番外編 エディ・ハルフォードの着せ替え人形
「そう言えばエディさんって、割と、どんな服でも似合いそうですよね……?」
「えっ? そっ、そうかな?」
「あー、確かにそれは言えてるかもな~、何でも似合いそう、サファリ服とか」
「ミリーさん、何でピンポイントでサファリ服なんですか……? でも、この間の飲み会で着てたよな? それらしいやつ~」
「着てた、着てた。俺とマーカスの向かいで着てた、着てた」
「それはいいからとりあえずさ、エディ君? ちょっと服脱いでみてくんない? 本気で」
「「えっ!?」」
「レイラ嬢とエディ君で声揃ったな、うける」
ミリー提案「パティシエが着ている白いやつ」
「にっ、似合う……!! 圧倒的によく似合ってて、凄い!!」
「えっ? そっ、そう? レイラちゃん? でも、何だかあんまり、褒められてる気がしないな~」
「いそう、こういう人……お菓子作るのが下手くそで、愛想が良いやつ」
「えっ!? ちょっ、マーカス君、それはただの悪口なんじゃ……?」
「いるわよね、こういう人。ちょっとケーキのデコレーションとか下手くそだけど、顔と愛想の良さで、全てを乗り越えていくパティシエ」
「滅茶苦茶よく分かりますよ、ミリーさん。そんで、近所のマダムがお持たせとかで根こそぎ買って行くやつ」
「そんで残り物とかを、裏口に来た猫にあげて、話しかけて、美味いかー? とか声かけてるやつ」
「えっ!? えっ!?」
「結局居着いちゃって、あ~、どうしよう、俺ケーキ屋なのにな~って悩んで、抱っこしてるタイプの人に見える」
「いや、ちょっ、俺、皆さんが何を言ってるのか、今いちよく分かんない……」
レイラ提案「黒いサングラスと黒い本革のボディスーツ上下」
「うわっ……うわっ」
「れ、レイラちゃん……それは一体、どういう感情での声なのかな?」
「いや、でも、俺はレイラ嬢の気持ちがかなりよく分かんぞ、これって……」
「いや、マーカス君。一体どういうことか、ちょっと、よく説明して欲しいんだけど?」
「いや、なんかもう全てにおいて駄目」
「ジェラルドさん!? えっ、一体何の話なの、本当に!?」
「色気というか、うーん……何かこう、全てにおいて全部が駄目」
「みっ、ミリーさん……!? えっ!? えっ!?」
「まぁ、一言でいうと色気が凄まじいな! あと、何かチャラそう」
「いるよね、こういう人」
「いるいる。何かこう、ピンチの時に現れて、その場を引っ掻き回して、さらっと重要なメッセージを残してって、夜の街とかに消えていくやつ」
「女侍らせてるタイプな。そんで美人とかにちょっかい出して、冷たくされてもニコニコ笑ってる悪役」
「ちょっと待って下さいよ、一体何が起きてるんですか、俺の身に……?」
マーカス提案「紺色キャップとTシャツとデニムと、ついでに小道具としてスケートボード」
「やっぱ似合う!! 休日の公園とかでいそう、こういう爽やか系の男子!!」
「いやっ、あの、マーカス君……?」
「似合いますね、エディさん……何だか、かなり若返った感じで」
「へっ? 若返った? ああ、でも、まぁ、ちょっとはしゃいだ感じの、ラフすぎる格好かなぁ~」
「エディさん、意外と、かっちり系の服が好きですもんね~」
「あら? レイラちゃん。まるで、私服のエディ君を見てきたように話すのね?」
「ミリーさん。私。何かと面倒臭いので黙秘権を行使します」
「面倒臭いからなんだ……?」
「次行こうぜ、次! 次は俺が提案したやつなー?」
「定番だったな、これ」
「な。着せるまでもなかったな、これ」
ジェラルド提案「弁護士みたいな黒いスーツと黒縁眼鏡」
「うわっ!! 何か人を騙してそう、小物臭が物凄くする!!」
「えっ!? いやっ、だからそれは、俺へのただの悪口ですって!?」
「意外と黒縁眼鏡が似合わないのね、エディ君……」
「あー、そうなんですよ。俺。眼鏡全般が何だか、いまいちよく似合わなくって」
「サングラスなら似合うのにな。でも、何かそれも悪役感が出ててあんま似合わなかったよなぁ~」
「色が薄いものなら、いけるのかも……? ああ、でも、何かチャラい感じが出て、女が好きそうな感じも出ちゃうな~」
「れ、レイラちゃん……!? 俺、ちょっと、さっきから、物凄く悲しいんだけど!?」
「あとスーツもあんま似合わないな、エディ君。かっちりしすぎたやつは」
「あー、確かに。色が明るいと、もう少し似合うんですけどね~。チェック柄とか」
「もうエディ君はチェック柄着とけ、チェック柄」
「それがいいな、もうな」
「いや、俺はシンプルに、白いTシャツの上に黒いジャケットとか、そんなのが一番好きなんですけど」
「そうなんですか? チェック柄のシャツとかが、一番良く似合いそうなのに?」
「俺、今度の休みにチェック柄のシャツを大量購入してきます!!」
「相変わらず、打てば響くように、レイラ嬢の言うことを聞いてんな~」
「心底、どうでもいい……」
「れ、レイラちゃん……!!」
<こんなのもよく似合った>
「カウボーイ服が死ぬほど似合いますね、エディさんは……」
「えっ? そっ、そう? 似合う!? もっと褒めて欲しい!!」
「凄い凄い、似合う似合う」
「こう、あれかなー? ざっくりとした、ナチュラルな素材の方が合うのかなー?」
「麻素材とかな。麦わら帽子とか、後はカンカン帽とか」
「似合いそう、白いシャツにサスペンダー付きの紺色ズボンとかな」
「いや、俺。そういうのを着ると、避暑地のお坊ちゃん風になっちゃうんで……」
「あー、育ちが良い系の」
「あー、はいはい。探偵服とか着ても、何かそういう感じになりそうだよね」
「愛想が良くて、物忘れが酷くて、犯人に後ろから頭殴られてそうな、探偵の助手……」
「えっ、えー? 基本的に、俺に対する悪口なんだ?」
「育ちが良いからかな? 何か、ドジしそうな感じなのよね」
「ああ、それも俺。よく昔から言われますよ……」
「何かごめん、エディ君」
「ごめんね、みんなで遊んじゃって」
「ごめんね、エディ君……」
<エディ・ハルフォードのこぼれ話>
「うーん。何か俺、目薬が上手くさせないっ!!」
「えっ? いきなりどうしたんですか、エディさん……?」
「いや。何か今日はやたらと、その、目が痒いから、何かに反応してるのかなぁと思ってさ」
「はぁ。それで?」
「今、七回目に挑戦してみたんだけど」
「ああ、だからこんなに、デスクの上に大量のティッシュが」
「うん。ことごとく全部失敗してしまって。だからレイラちゃんが、俺に目薬をさしてくれたらそれで、」
「俺が直々にさしてやろう、エディ。ほら、お前の目玉をこっちに寄こせよ?」
「うわっ!? でっ、出た! 腹黒陰険イヤミ虫がっ!! って言うか、その目薬の持ち方、絶対にそれで俺の目ん玉を突き刺すつもりだろっ!?」
「失敬な。俺は純粋に、お前への完璧なる好意でだな……」
「嘘吐け!! 何でそんな、真剣な顔で言ってくるんだよ!? いいよ、もう! 俺はレイラちゃんにさして貰うからって、あれ!? 何でどこにいないの!?」
「レイラちゃん。自動販売機で何か飲み物を買ってくるって言ってたわよ、エディ君?」
「今頃気が付いたのか」
「くっそ!! 目も痒いし、本当、何かと辛い!!」
「エディさん、それ、一体どうしたんですか?」
「いや、何か。大量にパン貰っちゃった」
「お前。それ絶対、廃棄分を体よく押し付けられたんだろ……?」
「いや、何かもう、よく分からない……アーノルド。お前も食うか、これ?」
「変な味がしなければ、だな。俺はこっちのミートパイにしてみるか」
「あっ、それは駄目。俺が食べる予定のやつだから」
「何だよ、お前……それじゃあ、こっちのスコーンは?」
「それはいい、別に。紅茶入ってんのは、そんなに好きじゃないから」
「それじゃあ、私も何か、一個貰おうかなー?」
「どーぞ、どーぞ。こっちのバジルとチーズのパンが美味しいよ、レイラちゃん」
「エディ。後でお前、この大量のパン屑をどうにかしろよ? 床にまで落ちてやがる」
「はい、お義母さん。後で片付けておきますね?」
「お前っ、それ、俺のことを絶対に義母扱いしているだろう!?」
「なぁ、アーノルド? それ、いくらで売ってくれる?」
「売らん。絶っ対に売らん。ついでに言えば、お前にこれを見せるつもりは微塵も無かった」
「ちなみにそれ、何歳の時のレイラちゃんなんだ?」
「……十六歳の時に、夏に俺とプールに行った時の写真だ。ついでにその、苺柄の可愛いワンピース水着は、この俺が選んだやつだ」
「そういう陰湿な情報は、いちいちいらないから。あと、財布の中に入れて、何で持ち歩いてんの?」
「今日はたまたまだ。エディ、お前。何か猛烈に飲みたいものとかはないか?」
「たかだか自動販売機の飲み物で、俺のことを買収しようとしてくるなよ……」
「いや。レイラに、その、バレたくなくてだな……まぁ、婚約者の俺のすることだから、笑って許してくれるんだが」
「いちいち、お前は、余計な一言が多いっ!! 多過ぎるっ!!」
「お前もな。お互い様だろ、お互い様」
<いつものレイラとエディの会話と、それをヒヤヒヤしながら見守っている人々>
「エディさんって、嫌いな食べ物とかはあるんですか? いつも大体、何でも食べていますよね?」
「あー、うん。食べてるね、全部。特に無いかなぁ、嫌いなものは~」
「私は微妙に、レーズンサンドとかが苦手ですね……」
「あれっ? 意外だなぁ。レイラちゃんのことだから、甘いものは全部いけるかと思ってた」
「いや、私。あんまりべったり甘いのはちょっと……最近は塩キャラメルビスケットにハマっています」
「あー、どこの? 王道系かな? レイラちゃんの性格からすると」
「そんな感じですね、王道の……さくさく食感の、ちょっとしけったやつ」
「ちょっとしけったやつ、限定なんだ?」
「いや、限定では無いんですけどね? ちょっとしけっている方が何か、美味しいような気がして」
「あー、でも何か分かるかも、それ。俺はあれかなー? 溶けかけのジェラートが好きかなー?」
「頭、キーンってするって言ってましたよね、エディさん」
「そうそう、頭がキーンってしちゃうんだよねー、俺」
(ひたすら続くんだよな、レイラ嬢とエディ君の会話って)
(別にイチャついてる訳じゃないんだけど、仲がとっても良いわよね……)
(あー、どうしよう、あれ。何かさっきから徐々に、アーノルド様不機嫌になってないか、これ?)
<その更に五分後>
「そう言えば俺。この間、突然の雨に降られちゃってさー」
「あー、そう言えば、ざぁっと、降ってきた時がありましたよねー」
「うん。そんでちょうど、折りたたみとか持ってなくて。がっつり濡れちゃってさ」
「あー、大変でしたね、それは」
「うん、そう。一瞬魔術とか、使おうかと思ったんだけどさ? 咄嗟のことで良い術語が思いつかなくってさ~」
「あー、はいはい。ありますよね、そういうの。私もよく、家に忘れ物をした時とかに、自分が魔術師だったってことに気が付かないで、そのまま家に帰っちゃう時があります……」
「あるよねー、そういう時」
「ありますよね、そういう時。あっ、そうだ、エディさん?」
「ん? なになに? レイラちゃん?」
「この間、エディさんがあれ、何の鳥だろうって言ってたやつですけど」
「あっ、分かった? 何か。あの、腹の赤いやつ?」
「そうそう。この間たまたま、図書館で鳥図鑑があったからそれを借りてきて」
「それを借りてきて? 何だった、あの鳥?」
「それが何か、今の季節限定でこっちをうろついてるやつらしくって」
「あー、あるよね、それもね」
「でも、本当は川辺とか、そんな所に生息している鳥らしくって」
「えー? あいつ、道路にいたよね? 思いっきり」
「いたいた、いましたよねー」
「ねー。あっ、鳥と言えばさぁ、俺。この間新しく出来たスーパーで買ってきた肉が」
(ひたすら続くな、やっぱり。二人の会話って……)
(何を話すことがあんの? そんなにもう)
(うーん。レイラ嬢もレイラ嬢で鈍いなぁ、も~)




