って、どうしようもなく焦ってしまう。それでも、唾を飲み込んでそれらの感覚を無視した。今からこの、真っ二つに割れてしまった植物鉱石を直さなくては。所々、粉々に砕けているし。



「あー、もぅ、面倒臭いなぁ!! ぱぱっと全部、魔術で復元出来たらいいんだけどな~」

「仕方が無いですよ、エディさん。この植物鉱石は魔力に晒されると、随分と黒ずんでしまうみたいで……」

「まぁ。だからこそ高級品なんだろうけどね、これ」

「それもそうですね、エディさん」



 作業机の道具入れから滑らかな銀色のピンセットを取り出し、面倒臭そうな表情のエディを励ます。



「さっ! エディさん? 私も手伝いますから、さっさと終わらせてスコーンやパイを食べに行きましょう! ここのお家のパイとクリームは、本当に絶品で美味しいんですよ?」
























「うおっとと! うわ~、大歓迎だ~!」

「いいなぁ、エディさん! アナスタシアさん、私はっ? 私はー?」

「んにゃっ、にゃっ」




 それまでエディの腕の中に収まっていた黒猫が、その耳をぴんと立てて緑色の瞳を煌かせる。そして降ろせと言わんばかりに、ぐにーっと前足でエディの胸元を押した。そんなアナスタシアを見て苦笑し、エディがそっとレイラに受け渡す。



「わぁ~! 可愛いっ!! お久しぶりですねぇ、アナスタシアさん!」

「にゃっ、にゃうん、にゅうん~」



 そんな様子の二人を見て、テーブルの前に立ったコーネリアスが笑う。可愛い花柄のティーポットやティーカップ、ミルクピッチャーが並べられていた。



「すまないね、エディ君にレイラ嬢。とても助かったよ。さぁ、疲れただろう? こちらへと座るといい。ちょうどお菓子も焼けたみたいだから」

「すみません、コーネリアスさん。ありがとうございます。大丈夫? レイラちゃん」

「大丈夫です~、ひゃはははっ、くすぐったいですよ? ナーシャさん!」

「にゃっ、 んにゃっ」



 白と青の異国情緒溢れるタイル床と硝子張りの天井が美しいコンサバトリーには、若りし日のコーネリアスと妻のクラリッサが諸外国を巡って集めてきた、観葉植物やアンティークの輸入家具が所狭しと並べられていた。お洒落でありながらもどこか、穏やかで家庭的な雰囲気を漂わせている。



 硝子張りの天井からは燦々と明るい陽射しが降り注ぎ、そんな眩しい中で目を細めつつ腰を下ろした。これは藤の素材で出来た白いソファーで、ふんわりとこちらの体を受け止めてくれる。膝の上に甘えたな黒猫を設置し、深く深く息を吐き出す。いつ来てもここは穏やかで美しい。心が癒される。



「珍しいね。レイラちゃんがそんな風に、よそのお家で寛ぎ始めるだなんて……」

「えっ? その、つい……すみません。ここは本当に居心地が良くって。ケーキも美味しいし、ナーシャさんも可愛いし」

「ははは、ありがとう。いつもいつもうちの猫を可愛がってくれて」



 向かいのソファーに座ったコーネリアスが紅茶を飲みつつ、ゆったりと優しく微笑む。その優しい視線に居た堪れなくなって、熱心に黒猫の耳の後ろを掻いていると執事のベンジャミンがやって来た。執事とは言っても彼は、二十代前半のいかにも気弱そうな青年である。彼ことベンジャミンは黒い巻き毛にエメラルドのような瞳を持った美青年で、いつも照れ臭そうな微笑みを浮かべていた。沢山のお菓子を載せたワゴンから手を話し、にっこりと笑いかけてくれる。



「えっ、えーっと。レイラちゃん、久しぶりだね……お待たせしました」

「うん、久しぶりだね! わ~、美味しそう! また腕が上がったんじゃない?」

「レイラ……()()()? ベンジャミン」

「あっ、ええっと、それ、僕の名前なんです……初めまして、ハルフォードさん」



 エディの不穏な呟きに対して、少々天然な所があるベンジャミンが照れ臭そうに笑って返す。白いシャツに黒いエプロンを身に付けたベンジャミンが少しだけ緊張しつつも、テーブルに沢山のお菓子を並べ始めた。そして黒い蝶ネクタイをいじりつつ、お菓子の説明をしてくれる。



「ええっとそれは、バターたっぷりのスコーンとラズベリージャムとブルーベリージャム、サワークリームとクリームチーズと、あとそれからレイラちゃんが来ると聞いてココアとラズベリーのマフィンと、バジルとチーズのマフィンを……」

「ありがとう、ベンジャミン! 覚えていてくれたのね? 私が好きなマフィンを!」

「レイラちゃん……? 随分と嬉しそうだね……?」



 エディがまた不穏な声で呟き、フォークをぎゅっと握り締めた。そのこいつの目玉を突き刺してやろうかとでも言いたげな握り締め方を見て慄いていると、ベンジャミンがほんわりと笑って続ける。そんなやり取りを見て、向かいのコーネリアスは何故かぷるぷると震えつつ笑っていた。



「勿論だよ、レイラちゃん。レイラちゃん、ベリー系のものが好きだったよね?」

「うん、好き! 大好き!」

「そう。だからその、喜んでくれると思って……こっちはラズベリーとブルーベリーの、ええっと、クリームチーズタルトなんだ。今は初夏だから、なるべく軽くてさっぱりめにしたくって」

「ありがとう、ベンジャミン!  どれもこれも私が好きなものばかりで……いつも本当にありがとう」




 その言葉にベンジャミンが両手を持ち上げて左右に振り、照れ臭そうな微笑みを浮かべる。



「ううん。レイラちゃんの方こそ、俺の作ったお菓子をその、いつも褒めてくれてありがとう……それであの? ハルフォードさん……?」



 そこでようやく不穏な様子のエディに気が付いたのか、おそるおそる声をかけた。銀色のフォークで小さなブルーベリータルトを一刀両断していたエディが、にっこりと彼に笑いかける。



「エディで大丈夫だよ、ベンジャミン君? 見たところ、年もかなり近いようだし?」

「えっ、ええっと。俺は、次でその、二十五歳になりますね……」

「そうか。二十五歳かぁ……君、恋人は? いるのかな?」

「早速ナンパですか、エディさん?」

「違うよ!? 何でそうなるの、レイラちゃん!?」



 焦って声を上げたエディが、何の断りも無く私の両手をぎゅっと握り締めた。やめて欲しい、憧れのコーネリアスの前で……。



「俺はね、レイラちゃん? あのくっそ陰険イヤミ虫以外のライバルが現れるだなんて、本当に懲り懲りで……!! ただでさえ、ジーンさんやエマさん、コーネリアスさんや猫ちゃんで精一杯なのに!」

「ちょっと待って下さいよ、エディさん? 貴方は猫にまで嫉妬しているんですか?」



 呆れて睨みつけてみると、ぱぁっと嬉しそうな笑顔となる。何故なのか。



「うん! だって俺もレイラちゃんの膝の上で眠りたいし、何ならさっきみたいに首筋にその顔を埋めて、あいたぁっ!?」

「セクハラ発言、禁止っ!! この家の庭にその骨を埋めていきますよ!?」

「はっはっはっは! いやぁ~。レイラ嬢もレイラ嬢で、中々に手強いねぇ~」



 向かいに座ったコーネリアスが、その青い目元を拭って老眼鏡を外している。彼はやはり、あのジーンの祖父だという感じがする。一方のベンジャミンは付いていけなくて、きょろきょろと忙しなくレイラと主人を交互に見つめていた。



「初対面でプロポーズしたんだって? エディくん?」

「はい。後悔はもう、したくありませんから」



 エディが静かに明るく返す。その言葉に引っかかりを覚えたが、とりあえず黙って聞くことにする。



「まぁ、確かに。君のライバルはあの“女殺し”だからねぇ~……僕なら諦めてしまうよ、エディ君?」



 それは言外に「私のことを諦めろ」と、そう言っているんだろうか。エディは素知らぬ振りをして、ひたすらに明るく返した。



「まぁ、そうでしょうね? 自分に自信が無い男ならそう諦めるでしょう、自分に自信が無い男ならね」

「面白いな、君は。本当にまったく」



 その喧嘩を売っているような言葉に、コーネリアスが愉快そうに笑いつつ眼鏡拭きで老眼鏡を拭く。愉快そうだかどこかぴりぴりとした空気にベンジャミンが戸惑い、湯気を燻らせている紅茶と主人を交互に見つめていた。



「では、君は自分に自信があると? あの“女殺し”からこの素敵なレイラ嬢を奪い取れるって?」

「そこまでは言っていませんよ、流石に。でも」



 そこでエディが紅茶のカップを持ち上げて、それを静かに口へと含む。コーネリアスがそれを、油断のならない青い瞳で見つめていた。エディはそんな視線に臆することもなく穏やかな微笑みを浮かべると、どこか遠くを見つめるように語り出した。



「……戦場で沢山のものを見てきました。だからです、だからこそ」

「悔いのないように生きようと、そういうことかね? エディ・ハルフォードくん?」

「いいえ。ミスタ・ワーグナー」



 エディがそっと物憂げに淡い琥珀色の瞳を伏せ、両手を組む。



「俺は彼女と幸せになるのが義務なんだって。……貴方からすればこれは、意味の分からない言葉でしょうけど、でも」



 そこですぅっとエディが深く息を吸い込み、苦しそうな笑顔を浮かべた。それを見てまた胸の奥が痛むのはどうしてだろう。



「俺はどんなに、ライバルが強力でも諦めるつもりはありません。こんなこと、戦場で体験してきたことより遥かにまともで幸せなことですし……」

「先程のレイラ嬢に、手を乱暴に振り払われたことも含めてかね?」

「そうです、ミスタ・ワーグナー。好きな女の子に振られて一喜一憂してしまうのも、生きているからこそ出来ることです。ねぇ? そうは思いませんか?」

「そうだね、エディ君。葬られた皇帝より、生きている乞食の方がましだ」



 コーネリアスがくっと喉を鳴らして、愉快そうに笑う。先程から背筋が寒くて寒くて、仕方が無いのだが。



「さっ! 何かと意地悪なことを言ってごめんよ、エディ君にレイラ嬢。そろそろ美味しいケーキを心ゆくまで楽しもうか?」








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