番外編「エオストール王国建国記」 影の王と影使いの女王 プロローグ
呼んでくれ、メリュジーヌ。俺の名前を呼んでくれ、メリュジーヌ。君が俺の名前を呼んでくれたのならば、俺は今すぐにでも、君の下へ駆けつけることが出来るのに! 呼んでくれ、メリュジーヌ。呼んでくれよ、俺の名前を。メリュジーヌ、メリュジーヌ、愛おしい人。
ここは一体どこなんだろう? そして俺は、一体誰なんだろう? どうして君は、どこにもいないんだろう? メリュジーヌ、メリュジーヌ。
ああ、どうか。どうか俺の名前を呼んでくれよ、メリュジーヌ。メリュジーヌ。ここは暗い、ここは冷たくて身動きも取れない。まるで、水の中にいるかのようで。
“メリュジーヌ……ここは一体、どこなんだろうか? 今、君はどこにいるんだい?”
メリュジーヌ、メリュジーヌ。君が俺を呼んでさえくれれば、俺は今すぐ君の傍へと行けるのに!
“メリュジーヌ、メリュジーヌ、どうか俺の名前を呼んでくれよ、メリュジーヌ!”
ここは寒い、暗くて冷たくて何も無い。永遠とも思える時間が過ぎて、君は俺のどこにもいない。
“メリュジーヌ……どうかどうか俺の名前を呼んでくれよ、俺は!”
メリュジーヌ、愛おしい人。俺は君の為なら何だって出来たし、何だって許せたのに。メリュジーヌ、メリュジーヌ。
“ここは冷たいよ、メリュジーヌ。ここは冷たくて寒くて誰もいないんだよ、メリュジーヌ……”
メリュジーヌ、ああ、メリュジーヌ。一体どうして? 一体君は、どこにいるんだろう?
“メリュジーヌ…………”
俺が君の、あの愛しい男を殺してしまったから? でも、君が悪いんだよ。ずっとずっと俺の傍にいてくれるって、そう約束してくれていたのに! メリュジーヌ、メリュジーヌ。
それでも俺は君の全てを許してあげるよ、だから。だから俺の名前を呼んでくれよ、メリュジーヌ。君が俺の名前を呼んでさえくれたら、どこにだって行けるのに!
メリュジーヌ、メリュジーヌ、メリュジーヌ、メリュジーヌ。
“ここは寒いよ、ひとりぼっちは嫌だよ、メリュジーヌ……”
暗い暗い。寒くて暗い。どこにも行けない、俺は一体どうすればいいんだろう? メリュジーヌ、会いたいよ。君に会いたいよ、メリュジーヌ。またいつものように俺に笑いかけて欲しいよ、あの甘い声で俺の名前をどうかどうか、もう一度だけ、いつものように呼んで欲しいよ。
“メリュジーヌ! どうかお願いだから俺の名前を呼んでくれよ、メリュジーヌ! なぁ! ……君には、聞こえているんだろう? メリュジーヌ”
熱い涙が滲み出てくる。俺はひとりぼっちだ、あの愛おしい彼女の姿でさえもどこにも見えない。ここは、ただひたすらに真っ暗闇な世界で。
“メリュジーヌ……一体どうして? どうしてなんだい? どうして、俺の傍にいてくれないんだろう? それならそれでどうして君は、俺の傍にいるだなんて、そんな残酷な嘘を吐いたんだろうか……”
メリュジーヌ、メリュジーヌ。君がいないと、この世界は等しく何の意味も持たないよ。メリュジーヌ、メリュジーヌ。どうか俺の傍にいて、どうかどうか俺の名前を呼んで!
“ああ、メリュジーヌ! どうか俺の名前を呼んでくれよ、メリュジーヌ! お願いだから俺の名前を呼んでくれよ、どうかどうかどうか……”
淋しい、淋しい。君の傍にいたいよ、またいつものようにお菓子だって作って欲しいよ。あの蜂蜜とアーモンドのやつを。君が俺に初めて作ってくれた、大切なお菓子を。
“メリュジーヌ……!!”
胸が淋しい苦しい、俺は気が狂いそうだ。どこにもいないから、メリュジーヌ。彼女が俺の近くの、どこにもいないから! 俺のことをどうか許してくれよ、メリュジーヌ。またいつもみたいに俺の髪を撫でて、仕方が無いわねって笑いかけて欲しいよ、メリュジーヌ。
“メリュジーヌ”
俺は泣いた。泣いて泣いて、自分の膝に額を押し付けていた。それでも彼女は、俺の名前を呼んではくれない。俺はどこにだって行けるのに、君の傍にだって行けるのに。
メリュジーヌ、メリュジーヌ。ここは真っ暗闇で、誰もいない。彼女はとうとう、最後の最後まで、俺の名前を呼んではくれなかった。愛おしい、メリュジーヌ。
いや。
愛おしかった筈の、今はただ憎いばかりの女の名前だった────……。




