資源管理システム(2)
土曜日の午後、秋空の中、三宅兄妹、米村、辻、隆一の5人は、生活棟から大山邸までの凸凹のあるアスファルト道を歩いていた。自給生活協会の土地は元は大山の私有地だったので、徒歩で10分くらいで行き来できるのだ。彼らが歩いている途中、前方から農家のトラクターがゆっくりと向かってきた。トラクターが通り抜けられるように道端に寄ると、運転していた年輩の男性が声を掛けてきた。
「優子ちゃんたち、揃ってどっか行くんかね?」
「会長の家で集会があんねん。」
「そっかー、会長によろしくなー。」
優子達は去り行くトラクターに手を振ると再び歩き始めた。
大山邸に到着すると、由川が出迎えた。
「お疲れ様です。中に入って下さい。」
廊下を渡って居間に入ると、そこに黒いスーツを着た長身の男が立っていた。
かつて北央高校科学部で優子達の一つ下の後輩であった王李神である。
「え!? シェン君? 何でここにおるん?」
優子が驚いて思わずシェンを指さす。米村と辻も驚いている様子だ。
「三宅先輩、お久しぶりです。米村先輩と辻先輩も。」
シェンは軽く会釈する。
「よっしー? どういうこと?」
優子が由川を問い詰める。
「ごめん、先生に他の皆には内緒にしろって言われてたから。」
由川は面目ないという感じに両手を合わせて3人に謝る。
「誠ッチの知り合いか?」
尋ねる隆一。
「高校の時の後輩だよ。」
由川達のそんなやりとりを横目に見ながらシェンは大山の方を見た。
大山はコクリと頷く。
シェンは初対面である隆一と孝之の方を向くと、
「社会情報庁の王李神と申します。」
と言って一礼した。
「あー、君がシェン君なんや。優子から噂はよう聞いとりました。」
孝之の言葉を受け、シェンは横目で優子を一瞥する。
三宅先輩、どんな噂をしてたのやら、、、
「僕は優子の兄の、三宅孝之、言います。どうぞよろしゅう。」
そう言ってシェンに握手を求める。
「よろしくお願いいたします。」
シェンは孝之の手を握る。
「俺は、清水隆一、よろしくな。」
隆一もシェンに手を伸ばす。
「よろしくお願いいたします。」
シェンは隆一の手を握る。
「あなたは、由川先輩の御親戚の方と伺っております。」
「誠ッチの3つ上の従兄だよ。」
由川の父の姉が、家政婦の清水さんなので、隆一は由川の父方の従兄だ。
挨拶が終わると隆一は、そう言えばという感じでシェンに尋ねた。
「王って言や、WHCの王呉成の親戚とか?」
WHC(和皇高速通信)は和皇国のインターネット通信の最大大手で王呉成はその会長である。
隆一の質問にシェンはピクリと眉を動かすと、鋭い眼光でギロリと彼を睨む。
「王呉成は私の祖父ですが、それがあなたと何の関係が?」
シェンの反応に隆一は、
「おっと、悪りぃ、冗談で聞いてみたら、まさか本当だったとはな。」
と言って頭を掻く。由川はそんな二人の様子を見て慌てて弁明する。
「シェン君、隆一兄さんは別に君のこと詮索しようとして聞いたんじゃないよ? 基本的に大雑把な性格の人だから。おミヤさんタイプというか、、、」
由川の言葉に、
「よっしー、誰が大雑把やて?」
と優子が軽く睨む。由川は、あわわわという感じで手を振りながら、
「え、いや、ごめん、そういう訳じゃ、、、」
とオドオドしながらどうしたものかと、シェン、優子、隆一を見回す。
そんな由川を見て、シェンは、ふぅ、と小さく溜息をつくと、
「由川先輩、大丈夫です。清水さんも失礼いたしました。」
そういって頭を下げる。
するとソファに座りながら彼らの様子を眺めていた大山が、
「由川、そろそろ委員会を始めるぞ、議事進行を頼む。」
と容赦なく言い渡した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大山の鶴の一声で、その場の皆が、居間のテーブルを囲んでソファに座った。
テーブルの上座に議長の由川、向かって右側に大山、孝之、隆一、左側に優子、米村、辻、下座にシェンという並びで、円卓ならぬ、長方形卓会議と言ったところである。
「えー、それでは、第23回自給生活協会運営委員会を開催したいと思います。」
由川が開会を宣言すると、優子が、はいっ、と手を上げる。
「その前に聞いときたいんやけど、シェン君はどういう立場なん? そもそも協会の会員なん?」
「彼はまだ会員ではない。シェン?」
大山に呼ばれると、シェンは立ち上がり大山の元まで歩いて行き、内ポケットから一枚の紙を取り出して差し出した。
「遅れましたが、自給生活協会の入会を申請いたします。」
大山は、うむと頷くと、
「受理する。」
と言って申請用紙を受け取る。
「という訳で、彼はたった今、協会員になった。」
大山の隣の孝之は、その様子を眺めながら、
えらい芝居がかったことするんやなぁ、、、
と傍観者然とした面持ちで、事の成り行きを見守る。
「あの、いいデスか?」
米村が手を上げた。
「シェン君は、資源管理システムと何か関係あるんデスか?」
その質問を受けシェンは米村を見る。
米村先輩はいつも飄々としているけど勘がいい。
そして、彼は下座の自分の席に着くと皆を見渡してこう述べた。
「私は社情庁の研究機関でPSシステムの開発を担当しているのですが、2年前から大山会長の指示の下、秘密裡に資源管理システムの開発も行って参りました。」
「何で秘密にせなあかんの?」
優子が不思議そうに尋ねる。
「公務員が内職をすることは禁じられています。バレたら首になります。」
とシェン。
「あちゃー、シェン君、危ない橋渡っとるんやなー」
「ですから、私がここにいるということはどうか御内密に。」
シェンの言葉に優子はニヤリと笑って、
「さすが大山二世やん、悪だくみがよう似合うわ。」
と揶揄う。
「俺をそのあだ名で呼ぶのは止めてください。」
シェンはムッとして、思わず素の言葉遣いで優子に抗議する。
そんな二人のやり取りを見て、隆一は彼らの傍若無人な振舞いに唖然としていた。
大山会長の目の前で、、すげーな、、、
件の大山は、むしろ機嫌の良さそうな顔で、優子とシェンのやり取りを眺めていた。
それにしても、王李神、慇懃無礼な奴かと思ったが、心を許した相手には本音を出すタイプか?
隆一がそんなふうに考えている中、由川が、コホンと咳払いをする。
「えーと、議事を進めていいですか?」
「あ、よっしー、ごめんな?」
「由川先輩、失礼しました。進めてください。」
それを聞いて、由川は議事を進める。
「それでは始めに、孝之さんと隆一兄さんに資源管理システムについて説明したいと思います。」
すると、大山が口を開いた。
「私から説明しよう。」
そう言って、資源管理システム、通称 RMS(Resource Management System)について説明を始めた。
孝之と隆一は優子から概略は聞いていたのだが、確認の意味で大山の説明に耳を傾けた。
「、、、という訳で、RMSは今後、協会の規模が拡大していくと必要不可欠になってくる。」
大山がRMSの説明を話し終えると、米村が、はい、と手を上げる。
「RMSは技術的にはどのように実現するのデスか?」
大山は、ふむと頷くと、
「RMSは人にステータスを与えるという特性上、個人認証、データ通信、大規模データベースの技術が必須となる。」
と言い、シェンの方を向く。
「そこで、白羽の矢を向けられたのが私という訳です。」
シェンが言葉を引き継ぐ。そして由川の方を向くと、
「議長、このまま進めてもよろしいですか?」
と尋ねた。
「はい、このまま進めてもらって結構です。」
「それでは、こちらの資料をご覧ください。」
シェンが手元のPCを操作すると、壁にある大画面モニターに、
<資源管理システムの実装>
というタイトルのスライドが映し出された。
「RMSは、個人認証にPSチップを使い、それとペアリングされた携帯端末、そして個人のステータスを記録するデータベースサーバーからなります。」
シェンはPCを操作して次のページを映す。
「携帯端末にはRMS専用アプリをインストールします。端末のハードウェアはGrape社のG-PhoneとWHC社のCyborg携帯の両方に対応しています。」
シェンの説明によると、G-Phone版、Cyborg版ともアプリの開発はほぼ完成しており、今後協会内で仮運用をしながら改修していく予定とのことだった。データベースサーバーは現時点で大山邸に小規模なサーバーが設置されていた。将来的には電力設備が強化された大規模データセンターを協会の敷地内に建築する計画であった。
「ちょっとええですか?」
孝之が手を上げた。
「こんだけのもん作るんは大変や思うねんけど、他の開発メンバーも秘密でこれやっとんの?」
「私以外に開発メンバーはいません。」
「シェン君一人でやったちゅうこと?」
「そうです。」
孝之は大山を見た。
「信じてええんやろか?」
大山は孝之を見て頷く。
「無論だ。私が保証する。」
優子と由川も付け加える。
「まあ、シェン君ならやる思うよ?」
「そうですね。彼ならやると思います。」
孝之は、ほう、と呟くとシェンを見る。
いやはやこの子、大したもんやな。
彼が感心したのは、シェンが一人でRMSを開発したことよりも、大山や由川達の信頼を勝ち取っていることの方であった。そして傍で見ていた隆一も同じ気持ちであった。
「会長のお墨付きあるんやったら何も言いません。シェン君、気い悪せんでな。」
「いえ、お疑いになるのも尤もだと思いますので。」
そして、由川の方に向く。
「議長、先に進めていいですか?」
「はい、どうぞ。」
由川の了承を得て、シェンはPCを操作する。
「それでは、次に。」
モニターに別の資料が映し出された。
<資源管理システムの導入シミュレーション>
大山と由川が昨日見たものだ。
シェンは、自給生活のコミュニティ内で貨幣が自然発生する可能性があること、そしてそれを解決するために、個人間でCPの受け渡しを行えるようにしたことを述べた。
このことについては委員たちの間で大いに議論になった。彼らは由川と同じく、レベルが高いものがCPの受け渡しでレベル上げを際限なく行えるチートについて指摘したが、どんなにレベルが高くても個人に供給される資源には上限があり、そういったチートを抑制できるとの説明を受け、概ね納得した。
次にシェンは、もう一つのステータス、QP(Quality Point)について述べ始めた。
「QPの説明の前に、スキルについて説明します。」
シェンの説明では、スキルとは、職種によって分類される技能のことである。例えば食材を加工して料理を作る者は調理スキルを、医療行為を行う者は医療スキルを持つことになる。
「このようにスキルは職種によって分類されます。個人が持つスキルは一つとは限りません。そしてQPは個人が持つスキルの技量レベルによって上昇します。」
辻が、はいっと手を上げる。
「QPはスキル毎にあるんですか?」
「そうです。複数のスキルを持っていれば、複数のQPを持つことになります。」
「QPは具体的にどうやったら上がるんですか?」
「一番手っ取り早いのは、公的資格を取ることです。医療行為などはそもそも資格がなければ行えないので必須です。資格を取ればそのスキルのQPが大きく加算されます。」
それを聞いて、辻は一気に不安になった。
僕、運転免許以外、何も資格持ってない、、、
「QPは、資格以外にも他人からの評価によっても加算されます。例えば、調理師に対してその料理を食べた人はRMSアプリを通して評価します。高評価の場合はQPが加算され、低評価の場合は減算されます。もちろん料理を人々に提供するということはコミュニティに貢献することなので、労働に応じたCPも加算されます。」
そこで由川が手を上げた。
「RMSは個人が消費できる資源しか供給しないんですよね? だったら調理師は他の人たちに提供する沢山の食材をどうやって手に入れるんですか? 」
「調理師などの加工スキルを持った者は代理請求を行うことができます。」
「代理請求?」
「調理師は料理を提供する際にRMSアプリを通して予約を受け付けます。そして予約をした人の端末からRMSに料理の材料が請求されます。予約した人のレベルが低くて材料が供給できない場合その予約はキャンセルされます。予約の人数が確定すると、調理師はその人数分の材料を代理で受け取ることができます。」
隆一が手を上げ質問する。
「その調理師が、材料だけ受け取って料理を提供しなかったらどうなるんだ?」
「調理師に材料が譲渡されたと見做され、予約した者には材料分のCPが加算され、調理師からはその分のCPが減算されます。料理を提供しなかったことで調理師としての評価も下がるのでQPも減算されるでしょう。」
シェンは続ける。
「ただし予約した人が料理を食べに来なかった場合は、資源を無駄にしたペナルティとして予約した人のCPが減算されます。」
隆一は、もう一つ別の質問をした。
「協会の会員は農家や畜産家の人たちが多いんだが、彼らはどういう風にCPとQPを上げればいいんだ?」
「生産者は、生産物の質によってQPが加算され、量によってCPが加算されます。CPについては生産する過程での労働によっても加算されます。そのため天候などのやむを得ない原因で生産できなかった場合でもCPはある程度上げることはできます。」
シェンはそこまで説明すると、皆を見渡した。
「他にご質問は?」
孝之が手を上げる。
「おおよその仕組みは理解したんやけど、ひとつ気になることがあります。」
「と、言いますと?」
「RMSが演算で CP や QP 決める言うても、それをプログラミングしとんのは人間や。」
孝之は顎に手を当て皆を見回した。
「このゲーム、RMSの演算パラメータを匙加減できるもんが有利ちゃうん?」
それは実に的を得た南州人らしい指摘であった。