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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第一章 彼と彼女の始まり
34/122

30.義妹の推薦と彼への疑問

 




 そしてまた、いつもの日常が始まる。



「アーノルド様、目玉焼きが出来上がりましたよー? お皿を持ってきてくださーいっ」

「おー、なんだ? 今日は失敗しなかったんだな、レイラ?」

「この間のはただの偶然ですぅー! いつもはあんな失敗なんてしないもーんっ」



 ばたばたと、忙しなく足音が響き渡る。朝のキャンベル男爵家のキッチンにて、レイラがアーノルドの皿に目玉焼きを乗せた。色とりどりの野菜に果物、パンが焼ける匂いにバターが滑ってゆく音。



 ハーヴェイが魔術新聞を片手に珈琲を飲み、隣に座るイザベラは手にしたスコーンにブルーベリージャムを塗り広げて誰かからの手紙を読んでいる。



「お姉様っ、お姉様っ?」

「あれっ? どうかしましたか、セシリア様?」



 波打つ金髪を揺らしてぎゅっと、セシリアがレイラに抱きつく。そのまま腕をしっかりと絡めて、弾んだ声で話しかけた。



「たまには私と一緒に、仕事帰りにお茶でも飲みに行きませんこと? お兄様はまた、いつものようにジルさんと淋しく帰ればよろしいのよ!」

「あのな、シシィ? 言っておくが俺は、ほぼ毎日レイラと一緒に帰ってきているからな!?」



 アーノルドが険しく眉を顰め、その後ろを通り過ぎてゆく。



「何なんだよ。鬱陶しいなぁ、もう。朝からいちいち、俺に絡んできやがって……」

「あーら! それもお兄様の素行の悪さが為せる技ですわ! ねぇ、レイラお姉様? お姉様もそうは思いませんこと?」

「し、シシィちゃん……!! 切りが無いからこの辺でやめましょうねー?」

「はぁーい、レイラお姉様……」

「それならそれで、俺もたまにはライさん辺りとでも飲みに行くかなぁ~」



 かさかさと新聞紙の擦れる音が響き渡る。その後で黒鳥馬車に乗り、今日も魔術トラブル対応総合センターへと向かう。



「レイラ、悪い。お前、ちょっと先行っててくれないか……?」

「あー、どうぞお気になさらずに~。アーノルド様もアーノルド様で、毎回大変ですよねぇ~」

「他人事かよ、お前……レイラ? 俺は一応、お前の婚約者なんだが!?」



 見知らぬ美しい女性に突然縋られてしまったアーノルドが、平然と去ってゆくレイラの後ろ姿に非難がましい声を浴びせる。レイラがにっこりと笑って、白いブラウスと青いレーススカート姿でくるりと振り返った。



「あら? だってアーノルド様は、そうやって泣いて縋ってきたような女性を大事にする人じゃないでしょう? でも浮気したら一ヶ月間、その存在を無いものとみなしまーすっ、さようなら~」

「浮気なんてする訳がないだろう!? はーあ、まったく。レイラもレイラで、本当に困った奴だなぁ~……」



 アーノルドが煌く銀髪頭を掻いて、深い深い溜め息を吐く。



「レイラちゃーんっ!! おはようっ! 俺は君に十五時間以上、会えなくてとっても淋しかったよー!」

「おぅわっ!? エディさんっ!? 毎朝毎朝私に抱き付いてくるの、本当にやめて貰えませんか!?」

「それじゃあ俺と結婚してくれる!? ねっ!? ねっ!?」

「非常に意味が分からないし、気持ちが悪い!! いいからもうっ、本当に離して下さいよ!?」



 そんな賑やかな二人の様子を見て、日常魔術相談課の人々が苦笑している。



「相変わらずだねぇ、彼もレイラ嬢も~! いいなぁ、俺もあそこに混ざりたーいっ」

「本当にね~、エディ君もね~、めげないわね~」

「おー、とうとう、レイラ嬢の頭突きが炸裂したか……」

「意外と加減しないよなぁ、レイラ嬢って」

「分かる、しないよな~」

「な~」



 そしてまた、エオストール王国の住宅街にて。リオルネ都民の間でもすっかりお馴染みとなった戦争の英雄“火炎の悪魔”と、“女殺し”の婚約者であるレイラがその魔術を使い始める。



「はいっ! これで終わりましたよー? ええっと、屋根の修理と雨どいの修理と、犬の爪切りと庭の草むしりって、全部で合わせたらどれくらいになると思う? レイラちゃん……」

「んー、まぁ、適当にお安くしとけばいいんじゃないですかね~」

「あら、駄目よ、エディ君とレイラちゃんに悪いもの! そうだ! 先日、お隣さんから頂いたものなんだけどね……」



 エディとレイラはのんびりと街を歩き、お駄賃代わりに貰ったお菓子を並んで食べ進める。



「また貰っちゃいましたね~、エディさん」

「でも、これはこれで助かるなぁ! も~、魔力を使うと俺は腹が減って腹が減って仕方が無くって……」

「あー。ただでさえ燃費が悪そうなのに大変ですねぇ~」

「そうなんだよー、レイラちゃん! でも俺、この林檎のマフィンが凄く美味しくって本当に幸せ……」



 エディがその言葉通り、ふんにゃりとした幸福そうな笑顔を浮かべる。そんな彼を見つめてレイラも、ふっと柔らかな微笑みを浮かべた。



「エディさん、ここ! マフィンの欠片が付いていますよ? 私が取ってあげましょうか?」

「えっ!? いいの!? それじゃあ、お願いしちゃおうっかな~!」

「うーん。何やらエディさんを見ていると、弟の世話を焼きたくなるような姉の気持ちに、」

「えっ!? 一体どうして!?」



 今日も大勢の人々と喋って笑って、悩み相談に乗って。その魔術を駆使したりしなかったりして、レイラとエディは日常魔術相談課の職員として働いてゆく。



「あーっ、疲れたっ! 意外とずっと歩き回って喋るから、疲れるんですよね~」

「本当、本当、その通りだよね、レイラちゃん……」

「うちの課は魔術雑用課って、そう馬鹿にされてしまいがちですけど。意外とぎゃいぎゃいぎゃい、面倒なことを言ってくる人もいるし、家の汚れ仕事はさせられるし~……」

「意外と大変だよねぇ、魔術雑用課も!」

「本当に~、あーあ、今日も疲れた~」



 無事に今日の仕事を終えたレイラとエディは笑い合いつつ、部署へと向かう。



「おー、レイラにエディ? お疲れー、この後は書類仕事か?」

「アーノルド様! アーノルド様もお疲れ様ですって、それは一体、何を飲んでいるんですか?」

「レイラちゃん、俺は!? 俺はっ!?」

「エディ。お前は何も飲んでいないだろうがよ……」

「ココアですか? アーノルド様にしては、その、珍しいチョイスですね……?」



 自分の腕に手を添えてふんふんと鼻を動かすレイラを見て、アーノルドがふっと愛おしそうな微笑みを浮かべる。



「お前がそろそろ帰ってくる頃かと思って。そう思って買って飲んでいたんだ。残り、いるか?」

「えっ!? いいんですかっ? わーいっ!」

「いっ、陰湿っ! 自分の好きなものを飲めばいいのに、わざわざあらかじめレイラちゃんと俺が帰ってくる時間を計算して自動販売機でレイラちゃんが好きな甘いココアを買って、レイラちゃんと間接キスをしようとするところが死ぬほど滅茶苦茶陰湿っ!!」

「お前は相変わらず。元気そうだなぁ、エディ……」

「いつもいつも思っていることなんですが、エディさん? それって息継ぎ、一体どこでしているんですか……?」

















 そんな訳で仕事を終えたレイラはライと(それに何とエディとも)飲みに行くというアーノルドに別れを告げ、セシリアと合流して一緒にお茶を飲んでいた。



 滑らかなグリーンの草花柄絨毯に高い天井が開放的な、ホテルのラウンジのソファー席にて。黄色と白のミモザ柄のワンピースを着たレイラはゆったりと座って、艶々の宝石のような赤い苺がふんだんに乗せられた苺タルトをつつき回していた。



(食べたいと思って頼んだものだけど。意外とあれだなぁ、食べにくいな……!!)



 レイラが気難しい表情で切り分けている様子を、向かいに座ったセシリアが微笑ましいものを見る目で見守っていた。ふと横に視線を向けると、ホテルの美しい中庭が透明な硝子の向こうに広がっている。



 夕暮れ時の陽がラウンジに浅く射し込み、緑の芝生を淋しく照らしている。



『レイラ、お前も良かったら一緒に飲みに行くか?』

『あー、いや。私はセシリア様と一緒にお茶を飲みに行くので……』



 そんなやり取りをしていると、アーノルドの後ろに立ったエディがぐしゃりと顔を歪ませていた。きっと見つけてしまったのだ。私の耳とアーノルドの耳に光っているお揃いの紫水晶のピアスを。



(今になって、あの時のエディさんの表情が刺さるだなんてなぁ……)



 レイラが“彷徨える呪いの木”に引き摺り込まれてしまった時もそうだった。



『っレイラちゃん!!』



 あの時の彼の、耳をつんざくような悲痛な叫び声がまだこの耳に残っている。



(随分とまぁ、エディさんには心配をかけてしまったな~……それにしてもなんだろうか? この、胸の痛みは……)



 ずっとずっとそうだった。エディが笑うのを見る度に、愛おしいと言わんばかりに触れられて触れる度にまた胸が。



(胸の奥が苦しく引き攣っている。何だろう? 何? 私はもしかして何か重大なことを、エディさんに関することで何か見落としてはいない……?)



 どうしてこうも、胸がざわつくのだろう? どうしてこうも、まるで頭の中で警告音がちかちかと赤く点滅して、サイレンみたいに何かがうるさく鳴り響いているんだろう。



(エディさんを見る度に、エディさんのことを考える度に私は、どうしようもなく焦ってしまう……)



 心の柔らかい部分が、鋭い刃物でごっそりと削り落とされたみたいに。



(何か思い出さないと。何か気が付かないと。でも、何に? エディさんと私は、ほんの二ヶ月前に知り合ったばかりなのに……?)



 彼はとても特徴的な人だ。たとえ人混みの中ですれ違ったとしても、すぐに気が付くだろう。彼の鮮やかな赤髪と元軍人らしい逞しい体は、その精悍な美貌と合わさって人々の視線を集めては惹きつける。


 事実、私もエディにはよく見惚れている。



(っいやいやいいや、今のは別に。そういう話じゃなくって、自分よ……!!)



 焦って、金色のスプーンでざっくりと苺タルトを両断したその時。向かいの席に座った義妹のセシリアが────彼女は兄譲りの色気で黒いレースのワンピースを着こなしている────にっこりと微笑み、驚きのことを尋ねてくる。



「それで? レイラお姉様? レイラお姉様にプロポーズしてきた、エディ様と何か進展はありまして?」

「せっ、セシリア様!?  あっ、あのっ!? それは一体、どういう意味なんでしょうかっ!?」



 ついうっかり、静かなラウンジで大きな声を上げてしまった。何となく人の視線が自分に集まった気がして、慌てて口を噤む。



「ごっ、ごめんなさい。つい、その、大きい声を出してしまって……そっ、それであの」



 身を乗り出して、声を潜めて話しかける。まるで内緒話をするみたいに。



「エディさんとの関係がどうのって一体、いきなりどうしたんですか? セシリア様? 今日、私をお茶に誘ってくれたのってもしかして……?」



 その言葉に、彼女がにっこりと美しい微笑みを浮かべる。魅了系の人外者の先祖返りである、アーノルドがごくたまに、周囲をその美貌で意のままに操ろうとする時があるが。その時の美しい微笑みにそっくりだった。



 ふぅっと溜め息を吐いて両目を閉じ、後ろのソファーへともたれる。



「言っておきますけどね、セシリア様? 私は貴女のお兄様の婚約者なんですよ? あんな、初対面でプロポーズしてきたような、戦争の英雄にそんな……」

「ええっ? でも、お姉様? お姉様の気持ちは一体どちらにありますの?」

「わっ、私の気持ちっ? 私の気持ちって、それは……それは、」



 ぎゅうっと、膝の上で拳を握り締める。どちらが好きか、という問いかけならば。



(それはやっぱり、エディさん……いやぁ~、でもなぁ、何だか時折あの人は)



 そう、エディは。時折本当に人が変わったように残酷で冷たい人となる。



(先日の、首筋へのキスだってそうだったし……)



 何が何でも、こちらへの拒絶は決して許すまいと。そんなことを言いたげな、強引な手とくちびると熱い吐息と。



(うっわ、やめよう、思い出すの……!! 変な汗が出てきそうで物凄く辛い!!)



 額に少々汗を掻きつつも、わくわくと期待に満ちた表情でこちらを見てくるセシリアへ視線を戻した。



「あのですね? それはやっぱりお兄様のアーノルド様で、」

「ええっ!  一体どうしてですの、レイラお姉様!? ぜったいぜったい、エディ様の方がレイラお姉様のことを幸せに出来るのに────……」

「いや、逆に聞きますけどセシリア様? 一体貴女はどうしてそんなことが言い切れるんですか? それに」



 勢い良く身を乗り出してきたセシリアを制して、先程の苺タルトを切り分ける。さっくりとしたタルト生地が無残に崩れ落ち、カスタードクリームが溢れ出していた。



「セシリア様とエディさんは、会ったことも話したこともないでしょう? それなのにどうしてそう、きっぱりと言い切れるんですか?」



 その窘めるような言葉に、セシリアが青い瞳を彷徨わせる。何故かやたらと動揺していた。



「えっ? あっ、ああ、そうね? レイラお姉様? ただ私は何となくその、お姉様の普段のご様子を眺めていると本当にその方とっ、そうっ! まるで運命の人のように気が合うんじゃないかって!!」



 そこでまた、ずずいっとセシリアが興奮気味に身を乗り出してきた。その勢いに飲み込まれ、ごくりと息を飲み込む。



「そっ、そりゃあね? 気が合うかと言えば、エディさんとは気が合いますけど……」

「ねっ? ねっ? あーんな陰湿で意地悪なお兄様なんかよりも、絶対に絶対にエディ様の方が良いですわっ!! 少なくともあの方がバディになってから本当に、レイラお姉様は明るくなりましたもの!」



(私が、明るく?)



 それまでが暗かったとでも、そうとでも言いたいのだろうか?



(いや、そうじゃないか……確かに私もエディさんといて、よく笑うようになった気がするもの……)



 エディといると、本当にどんな些細なことでも弾けるように笑ってしまうのだ。彼といると、自分の世界がきらきらと楽しく明るく輝き出すかのようで。



 初夏の太陽が眩く輝いて、青空の下でエディが笑ってはしゃいでこちらに手をぶんぶんと振っている。



『レイラちゃん、レイラちゃんーっ? ほらほらっ、こっち、こっち! こっちに探していた猫のシナモンちゃんがいたよー!』

『ああっ、見つけましたか? 良かった、良かった! どんな様子ですか? どこかその、怪我とかは?』



 何もかもが楽しい。彼といると自分がまるで、普通の女の子になったような気がして。



(そんなのはもう、到底有り得ないというのに? この私が? そんなの馬鹿げてる……)



 いいのだ、私はこれで。もう懐かしくも平穏な日々には、胸がすり潰れる程に愛おしい日々は二度とこの手に戻ってきはしないのだから。自分の手を握り締め、苦しく見下ろす。



(私がこの手で、お父様とお母様を殺してしまった……)



 生まれる筈だった、私の弟か妹。



(せめて性別だけでも分かっていればなぁ……いや、今更そんなのはもう、気にしたってしょうがないか……)



 死んでしまえばみな同じだ。ただただ時が止まった、冷たい死体が横たわるばかりで。もう二度とこちらを見ることは無い。同じ時を歩んではくれない。



 その苦しい現実にどう向き合っていけばいいのか。この苦しみをどうやって飲み干して生きて行けばいいのか。あれからもう十年以上が経つというのに、未だにその方法が見つけられない。



 世界は今日も何も変わらずに廻ってゆく。私をあの、血溜まりの中に残して。この胸はずっとずっと苦しいばかりで。



「セシリア様……たとえ私がもし万が一、あの人のことを好きになったとしても」



 思ったよりも冷たくて静かな声が出てしまった。向かいに座ったセシリアが、途方に暮れたような顔をしている。自分が今、どんな表情をしているのかあまりよく分からない。



「私は何が何でも絶対に、アーノルド様と結婚してみせます。それに何よりも」



 これが一番の理由だった。どんなにエディに心惹かれてはいても、絶対に好きにならない理由。



「あの人は別に、私のことが好きでも何でもないと思います……だってごくごくたまに、あんなにも冷たい目で私のことを見下ろしてくるのに……」



 その淡い琥珀色の瞳には、仄暗い殺意が宿っている。私が考えすぎなのだろうか? それでも、でも。



(エディさんはやっぱり、どことなく冷たい……本当にいつもは優しいのにまるで、そう。別人のように変わってしまう時がある……)



『可哀想に、レイラちゃん。君はいつか絶対に俺のことを好きになってしまうよ……』



 ならない、ならない。



(私は貴方のことなんて、絶対に好きになんてならない……!!)



 絹羊の時の、こちらの背中を優しく擦ってきた時の温かい手を思い出していた。決して飲み込まれたくなんてない。


 レイラはそこで深い溜め息を吐いて、先程のフォークを手に取った。



「さぁ、ほら? セシリア様? 早くこのケーキを食べて屋敷に帰りましょうか! ハーヴェイおじ様とアーノルド様がきっと、首を長くして待っている頃ですよ?」




修正している最中です。次から読みにくくてだめだめです。また直します

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