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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第四章 絡まった糸をみんなで解いて
113/122

8.魔術雑用課の賭けの終わり

 







「俺、なんとレイラちゃんと結婚することになったんですよ~! 挙式とかはまだ先で決まってないんですけど、結婚することになったんです……今日もこのあと、家まで行って一緒にお昼ご飯を食べる予定で、」

「あの、ごめん、エディ君。それ、今朝から何回も聞いているんだけど……?」

「えっ? そうでしたか? すみません、ジーンさん。へへへへ……」

「嬉しそう……」

「今朝からずっとこんな感じよね、エディ君」

「幸せです!」

「だろうね……」

「でしょうね……」



 向かいの席に座った、ミリーとジーンに見つめられて、嬉しそうに顔を綻ばせる。幸せそうで何よりだ。だが、もう少しここにいる元婚約者を気遣って貰いたい。アーノルドがふうと溜め息を吐くと、離れた席に座っている、トムとマーカスが頬をぴくりと引き攣らせた。



「あのー……部長は?」

「負けたってことでいいんですかね? 部長は」

「負けたって何だよ? あー、色々と省くが。こうなることは決まっていたし、分かっていたんだ」

「あー、うん。まぁ、そうっすよね」

「でしょうねぇ……」

(これ、絶対に誤解しているな……)



 まぁいい。分かって貰おうなんざ、微塵も思っちゃいない。黙々と仕事をしていると、ジルが肩を震わせる。こいつ、笑ってやがる。



「っぶ、ふふふふふ……!!」

「ジル、お前な? それでも俺の従者かよ……」

「いえ、すみません。エディ君が幸せそうですね、坊ちゃん」

「……まぁ、いいことだ。あー、お前ら。こっちを見るな。仕事しろ」

「「はーい」」



 ミリーやジーン、トムにマーカスもこっちを凝視してきやがる。まぁ、仕方の無いことなのかもしれないが。



(……挙式かぁ。不思議だな、心が穏やかだ)



 もう少し胸が痛むと思っていた。先程から嬉しそうに笑って、テディベアの足を直しているエディを見つめる。都民から「修理してくれ」と頼まれ、直すのも仕事だが。色々させられているなぁと思う。奥の窓からは、眩い陽光が射し込んでいた。冬はまだ始まったばかりで、それでも陽は暖かく、青空も春のように霞んでいる。



(レイラが初めて家に来た時も。こんな風によく晴れていた……)



 まだ小さいのに、その瞳を虚ろにさせて。ふと見上げてきたその瞳には、「自分は人殺しなんだ」とそんな文字が浮かんでいた。ずっと泣いていて何も食べない、日に日に痩せ細ってゆく。成長してからも、悪夢にうなされていた。どことなく陰をまとい、ひっそりと俯き、静かに微笑するばかりで。



(でも、エディが来てから変わった)



 その言葉通り、エディが生きて戦場から帰ってきた。何も知らずに拒絶するレイラ。それでも、エディはよく耐えて気にしないふりをし続けた。心の傷に寄り添って、その後ろ姿を見て嬉しそうに笑い、「レイラちゃんの元気が出てきたかも、最近」と言う。そんな嬉しそうな横顔を見ると、何も言えなくなってしまった。



 そしてまた、かつてのようにレイラが、エディを熱の篭った瞳で見つめるようになる。そっとエディの後ろ姿を見るレイラを見て、焦りもした。でも、心のどこかでは嬉しかった。やはりこの二人には何かがあって、何があっても結ばれる運命なのだと。それなのに、エディへの恋心を封印して、俺の寝室にやって来るレイラを恨みもした。



(振り向いて欲しいのか、そうじゃないのか。もうよく分からないな)



 ただ一つ言えることは、こうなって良かった。肩の荷が下りたようで、ほっと息が吐ける。そうだ、俺はこれで良かった。安心感が凄まじい。しばし陽の光に当てられて、その温もりに両目を閉じていると、ジルがこそこそと話しかけてきた。



「坊ちゃん? やっぱり休んだ方が良かったのでは……? まだお熱があるので?」

「……無い! 寝たら治ったから話しかけるな」

「万年反抗期ですねえ。今日は温かくして早く寝るんですよ? いいですか?」

「……」

「お返事は? 坊ちゃん」

「分かった、そうする……」




 昼休憩の時間となり、アーノルドとエディが部署を出て行った。ぱたんとドアが閉まったのを見て、マーカスが立ち上がって叫ぶ。



「よっしゃああああああ!! 賭けは俺達の勝ちだぁ! あの色男が負けたぞー!! やっぱ一つ屋根の下に住んでいるとだめなんだな!? ざまぁみろ、はっはっは!!」

「聞き捨てなりませんね、マーカス君」

「うえっ!? ジル、ジルさん!? 申し訳ありません……」

「ジルさんがいるのに、よく立ち上がって喜べたわね……」



 ミリーが呆れたように笑い、肘を突く。隣のジーンが伸びをして、大きな欠伸をした。



「ふぁ~あ……何だ、そっかぁ。残念~」

「でも、私達。エディ君に賭けていたよね?」

「うん、そー……でもさぁ、初対面でプロポーズしてきた男にさぁ? あのレイラ嬢がなびくとは正直思ってなかったからさぁ~」

「まぁねぇ、それはそうだけど」

「まぁ、途中から俺はエディ君の勝ちを確信していたので。勝ち信をしていたので!!」



 嬉しそうなトムを見て、ジーンが嫌そうな顔をしたあと、その白い手をひらひらと振る。



「はいはい、トム君も嬉しそうだよね~」

「トム~、今日は飲もうぜ! エディ君の結婚祝い! 違った、婚約祝い!」

「あっ、じゃあ、みんなで一緒に飲みに行きません? 俺、奢りますよ?」

「じ、ジルさん、いやいや、はっはっはっは……」

「笑えない冗談っすね、ははははは……」

「え? 本気ですけど? 俺」

「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

「ご馳走になりまーす……」

「うぇーい、やったー! ジルさんの奢りだぁ~」

「呑気なもんね、あんたは……」









 すうと息を深く吸い込んで、ノックをする。あの時のことを思い出していた。彼女がノックをして、入ってきた時の瞬間を。くちびるを震わせ、深い紫色の瞳を見開き、「火炎の悪魔」と呟かれたあの時、胸が抉られるかと思った。



(……なんて声をかけたらいいのかも、よく分からなかった)



 とにかくも彼女は、俺を見て怯えていた。でも、胸の高鳴りが抑えられなかった。何度も「レイラちゃん」と呟いて、心臓を宥めていた。



(でも、もう大丈夫)



 彼女は俺を見て怯えたりなんかしない。「どうぞ」と聞こえてきたから、開けて入ってみると、寝台の上でぱぁっと顔を輝かせる。可愛い。トレイを持ったまま、後ろ手で扉を閉めた。



「お待たせ。イザベラおばさんが、体が心配だからってレイラちゃんと俺に、」

「ありがとうございます! わざわざごめんなさい……」

「ううん、大丈夫。食べよっか」

「あっ、その前にその」



 今まで冷たくされていたからなぁ。いきなり照れ臭そうに俯く彼女を見て、喉の奥がぐっと詰まる。大丈夫かな、ハーヴェイおじさんが見せている幻覚とかじゃないといいんだけどな……。疑いつつ、とりあえずテーブルに、二人分のサンドイッチとスープが乗ったトレイを置く。フライドポテトが山盛りにされていた。おばさんは俺の好物をよく覚えている。それに、よく食べることも。



 そっと彼女に近付いてみると、寝台の上でまだ俯いていた。心なしか震えているような気がする。心配になって腕を伸ばすと、いきなり俺に抱き付いてきた。



「おわっ!? レイラちゃん!?」

「捕まえたっ! もー、どうしておっかなびっくり近付いてくるんですか?」

「えっ? いや、だってさ……」



 まだ信じられなくて、この幸福が。彼女はすっかり忘れているみたいだけど、ここ数ヶ月間、ずっとずっと塩対応だったのに。おそるおそる抱き締め返してみると、嬉しそうに「ふふっ」と笑っていた。可愛い。満たされてゆく。まるで冬の夜に、温泉に浸かっているかのような。はたまた、春の海でまどろんでいるような。そんな幸福に包まれて、暫くの間、ただ黙って彼女のことを抱き締める。



 部屋の窓から、眩しい陽の光が射し込んでいた。窓の外にいる鳥がピチピチと鳴いて、木から飛び去ってゆく、



「あー、このまま時間が止まってくれないかな……離れたくない」

「私もその、昨日思ってましたよ。それ……」

「可愛い……幻覚じゃない?」

「幻覚じゃないですよ、ほら」



 彼女が俺から離れて、にっこりと笑う。心臓が止まって食い入るように見つめていると、俺の手を掴んで、自分の頬に添えた。柔らかい。温かい。すべすべしてる。潤んだ紫色の瞳がこちらを見上げていた。ああ、暴走しそうで嫌なんだけどな。誘われるがままにキスをすると、また嬉しそうに笑う。



「……食べましょうか。ねっ?」

「あっ、うん。そうだ、ドレスのこと……」

「早くないですか? その前に婚約指輪が欲しいです」

「あっ、だね。結婚指輪も買おうか、結婚指輪も……」

「ですね。シンプルで長く付けれそうなものを」

「そっか、お揃い……何だか夢みたいだな。あの時のことも」



 思い出すは叔父の呪詛と血煙。でも、幸せになれと言ってくれたから。思わず涙が滲み出る。そうだ、許して貰ったんだ。いや、許されていいようなことじゃないけどさ。涙を拭っていると、彼女が心配そうな顔で「エディさん?」と話しかけてくる。その声を聞くだけで、胸がいっぱいになった。そうだ、君だけがいればいいよ。誰に恨まれようと、誰に許されなくとも。



 我慢し切れなくなって、また力強く抱き締める。困惑して「エディ、エディさん……?」とだけ呟いた。愛おしい、可愛い。傍にいるだけで、触れるだけでこんなにも満たされる。



(母上が自殺した理由がよく分かる……いいんだ、傍にいてくれるだけで。幸せになれるから)



 でも、彼女がもしも俺のことを「愛してる」と言いながら、他の男の下へ行ってしまったら? そんなことを考えただけで、気が狂いそうになる。だからあれで良かったんだ。母上は父上を自分の物にした。死んであの世に引き摺り込んで、自分の物にした。あれが最善だったような気がする。彼女の黒髪頭にすりりと頬を寄せると、照れ臭そうに笑っていた。可愛い、ただただ満たされてゆく。



「あー、飯食いたくないかも。俺、ずっとずっとこうしていたい……」

「でも、せっかく、おば様が作ってくれたんだし……」

「あっ、そうだ。いつまでそう呼ぶつもりなの? お母様って呼んであげたら?」



 ふと疑問に思って聞いてみると、うっと喉を詰まらせて「エディさんってそういうこと、何のためらいもなく聞いてきますよね……?」と言われた。気になったから、聞いてみただけなんだけどな。



「だって可哀想だし? おばさん、すごく気にしてるし。ああ見えてさ」

「……ハーヴェイおじ様は一生そう呼びません」

「あー、まぁ、あの人に対してはそれでいいんじゃない? てか、本当に納得してくれたのかな……俺、そこだけが心配だな。ちょっとなぁ」

「大丈夫じゃないですか? 結婚を反対したら殺します」

「殺すんだ……? まぁ、レイラちゃんなら寝首が掻けそうだよね!」

「褒め言葉……?」

「うーん? でも、レイラちゃんはナイフを持っていても可愛いよ。どんな小物も似合うよ!」

「ナイフ、小物扱い……? お洒落?」

「レイラちゃんが持てばどんなものも美しく見える」

「そうですか……」



 褒めてみたのに、反応がいまいちだった。どうしてだろう。俺が首を傾げていると、ふっと笑って「食べましょうか」と言ってくれる。二人でカウチソファーに移動して、並んで座った。寒くないんだろうか、そんな薄いネグリジェ一枚で。不安になって魔術を使い、毛布を取り寄せると、驚いて「ありがとうございます。でも、良かったのに。お腹空きません?」と言ってくれる。ああ、可愛い。どんな表情もどんな仕草も可愛い。



「大丈夫だよ、今から食べるし。でも、今日天気が良くて良かったね」

「はい、そうですね。気持ちがいい」

「ね。また二人でピクニックに行きたいなぁ。デートしたい、デート」

「いいですね! 私、エディさんと行きたいところが沢山あって……」



 彼女と色んなことを話しながら、温かいスープを飲み、サンドイッチを頬張る。今日は柔らかなパニー二にフィッシュフライと、刻んだピクルスと玉葱のタルタルソースが挟まっていた。スープは小さな貝殻のような、コンキリエが入ったミネストローネ。とろりと濃厚な、ポーチドエッグまで入ってる。二人で微笑み合いながら食べて、フライドポテトを摘まんで食べてゆく。



(何だか喋るのがもったいないな、どうしてだろう?)



 体調とかこれからのこととか、沢山話したいことがあったのに。いつしか喋ることをやめて、ただただ、笑い合って昼食を食べていた。好きだな、これからはずっと一緒にこうしていられるのか。腹が満ちた頃、こてんと彼女が頭を預けてきた。可愛い。両目を閉じて、その温もりに酔い痴れる。ああ、まだもう少しだけ。この時間が続いてくれたらいいのにな。



「……エディさん」

「ん? どうしたの、レイラちゃん。レイラちゃんも淋しい?」

「もちろん……その、今夜も会いに来てくれますか?」

「うん。……ハーヴェイさん、怒らないかな?」

「黙らせるんで来てください。一緒に晩ご飯でも食べましょう」

「分かった。いいね、そうしよう。あー、俺、二人でのんびり散歩したいなぁ。ご飯食べ終わったあとにでもさ」

「そうですね……昔みたいにまた、二人で歩きましょうか」

「懐かしいな。二人で夜、寝台を抜け出したこともあったのにな……」



 ひっそりと彼女が俺の部屋に来て、扉の隙間から顔を出す。悪戯っぽく笑って、俺をちょいちょいと手招きした。笑って息を殺し、裸足で寝台から飛び降りる。二人で部屋を抜け出して、ただ踊っていた。寒い中、手を繋いで笑い合っていた。こうこうと光り輝く、満月が本当に美しかった。



『ねぇ、アンバー。私達、馬鹿だとは思わない? 風邪引きそう、寒い!』

『いいよ、レイラちゃん。楽しいからこれでいいよ、レイラちゃん』

『それもそうね! ねぇ? もう一回してくれない? くるんって回すやつ!』

『いいよ、レイラちゃん。何度だっていつだってそうするよ……』



 二人だけで舞踏会を開いていた。観客は廊下にかけられた絵画と、窓の外で煌く満月だけ。愛おしかった、あの瞬間が。まだ胸が痛いな、苦しいな。一体どうしてだろう、辛い記憶なんかじゃないのに。ぎゅっと、彼女の手を握り締める。



「どうしてだろうな……戦場にいる時の記憶よりも何よりも、あの頃の記憶が一番苦しいんだよ。レイラちゃん、君が全部を忘れているからかな……」

「そうかもしれませんね。きっと、もう二度と戻らない時間だから。余計に」

「そうだね。でも、あんまり望んじゃいけない……」



 随分と遠いところまで来てしまった。俺は売国奴の“火炎の悪魔”と呼ばれ、人々から蔑まれ。でも、いい。それでもいい。この温もりがある限り、俺は生きてゆける。幸せだと、そう笑いながら言える。



(醜いな、俺。でも、仕方が無い……)



 叔父上、叔母上。母上に父上。いつか会えるだろうか、俺は同じ場所へ行けるんだろうか? そんな考えに蓋をして、彼女の額にそっとキスをする。もうそろそろ時間だ、戻らないと。



「レイラちゃん……また、夜に会いに来るね?」

「はい、そうしてください。お洒落して待ってます」

「大丈夫、レイラちゃんはどんな格好をしていても可愛いから。……俺のこと、好き?」



 至近距離で聞いてみると、ふっと嬉しそうに笑って、くちびるに優しくキスをしてくれた。離れたあと、「もちろん。愛していますよ、エディさん」と言ってくれる。



「ああ、もう、変態悪魔だの頭が沸いたケチャップ野郎だとか、メンタルお化けとか、永遠に黙って前を向いて歩けとか言われない……!! 良かった!」

「あれ? 私、そんなに酷いこと言ってましたっけ?」

「言ってたよ? メモってあるから見てみる?」

「メモって……? い、一体どうしてですか?」

「いや、まぁ、君の言葉だし……」

「へ、へー……」

「あっ、引かないで!? 俺のこと好きって言って!? レイラちゃん!?」







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