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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第四章 絡まった糸をみんなで解いて
119/122

14.今夜はもう眠りたくない

 



 スパイスと野菜がたっぷりの夕食を摂ったあと、エディと二人で部屋に行って、早速プレゼントを渡す。黒地にティディベア柄のセーターを着たエディが、ソファーに腰掛けて、わくわくした顔でリボンを解いた。真っ赤なリボンがしゅるりと、綺麗な音を立ててたなびく。



「わっ! 腕時計!?」

「そうなんです。ちょっと、ここのつまみを回してみてください」

「えーっと、これかな? おお」



 かちりと回した途端、ふわりと長い黒髪の乙女が現れ、白いウェディングドレスの裾を摘まんでお辞儀をした。いきなり手首の上に現れたそれを見て、淡い琥珀色の瞳を瞠っている。



「レイラちゃんだ! ウェディングドレスを着たレイラちゃん!」

「あの、お姉さんにその、近付けて貰って……顔とか雰囲気とか」

「わ~、ありがとう! 嬉しいよ。えっ? この子が時刻を教えてくれたりするの?」

「いや、それもあるみたいなんですけど……主に目覚まし機能とタイマーですね。メモ代わりにも使えるみたいですよ。何時何分から、予定が入っていますとか」

「へ~、認知症の人とかによさそう」

「感想、それ……?」



 疑問に思って首を傾げると、ふっと甘く微笑んで、私の頭を優しく撫でてくれた。もう我慢しなくてもいい、欲しいと言ってもいい。私だけの男の子。思わず口元が緩む。



「嬉しいですか? あの、何がいいかとかよく分からなくて」

「もちろん。嬉しいよ、ありがとう。一生大事にするね……!!」

「でも、その、他にもまだあるんですが」

「あるの!? まだ」

「あるんです……」



 私が他のプレゼントを取り出すと、嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせる。暖炉の赤い炎が爆ぜて、冬の肌寒い夜をその熱と音で彩ってゆく。静かで優しい夜だった。



「これ、お酒?」

「あの、その、普段は照れ臭くて言えないことが言えるようになるらしく、」

「これはあれだね! レイラちゃんにしか効果が無いやつだ。俺、言って恥ずかしくなることなんてないもん。どんどん口にしてるし」

「で、ですよね……」

「飲んで、飲んで。これ。さぁ、早く」



 わくわくとした顔でグラスを差し出され、それを受け取る。その透明なグラスには、さっきまで飲んでいたシェリー酒の残りがこびりついていた。エディが丁寧に、両手で紫がかったワインを注いでくれる。



「じゃ、お願いします!」

「え~? 恥ずかしいなぁ」

「頑張って、頑張って! まだちょっと温度差あるし、レイラちゃんの愛を確かめたいんだよ、俺!」

「う~、分かりました。頑張ります!」



 エディさんへのプレゼントだったんだけどなぁ。決意してぐっと飲み干すと、舌の上に熱い何かが、じゅわっと刻まれた。喉が少しだけかゆくなる。



「うわっ……変な感じ」

「そうなの? 大丈夫?」

「大丈夫……あの、実はエディさんが理想のタイプなんですよね。いつもいつも拒絶してばかりいましたけど、ずっときゅんきゅんしてました」

「えっ!? 嘘!」

「ああ、駄目だ。恥ずかしい……!!」



 私が両手で顔を覆うと、エディが「嘘だよね!? えっ!?」と言って慌て始める。駄目だ、止まらない。舌の上がじゅんわりと熱くて、喉がまた痒くなってきた。



「私、だから、何で今日もこんなにかっこいいんだろうとか考えていて」

「えっ!? でも毎朝、俺の顔を見る度にイライラしてたよね!?」

「はい。あの、かっこいいなーって。私の気も知らずにどうしてって、そう」

「えっ、えええええ……? 手を叩き落とした時も? 黙って前を歩けって言った時も? こっちを見るなって言った時も? 舌打ちした時も!?」

「私、よく考えると色々してましたね……?」

「うん……だから俺、毎日帰って泣いてたんだけどな」

「な、泣いて……?」



 いつも明るい、不死身メンタルのエディしか知らないから意外だった。見つめていると苦笑して、頭を掻く。今日はゆったりと赤髪を下ろしていた。



「兄上がさ? 笑ってろって。いつも余裕ぶってろって言ってきたから、それで」

「あ~……たまにその、口説いてくるの。サイラス様の指導の賜物だったんですか?」

「そうだね。基本的には兄上のアドバイスに従っていた。……そっか、知らなかったな」



 だって、口が裂けてもこんなことは言えない。最初からそんなに好きじゃなくて、ときめいたりもしてなかったって、そんな振りをし続けていた。もごもごと、また動き出しそうな口元を押さえて、目を逸らしていると、ゆっくりと近付いてくる。そっと、私の手に手を添えた。



「ねえ、レイラちゃん? じゃあ、教えてくれる? 俺にどんなことをされて、どきどきしてた?」

「うっ、あの」

「頑張って。これ、俺へのお返しなんだよね?」



 じっくりと、エディが暁の宝石を撫でてゆく。左手の薬指に収まったそれを見て、眉を顰め、「俺は宝石箱シリーズの方が良かったんだけどな」と呟く。



「わた、私はこれの方が良かったんだもん……!!」

「うん。まぁ、デートの時はあっちで。普段はこれで」

「は、はい。ええっと、あの」

「頑張って、レイラちゃん。俺に本音を聞かせてよ、君の」



 両手で口を押さえようとしたら、手首を掴まれた。至近距離でゆっくりと、淡い琥珀色の瞳を細める。ああ、そうだ。こんなエディさんが私は好きで。



「せっ、迫られてる時は本当に、心臓が爆発しそうで。私」

「うん。それから? どんな俺に一番興奮してた?」

「っふ、あの、強引なエディさんに……無理矢理迫られて、キスされた時……びっくりしたけど、嬉しくて。もちろん、ちょっと怖いなとも思ってたんですけど。でも、もっとして欲しいって思ってて」

「可愛い。キスしよ、また」



 エディがその言葉通り、キスをしてくる。ああ、まだ渡せていないプレゼントもあるのに。首に手を回して、甘い幸福感に酔い痴れていた。もう大丈夫。我慢しなくていい。胸の底で、おびただしい数の亡霊が泣き叫んでいるような気がしたけど、大丈夫。この罪を犯した、苦しさを胸の奥に抱えて生きて行こう。エディが息を荒げて、私から離れた。唾液を絡め取って、口元を拭ってくれる。



「じゃあ、あとは? 俺のどんなところが好き?」

「い、いつも、世界で一番可愛いねとか言ってくれるところ……他の女性なんて褒めないで欲しい。でも、この前、その、スタイルが良い人に見惚れていたから」

「あれは見惚れてたんじゃないよ。ただ、意識せず見ていただけだから。可愛い」

「嫉妬、嫉妬心が無い訳じゃないんです……どうせ、私が魔術で縛ったから、エディさんは私に優しくしてくれるんだって。偽物の恋心で、私だけがエディさんのことが好きなんだって」




 そっか。これも照れ臭くて、言えないことの一つなのか。恥ずかしくて泣き出しそうな私の両手を掴んだまま、エディが琥珀色の瞳を瞠る。ばちばちと、少し離れたところで暖炉の薪が爆ぜていた。



「好き、好きなんです。本当に……だから、いつも余裕ぶった顔をしてるけど、悲しくて辛い。私だけがエディさんのこと、その、好きなんだって。でも、そんなこと気にせずに、エディさんに触れたい。触れられたい。苦しいんです、いつも。好きで好きで仕方無いから、だから、」

「あー……これ、効くなぁ。良かった。ありがとう、レイラちゃん。飲んでくれて」

「わっ……」



 エディがぎゅっと、抱き締めてくれる。泣いて泣いて、抱き締め返していると、耳元で「効果、何分だったっけ?」と聞いてきた。



「っう、確か十五分くらい……? 飲む量によっても変わるみたいで」

「じゃあ、もう少し飲もうか。はい」

「えっ? いや、私、もうこれ以上辱めを受けるの嫌なんですけど……!?」



 私から離れたエディが、口元を押さえて「辱めって何?」と言って笑う。その手にはグラスが握り締められていた。そして、テーブルの上に置いてあったワインボトルを持ち上げ、なみなみと注いでゆく。長い睫に縁取られた、淡い琥珀色の瞳がゆらりと危険な光を孕んで、真っ赤な炎に揺れていた。



「俺さ? まだ物足りないんだよね。もちろん、この飢えと渇きは眷属だから。でも、俺は本当にレイラちゃんのことが好きなんだよ。君だけなんだ、君だけなんだ……あの時、俺を救い出してくれたのは。今まで誰も、本当の意味で俺のことを気にかけやしなかったのに!!」



 どんと、珍しく興奮した様子でワインボトルを叩き付ける。びくりと驚いて、怯んでいると、こちらを見て虚ろな微笑みを浮かべた。その目には、誰のことも映していないように見える。多分、私の背後に広がっている、過去を見つめているんだ。



「ずっとずっと、淋しかったんだ。誰も彼もが自分勝手で、優しく慰めてくれたキースの、本当に、お母様によく似ておられますねという言葉にも傷付いていた……俺は代わりにされていたんだよ。母上の代わりに。手が届かないから、キースには」

「エディさん……あの、」

「それも受け入れていた。母を慰め、兄をなだめ、自分勝手な父に泣いて縋って。出て行かないでくれって、そう頼み込んでいた。必死にね?」

「エディさん、私は」

「あの虚しい日々に……もちろん、穏やかだったんだけど。誰かを殺す必要に迫られることもなかったし。それでも、苦しかった。俺、何のためにここにいるんだろう? って、そう自問自答し続けていた。もしかしたら誰も、俺のことなんか必要としていないんじゃないかって、そう思い込んでいた」



 知らなかった。いつもいつも、エディは明るくて陽気で。でも、ふとした拍子に見せる翳りも好きだった。まるで夏の昼下がりに、底が見えない湖を覗き込んでいるかのようで。その奥にある、どうしようもなく弱くて、脆い部分に触れてみたかった。そっと、エディの手に触れると、ゆったりとこちらを見下ろしてくる。



「私、好きです。エディさんの何もかもが。私……あの時、傷付いたエディさんを見て、一体どんな目に遭ってきたんだろうって。虐待されて、逃げてきたのかなって」

「……だから、俺の手を握って泣いてくれたの?」

「分からないです。でも、涙が出てきたんです。あの時。でも、私はお父様とお母様を殺してしまった罪人だから、この人を救うべきだって。生きたいと願ったこの人が、これからは楽しく生きていけるよう────……」



 続けられなかった。エディがくちびるでその先を遮ったからだ。一度だけの濃厚なキスのあと、ひっそりと耳元で囁く。



「ワイン、飲んでくれる? あと、それから」

「はい……」

「俺もね、レイラちゃんが理想のタイプなんだ。縛られる前からずっとずっと、こんな感じの女の子に惹かれていたんだ」

「へっ? そ、そうなんですか……?」

「うん」



 私の顔を両手で持ち上げて、嬉しそうに微笑む。柔らかな琥珀色の瞳には、深い安堵と幸福が滲んでいた。ああ、大事にしよう。この人のことを。鼻の奥がつんと痛くなって、涙が浮かぶ。



「だから、気にしなくていいよ。好きだよ。それに、一緒にいて落ち着くし……これはね、魔術の契約と関係が無いからね」

「そうなんですか? 知りませんでした」

「そうだよ。過去の事例を漁って見ていた時、落ち着かないのに一緒にいなきゃ、気が狂いそうになるんだって。眷属の男がそう嘆いている日記を見つけて……」



 もう一度、濃厚なキスをされる。熱くて、勢いが激しくて、窒息しそうになった。爆発しそうな愛情と孤独を抱えていても、呑気に笑っていられるのは、ドラゴンの血が混じっているからか。彼らは人に弱い部分を見せたりなどしない。硬く、金属のような冷たい鱗の向こうに、燃え滾る情熱を隠している。一度、爆発してしまえばもう止まることはない。



「ん……!! まだ、他にもあるんですけど!? 渡したいものが!」

「ああ……あと、あとは? 何?」

「待って、落ち着いてください。夢! そう、望み通りの夢が二人で見れる薬があるんですよ!」



 腰に手を回してきたエディの、胸元を押して主張すると、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。淡い琥珀色の瞳がゆっくりと細められる。



「ありがとう。でも、俺は生憎と、夢なんて見たい気分じゃないんだけどな?」

「えっ? でも、せっかく買ってきたんだし」

「眠るのはいつだって出来るよ。でも、俺は夢の中で出来ないことがしたい。今夜はもう、眠りたくないな……」







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