16.俺は平飼い卵のプリン専門店のニワトリ君です
「……ねぇ、レイラちゃん?」
「どうかしましたか、とっても素敵なエディさん?」
「そう言えば俺が納得すると思ってない!? レイラちゃんは!」
「しないんですか、納得?」
「しない!! 非常にしないよ、レイラちゃん! 君がこの後、俺とデートしてくれるのなら話はまた別だけど!」
「厚かましいにも程がありますね……でも、大変良くお似合いですよ? そのニワトリの着ぐるみが!」
レイラが隣のエディを振り返って、にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべる。エディは虚ろな目となって、派手なニワトリの着ぐるみを着て、店名入りの旗を持っていた。
「非常に釈然としない!! 何なら、トイレの掃除の方がまだ納得出来たような気がする!」
「えー? そうなんだ? その辺りの感覚は、ちょっとよく分からないですね……」
本日の天気は実に快晴。滑らかな口解けの、平飼い卵のプリンを売るには絶好の日と言えよう。隣に立ったエディは先程から死んだ魚の目で、立派な赤いトサカ付きの着ぐるみを着て、灰色の高級感溢れる、プリン専門店の前に佇んでいた。
「はーいっ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、美味しい平飼い卵のプリンですよー!」
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ、エディさん! 流石にそのかけ声はちょっと!」
「いいの、いいの、もう! どーせ、売れればあのおっさんも文句は無いって! くそがっ!」
「うーん、非常にご機嫌斜めですねぇ」
「当然だよ、レイラちゃん! 俺、本当はこんな着ぐるみなんて着たくも何とも無かったのに!」
自暴自棄になったのか、エディがわっと泣いて顔を両手で覆ってしまう。その両手は当然のことながら、白いニワトリの羽根部分だ。はたはたと、脇に抱えた店名入りの旗がはためいている。
「うっ、うぅ……それにしても何で、ニワトリのオスなんだろう? 卵を産むのって確かメスだったよね?」
「うーん、それもそうですねぇ。あのおじさんの趣味、もしくは奥様の趣味ですかね?」
「趣味で決まるもんなんだ?」
「だって、個人経営ですから。仲が良いご家族の親族経営ですからね……」
エディが白い羽根を動かして、ぽっこりと膨らんだお腹に手を当てて考え込む。その仕草が可愛いらしくて、ついついにやけてしまった。
「あー、まぁ、それもそうか~……でも、俺は非常に釈然としないよ!?」
「それ、この間も言ってませんでした? 何はともあれ、これも日常魔術相談課のお仕事なんで。せいぜい頑張って下さいな? エディさん?」
「レイラちゃんはさ、可愛く言ったら何でも許されると思ってない? でも、超絶可愛い! 俺だけの天使!!」
彼がぱたぱたと、羽根を動かして店の旗を振っている。やめて欲しい、人の視線が気になるから。
「エディさんの天使になった覚えはありませんよ。でも、今はどちらかと言えば、エディさんの方が天使寄りの服装をしていますよね~」
「うっ、そうだった。今の俺って、こんなニワトリの着ぐるみを着ているんだった」
「えっ? もしかして忘れていたんですか?」
「うん。レイラちゃんがちょっと可愛すぎてだね……」
「へぇ~」
「何だろう? 今の返答は。最近のレイラちゃんが俺に無関心すぎて、俺、超絶悲しい……」
エディが深い溜め息を吐いて、やれやれと言わんばかりに空を仰いだ。本日のエオストール王国は雲一つ無い快晴で、遠くの空にはドラゴンでも飛んでいるのか、薄っすらとそんな黒い影が見える。
「それにしても俺、魔術雑用課と呼ばれている理由がようやく分かってきた気がするよ、レイラちゃん……」
「まぁ、基本的にはこうやって、店の呼び込みでも何でもさせられるからですねぇ~」
ふわりと柔らかな風が頬を撫でる。レイラも呼び込みをするのならばと、この店の可愛らしい制服を着ていた。緑と白のストライプ柄のミニスカートに、同じく、緑と白の大きなリボンが胸元に付いたブラウスと深緑色のベストを身につけ、頭には白と紺色のパイピングベレー帽を被っている。
「俺的にはその制服姿が見れただけでも、何か着ぐるみを着た甲斐があったなぁって」
「セクハラ発言はやめて貰えませんか? あんまりこっちを見ないで下さいよ、エディさん」
「純粋な賛辞だよ、レイラちゃん? でも、俺はその制服を提案した、ティーンエイジャーの娘さんに感謝するべきだよね!」
白い羽根部分を動かして、ぱちんとウィンクをしてきたエディに笑ってしまう。格好いい仕草なのに、頭には赤いトサカがついているから。
「やっぱりセクハラ発言じゃないですか……次にまた、同じような発言をしたら、その赤い髪をトサカごと毟り取ってやりますからね?」
「ごっ、ごめんなさい、大変申し訳ありませんでした……」
「はい。それならそれで、二度と言わないで下さいよ?」
「うっ、うぅっ、こんな着ぐるみを着せられた上に、レイラちゃんが俺に謝罪を要求してくる……!!」
ばっと両手で顔を覆って、わざとらしく、さめざめと泣き始めたエディに焦ってしまう。
「や、やめて下さいよ、そんな言い方は! まるで私が、エディさんをいいようにこき使っていじめているみたいじゃないですか!?」
「でも、大体合っているよね?」
「……確かにそうかもしれません」
「そこは否定して欲しかったな、レイラちゃん……」
「すみません。でも、よく考えてみたらわりと事実だったんで」
「わりと事実だったんだね……」
現在、どうしてレイラとエディは、プリン専門店の店員のように振舞っているのか。それはいつものように首都リオルネを巡回していると、階段から落ちて腰を強打したというプリン専門店のご主人とその奥様に呼び止められ、代わりに呼び込みと店番をして欲しいと、そう依頼されたのだ。
エディは最初、レイラと二人きりで店番が出来るとはしゃいでいたものの、戦争の英雄“火炎の悪魔”にうちの着ぐるみを着せたら良い宣伝になるのではないか、と奥様の肩にしがみついていたご主人が、そう気付いてしまったのである。そんな訳で、レイラが喜んで着替えている間に、エディも店の中でニワトリの着ぐるみを着せられ、そっと、店名入りの旗を押し付けられたのだ。
「あ~……お昼休憩はまだかなぁ」
「もしもし、エディさん? 今はまだ、十時四十二分ですけど?」
「もう俺、早くこのニワトリの着ぐるみを脱ぎたい気持ちで一杯で一杯で」
「それじゃあ、代わりに私がその着ぐるみを着ましょうか?」
心配になって提案してみると、エディが驚愕の表情でばっと振り返る。
「えっ!? それは駄目!! レイラちゃんのミニスカート姿をまだ見ていたいのに!?」
「セクハラ発言はするなと、そう言ったばかりでしょうが! ていやっ!」
「痛い痛い痛い! ごめん、ごめんって! 俺が悪かったから足を蹴らないで!? あと、着ぐるみが汚れちゃうから!」
「はっ、それもそうでしたね……でも、どうしてでしょうか? エディさんにそうやって正論を言われると無性に腹が立つのは」
「ええっ!? 一体どうして!?」
「さぁ? エディさんの持つ特徴ですかね?」
「物凄く投げやりな回答だったね、レイラちゃん……はーあ」
エディが店の旗を持ったまま、がっくりと項垂れた。いつもは陽に煌いている赤髪も、着ぐるみにすっかり収納されていて見えない。その代わりに、立派な赤いトサカが揺れている。何だか無性に面白くなって、ふふっと笑ってしまった。今日は本当に天気が良い。爽やかな空気を胸一杯に吸い込むと、花のような甘い香りと焼き立てパンの匂いがした。
「それじゃあ、お昼は何を食べましょうか? センターに戻って食堂で食べます?」
「えっ!? それって俺と二人きりだよね!? そうだよね!?」
「うわぁ、意外と食いつきと確認が酷い」
「いや、不用意にレイラちゃんの発言に期待して、傷付かないようにしようと思って……」
顔色悪く、白いお腹を擦っているエディを見て、ふと思いつく。
「……私も何か、アーノルド様や他の皆さんとは食べたくない気分なので、二人きりで食べましょうか」
「あいつと仲違いでもしてくれたの!?」
「していません! むしろその逆です。ちょっと昨夜のこともあって、その、顔を合わせづらく」
「えっ!? 昨夜のことって、一体何があったの……?」
「本当に詳しく聞きたいんですか?」
「いえ、いいです。遠慮しておきます……俺の胃がやられそうだからさ?」
かなり申し訳無いが、白いふわふわの羽根で膨らんだお腹を押さえていても、可愛いの一言に尽きる。
「ふふっ、エディさん。本当にその着ぐるみがよく似合っていますよ!」
「非常に釈然としない!! 俺がレイラちゃんに出会って初めてプロポーズした時から、今の今に至るまで、こんなに優しくされたの初めてなんだけど!? ねぇ!?」
「エディさんがずっとその姿なら、私も無限に優しく出来るんですけどねぇ~」
「ううっ、辛い、レイラちゃんが俺のことを散々にいじめてくる……!!」
「またそんな、人聞きの悪い事を言って……いい加減にもう、私の事は早く諦めたらどうですか?」
もっと冗談めかして伝えるつもりだったのに、思ったよりも静かな声が出てしまった。その静かな声を聞いて、エディが淡い琥珀色の瞳を瞠っている。
「……絶対に、諦めたりなんかしないよ? 俺は」
「それは一体どうして? 言っておきますけど私は、たとえ貴方のことを好きになっても、その気持ちを告げたりなんかはしませんからね? ……ハーヴェイおじ様達のことを裏切れないから」
エディは何て答えるのだろうか、この拒絶に。気になって顔を上げてみると、静かな表情で見つめ返された。心なしか、その顔には拒絶された苦しみが浮かんでいるような気がする。それでも、淡い琥珀色の瞳は静まり返っていて、口元に優しい笑みが浮かぶ。
「それでも俺の答えは変わらないよ、レイラちゃん? 君にとっては迷惑な話かもしれないけど俺は、」
「諦める気なんて、さらさら無いって?」
何故だか、その続きを聞きたくなかった。君は自由なんだよと、そう告げてきたあの日の彼の言葉が、まだ耳に突き刺さっているから。今も昔も私は自由だなんて。そんなことに気が付きたくなかった、そんなことをエディの口から聞きたくは無かった。心の奥底で、何かがどうしようもなく揺れている。私にも選択肢はあるのだと、そうやって声を上げている。
(どうしたらいいんだろうか、本当にこの人を……)
誰よりも私の気持ちを汲み取ってくれる人。誰よりも私のことを考えて、動いて考えてくれる人を。この心から締め出してしまいたい。彼を好きになる訳にはいかないというのに。
「うーん、俺もさぁ……諦められるものなら、とっくの昔に諦めているんだけどねぇ~」
「どういう、意味ですか、それは? エディさんもエディさんで、女性からよく声をかけられているんだし、」
「その話はあんまりして欲しくないな、レイラちゃん。俺は今もこれからも、レイラちゃん以外の女性と付き合う気も結婚する気も、さらさら無いんだからさ?」
彼にしては珍しく、強い遮り方だった。自分の足元を眺めて、ひっそりと溜め息を吐く。
「虚しいだけでしょうに、こんな恋愛は……」
「だからきっと恋愛なんだよ、レイラちゃん。何もかも上手く行って、不安にもならなくて、どうにもならないことをどうにかしたいって思わないのは、きっと恋心なんかじゃないよ?」
ぽふぽふと、エディが白い羽根部分でこちらの頭を優しく叩いてくれる。その滑稽な姿と慰めに苦笑してしまう。いつだってこうして、彼の隣はこんなにも落ち着く。
「少なくとも俺はそう思うなぁ。でもまぁ、暫くはレイラちゃんの良き同僚でいるよ。その方がきっと、君の負担も少ないだろうから」
「……そうですね。そうして頂けると、本当に有難いです」
「うん。でも、レイラちゃんはいつかきっと、絶対に俺のことが好きになるよ?」
その横顔は真剣そのものだった。ただ、彼がニワトリの着ぐるみを着ていなければ、もう少し格好が付いたことだろう。レイラがぶふっと吹き出してから、可愛らしい笑顔でエディを見上げる。
「それにしても、その格好が本当に良く似合いますよね! エディさんは!」
「あーっ! もうっ! 一刻も早く、この忌まわしい着ぐるみを脱いでしまいたい! 辛い! ろくにレイラちゃんのことも口説けやしないよ!!」
またしてもばっと、羽根で顔を覆ってしまったエディを無視して、通りすがりの男性を見つめる。
「私の事なんか一生口説かなくていいですよ、エディさん? そこのお兄さん、美味しい平飼い卵のプリンはいかがですか~?」
「せめて、女に声をかけて欲しいんだけど!?」
「いや、これ、客の呼び込みですからね?」
エディがふるふると厳しい表情で首を振り、その拍子に赤いトサカが揺れた。
「それでも、男に声をかけて欲しくない。さっきから通りすがりの男がレイラちゃんの生足をちらちらと見てくるし、威嚇の鳴き声でも上げた方がいいかもしれないな……!!」
「コケコッコーって?」
「もっとこう、ギャアアアアッ! ってやつだよ、レイラちゃん!!」
「ちょっと聞いてみたい気もしますが、お客さんを威嚇して追い払わないで下さいね? 呼び込みなんで、これ」
「そっ、それも確かに……!! ならここはもう、プリンの売り上げは諦めて貰って、」
「いやいやいやいや……営業妨害ですからね? それ」
「本当にごめんなさいね、どうもありがとう! エディ君にレイラちゃん!」
「いやぁ、本当に着ぐるみが苦痛でしたよ、奥さんに店主さん……」
「はっはっはっは! 悪ぃな、かの戦争の英雄にこんな格好をさせちまってよ~。でも、そのお陰でいつもより売り上げが入ったよ。ありがとうな、エディ君!」
プリン屋の店主が豪快に笑って、エディの肩をばしばしと、太い手で叩いていた。エディは草臥れた様子で溜め息を吐いている。エディもレイラも紺碧色の制服に着替え、閉店した後のプリン店の中で店主夫妻と話していた。
「はぁ、まぁ、親切な奥様方が買い込んでいってくれたものですから……」
「いやぁ、流石だな! エディ君は愛想も良いし、若くて爽やかな男前なもんだから! はっはっは」
「うぐ、お詫びに俺にも、美味しいプリンを食べさせて下さいよ、おじさん……」
「え、エディさん! それはちょっと!」
「あら、いいのよ、レイラちゃん? 最初から私もそのつもりだったもの、ねえ?」
栗色の髪を綺麗に結い上げた奥さんが、にこやかに隣のご主人を見上げる。何となく、母親のメルーディスによく似た雰囲気の女性だな、と思って胸の奥が少し詰まってしまう。こうしてどこかで、母親の姿を探している。血も繋がっていない赤の他人に、母親の面影を探して憧れを募らせている。ほんのちょっぴりだけ、熱い涙が滲みそうになった。
「ほら、レイラちゃんも遠慮しないで持っていって? これはほんのお礼だから」
「あっ、ありがとうございます、リリアナさん……有難く、頂きます」
ぎこちなくお礼を言うと、その可憐な顔立ちをにっこりと綻ばせる。エディの分も合わせてプリンを貰うと、しつこくエディと話したがるご店主に別れを告げて、その店を後にした。レイラの手には白い箱。そして現在の時刻はちょうど、昼休憩に入ったばかりの十二時三分。レイラとエディは顔を見合わせ、同時に笑顔となった。
「ちょっと早いけど、お昼ご飯の前に食べちゃおうっか!」
「そうですね、エディさん! いつもの公園に行って、このプリンを食べちゃいましょうか!」
「うん! そうしよう、そうしよう、わ~、楽しみだなぁ!」
「ふふっ、エディさん、よく頑張りましたもんねー!」
「わ~、その話はもうあんまりして欲しくないかも! 俺、もう二度とあんな着ぐるみなんて着たくなーいっ!」
「ふふふっ、よく似合っていたんですけどねぇ! あの立派な赤いトサカも!」
「レイラちゃんのいじわるー。もう少し、違う格好の時に褒めて欲しいんだけどなぁ~」
ああ、どうしてこんな風に笑ってしまうのだろうか? エディといるといつも会話が尽きなくて楽しいし、自分でも機嫌良く笑っているのが分かる。ああ、好きになんてなる訳にはいかないのに。どうしても私はいつも笑ってしまう。どうしてもエディと一緒にいて楽しいと感じてしまう。
「あっ、ちゃんとスプーンも付いているよ、レイラちゃん!! 一本だったらもっと良かったのに!」
「さらっと欲望を叫ばないで下さいよ、エディさん……あ、どうもありがとうございます」
隣に座ったエディがプリンと使い捨てスプーンをくれて、それを受け取った。綺麗な硝子の容器にとろりんと、滑らかな卵色の生地が入っている。
「プリン、そっちで良かった? 他にも生チョコプリンとマンゴープリン、苺とミルクのプリンもあるけど……?」
「いっ、苺プリン! 苺プリンが食べたいです!!」
「あははは、いいよ、いいよ。それぞれ二個ずつ入ってるけど、二つともレイラちゃんにあげるよ? その王道のカスタードプリンはやめて、こっちの苺プリンにするかい?」
その優しい問いかけに、少しだけ考え込む。甘やかされているような気がしたが、ここはちょっと甘えてしまいたい。
「うー、あー、どうしようかな? 先にこっちのプリンから食べようかな?」
「レイラちゃんならそう言うと思ったよ? ちゃんと苺プリンは残しておくから、心配しないで?」
「うぐ、ありがとうございまふ……すみません、意地汚くって」
「そんな。とんでもないよ、これぐらいのことで」
エディが笑って、こちらの頭をぽんぽんと弾むように叩く。いつからかエディは、こうして触れてくるようになった。私もそれを喜んで受け入れている。拒絶が出来ない。どうしようもない自己嫌悪にかられてしまった、きちんと拒絶しなくてはならないのに。私はどうしても、エディのことが拒みきれない。
(まるで締め出しても締め出しても入ってくる、水のような存在で……)
美味しそうな卵色のプリンを掬い上げて、その甘さを口に含む。予想通りの優しい甘さと濃厚なプリンの味わいに、自然と心が解けてゆく。昔ながらの製法を大事に守って、一つ一つ人の手で作られた濃厚な味わいのプリンは、ほろ苦いカラメルがアクセントになってとても美味しい。その食感は王道の固めプリンで、顔が綻んでしまう。私は柔らかすぎるプリンよりも、こんな固めのカスタードプリンの方が好きだ。
「このプリン、うっま!! 何かいくらでも飲めちゃいそうだな……」
「よっ、よく噛んで食べて下さいよ、エディさん? 折角の美味しいプリンなのに」
「うん。俺としてもよく噛んで食べたい所なんだけど、自信は無いな」
「自信の問題なんだ?
「自信の問題だよ、レイラちゃん! あんまりにも美味しいと、ついつい飲み込んで食べちゃうからさ?」
「それはまぁ、よく分かりますけどねぇ」
一つ頷いて、お高めな平飼い卵のプリンをかっこんでいるエディを見上げる。早くもエディは、飲み物か何かのように、プリンをするすると飲み込んでいた。
「あーっ、腹が減った!! 美味しいんだけど、腹は膨らまないなぁ~」
「私の分のプリンも食べます? こっちのマンゴープリンが中々に本格的な味わいで。申し訳ないけど、ちょっと苦手なんですよね……」
おそるおそる切り出してみると、エディが不思議そうな表情でこちらを振り返る。
「レイラちゃん、マンゴープリン苦手なんだ?」
「はい、実はそうなんですよ。このねっとりとした甘さと、その、マンゴー特有の匂いがちょっぴり苦手で」
「それじゃあ、それは俺が全部貰おうかな? その代わりに俺の生チョコプリン、いる?」
「あー、それじゃあ、折角だし貰おうかな? はい、どうぞ」
プリンを交換した時に目が合って、同時に笑った。穏やかな時間だった。
「あー、うまい! 俺は意外と、ねっとり甘い系が好きかもしれないな……あっ! マンゴーの果肉が入ってる! ほらほらっ」
「分かった、分かった、分かりましたから! ほらっ、うっかり落としでもしたら、ベンチの下でうろついている雀やら鳩やらに、一番美味しい部分を取られちゃいますよ?」
「それもそうだね! レイラちゃんは? その生チョコプリン、美味しい?」
「美味しいですよ、エディさん。とっても! 一口食べますか?」
しまった、と思ってぴきんと硬直する。ついうっかり、気が緩んでそんなことを言ってしまった。途端にエディの瞳がきらきらと淡く輝いて、こちらを見つめてくる。
「えっ!? いいの!? だったら是非とも、レイラちゃんにあーんして欲しいです!!」
「しっ、しません! そんなアホ臭いことは絶対にしませんからね!? はいっ! 黙って前を向いて、そのマンゴープリンでも食べていて下さい!」
「えーっ!? 何で!? レイラちゃんから言い出したことなのに!?」
「ぐっ、痛い所を突いてきますね、エディさんは……!!」
ついうっかりなのだ。決して私はエディさんにあーんして食べさせたいだとか、そんなことは微塵も考えていないのだ。それなのに、どうしてあんなことを口走ってしまったのだろう?
(わあああああっ! もうっ、本当に駄目だ、エディさんなんかとずっと一緒にいるから!!)
心臓がもどかしい。胸が甘く詰まって、口角が強制的に上がっているような気がする。どうしてこんなにもふわふわとした気持ちとなっていて、そわそわとしてしまうんだろう。
「レイラちゃん、本当に俺に食べさせてくれないの……?」
「そっ、そんな可愛い顔をしたって駄目ですよ!? 絶対に食べさせたりなんかしませんからね!?」
「えー、レイラちゃんから言い出したことなのに? それに、元は俺のチョコプリンなのに?」
「ぐっ、いや、それでもですね、別にあーんして食べさせなくても、」
「俺は別にそんなこと、要求してないよ?」
「絶対に嘘だぁ! ついさっき言ってたじゃないですか、俺に食べさせて欲しいって!!」
「あははっ、駄目元で言ってみたんだけどなぁ、やっぱり駄目だったか~」
エディが愉快そうに笑って前を向いて、マンゴープリンを口に運んでいる。やっぱり、その姿に見惚れてしまうような気がした。鮮やかな赤髪が揺れて、淡い琥珀色の瞳がこちらを見つめて、ふっと笑う。慌てて前を向いて、チョコプリンを食べてみると、全然味がしなかった。先程まで感じていた、甘さとほろ苦さがちっとも感じられない。
「レイラちゃんは今日も可愛いね? 俺と結婚してくれないかな?」
「しません! 私はアーノルド様一筋ですから!」
「へーえ? この間からやたらと俺に抱きついてきたり、そのまんまお昼寝しちゃったり、何なら以前から俺に甘えたいって、そう自己主張しまくっているのに? へーえ?」
「ぐっ、いや、あの、それはちょっと不可抗力でして……!!」
「本当に? 俺の目を見て、ちゃんとそう言えるのかな?」
「わっ、あの、ちょっと!? プリンが、スプーンがっ」
スプーンを持った手を掴まれ、焦ってしまう。抗議しようとそちらを振り向いてみると、エディの淡い琥珀色の瞳が細められる。エディの狙いはそこだったのかと気が付いて、振り向いたことを後悔していた。熱い、掴まれている手首も何もかも。
「本当に不可抗力なのかな、レイラちゃん? 本当はこうやって、俺に迫られたいと思ってない?」
「おもっ、思っていません、そんにゃ、そんなことはっ」
全力で顔を背ける。それでも逃がして貰えないような気がする。辺りに柔らかな春の風が吹いて、それに、エディの鮮やかな赤髪がたなびいている。
「ねぇ、レイラちゃん? それならそれでちゃんと、俺の目を見てそう言ってくれるかな?」
「むっ、むりです、それに、一体どうしてそんなことをする必要が?」
「やっぱり自信が無いんだ? ……認めたくないだけなんだよ、レイラちゃんは。俺に惹かれているって事実をさ」
「惹かれてなんかいません! 私は、」
「それならそれで、俺の目を見て言える筈だよね? それなのにどうして、君はさっきからこっちを振り向いてくれないんだろう?」
「そっ、それはっ」
「やっぱり、自信が無いからだよね?」
ぐっと強く、手首を握り締められる。口説かれているというよりも、まるで責められているようだった。私の罪と弱さと、どうしようもない甘さを。
「……レイラちゃんがそうやって、曖昧な態度を取り続けていると。俺としてもまだチャンスはあるのかなって、そうやっていつまでも期待してしまうのに?」
「うっ、そりっ、それはちょっと……」
自分がきちんと拒絶しないから。きちんと拒絶しないから、こうなっているんだ。おそるおそる、そちらを振り向いた。エディの淡い琥珀色と目が合って、蕩けるような微笑みが浮かぶ。それを見つめて、息を吸い込んで、レイラは紫色の瞳を呆然と瞠っていた。
「レイラちゃん……そんな風に赤い顔で見つめられると、何も我慢が出来そうにないな」
「え、でぃさん、あの、私は」
苦しそうに呟かれて、心臓が破裂しそうになった。先程から呼吸が出来ない。エディがふっと、その顔を近付けて、こちらの額にキスをする。湿ったくちびるが離れて、頭皮に熱い吐息が染み込んで、思わず飛び上がってしまう。
「ひゃっ!? ちょっ、あのっ、今私に一体何をしたんですか!?」
「何って、おでこにキスかな? まぁ、以前にキスもしているしって、痛い痛い痛い! 俺の足を踏みしめないでよ、レイラちゃん!?」
「さらっとキスしないで下さいよ!? エディさんの足なんてこうしてやる!!」
「わーっ!? ごめんってば! 痛い痛い! でもさぁ、レイラちゃんだってさぁ、満更でもない様子だったじゃん!?」
「そんなことは絶対にありませんから!! 今すぐ私に謝って下さいよ!? さもないとこのまま、足を踏み潰して一生口を聞きませんからね!?」
「わーっ、それはちょっと勘弁して欲しい! ごめんって、俺が本当に悪かったからさ!? この後お昼ご飯も奢るし、何なら追加でデザートも買ってくるから、どうか許して欲しいな!?」




