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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第四章 絡まった糸をみんなで解いて
116/122

11.楽しい指輪選びと過去のわだかまり

 







 改めて、今日はエディさんとのデート。ばたばたと忙しなく準備をしていると、ノックが鳴り響いた。ああ、もう! 時間が無いのに。



「どうぞ! アーノルド様」

「……まだ何も言ってないんだけどな」

「声を聞かなくても分かります。大体、こういう時に来るのはアーノルド様ですから」



 そう返すと、扉を開けたまま気まずそうな顔をする。一体どうしたんだろう? もう白いニットワンピースに着替えたし、あとは髪の毛をセットするだけなんだけど。これみよがしに溜め息を吐いて、ブラシをポケットから取り出した。



「髪、セットしてやろうかと思って」

「……お願いします、お姉さん」

「誰がお姉さんだ、誰が」

「ブラシの取り出し方がもう駄目……」

「駄目って一体何が!? いいからそこに座れ、早く」

「はぁーい……」



 鏡台の椅子に腰かけると、少しだけ淋しそうに笑う。秋の枯れ草みたいな、そんな微笑み。ああ、そうか。鏡越しに、その整った顔立ちを見て考える。



「……知ってたんですね、アーノルド様。全部全部」

「いずれエディに返そうと思っていた。……今まで本当にごめん」



 意外だった、今それに触れるなんて。これまでされてきたことを考えると、複雑な気持ちになる。でも、アーノルドは繊細だから。きっと思い詰めて、色々と拗らせてしまって。するりと、彫刻のように美しい、褐色の手が私の黒髪を整えてゆく。



「物じゃないんですけどね? 私。返すって」

「……ごめん。ただまぁ、こうなってほっとはしている。随分と長くかかったし、遠回りしてしまったけど」

「はい」



 アーノルドが長い睫を伏せる。陽に照らされて、滑らかな肌がこっくりと輝いていた。相変わらず、肌が綺麗すぎて苛立つ。



「もう一度、いや、改めてお前の兄になれたらなって。そう思う」

「……じゃあ、これからもよろしくお願いします。お兄様。髪のセット」

「いや、エディがうるさそうだから、今度からは自分でしろよ……? ただ、あいつのことだからなぁ。どっかで学んでくるんじゃないか? 練習するんじゃないか?」

「ありえますね、それ」



 くすくすと笑うと、アーノルドも心底ほっとした顔で笑う。まぁ、いいか。これで。許してあげよう、まだほんのちょっとだけわだかまりはあるけど。



「さっ! 行ってきます!」

「おう。晩飯は? どうする?」

「ん~……お父様が淋しがるからなぁ。一緒に晩ご飯食べるのはまた今度にしよっかって、エディさんにそう言われたんですよ……」

「そ、そうか……あいつもあいつでなぁ、こう」

「適応能力、高いですよね!? いや、知ってましたけど! でも最近、何かにつけてパパがパパがってうるさいので、ハーヴェイおじ様、本当に邪魔だなって!」

「戻ってる、戻ってる……呼び方が戻ってるぞ、レイラ。父上が耳にするとうるさいから、」

「知りませーん! もう! エディさんもお兄様もハーヴェイおじ様のことばっかり!」



 怒りながらチョコレート色のコートを手に取って、ショルダーバッグを持つ。アーノルドが苦笑しながら、部屋の扉を開けてくれた。ホテルのドアマンのように、洗練された所作だった。



「それじゃあ、行ってこい。レイラ。気をつけて」

「ありがとう! 行ってきまーす!」



 ばたんと、扉が閉まる。しみじみと、感慨深く思うのは一体どうしてなのか。レイラがいなくなった部屋で深い溜め息を吐いて、黙り込む。辺りはしんと静まり返っていた。だがすぐにピチピチと、窓の外にいた野鳥が鳴く。冬の浅い陽射しが自分の背中を照らしていた。



「……なぁ、そっくりさん。父親みたいな気分だよ、俺は」

「まぁねぇ~、育ててきたもんねぇ?」



 エディが傍にいるのなら大丈夫だろうと、そう思って今日はレイラの護衛を頼んでいない。足元の影から出てきたそっくりさんが、レイラの姿形で後ろから抱きついてくる。その細い両腕に手を添えながら、足元を見つめていた。



「何か、恋じゃなかったんだろうなって……改めてそう考えると、ショックだなぁ。何故か」

「ショックなの? どうして」

「んー……言葉にするのは難しい。ま、一言で言うと今まで散々拗らせて、ダサいことをしてきたなぁってところか?」

「ふふふふ、今更でしょ。そんなの」

「今更かぁ~……はーあ、飯でも食いに行くかな。俺も」
















 今日はぽかぽかと暖かくて、本当に良い天気だ。テラコッタと赤い石畳の上を歩きながら、ふと空を見上げてみると、青く澄み渡っていた。白い雲がのんびりと通り過ぎて、いくつかドラゴンの影も横切っていく。視線を戻して、遠くの方にある時計台を見てみると、その下にエディが立っていた。黒いロングコートに、鮮やかな赤髪がよく映えている。



「エディさーん! お待たせしましたっ」

「レイラちゃん! 可愛い、初めて見るコートだ、それ」

「去年買ったのを忘れてて、しまいこんでいたやつです。どうですか? その、似合ってますか?」

「似合う、可愛い……髪も可愛い」



 嬉しそうに笑いながら、私をじっと見下ろす。アーノルド様がしてくれた編みこみだってことは黙っていよう、そうしよう……。ちょっとだけ気まずい思いを胸に抱えつつ、手を繋いで歩く。



「今日は……待ちに待った指輪だね! 婚約指輪と結婚指輪」

「ですね~。結婚指輪はシンプルなやつで、金がいいです。金」

「俺も銀より金の方が好きだなぁ。いくつか持ってるし」

「肌の色に合いますよね、エディさんの」



 何だか不思議だ。あの時助けた男の子が、すっかり成長して、今は隣を歩いている。近所に住むお姉さんのような、そんな気持ちになって顔を見上げると、すぐさま気が付いて淡い琥珀色の瞳を細めた。



「ん? どうしたの、レイラちゃん? もしかして、俺に見惚れてた?」

「……まぁ、おおむね合ってます。大きくなりましたね、エディさん」

「全然合ってなかった感じがするんだけど……? 大きくなったってなに? ああ、昔の記憶が戻ったから?」

「まだ慣れてないんです、私。初対面でプロポーズしてきた変態悪魔と、私の手を握って帰ってくるねって泣いてた男の子が、同一人物だなんて……」

「あれ? ちょっとがっかりしてる? 大丈夫? 今ここで振られたら、流石の俺も立ち直れないんだけどなぁ」



 エディが苦笑してそうぼやくと、息が白くたなびいて消えていった。やっぱり、まだまだ寒い。冬らしく、空気がきんと冴え渡っている。



「大丈夫ですよ、好きです。誰よりも何よりも」

「……うん。義兄さんよりも?」

「もちろん! あと、今日はパパ禁止でお願いします」

「へっ? いや、パパへのお土産はもう買ったし……」

(買ったんだ……)



 エディが赤チェックのマフラーを持ち上げながら、どこか誇らしげに「もうバッグの中に入ってる! 良さそげなお菓子があったからさ~、それで」と言ってきた。聞いてないし、別に。くちびるを尖らせつつ、賑やかな人々の間をのんびりと歩き続ける。



「どうでもいいです、ハーヴェイおじ様なんてもう」

「あれっ? 戻ってる? 何で」

「だってエディさんが、ずうぅっとお父様の話をするんだもん……」

「拗ねてる……可愛い。でも、うーん……ごめん。俺さ、実は」

「はい」



 何だか、いきなり深刻な雰囲気になってしまった。エディが眉を顰めて、足元の石畳を見つめる。ここは駅前の広場で、ちらほらと花を売っている人、野菜を買いに来た人で賑わっていた。



「ハーヴェイおじさんがあの時……いいや、元々あの人はすっごく俺に優しくしてくれていて……新鮮だったんだ。眩しかったんだ」

「眩しかった……?」

「うん。何だろう? あれぐらいの年の大人が……男性がずっと傍にいるって本当に無くて。頭も撫でてくれるし、いきなり誰かを罵ったりしないし」

「エディさんのお父様、かなり情緒不安定だったんですね……」

「う、うん。だね……だから、嬉しかった。それと同時に、初めてまともな父親を知った。だから俺、アーノルドが羨ましくてさ」

「アーノルド様が!? 一体どうして……」



 驚いてその手を握り締めると、ふっと困ったように笑う。それから、ゆっくりと前を向いた。



「あんなに良いお父さんがいていいなぁって、そう」

「良いお父さん……? 駄目なお父さんですけどね」

「っぶ、だね? でも、あの当時の俺にとっては、紛れもなく良い父親で……こっそり、父親代わりにしていたんだ。頭を撫でられるたび、嬉しかった。ポケットから笑顔でお菓子を出してくれたりだとか」



 それなのに、今まで散々あんなことをしてきたのか……。私は本気で背筋が寒くなってしまったが、彼にとっては気にかけることでは無かったらしく、嬉しそうな顔で続ける。



「だから今、息子って言って貰えて嬉しい。ボコボコに殴られた時でも何でも、ああ、俺のお父さんみたいな人だったのになぁって……根底に、ずっとそんな淋しさと悲しさがあって」

「エディさん……私、帰ったらお父様のことぶん殴っておきますね?」

「えっ……どうしてそうなったんだろう? ま、まぁ、とにかくも俺は、新しく父親が出来たことが嬉しくて……父の日も疎外感を感じずに済むから」



 そっか。言われてみれば確かにそうだ。まじまじと見上げていると、エディが苦笑して「今日も可愛いね、レイラちゃん」と言ってくれる。



「……まぁ、エディさんが幸せそうで良かったです。でも、一つだけ言ってもいいですか?」

「えっ? うん。どうしたの?」

「器用すぎません……? というか、ハーヴェイおじ様が諸悪の根源なんですけど!? 本当に許せるんですか!? 私達が悪いんですかね!?」

「あー……一つだけじゃなかったね、レイラちゃん」

「こう、それでいいの!? ってもやぁってする! まぁ、エディさんがいいのならいいんですけどね……!!」



 彼女が悔しそうに拳を握り締めて、力説をする。怒りと困惑が滲み出ていた。その伝わってきた感情に笑い、冷たい手を握り締める。



「大丈夫だよ。代わりにほら? レイラちゃんも義兄さんも怒ってくれたし」

「……私、これから沢山エディさんのこと、大事にします。今まで蔑ろにしてきた分」

「だね! そう言えば、手を繋いでも叩き落とされなくなったな……!?」

「そりゃあね! 私、その、もうエディさんのことが好きだし、デートだし!」



 照れ臭そうにごにょごにょと言い出す、彼女が堪らなく愛おしかった。ふと空を見上げてみると、青い。あの日、叔父上を処刑した日の空を思い出す。



(……うん。幸せになりますよ、叔父上。叔母上)



 亡国の王族であることを自覚し続けながら、今日も敵国でのんびりと暮らす。本当は彼女が討つべき敵なのかもしれない。少なくとも、彼女がいなければ俺がああなることも無かった。でも。



(それをするのは……あまりにも自分勝手だ)



 あの時、生きたいと願ったのは俺で。見知らぬ俺の手を握り締めて、泣いてくれたのも彼女だけ。自分の命を投げ打ってでもいいから、俺を助けようとしてくれたのも彼女だけ。だから、もうこれでいい。祖国を滅ぼしたことを意識しながら、今日もエオストール王国の街を歩く。たまに、自分がどこにいるのか、よく分からなくなる時もあるけど。灼熱の太陽と、青く輝く海が恋しくなる時もあるけど。



(俺は……彼女と離れたら生きていけない。この命を彼女のために使おう、そうしよう)



 昨日の手紙を読んでいて良かった。ほんの僅かに、胸の底で濁っていた彼女への恨みが消えていった。まだどこかで思ってるけど。「どうしてあの時、俺に祖国を滅ぼせだなんて命令したのか」って、そう。



(今までは……記憶が無かった)



 でも、彼女にその記憶が戻った。そのことを聞けば、何もかもが崩れ落ちてしまいそうで。平穏な日々を繋ぎ止めておくためにも、笑って彼女を見つめる。



「レイラちゃんはさ? どんな婚約指輪がいい? せっかくのデートだし、楽しい話をしない?」












 婚約指輪の宝石と言えば、永遠の女神を象徴する宝石、エンゲディア。一見無色透明に見えるが、ほのかな銀色の輪を内包していて、陽に照らされるとその輪がくっきりと浮かび上がる。でも、それだとありきたりで面白くない。いっそ、エディの赤髪とよく似た珊瑚にするか、それとも。



「どれにする? レイラちゃん。どれでもいいよ」

「この真っ赤なルビー……エディさんの髪色とちょっと似てます」

「ん? ああ、言われてみればそうかも。これにする?」

「うーん……でも、この宝石の番人も捨てがたい! 血の涙!」

「……俺はそれ、いまいち生理的に受け付けないんだけどなぁ」



 宝石を溜め込んで守っている、エメラルドグリーンのドラゴンが宝石を奪われた時に落とす“血の涙”。隣に佇むエディがそっと、真っ赤な宝石がついた指輪を私の指から抜き取って、戻した。向こうに立っている、お姉さんが苦笑する。



「まぁ、縁起はあまり良くないから……」

「ですね……どちらかと言うと、財運目当てに持つ石だし」

「もっと、こう……ほら? 妖精姫の宝石箱シリーズは? いいのいっぱいあるじゃん」



 同じドラゴンとして、少し複雑な気持ちになってしまったのかもしれない。エディが微妙な顔つきで、淡い薔薇色の石がついた指輪を指し示す。ちょっとだけ反省して覗き込むと、青やグリーン、鮮やかなオレンジや可憐なピンクの宝石がついた、婚約指輪が並んでいた。



「わ~……可愛い! この中で赤ってあるかな?」

「別に赤にこだわらなくてもいいんじゃない? ほら、琥珀色のものもあるし」

「……エディさんとその、離れている時も淋しくないように、赤がいいです……」



 そこでエディが「可愛い……」と呟いて、ショーケースに突っ伏してしまい、お姉さんがもう一度苦笑する。それから、一つの婚約指輪を取り出して見せてくれた。



「でしたら、こちらなどはいかがでしょう? 今朝、入荷したばかりのものなんですけど……暁の女神が手ずから、研磨したかのようだとも言われている、暁の宝石。別名は暁の恩寵」

「わっ……綺麗」

「本当だ。さっきはちょっと、黒ずんで見えたけど……」



 ショーケースの中から出されたのは、陽に照らされて真っ赤に輝き出した宝石。細く、蔦のように絡み合った金の台座で輝くそれは、暗がりで見ると黒く光って見える。それぐらい、赤が濃い。それに艶と照りが抜群だった。まるで死ぬ間際に見る、真っ赤な炎のようで。



「あまりにも強い赤から、この宝石はその……婚約指輪には不向きとされているんですけど。ですが、人生の新たな始まりを象徴する石として、最近人気で」

「暁ですもんね……でも、綺麗」

「これにする? もう目が釘付けだ。俺としてはこっちのグリーンとか、薔薇色が似合いそうだなって思ったんだけど」



 私があまりにもギラギラとした指輪を見て、うっとりしているからか、エディがちょっと戸惑い気味にそう言ってきた。でも、これが欲しい。可愛い指輪はいくらでも、普段使い出来るし。



「せっかくだから、特別感のある指輪を選びたいです……その、駄目ですか?」

「いいや? 別に……よく考えたら、俺がどっちも買えばいいんだよね? すみません、妖精姫シリーズのグリーンと薔薇色、それからこの指輪をください」

「あの、まだ結婚指輪が二本残ってて、」

「大丈夫。金はあるから」

(うーん、強気だなぁ……)



 まぁ、私に色々と買いたいみたいだし。結婚指輪は私が買えばいいし。そもそもの話、父方の祖父母からも沢山お祝いを貰う予定だし。



(いらないって言っても、くれるタイプだしな……まぁ、いっか。どんどん金銭感覚が怪しくなっていく)



 これだけゼロが並んでいると、ちょっとだけ麻痺してくるなぁ。そう不安に思いつつ、エディを見てみると、本当に嬉しそうな顔をしていた。



「……まぁ。なら、いっか」

「ん? どうしたの? レイラちゃん。いいのが見つかって良かったね、指輪」

「ですね……あの」

「うん。疲れた? 休憩する?」

「そうですね……お昼ご飯の時間だし、ちょっとカフェにでも行きましょうか」

「だね! 腹減ったー! カレーが食べたい気分」

「私は卵かな……? ポーチドエッグ乗せのカルボナーラとか食べたい」




 そのままブティック通りを離れて、カフェやレストランが立ち並ぶ、洗練された雰囲気の通りに入って店を探し回る。以前エディが「カップルシートがあるから、入りたい!」と騒いでいた店があったので、入ってみると、じーんと感動して「良かったぁ、良かったぁ」と呟いていた。本当に色々と、辛い思いをさせてしまった……。



「いやぁ~、どれにしようかなぁ」

「あっ! そうだ! どうして私の恋心に気付いてくれなかったんですか!?」



 突然思い出し、詰め寄ると、隣で寛いでいたエディがメニュー表を片手に困惑する。白いシャツの上から、黒いニットを重ね着していた。「えっ? 何の話だっけ?」と言ってきたので、ちょっとだけ苛立ちつつ、胸倉を掴む。



「ほら! 私が最初、エディさんを好きになって! 挙動不審になっていた時があったでしょう!? だい、大浴場の時とか……」

「大浴場の時? あ~……公衆浴場だっけ? 忘れたなぁ。ペンギンみたいな魔生物ころころしたことしか覚えてないや、俺」

「ほっ、他は……?」

「そっか、あの時風邪だと思ってたけど……熱があった訳じゃないんだね」

「そ、それだけですか!? あと他には!?」



 苛立って胸倉を掴んで揺さぶってみると、少しだけ頬を染めて、「レイラちゃん、大胆だね……」と呟く。いや、そうじゃなくて。個室で誰も見る人がいないから、こうして胸倉を掴んで揺すってるだけで。何個かボタンが外れて、はだけた白いシャツを整えながら、エディが笑って話し出す。



「ほら? 感情が流れ込んでくるじゃん? 眷属だからさ、俺」

「はい。だから何で気付かなかったのかって私は、」

「あの時のレイラちゃん、イライラしてたよ? あ~、オランジェット付きのパフェがある。うまそう、何だこれ」

「いっ、イライラ……?」

「うん。あとはー……何だっけ? 忘れた。とにかく怒りがすごかった。だからさ、俺……てっきり、フェリシアさん使ったことを怒ってるのかと」

「懐かしい名前ですね……いや、最近のことなんですけど」

「だね。色々あったから。あっ、これもうまそう……ベリーソース添えのチーズケーキ」



 さっきからデザートばかり見てるな、エディさんは。気になって覗いてみると、カップル向けの店だからか、ドリンクメニューとデザートが充実していた。



「……フェリシアさんも。今、どうなってるんでしたっけ? アーノルド様もお父様も、詳しく教えてくれなくて」

「あー……俺が聞いた話によると結局、あの呪いも怪しい人外者に売りつけられたみたいでさ」

「怪しい人外者に?」

「そう。まぁ、人に慣れてるやつだと、詐欺師になったりするし……だから高性能な呪いだったし、人が死ぬやつだった。まぁ、もっとも本人はそのことを知らなかったみたいなんだけどさ」

「つまり、エディさんを殺すつもりは無かったと?」

「そう。あった、カレー。んー……シーフードか。どうしよう」

「私もどうしようかな、ご飯」



 ぴったりと密着して考え込んでいると、緊張するのか、少しだけ身じろぎをしていた。でも、くっつきたいので無視する。パスタにしようか、グラタンにしようか。悩むなぁ。



「で、えーっと……今は正気を失ってる。裁判待ち? かな。多分」

「あの!? さらっとすごいこと言いませんでしたか!? 今!」

「えーっと……俺が死んでいたら、死ぬ呪いだった。俺の正気がちょっと揺らぐ呪いになったから……義兄さん達が解呪をしてね? でもまぁ、元々精神的に追い詰められていたし……呪いの代償もあって、気が狂ってるみたい」

「こ、怖い……」

「そう? デート邪魔してきたんだし、当然の報いだと思うけどな。俺は」



 相変わらず過激だ……。優しくて温厚な性格なのに、一度怒ればどこまでも残酷になる。やっぱり、ドラゴンの血が入っているからか。



「ルートルード国王も……そんな感じだったのかな」

「……叔父上のこと? どうしたの?」



 甘くて優しい問いかけなのに、底の方には鋭い棘が潜んでいた。思わず身構えてしまう。エディがくすりと笑ってメニューをテーブルに置き、私の手をぎゅっと、握り締めてきた。



「レイラちゃん? どうかしたの」

「……怒って、ますよね? やっぱり、あの時命令したこと」

「怒ってはいないかな。でも、複雑だ。割り切れない」



 どうしよう? まるで静かに燃えている炎のようだ。音も無く、ちらちらと恨みと怒りを宿して燃え続けている。どうしてか、そのことを知って愛おしい気持ちがこんこんと湧いて出てきた。もう元に戻らない、謝ろうだなんて思わない。



「私、ここで謝るのは傲慢だって、そう思ってます」

「……まぁね? 謝っても、無かったことになる訳じゃないし」

「私……私」



 多分、エディはエディで自分の怒りを何とかしようとしていて。だからこそ、私そっちのけで「パパ、パパ」と言って慕っているのかもしれない。



(考えすぎなのかもしれないけど、ちょっとした私への嫌がらせ的な……?)



 だから今でも、恋人同士と言うよりかは仲が良い幼馴染、みたいな。そんな関係になっちゃっているのかもしれない。言葉に詰まっていると、エディがこてんと頭を預けてきた。その温もりに両目を閉じて、逞しい手を握り締める。



「私……あの時、自分の国が無くなってしまうのが怖かった。だから、きっと命令したんです。自分のことしか考えていない、我が儘で傲慢で」

「……うん。何となくそう思ってはいたよ、レイラちゃん。残酷だね、本当に。君は」



 残酷。そうだ、確かにそうだ。でも。



「私……命令したこと、後悔しています。でも」

「色んなことが変わっていたかもしれないって?」

「そう……ここに辿り着くまで、本当に色々あって。だから」

「わっ」



 ぐいっと、エディを振り向かせる。両手でその顔を挟んで、じっと見上げると、どこか戸惑った顔をしていた。先程までの鋭利さが消え失せている、良かった。



「私、こうなったことは後悔しません。エディさんがいつか、これで良かったんだと。私の隣にいれて幸せなんだと……そう思ってくれるように、精一杯努力しますね? たとえ、エディさんに恨まれていても」

「……今。キスしてくれたら、ちょっとはこの恨みも消えるかもしれないよ?」

「っふ、そんなこと言われなくてもしますよ。はい」



 伸び上がって頬にキスをすると、拗ねたようにくちびるを尖らせる。笑ってくちびるにすると、ようやく気分がましになったのか、疲れたように笑った。



「俺……自分でも、整理出来てなくて」

「いいですよ、恨んでください。でも、結果的にこうなって良かったなって。幸せだなってそう思って貰えるように、その、奥さんとして頑張りますね……?」



 メニュー表を持って見上げてみると、エディがぐっと硬直して、「可愛い……」と呟きながら突っ伏した。まぁ、今はこれでいいんだと思う。色々あったんだから、わだかまりがあって当然だ。



「さっ! 何食べます? 私、蟹と海老のグラタンにします!」

「俺……俺もそれにしようかな? それと、シーフードカレーにする」

「えっ? 二つも頼むんですか……? 相変わらずよく食べますねぇ……でも、昔は少食だった気が」

「ああ……イザベラおばさんの手料理食べて変わった。来たばっかの時は食欲無くて、少食だったけど」

「えっ? お母様のご飯で食べる喜びに目覚めたんですか?」

「うん」

「知らなかった……あ、それとサラダも頼もう。エディさんは? どうします?」






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