トモダチ
旋律の魔法が終わると、陽御子は感激してマティの手を取った。
「マティ、わたくし感動しました!」
しかしマティは目を伏せて無言のままだった。
陽御子は不思議そうにマティの顔を見る。
「マティ?」
陽御子に尋ねられてもマティは一言も発しない。
両手を塞がれてタイピングできないのである。
まあ、いいか、いずれバレるんだし、、、
マティは手を振りほどくと、陽御子たちの目の前でバーチャルキーボードをタイピングする。
「あなたたちに秘密にしていたことがあります。」
マティは口を閉じたままボイストランスで声を出した。
陽菜と萌は驚いて両手を口に当て、陽御子は呆然とマティを見つめていた。
「私のこの声は合成されたもの、本当の声ではないわ。」
マティは一呼吸おいて、意を決したように、唇を開いた。
「こ、ここここ、これれ、れれ、これれが、わわわた、わたしののの、、ここ、え」
時子は腕を組んで少し伏し目がちになり、島田は無言でじっとマティを見つめていた。
マティは驚く陽御子たちを見て自虐的にうっすらと笑みを浮かべる。
そういう反応になるわよね、、、
マティは再びバーチャルキーボードでタイピングする。
「どう? 気持ち悪いでしょ? こんなのと友達になんかなれないわよね?」
陽御子は目に涙を浮かべ、ぶるぶると震えながら声を振り絞った。
「そんなの関係ありませんわ!!」
え?
陽御子は後ろを振り向くと、時子に手を差し出す。
「時子ちゃん! わたくしの携帯!!」
時子は陽御子の突然の要求に当惑した表情になる。
「あの、陽御子さま?」
「早く!!」
陽御子は時子から携帯を受け取ると『ぷにクエ』を起動してマティに見せる。
「わたくしは、小さいころから友達がいなかった、このゲームだけが友達だったのです!」
マティは目を見開いて陽御子を見ていた。
「世間では国民の模範となる皇女さまを演じながら、プライベートではぷにクエのアイテム収集鬼周回したり、島田に課金させてゲットしたレアカードで最大ダメージ叩きだして一人でうひうひ悦に入っていたのです! それがこの私、北皇宮陽御子!!」
マティは陽御子の気迫にたじろぐ。
な、なにを言ってるの、この子、、、
「でもわたくしは、陽菜ちゃんと萌ちゃんに出会って友達ってすごくいいものだって分かったのです! そのきっかけもぷにクエなんですけどね!!」
「なはははは、、」(陽菜)
「そうだよぉ、、」(萌)
陽菜と萌は頭を掻く。
「だから、マティ、あなたがゲーム好きだと知って嬉しかったのです、あなたと一緒にぷにクエで遊べるかもって想像して!!」
時子は、まったくこの子は、と呟やく。
「どうですか、マティ、わたくしは気持ち悪いでしょう?」
違う、あなたは気持ち悪くなんかない
マティは首をフルフルと横に振る。
陽御子は頬を流れる涙を拭ってマティにこう告げた。
「あなたがわたくしと友達になれるかなんて心配しなくていいのです。わたくしがあなたと友達になれるのかと心配しているのですから。」
マティは陽御子としばらく見つめ合った。
それから手を動かしてバーチャルキーボードにタイピングした。
「ヒミコ、あなたはわたしの声が偽物だと分かっても気にならないの?」
「わたくしはあなたの声が機械で作られたものでも全然気になりませんわ、だって、あなたの本当の声は、、、」
陽御子は手で自分の胸をポンとたたく。
「あなたの本当の声は、ここにある。」
それはマティが今まで掛けられた言葉の中で最も満足のいくものだった。
マティは気恥ずかしそうに頬を赤らめるとこう言った。
「いいわ、あなたの友達になってあげる。」
それを聞いて陽菜と萌がマティに抱きついてきた。
「ひみこちゃんの友達ならあたしたちも友達だね!」(陽菜)
「友達の友達は、友達~~~~!」(萌)
「ちょ、近い、分かったから、あなたたちも友達ね。」
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校長室にて。
ディルは監視モニターを見ながら号泣していた。
「うっ、うっ、プリンセス、あなた、なんていい子なの。」
ジェイスンはそんなディルの肩をポンと叩く。
「一時はどうなるかとヒヤヒヤしたけど、良かったね。」
ディルはハンカチで涙を拭いながら大山の方を向く。
「こういう時に和皇国では、終わり良ければ全て良しっていうのかしら、タイゼン?」
大山はワインを一口飲んで、こう答えた。
「まだこれからなのだろう? 前途洋々とでも言っておけばよい。」
ディルはそれを聞いてにっこりと微笑んだ。
「前途洋々、いい言葉ね。」
ジェイスンは自分のRMS端末を見ながらディルに話しかける。
「買収したぷにクエの件だけど、RMS端末のエミュレータ上で動作が確認できたよ。」
「そうなの?」
「CPでガチャが回せるように改修済みだ。」
「さすが仕事が早いわね、マティに知らせるときっと喜ぶわ。」
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体育館では、陽御子がマティに尋ねていた。
「そういえば、マティ、あなたは携帯を持っていないのですか?」
陽御子はさっそくマティとぷにクエで遊ぼうと考えていたのだ。
「わたしに携帯は必要ないわ、グラシィズがあるから。」
マティはそう答えると、宙に向かって手を掲げる。
「光の精霊ルーチェよ、汝の眩き力で我が内なる像を映し給え、、、プロジェクション!」
RFPMが作り出す3次元光学干渉によって目の前の空間に半透明のスクリーンが現れる。
「これは、グラシィズのバーチャルモニタを可視化したものよ。」
そこには、マティのレベル、CP値、スキル毎のQP値、MP値などのパラメータの他に、別ウィンドウの仮想コンソール上にタイピングした文章の履歴が出ていた。
陽御子たちは感激した様子でそのスクリーンを眺めた。
「マティ、あなたの世界はこのように見えているのですね。」
「すごーーい!」(陽菜)
「RPGの画面みたい!」(萌)
ピコンと音がして仮想コンソール上に一通のメッセージが届いた。
あ、ママからメッセージだ、、、
陽御子はマティのプライベートなメッセージは見ない方が良いのではと考え、
「わたくしたちはあっちを向いてましょうか?」
と言う。
「別に見てもかまわないわ。」
マティは陽御子たちが見ている前でメッセージを開いた。
ディル:<皆さん、こんにちは、マティの母親、ディルティマ・メルティスです>
ディル:<マティの友達になってくれて、ありがとう、私からのプレゼントを受け取ってね>
マティはジト目でそのメッセージを眺める。
ママ、、、監視カメラでわたしたちを見てたわね、、、
マティが添付ファイルを開くと、エミュレータが起動して、ぷにクエのダウンロードが始まる。
あれ? ぷにクエはもうインストールしてるはずだけど、別バージョン?
ぷにクエのインストールが終了し、起動画面が現れる。
<ぷにぷにクエスト、RMS版、(C)自給生活協会>
「こ、これは!?」
陽御子はそれを見て目を輝かせた。
「これで時子から携帯借りなくても、ぷにクエできますわ!」
ピコンと音がして再びメッセージが届く。
ディル:<ペアレンタルコントール付きなので、遊びすぎには注意してね>
時子はそれを見て、密かに親指をぐっと立てる。
校長、グッジョブです
ディル:<ガチャはCPでできるから課金の必要はありません>
島田はそれを見て、密かに小さくガッツポーズをする。
そんな感じで、皆でワイワイとやっていると、今度は陽御子たちのRMS端末にメッセージが届いた。
<冒険者ギルドより:>
<依頼した体育館の清掃が終了したらギルド会館で完了手続きをしてください>
「あ、忘れてた!」(陽御子、陽菜、萌)
マティは陽御子たちに尋ねる。
「どうしたの?」
「冒険者ギルドの依頼で体育館の清掃するはずだったんだけど、、、」
皆は体育館を見渡す。
旋律の魔法で桜の花びらが床に散乱していた。
「大丈夫、わたしが一気に掃除してあげる。」
マティは、詠唱を始める。
「風の精霊ウェントゥスよ、汝の俊敏なる力で我が地を清め給え、、、スウィープ!」
しーん、、、
何も起こらない。
「マティ、、MPが、、、」
陽御子がスクリーンに映るマティのステータスを指さす。
<MP:0 / 100>
MPが空になっていた。
「ヒミコ、ごめん、、、」
マティが申し訳なさそうに謝る。
「ドンマイですわ、掃除道具を取ってきましょう。」
陽御子は、マティの手を取って体育館の用具室に向かって駆け出した。
「うん、みんなで楽しくお掃除しよう!」
陽菜と萌がそれに続く。
時子と島田はその後を歩いて付いて行った。
「島田さん、良かったですね?」
「何がですか?」
「課金。」
「からかわないでください。」
島田は前を駆けていく4人の少女たちを見つめながらこう言った。
「自分は陽御子さまとそのお友達をお守りするだけです。」
陽御子たちのエピソードはこれでいったん終了です。