2.失われた宝石探しと彼の甘い誘惑
「あー、すみません。ほんっとうに申し訳無いんですけど、そんな手書きの絵を見せられても、こちらとしてはその、目と手で細かく探して行くしかないんですよねぇ~……」
「あらぁ、そうなの~? 困っちゃうわねぇ~」
「はははは、すみませんね。折角、その、描いて頂いたのに……」
エディがどこからどう見ても、明らかに宝石には見えない────子供が描いた海の具足虫だと言われた方が納得出来る────そんなマダムが描いた絵を見つめて、苦笑していた。
昼間にしてはやけに大胆な、胸元が開いた黒いドレスを身に纏ったマダムは何故か黒縁眼鏡をかけていて、そのカールされた金髪を揺らす。そしてぷんぷんと薔薇の香水の匂いを撒き散らしつつ、エディの手を取ってその手の甲を擦り始めた。
「エディ君の評判はね、誰もが知るところだからね? こうやってわたくしが描いた絵で、この先祖代々受け継がれていた、とーっても素敵なサファイヤの行方もきちんと魔術で分かると、そう思ってね?」
「はっ、はぁ、そのっ、大変有難いことだとは思っていますよ、マダム? こちらの手を離して頂けませんか?」
流石のエディも、引き攣った微笑みを浮かべて体を引いていた。四十代半ばのバートン侯爵夫人は既婚者であるにも関わらず、こうして何かといちいちエディに触れてくるのだ。
「さぁ、後はこの私達にお任せください、ミセス・バートン。貴女の旦那様が首を長くして待っている頃かと」
「あーら、いいのよ? あの人には宝石の説明で、遅くなるかもしれないってちゃんと伝えてあるんだから……」
エディがぱっと本当に自然な仕草で、手を振りほどくとにっこりと爽やかな笑みを浮かべる。
「家宝である宝石の説明ならば、ちゃんと最後まで親切にして頂きましたよ、ミセス・バートン? これ以上は魅力的なご婦人を持つ、旦那様に余計な心配はかけたくありませんから、どうぞ速やかに玄関ホールの方まで……」
「あら。それならそれで、エディ君が玄関ホールまでエスコートしてくれたらそれで、」
「奥様。こちらにおいででしたか」
そこへ、厳格な面立ちの老齢な執事が声をかけてきた。部屋の戸口に立ってこちらをきっと睨みつけている。
「もうとっくの昔にお時間を過ぎておりますよ、奥様? 僭越ながらエスコートならば、この老骨が務めさせて頂きましょう。そして、お客様のご案内も結構です。うちにも優秀なメイドがそれなりにいるものですからね」
「ああっ、ほんっとうに嫌だった!! あーあ、まだあの香水臭い匂いが全身に残っている気がするよ、レイラちゃん……!!」
「お疲れ様でした、エディさん……」
レイラはそこで溜め息を吐いて、屋敷の廊下を歩いているエディを見上げた。二人は今現在、先程の下品な侯爵夫人が「無くなってしまったのよ~!」とヒステリックに叫んでいた、バートン侯爵家の家宝であるというサファイヤを探している。
使用人か、外部の業者にでも盗まれたのかと思いきや別にそうではないらしい。盗まれないよう先々代の当主が人外者に頼んで強力な呪いをかけたらしく、「盗まれただなんて絶対に有り得ない!」とのこと。
ただそれも、残酷な呪いかと言えばそうではなく。ただ単にその宝石が屋敷の外に出ないというだけでつまりは。
「どこかそこらへんの草むらにでも、落ちている可能性がありますよね~、エディさん……」
「うん。本当にそうだよね、レイラちゃん……」
何せこの昔ながらの、貴族の重厚な屋敷は広い広い。キャンベル男爵家の倍ほどの広さもある古い屋敷の中を探し回るのは大変なので、試しにエディが探知魔術を使ってみたところ「あっかんべー」と言う赤い舌がくるくると回って終わりだったのだ。
手の上の赤い舌を見てエディが「これはもう、俺達が必死で屋敷内を探すしかないな……」と呟いたのである。どうやこれは探知不可能であるといった、お知らせみたいなものらしい。
そもそもの話。どうしてその家宝が、きちんと自動で戻ってくるだとかそんな呪いや魔術を施さなかったのだろう?
レイラとエディはこの辺りのことでぶつぶつと文句を言いながらも、探し回っていた。廊下に置いてあった花瓶の中を覗き込んだり、じゃれついてきたペルシャ猫のふわふわお腹に「宝石が隠されているに違いない!」と判断して、手で丹念にふわふわと調べたりもした。
隣にしゃがみ込んだエディが真っ白なペルシャ猫を撫でつつ、溜め息を吐く。彼女はうっとりと青い瞳を細めていた。それを見て少しだけ羨ましく思う。
「うーん、でもさぁ? レイラちゃん? あの夫婦にも本当に色々と、困ったもんだよね~……」
「本当に……どうしてまたあの旦那さんも旦那さんで、若い愛人のメイドに家宝を渡してしまったのか……」
実は今回、家宝のサファイヤを持ち出したのはバートン侯爵の愛人であるメイドなのだ。バートン侯爵は「どうせこの宝石は屋敷の外には持ち出せないものだから」と言って、呆気なく彼女に手渡してしまったらしい。そして二十四歳の若くて可愛らしいメイドもメイドで、堕胎させられたのを根に持っていたらしく。
宝石を貰ったその日の内に、さっさと素早く荷物を纏めてしまうと大切な家宝を決して見つかりはしない場所に隠したと、そんなことを記した手紙を侯爵の執務室に残したのだ。
そしてバートン侯爵は死んだ魚の目をした二人に裏事情を語って聞かせ、万が一宝石が傷付いていた場合「こっそり魔術で直しておいてくれないか?」と頼んできたのである。
「いやぁ~。何だかもう、どろっどろの泥沼ですよね~。エディさん」
「うん、本当にもう……でも俺は、君と結婚したら絶対に絶対に浮気なんてしないからね!?」
「ちょっと、エディさん? 私の手を勝手に握らないで貰えますか?」
「そんな俺に冷たい君も好きっ! 今すぐに俺と結婚して欲しいですっ!!」
「エディさんは今日も本当に、相変わらず元気ですよね……」
うんざりしていると、満足してしまったのかペルシャ猫が白いふわふわの尻尾を揺らして去ってゆく。屋敷の真っ赤な絨毯の上を上機嫌で歩いてゆくペルシャ猫を見て、エディとレイラは顔を見合わせた。
「まぁ、地道に探して行くしかないよね~、レイラちゃん……」
「ですね、エディさん……怒りに燃えた若い愛人が、代々伝わる家宝のサファイヤを一体どこに隠すのか。その見当って付きます? エディさん?」
「うーん、トイレの中とか? 俺なら絶対にそうするけどなぁ~」
「うえっ、嫌だ……どこなんだろう、本当にも~」
「うーん、無いなぁ~。使われていない客間を見て回っても、やっぱり無駄なのかなぁ~?」
「ガイル、お前。お前のその鼻を使って何とかならないの?」
「ならない。俺はその、若いメイドとやらの匂いも宝石に付いた匂いも知らんからだ」
鎧戸がきっちりと閉められている薄暗い客間を探し回り、二人は溜め息を吐く。エディが足元の影に潜んでいるガイルに声をかけてみたが、返ってきたのは至極最もな答えばかりで。
エディとレイラは、気が滅入りそうになりながらも二人で並んで腰に手を当てていた。
「あとそれから、この屋敷は人外者の匂いがぷんぷんとする。探すのも不可能だな。それに俺がこの影から出て行くのも、」
「あら、嫌だ。お喋りなワンちゃんだわ。知らないのかしら、人外者ならではの流儀ってものを」
「っ一体誰だ!? どこにいる!?」
先日の“彷徨える呪いの木”の一件で過敏になっているエディが、怯えるレイラを背中に隠して辺りを警戒し始める。扉からの明かりが僅かに射し込む、薄暗い客間の中にて。人外者の甘い笑い声が響き渡る。
「あーら、大丈夫よ、坊や? だってその子は別に、私の好みでも何でもないし……それに私には本命さんがいるもの。浮気なんてするつもりはないわ?」
エディがぐっと声のする方向を睨みつけて、レイラの腕をさり気なく握りしめた。
「お前の言う、その本命ってのは誰だ? 既に契約を交わしている、人間の雇用主のことか?」
「あら、嫌だわ。雇用主だなんてそんな無粋な言葉を、可愛いあの子に使わないで頂戴。あの子はとっても繊細で優しい子なんだから……」
ひたひたひたと、裸足で部屋を歩き回るような音が聞こえてくる。エディとレイラは緊張して暗闇に目を凝らしていた。こんなことならもっと早くに魔術で明るくしておくべきだったと、後悔し始めた瞬間。ぱんぱんと、軽やかに手を打ち鳴らす音が響いてきた。
「そうね? 私はあの子の願いに従って動く者。これでは可愛い貴方達を怖がらせてしまうばかりだし、そう!」
ぱっと、眩い光が炸裂して美しい客室に光が満ちる。モスグリーンの草花柄絨毯に滑らかなクリーム色の壁紙の客室には、真っ白な寝台とカウチソファーとテーブルのセットが置いてあった。その中央に、一人の可憐な人外者が佇んでいる。
彼女は白い角襟の紺色ワンピースとカチューシャを身に付け、兎のぬいぐるみを抱えつつにっこりと笑う。
「何よりも優雅ではないわね? この姿をこそこそと隠して、影隠しの狼のように歩き回るのは」
「余計なお世話だ、メイポール。さっさと無駄口を叩いていないで、エディ坊やを助けろよ?」
ぐるるるる、と不機嫌そうな唸り声がエディの足元から聞こえてくる。そんな様子のガイルを見つめて、エディが首を傾げた。
「あの人外者と知り合いなのか、ガイル?」
「ある程度はな。腐れ縁のようなもんだ、こいつとは。どこに行っても会うんだ」
「あら、お前がこの私を追いかけてきているんでしょう? 奥様はお元気?」
彼女が青い瞳を細めて笑う。どこからどう見ても十歳前後の可憐な少女にしか見えないが、人外者らしい老獪な雰囲気が漂っていた。少しだけ緊張してしまう。
「確か、ユージニアという名前だったかしら? その可愛い子達はお前と奥様の子? だってお前の可愛い奥様は、本当に本当に紫色が大好きで……」
「ユージニアは何年も前に死んだ。こいつは俺の契約者とその恋人だ」
「っガイルさん!? ちっ、違いますからね!? 私とエディさんは別にそんな、ただのバディで」
「あら、そうなのね? 残念だったわ。お前の可愛い奥様は、この私も気に入っていたと言うのに……」
こちらの常識が通じない、彼らには何を言っても無駄なのだ。渋々と口を噤んで黙り込んでいると、ガイルが「お前なんぞに気に入られなくとも一向に構わんさ、メイポール」と低く唸った。
「いいから早く、お前はお前の仕事をこなすんだな。宝石を探しに来てくれたんだろう?」
「お前はお前で相変わらず、本当にせっかちなのねぇ~……」
その外見に見合わない仕草で、自分の頬に手を当てて溜め息を吐く。しかしすぐさま気を取り直したようで、にっこりと甘く微笑んだ。嫌な予感しかしない。
「ねぇ、レイラと……そうね、エディと言ったかしら?」
物怖じも人見知りもしないエディが、何の気負いも無く口を開く。
「はい、俺はエディ・ハルフォードっていいます。そしてこっちが俺の婚約者のレイラちゃんです」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ、エディさん!? どうしてエディさんまでそんな嘘を堂々と吐き始めるんですかっ!?」
「いや、これもこれでチャンスだとそう思って……あだっ!?」
その言葉に苛立ったので、思いっきりエディの片足を蹴り飛ばしてやる。それなのにエディはどこか上機嫌な様子で、二の腕を組んで笑っていた。
「ねぇ? メイポールさんと、今そう仰いましたっけ?」
「ええ、そうよ。どうやら片思いがちっとも報われていない、可愛いらしい坊や?」
「あははは、中々に勘が鋭いですね? そうなんですよ、俺。実は」
そこでエディが勝手にこちらの手を繋いで、強く強く握り締めてくる。咄嗟のことで反応出来なかった。
「まったく彼女に相手されてなくって。その上この、バートン侯爵家に代々伝わる家宝だとかいうサファイヤにも振られっぱなしでしてね……何かお心当たりはありますか?」
「あるにはあるけれど、お前に教える義理は無いわねぇ~」
ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうな勢いで、少女姿の人外者が歩き回る。困惑してエディを見てみると、すっと淡い琥珀色の瞳を細めていた。
「貴女はもう、既に宝石を手に入れているんじゃないですか? だからこうして、もったいぶって俺達の前に姿を現した」
そんなエディの言葉にぴたりと、足を止める。ちろりと青い瞳を向け、不満そうに睨みつけてくる人外者をエディがせせら笑った。
「だって、貴女達人外者は芝居がかったことが大好きで常に娯楽に飢えている。そうでしょう? メイポールさん?」
「っああ、嫌だわ! そう嫌味ったらしく呼ばないで頂戴よ、不毛な恋に溺れている坊や?」
彼女が嘆かわしいと言わんばかりに、額を押さえて白い片手をひらひらと振る。エディは喉を鳴らして低く笑うとまた、こちらの手を強く強く握り締めてくる。どのタイミングで振り解けばいいんだろう、これ。
「メイポールさん。貴女は一体、俺達に何を求めているんでしょうか? その宝石を手に入れる為なら何だってしますよ?」
「あら。随分と大きな口を叩くじゃない、エディ坊や? うーん、でも、そうねぇ……」
彼女がさくらんぼ色のくちびるに人差し指を当てて、うっとりするような甘い微笑みを浮かべる。
「坊や。貴方のように一癖も二癖もありそうな、男をからかうような趣味は無くってよ? だからね?」
そこで彼女がすいっと白い指先で、驚くこちらを指し示した。まさかそんな。
「お前がその坊やのくちびるに、自分からちゃんと口付けをするようならこの宝石を渡してあげる。それでどうかしら、レイラちゃん?」
「はっ、はいいっ!?」
思ってもみなかった条件に素っ頓狂な声が出てしまった。頭の中が真っ白になってしまう。
「わっ、私がっ、エディさんとキスですかっ!? いやいやいやいや、それはちょっと無理な話で、」
「あらら~? それじゃあこの宝石は、そうね? 肥溜めにでも捨ててしまいましょうか?」
彼女がどこからか光り輝く青い宝石を取り出して、その宝石にちゅっとキスをして見つめてくる。ぐっと言葉に詰まっていると、隣に立ったエディが笑って覗き込んできた。
「俺は大歓迎だよ、レイラちゃん? こんな機会は望んでも滅多にやって来ないからね?」
「ぐっ、えっ、エディさんはそうでしょうとも……!!」
これも仕事の為だと割り切って、キスをするのかしないのか。ぐるぐると悩み抜いた末に、先日のアーノルドにまだ腹を立てていたので覚悟を決める。そうだ、何も考えないようにしよう。これは仕事、これは仕事……。
「いいでしょう。それではメイポールさん? 今から私がその、エディさんにキスをするのできちんと出来たら宝石を渡して貰えますか?」
「あら。意外と潔いのね、レイラちゃん? 何だか酷くつまらないわぁ~。坊や、貴方、本気で好かれていないみたいじゃないの」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、メイポールさん!? 流石の俺も傷付くんですけど!?」
エディが慌てたように声を上げて、こちらの手を握り締めてくる。何も考えない、考えない。
「だってほら、見てみなさいよ? その子の、その、仕事への義務感に満ち溢れた瞳を……」
「うっ、うわぁっ!? 本当だ! レイラちゃんっ!? 何でそんなに厳格な顔をしているんだろうっ!? ほらっ、もうちょっとこう、何かほらっ!? 何かこう、俺に対する恥じらいとかは!?」
「いいですか、エディさん? この世のものは全て消えゆく運命なんですよ?」
「ごめん、レイラちゃん……君が何を言っているのか本気でよく分からないし、その顔はやめて欲しかったな……照れて欲しかったな……」
紫色の瞳を閉じて覚悟を決めた。うん、いける。
「さぁ! それじゃあ、手早く済ませちゃいましょうか! エディさん? こちらにその体を屈めて両目を瞑って、そのまま暫くの間動かないで貰えますか?」
「ものすっごい業務的な説明をしてきたね、レイラちゃん……キスをする手順ならもっと、」
「嫌なことは早く終わらせるに限ります!! いいからさっさと黙ってくちびるを差し出す!!」
「うわぁ。俺。初めてだよ、女の子からそんな風にキスをねだられるのって……」
思っていたのと何か違うと、言いたげな様子でエディが渋々と私の言う通りにする。エディとレイラは、面白がる人外者の前で厳かに向き合っていた。どうにでもなれという気持ちで腕を伸ばして、エディの頬に手を添える。その滑らかな肌にどぎまぎしつつも何とか頑張って、そっとくちびるを重ねてみた。
「っさぁ!! ほらほらぁっ、済ませてみましたよ、メイポールさんっ!?」
「不満だわぁ~、レイラちゃん。私、とっても不満だわ~……」
「俺も不満だよ~、レイラちゃん。というか素早すぎて、舌を捻じ込むゆとりも無かった……!!」
ぶうぶうと野次を飛ばしてくる外野を無視して、くちびるを丁寧にハンカチで拭く。べったりと口紅が付いてしまったが仕方ない。必要な犠牲だった。無事にメイポールから青い宝石を回収して、何とメイポールと契約しているという執事にこの宝石を渡しに行くことになった。
足元でガイルが不満そうな唸り声を上げる。
「だったらお前がさっさと、主人にそれを手渡してやれば良かったじゃないか……!!」
「ああ、駄目よ、そんなことをしちゃ! だって可愛いあの子はここの奥様と折り合いがとっても悪いもの! 彼が見つけて差し出した所で、盗みを疑われて終わりだわ」
ひらひらと、呆れた様子で少女がその手を振った。
「ここのご当主も愛人に渡しただなんて、絶対にそんなことは言い出さないもの! だから、エディ坊や? 貴方のファンであるあの奥様に目をつけて、執事のあの子がお前達に依頼するよう、唆したというの。お分かり?」
エディがその青い宝石を握り締めて、呆れたように呟く。要するに私達は利用されたのだ。
「ははぁ。それじゃあ俺達は最初から、あの執事さんの手の上だったってことですか?」
「そう怒らないで頂戴、坊や。あの子が疑われて牢屋にでもぶち込まれたら、すっごく大変だもの!」
そこで彼女がにっこりと笑って、優雅にお辞儀をしてみせる。
「それよりかは、お前達が見つけ出して渡すほうが賢明でしょう? それじゃあ、その宝石をよろしくお願いね?」
しゅるりと姿が消えた後、また部屋がぶつんと暗くなってしまった。
「うわぁっ!? あいっつ、わざわざ照明まで消していきやがった! くそったれ!」
「魔術で付けていたんでしょうね~……エディさん、ちょっとすみません、どこですか?」
「そう心配しなくっても俺ならここだよ、レイラちゃん?」
真っ暗闇の中からぐいっと、腕を引っ張られる。あっという間にぼすんとエディに抱き締められて、あわあわと動揺してしまった。
「えっ、エディさん!? あのっ、ちょっと一旦離して、」
「俺はさぁ、レイラちゃん? さっきの触れるようなキスだけじゃ物足りないんだけど?」
こうくるのかと非常に焦って、もぞもぞと動き回る。駄目だ、しっかりと背中に手を回されて固定されている。
「いやいやいや、さっきのはれっきとしたお仕事ですからねっ!? ほらっ、もうっ、さっさと宝石を渡しに行って、」
「つれないな、君は。本当に最初から最後まで」
ぐっと抱き寄せられ、物騒な甘い声が落ちてきた。思わず心臓がばくばくと甘く鳴ってしまう。
「俺。実はあいつから許可を貰ってるんだよ? そのことは知ってる? レイラちゃん?」
「きょっ、許可って、いっ、一体なんの……?」
「君を口説く許可だよ、レイラちゃん? 何でも俺の好きなようにしたらいいってさ」
その言葉に絶望した瞬間、ふと先日の“似姿現し”の声が脳裏に蘇ってくる。
『あの“火炎の悪魔”のプロポーズの言葉を信じちゃいけない……あいつは立派な大嘘吐きなんだからさ?』
エディの態度と、アーノルドの態度。どこからが嘘で、何を信じて生きていけばいいのか。どこまでが本当の恋心で、どこまでが偽りの甘い言葉なのか。何もかもが信じられない気持ちとなって、くちびるを噛み締める。
「っ嘘だ、アーノルド様がそんなことを、絶対にエディさんに言う訳が無い……!!」
「言ったんだよ、レイラちゃん? 君はあいつに操を立てようとしているけど全部無駄なんだよ、全部無駄」
エディがぐっと私を抱き寄せ、耳元で甘く囁いてきた。突き飛ばしたいのに突き飛ばせない。体に力が入らない。
「だから君が、いくらどんなに我慢しても全部無駄なんだよ? ……レイラちゃん。俺にご褒美のキスをくれるかな?」
エディの恍惚とするような甘い声を聞いて、ぐらりと理性が傾く。キスの一回ぐらいいいんじゃないかと、そう思ってしまう。
「一度キスしてしまえば、二度も三度も一緒なんだよ? それともレイラちゃんはどうしても嫌?」
「えっ、エディさん……!!」
そこでふっと拘束する力が弱まって、エディが苦しそうな声で呟く。
「どうしても嫌なら、俺は歯を食い縛って諦めてみせるよ。ねぇ、レイラちゃん?」
そんな風に苦しそうな声で、こちらを誘惑しないで欲しい。本当に私のことが好きなのかって、そう勘違いしてしまいそうになるから。
(っ本当にどこからが嘘で、どこまでが本当の言葉なのか……!!)
混乱していると、またぐっと腰を抱き寄せて甘い声で囁いてくる。
「レイラちゃん……好きだよ、本当に君のことが好きなんだ」
「え、エディさん、でも、これは……」
「どうしても嫌? 嫌なら嫌って、そう言ってくれるかい?」
嫌と言えば、この行為をやめてしまうのか。そんな揺らぎを感じ取って、エディがこちらの耳たぶをかぷっと噛んでくる。
「ひゃっ!? ちょっ、エディさん!? あのっ、本当にもう!」
「レイラちゃん。何度も何度も言うけど、本当に嫌ならここでやめるよ?」
不意に背中へと回されていた手が外れる。そのことを淋しく思ったのは一体どうしてだろう。分からない。暗闇の向こうでエディが愉快そうに笑った。
「嫌ならここでやめてみせるよ、レイラちゃん。どうする? 本当に嫌かな?」
「いっ、嫌じゃないです……」
思わず口を突いて出た言葉に、エディが喉を低くして笑う。ああ、駄目だったのに。どうして言ってしまったんだろう、こんなこと。エディが暗闇の向こうで、美しく微笑んでいるような気がした。
「レイラちゃん。君ならそう言ってくれると、俺は信じていたよ……」
「んうっ!?」
言うが早いがくちびるを塞がれる。柔らかく塞がれて、ぬるりとエディの生温かい舌が入ってきた。思わず抵抗すると、ぐっと頭と背中を押さえつけられて更に捻じ込まれる。夢中で吸い上げて貪られて、腰が砕けそうになった。全身がぞわぞわとしてしまう。
アーノルドの貪り食うようなキスとは違って、夢中で息も出来ないほどに攻めてくる。思わずその熱に酔ってしがみついて、両目を閉じていた。駄目だと分かっている筈なのに抜け出せない。溺れてしまいそうだ。
「っは、レイラちゃん……それじゃあ、そろそろ宝石を渡しに行こうか?」
エディがぱっと魔術で、客室を明るく照らした。俯いて口元を拭い、深く息を吸い込む。
「は、はい。あっ、あのっ、いっ、今のキスはその……」
「大丈夫だよ、レイラちゃん。俺はちゃんと分かっているからさ?」
エディがにっこりと美しく微笑んで、こちらの頬に手を添えてきた。ああ、駄目だって分かっていた筈なのに。強烈な自己嫌悪に襲われてしまう。
「今日のことは誰にも言わないで、俺達だけの秘密にしようね? 大丈夫、あいつにも何も言わないからさ……」




