資源管理システム
自給生活協会の設立から2年が経過した。
三宅兄妹は、北央市の小児科クリニックを売却し天神町に引っ越してきた。
協会の生活棟では、米村、辻、三宅兄妹、清水一家と工務店の社員、他、農家や畜産家の家族が生活を始めていた。
由川は大山邸に残り天仁町役場の仕事を続けながら主に協会の事務を担当していた。
米村は農業技術研究所の研究員として国から科学研究費を貰って協会の食料生産システムの改良をテーマとした研究を続けていた。
辻は実家の父親に協会の話を持ち掛けると「金がかからんのなら構わん、好きにしろ」とあっさりと了承された。寺の跡取りについては辻の弟にさせるつもりで都合よく口減らしできると思われたのだろう。というわけで、米村と一緒に食料生産棟のメンテナンスをしながら生活棟で暮らすことになった。
生活棟の食堂では、料理の得意な会員達によって当番制で食事が作られていた。食事の提供は基本的に予約制で、日曜日に料理の献立のリクエストを募り1週間分のメニューが作成されていた。
医務室は、優子の兄の孝之がクリニックの医療機器を移設して保健所に届け出をし医療行為の行える診療所になっていた。診療代は基本無料で、小さな子供から年寄まで親切に対応してもらえると好評であった。
保育室は、幼い子供がいる親が仕事に出かけるときに利用されていた。子供の世話は清水隆一の祖母ヨネさんと、隆一の妻の咲さんが面倒を見ていた。
生活棟のすぐ横には、清水工務店の協力で倉庫が建設され、食料生産棟の生産物や農家と畜産家の会員が持ち寄った生鮮食料が無料で提供される配布場が開かれるようになった。
協会の保有する土地の杉・檜・松などの森林は建材として伐採され、植林も行われるようになった。木材加工で出た端材はチップにして温水器や冬季の暖房の燃料として保管された。また一部の木材は活性炭に加工し上下水モジュールの材料になった。
そんなふうに徐々に協会での生活が軌道に乗ってきた頃、運営委員の携帯に大山から一通のメールが届いた。
<土曜日の15時、本部で運営委員会を開く。議題は資源管理システムについてだ。>
金曜日の夕食時、米村、辻、優子は食堂に集まっていた。
食堂内は6人掛けのテーブルが6脚、2列に配置されており、彼らはそのうちの一つで食事をしていた。
「大山先生から招集メール来えへんかった?」
「来てた!資源管理システムが議題だった!」
「いよいよ、リアルRPGの開幕なんデスかね?」
そんなふうに3人で話していると、由川の従兄の隆一がトレイに食事を乗せてやってきた。
「うっす、ここ空いてるか?」
そう言って、辻の席の横に立つ。
「あ、隆一さん、どうぞ、空いてます。」
辻がそう答えると、
「サンキュー」
と言って辻の隣の席に座った。
隆一は彼らの3つ年上で、協会で出会った当初はその不良っぽい口調に近寄り難さを感じていたのだが、話してみると意外と親切で気の良い人物であった。由川とは小さいころ一緒にゲームをして遊んでいたらしい。ちなみに隆一の好きなゲームは都市を開発する系のシミュレーションゲームである。
「リュウさん、昨日、よっしーと湖岡町に行っとたんやろ?」
と優子が尋ねる。
隆一は、由川に有休を取ってもらい二人で隣町の湖岡町に出張していたのだ。湖岡町は昔は亜鉛や石炭が取れる鉱山の町として栄えていたのだが、近年は鉱山が廃坑となり、代わりに半導体製造会社や製薬会社などの製造業が誘致されていた。立地的に北州山脈からの豊富な水資源と地価の安い広い平野があったため本州から移転してくる会社も多かった。
「ああ、大山会長の依頼でな。ソーラーパネルを実質無料で入手する契約をしてきた。」
隆一と由川は、湖岡町のソーラーパネル会社とある交換条件で契約をしてきたのだ。その内容は、協会の電力自給システムと上下水モジュールの使用ライセンスを提供する代わりに、セルに一部欠損があるソーラーパネルを無料で譲り受けるというものだった。ソーラーパネル会社としてはセルに欠損のあるソーラーパネルは製品から除外していたので引き取ってもらうのは有難いし、協会側としても欠損したセルをバイパスすれば8~9割程度の出力で使用出来るので満足のいくものであった。
「よっしーから事情は聞いてたんやけど、ほんまに契約できたんやな。おめでとう。」
「おう、誠ッチが分かりやすいプレゼン資料作ってくれてたからな、意外とスムーズに交渉できたぜ。」
電力自給システムと上下水モジュールの利用実績をまとめた資料を元に交渉を行なったのだが、向こう側の経営者が比較的若い人で隆一と意気投合、今後とも宜しくということで良好な関係を作ることができた。
皆が食事を終えた頃、隆一が優子たちに尋ねた。
「ところで明日の委員会の話だけどよ、資源管理システムって何なんだろうな?」
隆一の問いに優子は、えっ、という顔をして、
「リュウさん、よっしーから聞いとらへんの?」
と尋ねる。
「いや、誠ッチからは何も聞いてないぜ?」
隆一の答えに、優子たち3人は顔を見合わせた。
「そっか、リュウさん委員やし、説明するねんけどな、、、」
そう言って、優子は大山が発案した資源管理システムについて説明を始めた。
協会の資源を会員に分配する仕組みとして、一人一人に仕事の貢献量とその人の資質に応じてステータス値を付与すること、ステータスが上がるとレベルアップすること、レベルに応じて資源の配分に優先順位ができること。
説明を聞き終えると隆一は、
「なるほどな、実は俺も協会の人数増えてくと食料とかどうやって分配すんのか気になってたんだが、、そんな手を考えてたとはね。」
と腕を組み、ふむふむと頷いた。そして3人を見渡して、
「まあ、どうなるか分かんねえけどよ、このゲーム楽しもうぜ。」
と言って、ニッと歯を見せて笑った。
「そやな、楽しんだもん勝ちや。」(優子)
「攻略が楽しみデス。」(米村)
「僕も!」(辻)
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同刻、大山邸に一人の青年が訪れていた。
「大山先生、由川先輩、お久しぶりです。」
黒いスーツを着た長身の青年は、大山に負けない鋭い眼光をフッと和ませると軽く会釈する。
王李神、由川の一つ下の後輩で、大山2世の二つ名を持つ人物である。
「シェン君、久しぶり。」
「よく来たな、シェン、例の物は持ってきたのか?」
由川と大山が出迎えると、シェンはスーツケースからファイルを取り出し、
「はい、これがその資料です。」
そう言ってファイルを大山に手渡した。
「ご苦労、今日は遅いので泊っていきなさい。」
そう言って大山はシェンを家の中に招き入れた。
「シェン君、夕食は?」
廊下を歩きながら由川がシェンに尋ねる。
「電車の中で軽く食べました。」
シェンはスーツケースを転がしながら由川に付いて行く。
「シチューあるけど食べる?」
「ありがとうございます。頂きます。」
由川はシェンに食堂とトイレと浴室の位置を教えた後、客室に招いた。
「とりあえずこの部屋使って。」
「はい。」
シェンが部屋に入ると由川は、
「じゃあ、後で食堂で。」
と言うと、パタパタとスリッパの音を立てて台所に向かい去って行った。
由川先輩、メイドさんみたいだな、、、
シェンが荷物を片づけ食堂に向かうと、中からシチューの良い香りが流れてきた。
食堂の中に入ると、大山は既に席に着いており、その横で花柄のエプロンをした由川がシチューの入った皿をテーブルに並べていた。
その様子を見て、シェンは咄嗟に俯くと、くっくく、と口を押えて必死に笑いを堪えた。
どうやら、由川の格好が、シェンのツボにはまったらしい。
由川は最初キョトンとしていたが、シェンが自分の姿を見てそうなっているのだと気付いた。
「ああ、、これはおばさ、、じゃなくて家政婦さんのだけど、今日は生活棟の当番でこっちにいないから、、」
実際、家政婦の清水さんが生活棟に住み始めてから、大山邸の掃除や食事の準備を由川がすることが多くなっていた。
最近この格好に慣れてきたけど、他人が見たらやっぱりおかしいよな、、、
「シェンも席に着きなさい。由川の作ったシチューも悪くないぞ。」
大山はそんな二人の様子を気に留めるでもなくシェンに食事を勧める。
シェンはできるだけ由川の方を見ないようにしながら大山の対面の席に着き、由川もそそくさとエプロンを脱いで大山の隣の席に着いた。
「では、頂くとしよう。」
大山が食べ始めると、シェンも皿からスプーンでシチューを掬って口に入れた。
そしてちょっと驚いた顔をすると、
「これは、、、本当に、おいしいですね。」
そう言いながら由川を見た。
「このホワイトシチューは大山家秘伝だよ。レシピあるから良かったら教えてあげるよ。」
と由川。
「はい、是非。」
大山はそんな二人を満足そうに見ながら食事を進める。
3人が夕食を食べ終わると、大山はシェンが持ってきた資料を取り出した。
「ざっと目を通したが、なかなか面白い内容だな。」
シェンは食後の紅茶を一口飲むと、大山を見てコクリと頷いた。
「シミュレーションの結果、自給自足コミュニティの規模が拡大していくと貨幣や証券のようなものが自然発生することが分かりました。」
「予想通りだ。」
シェンと大山の言葉を聞いて由川が驚いた。
「え? じゃあ僕らがやってきたことは無駄だったてこと?」
「いえ、無駄ではありません。そのための資源管理システム(RMS)です。」
「由川、後でこの資料を見たまえ。」
大山が由川にシェンが持って来た資料を渡す。
<資源管理システムの導入シミュレーション>
渡された冊子にはそんなタイトルがついていた。
「結論から言いますと、コミュニティ内で価値を媒介するものが自然発生することは避けられません。なので貨幣を使用せずに価値の媒介を行う必要があります。」
「どういうこと?」
「ご存知のように、RMSは人にステータスを与えます。そのうちの一つ、貢献値(CP)を価値の媒介に使用します。」
大山の元々の案では、コミュニティの資源は各人のレベルに応じて優先順位をつけて配布するというもので、そこには個人同士の受け渡しは考慮されていなかった。シェンはそれに加えて個人同士の受け渡しの媒介値としてCPを使おうというのだ。
「例えば、ある人がりんごが5個欲しい時、RMSにりんごが5個欲しいと請求します。RMSはその時点でのコミュニティのりんごの生産量、在庫量、消費量そしてその人のレベルを比較演算して適切な量、例えば3個をその人に供給します。」
シェンの説明に由川は頷く。
「りんごが5個欲しかったのに3個しか貰えなかった人は、残りの2個がどうしても欲しい時は他の人に譲って欲しいと頼むと思います。もちろん親しい仲の人なら無条件で譲るでしょうが、そうでない場合、将来りんご2個分の価値があるものを返却するように手形を求めるでしょう。これがいわゆる自然発生的な貨幣となります。」
シェンは続けた。
「そのような自然発生的な貨幣の代わりにCPを受け渡すのです。CPは貢献量によって加算されるステータス値ですが、りんごを2個分け与えた者は貢献した報酬としてCPが加算され、逆にりんごを譲って貰った者はCPが減算されます。」
「それって、結局、貨幣を使っていることと同じじゃない?」
「CPはステータス値なので、貨幣のように利息をつけて貸したり運用することは出来ません。」
「りんごを与えた人は貰えるCPを自分で決めれるの?」
「いいえ、人がCPを決めることは出来ません。CPを吊り上げる行為を防ぐためです。CPはあくまでRMSが演算によって決定します。」
「具体的にはどんなふうに演算するの?」
「例えば、りんごの例で言えば、栽培から収穫、倉庫に保存管理されるまでに要した資源と労働力から、りんご一個に相当するCPを算出します。りんごは食品なので消費期限に応じて減価演算されたCPが付与されます。」
由川は、なるほどと頷く。それからいろんな可能性を考えてみた。一つ気付いたことがあった。
「レベルの高い人はRMSから沢山資源を貰えるんだよね。その資源を他人に与えてCPを上げれば、その人は労せずにさらにレベルアップが可能になるみたいなチートができるんじゃない?」
「さすが効率厨クラブですね。」
シェンはフッと笑う。
「ですが残念ながらそのようなチートはできません。どんなにレベルが高くなっても個人で使用又は消費できるだけの資源しかRMSから供給されません。」
由川は、シェンの説明でCPについては概ね理解できて来た。
「今日はこれくらいにして続きは明日の委員会にしましょうか、先生?」
「そうだな、由川、その資料は後で目を通しておきなさい。」
「はい。」
大山が食堂から立ち去ると、由川は食器を片付け始めた。
「由川先輩、食器を片付けるの手伝いましょうか?」
由川は脇に置いているエプロンをちらりと見る。
「僕ひとりで大丈夫だよ。シェン君は疲れているだろうし休んでて。」
食堂の入り口で大山がシェンに声を掛けた。
「シェン、私はもう風呂を使ったから、次に入りなさい。」
「はい、ではお言葉に甘えて。」
食堂から去り行くシェンを見届けると、由川はそそくさとエプロンを着て食器を台所へと運ぶ。
おばさんに男物のエプロン作ってもらおうかな、、、
書き溜め分終了。次話から投稿間隔長くなります。