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“魔術雑用課”の三角関係  作者: 桐城シロウ
第四章 絡まった糸をみんなで解いて
109/122

4.俺が願うこと、君が願うこと

 




 今日は十七年に一度のおぞましい日。何かよっぽど大きな問題を抱えていない限り、大抵の人は穏やかに過ごせるとされている。この日、一番ピリピリしてしまうのは政治家、王侯貴族、外交官、実業家だったり、不倫とか後ろめたいことをしている人達。何せ今まで上手くいっていたことは暗礁(あんしょう)に乗り上げ、逆に上手くいっていなかったことは上手くいくようになる日だ。



 だからか、日常魔術相談課の部署は静かだった。いつもはうるさいジーンも、静かに仕事をこなしている。隣で計算をしているエディも静かだ。ちらりと見てみると、こっちを見てきた。淡い琥珀色の瞳が細められて、柔らかな微笑みが浮かぶ。



「どうしたの? レイラちゃん。ちょっと待っててね? もうすぐ終わるから、そのあとで一緒にお昼ご飯でも」

「あっ、はい……」



 やたらと機嫌が良いなぁ、今日。朝からずっとそわそわしてるし、何て分かりやすい……多分ここで今日、色んなことが上手く行くんじゃないかって、そう期待しているんだ。いや、それは私もだけど。



(あっ、もしかして……今日は十七年に一度のおぞましい日だからと言って、ハグとかも出来ちゃう……? この日にかこつけて、色々試してみてもいいかもしれないな……)



 そうだ、アーノルドと結婚すればいいだけなんだし。エディさんは嫌がるのかもしれないけど、愛人枠とか……? と、そこまでを考えてから、自分の愚かさに頭を抱える。駄目だ、発想が最悪だ。どんな悪女だ、私。



「うっ、つらい……!!」

「だ、大丈夫? レイラちゃん……羞恥と罪悪感がごちゃまぜになってるけど?」

「あの、言うのやめて貰えません? 分かるからって……」

「あっ、ごめんごめん。流石に軽率だったな……」



 エディが領収書を持って口元に当て、眉を下げる。そうだ、他の誰も知らないんだ。私がエディさんを助けて眷属にしたこと、その後、自分可愛さにあんな命令をして、エディさんを戦場へと向かわせたこと────……。落ち込んでしまうな、どうにも。あっ、でも、この落ち込みも伝わってる? 戸惑って見てみると、エディが困ったように笑って見つめてきた。そして、低くて甘い声で囁く。



「気にしないで、レイラちゃん。前からだし、それは」

「前から……」

「うん。ちょっと待っててね。これでもう終わりだからさ……」

「あっ、ごめんなさい。話しかけて」



 前から。つまりは出会った時から、私と感情を共有しているから「気にしないで」と? もうあと数分で昼休みが始まるしと思って、くるくると、その辺にあったボールペンを回してみる。



(じゃあ何で、私が好きになった時。すぐに気が付いてくれなかったんだろ……あーあ。あの時のエディさん、死ぬほど鈍かったなぁ)



 もう聞けない、そんなことも。距離が遠い、すぐ近くにいる筈なのに。虚しくなって、ボールペンをデスクの上に置く。すると、エディが「うーん」と低く唸って伸びをした。期待して見てみると、疲れたように笑って「じゃあ、お昼ご飯食べにいこっか。レイラちゃん」と言ってくれる。あれだな。今日は本当に、昨日と違って雰囲気が柔らかい。













「いやさ? 何だかんだいってレイラちゃんが俺を見る目って優しいし、わりと頻繁にときめいてくれてるしさ……何か、俺に言えない事情があるのかもしれない。だから五年、十年、二十年単位で考えて、口説いていこうかなって……」

(全部ばれている上にすごく怖い……)



 そっか。だからエディさんは落ち着いていたのか。気まずい思いでパニー二を食べていると、隣のベンチに座ったエディがもそもそと、口を動かしてレタスを噛み締める。私はローストビーフと玉葱にしたけど、彼は鶏肉とレタスのサンドイッチにしていた。今日は良い天気で、青空にぷかぷかと浮かんだ、白い雲がゆるりと流れてゆく。



 ざぁっと、少しだけ肌寒い風が頭上の木々を揺らした。心地良い風と、遠くの方から聞こえてくる子供の笑い声と、清らかな噴水の音と。ふいに、エディがぽつりと呟いた。



「俺さ、今日何かが起こるんじゃないかって。そう期待してる」

「……そうなんですね」

「レイラちゃんはどう? ……そういう期待ってしてる?」



 問いかけが鋭い。鋭く確実に、私の真意を探ってくる。やっぱりこの人も王族だな。ふとした拍子に見せる眼差しと、相手の本音をさり気なく引き出す力と。パニー二から口を離して、目の前の噴水を眺める。カップルらしき二人が通り過ぎていった。ちょっとだけ羨ましく思う。



「私は……そうですね。していますよ、エディさん」

「うん」

「全てを知ったらエディさんはきっと、私のために動こうとする。だから言いたくありません。でも、このままにはしません。だから、待ってて貰えませんか?」

「いいよ。とりあえず、五年は待とうかな……」

「ありがとうございます。じゃあ、五年後に向けて私も頑張ってみますね」

「うん。俺のこと好き?」



 心臓がどくんと跳ね上がる。あっさりと聞いてきたな、本当に。ごくりと唾を飲み込んで、パニー二を握り締める。どうしよう? 言ってしまおうかな。でも、今まで散々、酷い態度を取ってきたのに? 今更って思われるかな、怖い。ぐるぐると考え込んでいると、隣のエディが深い溜め息を吐いた。ああ、絶対勘違いしてる。言わなきゃ、言わなきゃ。



「ごめん、俺……昨日、首を絞めたりなんかして。殺そうと思ってさ」

「違うんです……この恐怖心はその」

「うん。ごめん、ゆっくりでいいよ。俺も今、飯食ってるし……」

「っふ、ですね……」



 とりあえず横に置いてあったジュースを持ち上げて、飲む。ストローに口を付けて飲んでいると、ピチチと、野鳥が鳴いて飛び去って行った。天気が荒れていなくて良かった。のんびり、エディと二人でご飯が食べられる。



「あの、その、昨日のことを考えてた訳じゃなくて……」

「うん。ふぉれなら、何ふぉはんはへへはの?」

「あの、今いちよく分からないです……でも、エディさんのことは好きです。終わり」

「んぐ!?」



 予想していなかった答えだったのか、エディが喉にサンドイッチを詰まらせる。慌てて背中を擦っていると、咳き込みながら「ごめん、水……!! 何か買ってきてくれないかな!?」と言ってきたので、勢い良く立ち上がって買いに行く。あれかな、好かれている自信が無かったのかな。がこんと、ペットボトルの水が転がり落ちた。



(はー……まさかあんなにびっくりするとはな。お水で良かったかな? 紅茶もあったけど)



 手を突っ込んで水を取り出していると、ふいに肩を叩かれた。何だろうと思って振り返ってみると、ぷんと、噎せ返るような薔薇の香水が漂ってくる。



 その人はどこを見ているかよく分からない、虚ろな顔をしていた。切れ長の黒い瞳と黒髪を持っていて、後ろできっちりと纏めている。頭の天辺には、チュール付きのカクテルハットを乗せていた。時代錯誤な黒と白のタフタドレスを着た彼女が、真っ赤なくちびるを動かして、歌うような声で問いかけてくる。



「貴女がレイラ・ハミルトン?」

「……いいえ、私はレイラ・キャンベルです」

「駄目じゃない、それはアーノルド様のお名前なのに。ハミルトン子爵家の女ごときが」

「えっ? あの、私」



 駄目だ、おかしい。この人おかしい。一歩後退ると、妖艶な微笑みを浮かべて近付いてきた。駄目だ、駄目だ。エディさん。動けなくてそのまま立ち尽くしていると、ぬっと、白い手を伸ばして掴んでくる。がこんと、ペットボトルが地面に落ちた。



「今日は十七年に一度のおぞましい日なの。在るべきものを、在るべき場所に戻さなくてはね」

「っエディさん!! 誰か、助けて────……」



 視界がぐにゃりと歪む。駄目だ、今何かが発動した。でも、何が? 分からないまま、意識が闇へ飲み込まれていった。どこか遠くの方で「レイラちゃん!」と、誰かがそう叫ぶ。あれ? 前にもなかったっけ? こんなこと。誰だっけ。誰かがそんな風に叫んで、私のことを呼んでいたような気がする。



「レイラちゃん!! あっ!? くそっ!!」



 全力で走ったが、ずさっと転んでしまう。ああ、そうだ。今日は十七年に一度のおぞましい日。普段成就することのない願いが叶い、それまで上手くいっていたことが狂い出す。あまりの悔しさに地面の砂を握り締め、その女を睨みつけていると、黒い瞳を細めて笑った。



「火炎の悪魔。貴方にとっても嬉しいことじゃない? それじゃあ、“終わった世界”の狭間で待ってるわ。貴方がこれたらの話だけどね……」

「なっ……」



 あまりのことに絶句してしまう。“終わった世界”だって? 人外者の王が、伴侶を亡くして暴れて作った世界。季節も魔術も狂っていると聞く。まともな世界で生きていけなくなった犯罪者やマフィアどもが闊歩していて、法の力が到底及ばない世界……。



「くそったれ!! 殺す気か、レイラちゃんのことを……」



 ひとまず立ち上がって、「ガイル!」と叫んでみる。すぐさましゅるりと現れ、不機嫌そうな顔で黒い帽子を直した。そして「別に助けなくてもいいんじゃないか?」だなんてほざきやがる。俺が舌打ちをすると、溜め息を深く吐いた。そして、いつものふわふわ尻尾を揺らして語り始める。



「駄目だ、流石に辿れない……分断されている」

「じゃあ、どうすればいい? 確か、あっちに行くにはゲートをくぐらなきゃ駄目で」

「ああ、そうだな。どうやってそっちに行ったんだか……ああ、非売品を使ったのか」



 つられて足元の地面に目を落としてみると、真っ赤な髑髏と棕櫚(しゅろ)の葉が描かれていた。すかさず手を触れてみるが、何も起きない。「ケキャケキャ」と愉快そうに笑って、不気味に赤く光り輝くだけで。頭上のガイルが「無駄だ。あの女を起点にしているからな。飛ぶんだったら、あの女に触れないと」と呟く。



「くそっ……ゲートの場所は? 分かるか?」

「分かるっちゃ、分かるが……」

「何だよ? 今すぐ助けに行かないと、彼女が死ぬ……」

「エディ坊や。辿れないだろ、お前。それとも辿れるか? 感情も流れ込んでくるか?」

「……こない。まるで、レイラちゃんが死んじゃったみたいだ」

「それ、多分、あっちとこっちの狭間へと行くやつだぞ。あの女もそう言ってただろ?」

「あっちとこっちの狭間……?」

「終わった世界の手前。人外者が生まれる場所で、こっちの世界のちょっと向こう」

「人外者が生まれる場所……」

「まぁ、死ぬほど不安定な場所だな。そこが得意なのは……月の女神ダイアナか」

「……」



 頼らなくちゃいけないのか? ここにきて。ガイルはどうのこうのと言ったりしない、自分がそこへ飛べるのなら。きっと行けないから、彼女の傍まで行けないからこんなことを言っている。ぐっと、拳を握り締める。冷静になれ、俺。落ち着け。



「そんなに不安定ならあの女は? どうなる」

「まぁ、死ぬだろうな。それも込みなんだろ」

「……なら、俺も死ぬしかないってことか」

「おい、エディ坊や。それは、」

「舐めるなよ、ガイル。死ぬのはプライドの方だ。何もかもをかなぐり捨てて、あの人に頼んでくる!」



 くるりと背を向けて歩き出すと、察してくれたのか、俺の背中をばんと叩いて「飛ぶぞ、あのイカれたクソ野郎の下へな!」と言ってくれる。ふわりと魔力の熱風が体を包み込み、視界が揺れた。胃がふわっとなったあと、どこかの部屋へ着地する。



「おわっ!? えっ!?」

「ロード・キャンベル。よく聞いてください、時間が無い。レイラちゃんが浚われました。終わった世界とこっちの世界の狭間に」

「……よし、そいつを殺そう。いいや、その前に救出か。ちょっと待て。ダイアナ!」

「はいはい。そっちに道を繋げばいいんでしょ? 任せて。あと」



 黒いスーツを着て、執務室のデスクに座っているハーヴェイを睨みつけていると、銀の豊かな長髪を揺らしたダイアナがふっと、目の前までやって来た。あまりにも近い距離に息を飲み込んでいると、銀の月のような瞳を細めて、こちらを見つめてくる。



「貴方の中に眠ってる、レイラの痕跡をちょうだい? それで辿るから」

「エディ坊やに傷を付けたら、その喉笛を噛み千切ってやるからな。覚悟しておけよ? ダイアナ」

「あら、大丈夫よ。ハーヴェイが私に命令しない限りは、ね」



 ダイアナが指で俺の肩をなぞり、何かをぼそぼそと呟く。それを聞き取る前に、ぐらりと視界が揺れた。平衡感覚を失ってどっと、床に倒れ込むと「うわっ!? 火炎の悪魔!?」と誰かが叫ぶ。がたんと、椅子からハーヴェイが立ち上がった。



「大丈夫だ。気にするな、怪我をしている訳じゃない。あと、これからの予定はキャンセルで! お前が何とか王子とやらの護衛をすればいいさ」

「はい!? 俺、ただの事務なんですけど!?」

「とにかくもだ、俺の娘の命が危ない! じゃ!!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ハーヴェイ様!? キャンセルってそんな、」

「おい、火炎の悪魔! 倒れている場合かよ!? 行くぞ! 俺、首謀者の顔も知らないし、何が起きたかも全然把握してないんだからな!?」



 全然把握出来ていないのに、そこまで動けるんですか? ハーヴェイさん。そんな軽口を叩こうと思ったのに、出来なかった。ぐいっと俺の首根っこを掴んで持ち上げ、体を支えつつ、おそらくはダイアナを見つめる。



「ダイアナ! 繋げたか? 道」

「ええ。運が良かったわね、ハーヴェイ。フィーフィーが導いてくれるから」

「フィーフィー? だってそれは、ジョージ叔父さんの人外者じゃ……」



 ジョージ叔父さん? 確かレイラちゃんの父親、今は亡きハミルトン子爵の叔父。どうしてその人外者の名が出るんだろうと思っていたら、また視界がぐらりと揺れる。ああ、気持ち悪いな。沈みかけの船にでも乗ってる気分だ。レイラちゃん、レイラちゃん。



「おい。しゃきっとしろよ、火炎の悪魔。ここじゃ不安定すぎて、お前のガイルとやらも出てこれないんだからな」

「真っ暗ですね。何も見えない……」

「ああ。でも、月明かりがあれば十分だろ。ほい」

「わっ……」



 ハーヴェイが魔術でぽんっと、月光のように淡く光るランプを生み出す。目を凝らして見てみると、瑞々しい植物の蔦の先に、丸く織られた球体がぶら下がっていた。そこから、ぼんやりと淡い光が零れ落ちている。ふと気になって、前を見てみると、一本の道が白く浮かび上がっていた。かろうじて二人が通れるような細い道を、ダイアナを先頭にしてひたすら歩く。



「すごいですね……そんな性格なのに、綺麗で繊細なランプを生み出せるなんて」

「喧嘩売ってるだろ、お前。絶対に」

「ハーヴェイ、付いてきてる? フィーフィー、せっかちだもの」

「ああ、そうだ。それだよ。何でフィーフィーさんが……?」

「さん? お知り合いですか?」

「……ああ、学生時代にな。ジョージ叔父さんが病死するまで、傍にいた奥さん同然の人外者で。よく遊びに行ったよ、イザベラと二人でな」

「奥さん同然の人外者……なるほど、俺にとってのレイラちゃんですね?」

「ぶっ殺すぞ、この野郎! まったく。叩いても叩いても蘇って、起き上がってくるな……お前は」



 何となく分かっていた。彼女の態度、憂鬱そうに微笑む顔。アーノルドのぎこちなさと、ジルさんの苦笑。この人が全部全部、絡んでいる。なのにどうしてだろう、ちっとも腹が立たない。こんなことで取り乱せるほど、俺はまともじゃない。



 足元を見てみると、淡く光り輝いていた。ダイアナの力の影響か。どこまでも続く暗闇の中を、まるで誰かに導かれているかのように、ひたすらに歩く。



「貴方の仕業でしょう、これ」

「あ? 俺がレイラを誘拐するとでも?」

「いいえ、誘拐の件じゃなくて。俺を殺そうとでもしました? 彼女をそうやって脅した?」

「やめろよ、にこやかに威圧してくんの。まったく、年々あのおっさんに似てくるなぁ……」

「あのおっさんって一体誰のことですか? もしかして、俺の父……」

「いいや、ルートルード国王だよ。お前が殺した」

「……そうですね。俺が殺した」

「流石に取り乱しはしないか、火炎の悪魔君」

「今は彼女に気を取られているので。普段であれば、取り乱すんでしょうね」



 思ったことを言ったまでだが、ハーヴェイが「どこまでも他人事だな、お前は」と言って舌打ちをする。他人事? 違うな、自分事に出来ないだけだ。あまりにも傷が深くて。困って笑って歩いていると、ダイアナがくるりと振り返った。ほんの少しだけ、眉を下げている。



「ハーヴェイ……私の大事な子。ここからもっともっと、歪むわよ。気をつけて?」

「ああ。レイラは……?」

「ねぇ、今日はどんな日か知ってる?」

「ん? ああ、もちろんだとも。今日は十七年に一度のおぞましい日で……まさか」

「そう、そのまさかよ。ハーヴェイ。一説によると、この日には死者も蘇るんですって」

「死者も……?」

「ほんの一瞬、ほんの一時だけね?」



 その言葉を聞いて息を飲み込み、後ろを振り返る。俺が会いたいのは一体誰だ? 父上か? 母上か? それとも。



「駄目じゃないか、エディ。真っ直ぐ前を向いて歩かないと。色んなものを取り零してしまう」

「その通りですよ、エディ。忘れたのですか? 私達の遺言を」



 誰かが俺の肩をぽんと叩いて、通り過ぎてゆく。鮮やかな赤髪と揺れる黒髪を見て、泣き出しそうになった。思わず駆け出そうとしたが、隣にいたハーヴェイに、がっと肩を掴まれる。



「叔父上、叔母上……!!」

「だめだ、やめろ!! 一歩でもずれたら()()()()、お前! ダイアナが整えてくれた道から外れるな!」

「叔母上! あの、何でしたか!? 死ぬ前、俺が首を落とす前! 俺に何て言おうとしてましたか!? 叔母上、叔父上!!」



 熱い涙が目に浮かぶ。知りたいんだ、俺。今日が十七年に一度のおぞましい日なら。でも、二人は何も答えない。夜会にでも行くような盛装姿で腕を組んで、楽しげに歩いている。しばらく黙ってその背中を見つめていたら、ふっと掻き消えた。それも唐突に。



「叔母上、叔父上……」

「ただ、幸せにと。そのお嬢さんと幸せにと、エディ」

「私の最期の言葉が効いたみたいだな、エディ。ごめんよ、悲しかったんだ。でも、お前もお前で王族としての自覚が芽生えた……幸せにな、エディ。愛してるよ」



 耳元で二人の声が響いた。つうと、一筋の涙が流れ落ちる。歯を食い縛って息を止めて、その言葉を噛み砕いた。ああ、申し訳ありません。いいえ、そんな言葉じゃ到底表しきれない。



「叔父上、俺もです。あなたのことを、っぐ、本当に尊敬していました。愛していました……」

「……はぐれるなよ、エディ。何を言われたかは知らんが。落ちて戻れなくなるぞ?」

「はい……」



 意外にもハーヴェイがぐいっと、泣く俺の腕を掴んで歩く。胸が詰まって何も言えなかった。涙が止まらない。過去の何もかもを、急に許して貰えたような気がして。



「っうう、あとはレイラちゃんと結婚するだけだ……」

「は? 許さねぇからな? ぶっ殺すぞ、お前」

「うぐ、でも、きっと何とかなる……!! だって今日は、歪んだことが上手くいく日だから」

「おいおいおいおい……悪いことしかしてこなかった俺、圧倒的に不利じゃん。どうしよ……」

「見えてきたわよ、ハーヴェイ。もうすぐで、可愛いあの子の下に辿り着くわ」

「あっ、フィーフィーさんは……」

「あの子の下へ行ったわ。彼女、子供好きだもの。それに、ジョージからも頼まれているしね。レイラのことを」








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