ゲーム開始
運営委員会で資源管理システム(RMS)について議論する中、孝之がこんな指摘をした。
「このゲーム、RMSの演算パラメータを匙加減できるもんが有利ちゃうん?」
皆が孝之に注目する中、大山が口を開いた。
「孝之君、それに関しては私から説明しよう。議長、いいかね?」
「はい、お願いします。」
「RMSの演算パラメータについては、現時点での協会の保有する資源、及び会員の職種を元にした初期設定値が入っている。シェン、資料を配ってくれ。」
シェンは、鞄から資料を取り出し皆に配った。
「RMSのパラメータに関する資料です。」
そこには、職業別のQPの加算レート、各労働に対するCPの加算レート、レベルアップの閾値などが細かく記されていた。
「これらのパラメータの変更が必要になった場合、当面はこの運営委員会で協議して公平になるよう再調整する。」
「当面と言いますと? 将来的には別の方法になる言うことですか?」
孝之の質問に、大山は頷く。
「将来、私や君たち運営委員を引き継ぐ者が、必ずしも優れた資質と倫理観を持っているとは限らない。そこで、ある時点でRMSの調整を人間の手から切り離し、AIに任せることを考えている。」
RMSのパラメータを調整する者は利権を独占できる可能性があるのだが、機械にやらせればそれを防げるという訳である。
そこで米村が、はいっと手を上げた。
「AIは、何を判断基準にしてRMSのパラメータを決めるんデスか?」
「LSUスコアを判断基準とする。」
「LSUスコア?」
「資料の最後のページを見てくれ。」
そこには、
<生活棟 LSUスコア: 8日>
<協会本部 LSUスコア: 90日>
<協会全施設 LSUスコア: 2940日>
と記してあった。
「LSUとは何デスか?」
と米村。
「生命維持単位(Life Sustaining Unit)の略だ。あるユニット内で外部からの資源供給が全くない状態で人間が生きていける時間の平均値として定義される。」
皆がまだ理解できていない様子を見て、大山は例を挙げて説明する。
「例えばスキューバダイビングの装備で水中に潜り続けている人間は、空気タンクの容量分しか生きられない。この場合、LSUスコアは、約0.5時間となる。」
優子が手を上げる。
「生活棟のLSUスコアが協会本部より短いのは何でなん?」
「生活棟は住んでいる人数が多いから食糧庫の備蓄が早い段階で尽きる。協会本部は私と由川の2名なので尽きるまでの時間が長い。」
今度は辻が手を上げた。
「協会全施設のLSUスコアが長いのは食料生産棟や農家の畑があるからですか?」
「そうだ。だが医薬品は生産していないので備蓄品に依存する。農耕機械を動かすガソリンもだ。それらの生命維持に必要な資源の備蓄量を考慮して算出した値が2940日だ。」
米村は、そこでようやく、AIの判断基準の意味が分かった。
「つまり、AIは、LSUスコアを最大にするようにRMSの演算パラメータを調整するということデスか?」
「そういうことだ。例えば協会で医薬品の生産が可能になれば、LSUスコアが延びるので、AIは医薬品生産者のポイント加算レートを高くするように調整するだろう。そうなれば医薬品を優先的に生産する者が現れる。」
「AIでパラメータ調整が可能になるまで、あとどれ位かかるんデスか?」
「すでに半年前から機械学習を始めているが、あと5年くらいは試行期間となる。試行期間中のRMSのパラメータは、AIを参考にしつつ運営委員によって調整される。」
孝之が手を上げる。
「協会員はポイント加算レートをどないして知ることができるんですか?」
「RMSアプリを通じて、週に1回、自動的に配信される。」
質問が一段落したところで、議長の由川が皆を見渡した。
「他に何か質問がある方はいますか?」
誰も手を上げないのを確かめると、
「では、僕からも一ついいですか?」
と大山を見る。
「構わん。」
「現実的な問題として、協会内で医薬品や石油製品を製造するのは、そう簡単にできることではないと思います。運営基金を使用して外部から購入するというのでは駄目なのですか?」
「もちろん会員の命に関わるのに基金を使用しないというのは本末転倒だ。当面は基金を使用して購入することになるだろう。だが、協会の基金を資源とみなしてLSUスコアを算出するのは不確定要素が大きくなるので望ましくない。君たちにはできるだけ基金を使わない方法を模索して欲しい。」
「不確定要素というのは?」
「例えば外国から輸入するものは現地の政治情勢や流通路の安定性によって供給量が大きく変動する。為替レートも日々変動する。これらが不確定要素となりLSUスコアの算出値の誤差が大きくなってしまう。」
「ちなみに、基金を資源と見做した場合、協会全施設のLSUスコアはどれくらいですか?」
「10年から30年といったところだろう。」
「その間に何とかしないといけないということですね。」
皆が概ね納得したところで、由川がいったん休憩を入れることを申し出た。
「それでは休憩に入ります。休憩後はRMSのデモンストレーションを行います。」
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休憩に入ると、由川はお茶とお菓子を用意するために台所に向かおうとした。すると、優子が、
「うちも、手伝うよ?」
と申し出た。優子は普段は生活棟で料理当番をしているのだが、大山邸で運営委員会がある日は台所で茶菓子を準備したり、ちょっとした料理を作ったりしていたのだ。
米村は、二人が台所に行くのをボーっと眺めていた。
おミヤサン自分では気付いていないのかナ、、由川クンも鈍感だからナ、、、
そして、隣にいる辻の肩を、ポンと叩く。
「え? 何?」
辻が米村の方を向く。
「いや、何となく。」
米村は訝し気な目でこちらを見る辻を、生暖かい目で見返すのだった。
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優子は台所につくと、由川に尋ねた。
「よっしーは、シェン君が関わっとんの、いつから知っとったん?」
由川は、調理台に置いてあった饅頭の箱を開けながら、
「半年前かな? 先生から教えてもらった。」
と答えると優子に、
「 えっと、お茶のお湯沸かしてもらっていい?」
と頼む。
「おっけー」
優子は大山家の台所には何回も来ているので、どこに何があるかは大体把握している。食糧庫から消費期限の一番古いミネラルウォーターを取ってきて、シンクの下から取り出したやかんに注ぐ。
「シェン君、バレたらクビ言うとったけど、もう少しうちらのこと信用してもえー思うねん。」
そう言って、やかんを IHコンロに乗せスイッチを入れる。
どうかな、、おミヤさん、口が軽いし、、、
由川は、孝之と隆一が大山からRMSの説明を受けている時の反応から、おそらく彼らは既にRMSのことを知っていたのではないかと推測していたのだ。
「でも、2年であれだけのものを準備するなんて、さすがだね。」
高校時代のシェンは、部活のPCを使って自作のゲームを作ったりしていたのだが、プログラミングが得意な由川から見ても、シェンの才能はずば抜けていた。
「まあシェン君やしな。社情庁でPSチップ開発しとる言うとったやん。チップの内部仕様なんかも詳しいんちゃうん?」
由川は皿に饅頭を盛り付けると、食器棚から湯呑みを8人分取り出してテーブルに置いた。
「PSチップって言えば、シェン君もやっぱりインプラントしてるのかな?」
「それや! シェン君に会ったら聞こう思とったんや!」
優子は急須にお茶っ葉を入れながら、ニマニマとしていた。
「居間に戻ったら、聞いてみる?」
「そやな!」
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由川と優子が茶菓子を持って居間に戻ると、大山が声を掛けた。
「由川、RMSのデモンストレーションだが、茶でも飲みながらやることにしないか?」
由川は饅頭が入った皿をテーブルに置くと、
「そうですね、時間も押してることですし。」
と答えた。その横で優子は急須と湯呑みの入ったお盆をテーブルに置き、シェンの方を向く。
「その前に、シェン君に聞きたいことがあんねん。」
「何でしょう?」
「PSチップ、インプラントしとるやろ?」
優子の問いに、彼は左腕を上げてブレスレットを見せた。
「俺のPSチップはこれです。」
「うそやろ!?」
優子と同じく、由川、米村、辻も、意外そうな顔をしてシェンを見つめていた。
シェンはそんな4人の反応を見ながら、
「効率厨メンバーで、俺がインプラントしているか賭けでもしてたんですか?」
と呆れ顔で尋ねる。
「ずっと前に4人で飲み会した時な、うちら示し合わせた訳でもないのに全員チップ入れとんの分かって、めっちゃウケたねん、、、」
優子はシェンがインプラントをしていないことで、何となく効率厨クラブの結束が綻びたような気がして意気消沈する。
「皆、シェン君はインプラントしていると思ってたから、賭けにはならなかったけどね。」
と由川が付け加える。
そんな彼らの様子を横で見ていた大山は、
「で、シェン、本当はどこにチップを入れているんだ?」
と尋ねた。
シェンは、一瞬、ビクッと体を震わせると、
「何のことでしょう?」
と大山を見る。
「そのブレスレットはカモフラージュだろ?」
シェンは、数秒間、逡巡すると、はあ、と大きく溜息をつく。
「右腕に入れてます。このブレスレットはスキミング対策です。」
優子はそんなシェンの告白を聞いて、
「うちらのこと、騙したな、、、」
とシェンを睨む。
「普通、チップ入れてるかなんて他人に教えませんよ。」
シェンは小馬鹿にしたように優子を見返す。
優子は、つかつかとシェンの所に歩み寄ると、バンっと彼の背中を思いっきり引っぱたいた。
「痛っ! 今のはマジ痛かったです! 何するんですか、三宅先輩!」
「愛のムチや!」
優子は目に涙をいっぱい溜めながら、
「うちらのこと、他人とか言うな!」
そう言ったとたん涙がポロポロと流れる。
「泣ーかした、泣ーかした」(米村)
「先ー生に言うてやろ」(辻)
「今のはシェン君が悪いかな」(由川)
「え!? 俺が悪いの?」
大山はそんな彼らを優しい目で見ながら、
「シェン、謝っておけ。」
と言い、湯呑みを取って茶を啜る。
シェンは拗ねた子供のように不貞腐れると、
「別に騙そうとか、そんなつもりはなかったんですが、、三宅先輩、すみませんでした、、、」
と謝る。
そんなやり取りを横で見ていた隆一は、だはははは、と爆笑する。
「おめーら、面白れーな。 」
孝之も笑いながら優子を諭す。
「優子、シェン君許したって。」
そんな感じで、奇しくも運営委員の結束は、思わぬ形で固まっていったのだった。
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シェンの謝罪の後、優子は涙を拭ってソファに座ると、饅頭を食べながら、
「RMSのデモンストレーションするんやろ、はよして。」
とシェンを急かす。
あなたが中断させたんですけどね、、、
シェンは理不尽に思いながらも、優子が機嫌を直したことにホッとして、鞄から一枚の紙を取り出した。
「ここに印刷してある2次元バーコードに携帯でアクセスすると、RMSアプリがダウンロードできます。」
そこには、G-Phone版と、Cyborg版の2種類の2次元バーコードが印刷されていた。
「どなたか、試してみたい方いますか?」
「うちがやる!」
優子を筆頭に、その場にいる全員が手を上げていた。
「では、三宅先輩から、どうぞ。」
優子は携帯を取り出すと、G-Phone版の2次元バーコードをカメラで読み込む。
<自給生活協会ポイントアプリ>
アプリストアにそんなタイトルが表示された。
「普通にアプリストアからダウンロードできるんやな。」
シェンによると、資源管理システムやRMSというタイトルにしなかったのは、アプリ審査時の説明が面倒だったためらしい。一般会員に説明するときも、ポイントアプリの方が理解しやすいと考えたみたいだ。
皆が見守る中、アプリをインストールして立ち上げる。
<会員番号を入力して下さい>
「うち自分の会員番号、覚えとらんよ?」
「会員名簿なら由川さんに印刷してもらいました。」
シェンが鞄から、自給生活協会の名簿を取り出し、テーブルに置いた。
「毎回会員番号を入力せなあかんの?」
「次のステップでPSチップとペアリングすれば、次回からは入力不要です。」
優子は名簿を見ながら、会員番号を入力する。
<次に個人認証を行います。携帯をPSチップに近づけて下さい>
優子は左手の小指近くに埋め込んであるPSチップを携帯に近づける。ピロンと音がして認証される。
<RMSサーバーにアクセス中・・・>
<三宅優子さん、ようこそ>
<続いて公的資格を確認します。PSサーバーにアクセス中・・・>
<経済学士を確認しました。1000QPが加算されました>
<レベル2になりました>
<簿記2級を確認しました。簿記スキルを獲得しました。1000QPが加算されました>
<レベル3になりました>
<続いてCPを確認します。RMSサーバーにアクセス中・・・>
<現在のCPは登録されていません>
一連の初期設定が終わると、ホームメニューが表示された。
「次は僕がやってもええやろか?」
孝之が申し出る。
「どうぞ。」
孝之は、アプリをインストールすると、会員番号を入力し、PSチップを当てる。
<三宅孝之さん、ようこそ>
<続いて公的資格を確認します。PSサーバーにアクセス中・・・>
<自動車運転免許を確認しました。1000QPが加算されました>
<レベル2になりました>
<医学博士を確認しました。1000000QPが加算されました>
<レベル3になりました>、<レベル4になりました>、<レベル5になりました>、<レベル6になりました>、<レベル7になりました>、<レベル8になりました>、<レベル9になりました>、<レベル10になりました>
<医師免許を確認しました。医療スキルを獲得しました。1000000QPが加算されました>
<レベル11になりました>、<レベル12になりました>、<レベル13になりました>、<レベル14になりました>、<レベル15になりました>、<レベル16になりました>、<レベル17になりました>、<レベル18になりました>、<レベル19になりました>、<レベル20になりました>
<最高レベルに達しました>
「いきなりレベルカンスト!?」
驚く優子に、大山がコメントする。
「現在の協会の規模では、レベル20が最高だ。今後規模が拡大すればレベルの上限値は上がる。」
孝之に続いて、他の者も次々アプリをインストールする。結果、以下のようになった。
優子:<経済学士><簿記2級> レベル3
孝之:<自動車運転免許><医学博士><医師> レベル20
由川:<理学学士><情報処理技術者> レベル7
辻:<自動車運転免許><哲学学士> レベル3
米村:<自動車運転免許><工学修士><自動制御管理士> レベル12
隆一:<自動車運転免許><工学修士><一級建築士> レベル14
シェン:<自動車運転免許><理学修士><情報セキュリティ管理士> レベル12
大山:<自動車運転免許><数学博士><教員免許:失効> レベル11
「QPの初期値は、PSサーバーに登録されている個人情報を元に自動的に計算されたものです。もちろん本人の資質はこれだけで測れるものでないので、今後の活動内容によって資格によらないスキルが認知され次第、その都度QPが追加されます。」
シェンはそう説明すると、次にアプリの使用法について解説した。
アプリのホームメニューには、「ポイント登録」「予約」「その他」とあった。
「ポイント登録」は、生産物を協会の資源保管棟に持って行った際に、受付で登録するとCPが加算される。生産物には消費期限の確認や品質評価をする際に識別できるようにロット毎に2次元バーコードが貼られる。また労働した際は、その労働の種類と時間、労働をしたことを保証する人物を登録する。RMSは保障人に問合せ、その労働が実際に行われたことが確認されるとCPが加算される。なお、虚偽の登録をした場合、生産者、労働者、保証人共にペナルティが科せられCPが大きく減算される。
「予約」は、会員が欲しい物を検索すると、その物品の在庫、生産量、消費量、予約者のレベルによって計算された供給情報の入った2次元バーコードが表示される。会員はそれを受付でかざすとその物品を受け取れる。
「その他」には「ポイント加算レートの確認」、「パーティ登録」、「ミッション」などがあった。
現在のミッションは、
<金属の生産 100万CP>
<石油代替品の生産 100万CP
<医薬品の生産 200万CP>
<自動車の生産 200万CP>
・
・
・
といったものがリストされていた。
「これらのミッションはパーティを組んで行います。達成すると大きくCPが加算されます。」
アプリの使用方法の説明が終わると、隆一が尋ねた。
「一般会員には、どうやって説明するんだ?」
現在、自給生活協会の一般会員は大山と委員を除くと96人、年配の人たちにはRPGの用語を使って説明しても理解してもらえないだろう。
大山がシェンに変わって答える。
「一般会員には近々説明会を開こうと思う。由川、準備を頼む。」
「はい。」
「ところで、今後ミッションを行うにあたって、運営委員を2組のパーティに分けようと思う。」
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大山による、いきなりのパーティ編成の要請に辻が聞き返す。
「もうパーティを組むんですか!? 」
「そうだ。競争した方がゲームらしいだろ。」
「どうやって、組み分けするん?」
と優子。
「くじ引きだ。」
そう言って、胸のポケットからペンを取り出すと、テーブルの上の紙の一枚を裏返して、線を縦に8本引き始めた。
「あみだくじ!?」
大山は、他の者に後ろを向かせて、4本の線の下に〇を書き、端を折って隠した。
「私は一番最後に選ぶから、右回りで順番に名前を書いて、横線を適当に引きなさい。」
全員の準備が整うと、それぞれ線を辿って、2組のパーティが決定した。
第1パーティ: 大山、由川、米村、優子
第2パーティ: 孝之、隆一、辻、シェン
「それでは、来週から、それぞれパーティに分かれて活動開始だ。」
こうして、自給生活協会のリアルRPGが開幕した。
次話から、時間を遡って効率厨クラブの高校時代のエピソードを書こうと思います。