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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第四章 絡まった糸をみんなで解いて
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7. 酔っ払いの中年親父が見ていた夢

 





「わー、待って!? 待って!? レイラちゃん、あの」

「えっ? いいじゃないですか、別に! もっと顔をよく見せてくださいよ、エディさん!」

「ちょっ、本当、今、限界だから……!!」



 エディの顔をもっとよく見ようと、いや、ちょっとぐらいイチャイチャしようと思って近付いたら、拒絶されてしまった。エディが真っ赤な顔をして、両手をクロスして隠している。その腕を掴んで迫ってみると、おもむろに肩を掴まれた。



「あのっ、俺さ!? 詳しく聞きたいんだけど!?」

「……何をですか?」

「うわ、不満そう……可愛い」

「ハーヴェイおじ様とのことですかね? 私、そのことを考えると(はらわた)が煮えくり返りそうになるんですけど……?」

「あっ、一気に顔が怖くなったね。レイラちゃん……」



 エディが少しだけ慄いて、体を引く。私が息を吐いて寝台に座り直すと、軽く髪を整えた。鮮やかな赤髪。もう好きなだけ触れることが出来るのに、多分、彼はまだそれを許してくれない。そのことを少しだけ悲しく思う。



「いや、ほらさ? あの人がまぁ、うん……レイラちゃんに何か言って脅したんだろうなってことは分かって、」

「あの日。……エディさんが呪いをかけられて倒れたあの日。その、実はセシリア様から過去を全部聞いて」

「あっ、うん。知ってるよ? だって、連絡先交換してるし」

「連絡先、交換しているんですか……!?」

「あれっ? その辺、シシィちゃんから聞いてない? 俺に話したよー的なあれは……?」

「き、聞いてないです。そんなこと、一言も……」



 私が思い詰めた顔をしているのを見て、開きかけた口を閉ざすだけで。確かに、うずうずと「話したい!!」というオーラは出していたけれど。私が黙り込むと、エディが欠伸をした。そうだ、もう夜も遅い。今、一体何時だろう?



「あの、エディさん? 今って何時ですか?」

「えーっとね、狭間から帰ってきたのが十九時だったから……今は二十二時半かな。でも、大丈夫。飯も食ったし、寝たし」

「寝たんですね……まさか」

「あっ、うん。アーノルドが寝台を貸してくれて。俺、それまで熱もあったんだけどさ? 焼いて貰ったステーキとベーコン食って、寝たら治った。そんで、晩ご飯にイザベラおばさんからサンドイッチも貰ったし。あ、食べる? それとも、他のものがいいかな?」

「……いえ、食べたいです。食べかけ……その、食べてもいいですか?」

「もちろん! 食べた方がいいよ、レイラちゃん。気力も回復するし」



 エディが嬉しそうに立ち上がって、先程のサンドイッチを取りに行く。イチャイチャしたいと思っているのは私だけのような気がして、何だかもやもやしてしまった。拗ねて黙り込んでいると、エディがやって来て「はい、どうぞ! レイラちゃん。俺好みのサンドイッチだけど~」と言いつつ、渡してくれる。



「ありがとうございます……トレイまで。可愛い」

「ね、可愛いよね。この葡萄柄。欲しいな……」

「……私の目の色だからとかいう理由なら、やめてください」

「ご、ごめんね……?」



 あれ? ちょっとだけ上手くいかないな。どうしたらいいんだろう。食べる気もしないまま食べてみると、不思議なことに、一気にお腹が空いてきた。気が付いてなかったけど、喉も渇いているし、お腹も空いている。私が必死に食べていると、エディが慌てて立ち上がって、「貰ってくるね! 待ってて!」と言って部屋を出て行った。



(まぁ、私を気遣ってのことだし……でも、ちょっとだけ淋しいな)



 トマトが抜け落ちたサンドイッチには、スクランブルエッグとベーコンが挟まれていた。ふわとろで、バターと黒胡椒の味がして美味しい。塩がかかった、香ばしいベーコンの匂いも堪らない。夢中で味わって食べていると、エディが帰ってきた。私を見るなり、ぱぁっと嬉しそうに笑う。



「お待たせ、レイラちゃん! おばさんがもう、レイラちゃんのためにリゾットを作っていたみたいで」

「リゾット……!! わぁ、美味しそう」

「マッシュルームと玉葱と、ベーコンのリゾットだって。これ、好きなんだよね? レシピ教えて貰おうかな、俺」

「……そうですね。好きです、これ」

「はい、スプーンをどうぞ」

「ありがとうございます……」



 エディは当たり前という顔をして、これからのことを語る。レシピを教わるのはきっと、私のためで。彼の中ではもう決まっていることなんだろうけど。ああ、もやもやするのに言語化出来ない。あっさり終わってしまった。黙々と、熱いリゾットを口に含んでいると、エディがおずおずとした様子で聞いてくる。



「あ、あの……? ごめん、俺に何か怒ってる……?」

「……エディさんの感動が少ないです」

「俺の感動……!? さっき泣いたんだけど、足りなかった!? 踊ろうか!?」

「いえ、そうではなく。そうじゃなくて、その……」

「ん、ん~……レイラちゃんにとっては現実なのかもしれないけど、俺にとってはまだ夢の話だからさ」

「えっ? 何の話ですか?」

「現実味が湧かないのかな? 多分そう。まだ実感出来なくて……ごめんね?」



 ああ、もう、スプーンもトレイも邪魔だ。リゾットを早く食べてしまおう、そうしよう。決心してもぐもぐと食べていると、エディが困惑した顔で「焦らなくてもいいよ……?」と言ってくる。



「私」

「うん、どうしたの? さっきから何か、不機嫌そうだけど……?」

「エディさんともっとイチャイチャしたいです。だから」

「あっ、あー……でも、明日も仕事だしさ? 俺、早く帰って寝ようかと思って……あっ、ごめん。流石に空気が読めてない発言だった、殺気出すのやめて……!?」



 あーあ、もう、私だけなのかもしれない。「ありがとうございました」と言って、トレイを渡すと、複雑そうな顔をして受け取り、部屋を出て行った。私の方こそ、空気が読めてないんじゃないかな? でも、せっかく両想いになったのに、何の縛りも無いのに。ぼふんと、枕に頭を乗せて考え込む。



(私だけなのかな……眠たい、疲れた)



 お腹がいっぱいで心地良い。とろとろと、次第に目蓋が下がってくる。あ、そっか、明日も仕事か。流石に休もうかな……? ああ、そうだ。引き出しにしまってある、ルドルフからのアクセサリーとか。エディさんに相談しなくちゃ。眠い。手足が熱い。夢と現実の狭間を漂っていると、おもむろに扉が開いた。エディさんだ。



「レイラちゃーん……? あのー……しまったな、これ。天罰かな、俺への」



 一体何の話だろう? 拗ねて寝た振りをしていると、近付いてきた。エディが私を見てちょっとだけ笑い、椅子に腰掛ける。



「寝た振りが得意だね、レイラちゃん。ごめんね? 俺、その、まだ頭が追いついてなくてさ……」

「……分かるんですか? それも」

「うん。君が以前、姿を隠して盗み聞きをしていたことも……」

「ああ、ありましたね。そんなことも。懐かしい……」



 起き上がってみると、すぐ近くにエディがいた。目を見開くと、愛おしそうに「レイラちゃん」とだけ呟く。そのままキスをしたあと、そっと静かに離れていった。



「明日さ、また来るからさ……その時、俺とイチャイチャしない?」

「……いいですよ。でも、あの、私、明日は休もうかと思っていて」

「ああ、うん、そうするといいよ。アーノルドも休みたいって言ってたなぁ。熱出てた、ちょっとだけ」

「一体どうしてアーノルド様が、熱を出して……?」

「ほら、あいつも繊細だしね。もう眠った方がいいよ、レイラちゃん」

「でも、歯磨きも済んでないし……お見送りにも行きたい」

「かっ、可愛い……!! 俺の奥さん、滅茶苦茶可愛い! 好き! 愛してる!」

「まだ入籍してませんけどね」

「でも、俺と結婚してくれるんだよね?」

「しますよ、もちろん。エディさん」



 それまで私に毛布をかけていたエディが、淡い琥珀色の瞳を瞠って、ぷるぷると震え出す。



「う、嬉しい……!! 否定されない! 俺のこと好き!? レイラちゃん!」

「す、好きですよ。さっ、歯を磨きに……」

「あっ、そうだ。アーノルドから、レイラが歯磨き面倒臭がったら、これを渡してくれって。歯磨きドロップ貰ってる」

「……甘いというか、細かいですね。アーノルド様も」

「だね。俺も一つ貰った。はい、あーん」

「あーん……」



 包装紙を破いて、青と白のドロップを私の口の中に入れる。噛み砕くと、ミントの味がした。これは魔術が溶け込んでいるドロップで、歯についた歯垢を綺麗にしてくれる。ふすんと息を吐くと、爽やかな味がした。エディがそんな私を見て、また嬉しそうに笑う。



「じゃあ、俺、帰ろうかな! 色々あって疲れた……」

「お見送りは? した方がいいですよね?」

「いや、もう寝てて。心配だし、気持ちだけ受け取っておくよ。あと」

「はい?」

「俺のほっぺにキスしてくれない? 常に拒絶されてたからさ、して欲しいなーって」

「はい、分かりました」

「えっ……」



 自分で言い出しておいて、何を驚いているんだろう。エディを引き寄せて頬にキスすると、真っ赤になっていた。それから、私の両手をぎゅっと握り締める。



「婚約指輪も買いに行こうね、レイラちゃん……!! あと俺、今度改めてプロポーズをするよ。時間貰える?」

「もちろん! 定番ですけど、真っ赤な薔薇の花束が欲しいです! 大きいやつ!」

「うん。また詳しくは明日ね。おやすみなさい、また明日」

「おやすみなさい、また明日。その、好きです。エディさん……」



 向日葵が咲いたみたいに笑って、私の額にキスをする。それから黒髪を掻き上げて、耳元で「俺も好きだよ、レイラちゃん。ありがとう」と甘く囁いてくれた。頬が熱くなって耳を押さえ、こくこくと頷いていると、照れ臭そうに笑う。



「じゃあね。また……あー、楽しみだなぁ。レイラちゃんのウェディングドレス姿も」

「また、その、選びに行きましょうね……?」

「うん、もちろん! じゃあね、良い夢を」

「良い夢を……」



 ぱたんと扉がしまる。ああ、名残惜しい。もっともっと一緒にいたかったのに、時間が許してくれない。もぞもぞする気持ちを抑えて、枕に頭を預ける。時よ、止まってくれだなんて。本気で願う人の気が知れなかったけど。



「今、ちょっとだけ分かったかも……!! 一緒にいたかったかな、あともう少しだけ。あともう少しだけ……」














 がんとグラスを置くと、酒が溢れ出た。馬鹿みたいに、ぎりぎりまで注いだからだ。こんな時苦笑して、窘めてくれるような親友はもういない。虚しい気持ちになって、テーブルに突っ伏したまま泣いていると、懐かしい声が降ってきた。



「おいおい、これ……確か、俺がどんだけ開けようぜって言っても開けなかった良い酒じゃん。もったいない飲み方をしているなぁ、ハーヴェイ」

「……何だよ、エドモン。俺にお伽話はもう必要無いんだろ?」



 エドモンが苦笑して椅子を引き、向かいに腰掛ける。そして、グラスを持ち上げて飲み始めた。水のようにごくごく飲んだあと、ぷはっと息を吐いてまた、こちらを見下ろしてくる。昔と同じだった。その白い肌も、紫水晶のような深い紫色の瞳も、艶やかな黒髪も。レイラとよく似ている。ただし、その可憐な顔立ちには、意地の悪い微笑みが浮かんでいた。



「随分と拗ねているな、ハーヴェイ。……一体、どうしてあんなことをしたんだよ?」

「クソ坊主を利用して、女王陛下の右腕に収まったことを言っているのか? それとも、その手で国王夫妻を殺せと迫ったことか? ああ、それとも、レイラに無理矢理サインさせたこと? は、心当たりがありすぎてよく分からないな……」

「なぁ、お前。魔術師だろう? 俺の分のグラスも出してくれよ。飲もう」

「……ほい」



 いくつかの術語を脳内で唱えて、グラスを渡す。これは夢か現か。かつてこの腕で死んでいった親友が、嬉しそうに笑って受け取り、グラスに酒を注いでいる。とぽとぽと音を立てて、流れ落ちてゆく淡い琥珀色の液体を見つめていると、エドモンが話しかけてきた。



「あの子はいい子だな、ハーヴェイ。お前を激しく恨んだりもしていない」

「エディ・ハルフォードのことか? あれは……恨む気力も無いんだとよ。恨むような気力は無いって」

「可哀想に……お前のせいだな、ハーヴェイ。全部全部」

「何だよ、エドモンまで……俺のことを責めるのかよ?」

「レイラを幸せに出来るのは、お前だけだと思っていたんだがなぁ……」

「うっ、うう……!!」



 そうだ、レイラが結婚してしまう。俺がむせび泣いて、酒を一気飲みしたのを見て、エドモンが呆れたように溜め息を吐いた。



「どうしてレイラを代わりにしていたんだよ? 俺の」

「していない……!! イザベラもアーノルドも、シシィでさえそう言うけどさぁ~……でも、エドモン。お前は一人だろう? どんなに顔が似ていても、代わりにはならない。お前は一人しかいないんだ、エドモン……」



 そうだ、俺の親友は世界でたった一人。顔がよく似た娘を眺めて、一体何が満たされるというのか。誰も代わりになりはしない。それなのに、誰も彼もがそんな勘違いをしている。冗談も口に出来ないのだと、この身は呪われていて、嘘が吐けないのだと。何度そう言っても、よく理解して貰えない。そんなことを涙ながらに語ると、また呆れた笑みを零す。レイラそっくりの、美しい微笑みだった。



「あのなぁ、お前なぁ、ハーヴェイ……」

「なぁ、エドモン? 俺、どうすればいいと思う? 最近イザベラも冷たいし、アーノルドたんには殴られたし、レイラも結婚して家を出て行くんだ……!! この世の終わりだ、もう死んでしまいたい!!」

「おいおい、そんなにあの子と離れたくないのかよ? ハーヴェイ」

「もちろん……シシィちゃんだって、四十歳までお嫁に行って欲しくない」

「は? キチガイかよ」

「エドモン……!? お前だけは俺のこと、頭がおかしいって言わなかったのに!?」

「頭がおかしいとは言っていない。ただ、たまにキチガイな発言をするなって。それだけ。常にキチガイな人間だとは言ってないだろ? 俺」

「そうだった、そうだった、そう言えばお前はそんな奴だったな……!! 好きっ!」

「おー、おー。相変わらずマゾだし、拗らせてんなぁ。ハーヴェイ」



 俺がばっと両手を掴むと、鬱陶しそうな顔をしながらも、ぎゅっと握り締めてくれた。そうだ、エドモンはこんな奴だった。嫌だ嫌だと言いながらも、ちゃんと俺の面倒を見てくれる。優しくしてくれる。



「なぁ、ハーヴェイ……レイラの記憶、戻してやってくれないか? エディ君が可哀想だ」

「嫌だね! 結婚式もぶち壊したいぐらいなのに、俺」

「そんなことをしたら、俺が祟り殺してやるからな? あとさ、レイラに傍にいて欲しいんだろ?」

「いっ、いて欲しい~……家族みんなで暮らしたい。この屋敷、嫌いなんだ……俺、ここで家族と暮らすのが夢だったんだ。知っているだろう? エドモン」



 そうだ、ここで一緒に暮らしたかった。かつて虐げられ、誰からも無視されていたあの頃。この屋敷で、家族みんなで仲良く。仲良く、仲良く暮らしたかったんだ。焦がれていた、追い続けていた、そんな夢を。ぐすぐすと泣きながら、両手を握り締めていると、エドモンがふうと溜め息を吐く。



「じゃあ、あれだ。エディ君を婿にしたらいいんだ。お前の息子にする。そんで、レイラと一緒に暮らす。どうだ?」

「エディを婿に……?」

「おう。レイラを嫁がせるんじゃなくて。あー、エディ君をお前の息子にしたらいいんじゃないか? そしたら、お前の大好きな家族も増えるぞ? 子供が生まれたら、そのまま一緒に、」

「そ、そうか! その手があったか……!!」

「あ? まさか思いつかなかったのか? 今まで?」

「思いつかなかった。あー、そっか! じゃあ、エディを息子にしたらいいんだな!? すると孫が生まれて、俺の家族が増える!! よし、そうしよう! 楽しみだなぁ~!」

「まぁ、お前はそんな奴だよな。ハーヴェイ……」



 嬉しくなってグラスに酒を注ぎ、飲んでいると、向かいに座ったエドモンも意気揚々とグラスを差し出してきた。



「おい……死者のくせに飲むのかよ? お前も」

「別にいいだろ、飲んでも。それにせっかく化けて出てきてやったのに、何て言い草だ。帰るぞ? このまま」

「ごめん、俺が悪かった! 帰らないで!?」

「はは、もう、相変わらずだな。よし、飲もう! 飲み明かそう! 俺だってレイラが結婚するのは悲しい!」

「分かる、悲しい! まぁ、今は俺の娘だけどな!」

「あ? 張り合ってくるなよ、そこで」



 エドモンと笑って、かつてのようにまた、二人で飲み明かす。ああ、楽しいな。エドモン。夢だって分かってるけどさ。



「なぁ? チェスもしたよな。エドモン。二人で馬に乗ったこともあるな?」

「あるな。でも、仕方ない。お前だって、いずれはイザベラと飯を食うことも出来なくなるんだ」

「さみ、淋しい……!!」

「だから大事にしろよ。人はあっという間にいなくなる。気付いた時になぁ、後悔したって遅いぞ?」

「分かってるよ、そんなこと……いい、ちゃんと謝るから。謝って、それでまた二人で……」



 覚えきれないくらい、沢山のことを話した。エドモンが死んでからのこと、過去のこと、レイラとエディのこと、メルーディスのこと。酒も話も尽きなかった。ぐすぐすと泣いていると、「仕方が無いなぁ、ハーヴェイ」だなんて言って笑って、俺の頭を撫でてくる。酔っ払ってテーブルに突っ伏していると、ふと、エドモンが腕時計を確認した。



「ああ、もうそろそろ帰らなきゃな……夜が明ける」

「もう帰っちまうのか、エドモン……」

「散々飲んだんだ。帰るに決まっている。じゃあな、ハーヴェイ。また」



「また」なんて無いくせに、言うなよ。そんな呟きが漏れていたのか、エドモンが笑って「それもそうだな、ごめん」と謝る。



「まぁ、お前が死んだ時。迎えに来てやるよ、それでいいだろ?」

「また随分と物騒な……でも、いいよ。迎えに来てくれよ、俺のこと」

「おう。そんでまた、その時に飲んだらいいだろ。じゃあな、ハーヴェイ。レイラをよろしく頼んだ」

「ああ、任せてくれ。……エドモン」



 もう目蓋が開かない。疲れた、飲みすぎた。エドモンが頭上で笑って、ふわりと毛布をかけてくれる。ああ、いつもそうだったな。お前は。何だかんだ言って優しくしてくれるんだ。



「ごめんな、ハーヴェイ。ありがとう、おやすみ……」

「おやすみ……」



 俺の方こそごめん、エドモン。心配と迷惑ばっかりかけて。俺のせいだろ? 俺がちゃんとしていないから、レイラのことが心配だったから、こうして化けて出てきてくれたんだろ? 



「なぁ、エドモン。会っても苦しいだけだったよ。もうお前は、どこにもいないもんな……」



 ゆっくり眠れるかな、俺がちゃんとしたら。死んだあの時から、きっとずっと気を揉んでいて。死者との逢瀬は胸が抉られる。エドモン、エドモン。じわりと熱い涙が滲み出てきた。そうだ、もうしっかりしないとな。ちゃんとレイラを幸せにしてやらないとな。



「……息子にするよ、俺。エディのこと。ごめん、今まで散々迷惑かけて」



 そんなことを呟くと、エドモンが笑って「謝る相手は俺じゃないだろ? ハーヴェイ」と言ったような気がした。心なしか、声に涙が滲んでいる。そっか、そうだよな。お前も淋しいよな、エドモン。



 涙が頬を伝って、流れ落ちてゆく。今日は十七年に一度のおぞましい日。時計の針が十二時を過ぎても、その魔法は消えて無くなりはしなかった。胸の中に残るは、少しの淋しさと決意。



「俺も頑張って大人になるか~……レイラの記憶もまた、戻してやろう。そうしようっと……」







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