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穏やかな革命 ~Adiabatic Revolution~  作者: 刃竹シュウ
第6章 アカデミー設立
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マティのインナーワールド

マティーファ・メルティスがギルド会館に到着した頃には既に多くの学生が集まっていた。ギルド会館の中は大部屋になっており、各ギルドの受付には顧問のスタッフが立っていた。


冒険者ギルドは入会希望者が多かったため整理券を渡され、学生らは知り合い同士でソファに座ったり、立ち話をして待っていた。


マティは部屋に入ると人ごみを避けて壁に寄りかかり、グラシィズを通して周りを見渡す。


 プリンセスはどこかしら?


バーチャルモニタのカーソルが点滅し陽御子の場所を示した。彼女は時子、島田、陽菜、萌と一緒にソファに座って待っていた。時子以外は俯いた状態で手元で何かを操作しているようだった。


マティが片目を2回ウィンクすると望遠機能で陽御子たちが拡大され、同時に指向性マイクが彼女たちの音声を拾って文字列に変換した。


陽菜:<ひみこちゃん、イベントやってる?>


萌:<あたしたち、もうやってるよ!>


陽御子:<わたくしもこれからやりますわ>


どうやら陽御子たちは携帯でゲームをしているみたいだった。


マティは陽御子たちが持っている携帯の画面を拡大し、画像検索を行った。


<ぷにぷにクエスト、携帯ゲーム、年齢制限なし、アプリ内課金あり>


検索結果が表示される。


 どんなゲームなんだろう?


マティはバーチャルモニタに携帯エミュレータを出現させ、アプリストアから『ぷにクエ』をダウンロードしてゲームを起動した。


傍目には彼女が壁に寄りかかって手を後ろに組んでいるように見えるが、マティは手元のバーチャルパッドでエミュレータ上に起動された『ぷにクエ』を操作していた。


 なぞり消しで『ぷに』を連鎖させて攻撃するのね、、、


 いろんなスキルのカードがあるみたいね、、、


 最高レアリティ☆7にするのに☆6を5枚も揃えないといけないのか、、、


マティは期間限定のレアガチャの内容を見てみる。


 確率0.1%って、渋いわね、、、


マティは溜息をつくと、いったん中断して再び陽御子の様子を眺め始めた。


 あら、島田って護衛の男も、ぷにクエやってるの?


島田は筋骨隆々の逞しい背中を曲げて女の子に混じってぷにクエをやっていたのだ。


 シュールな絵面ね、、、


マティが島田の手元をさらに拡大すると、どうやら彼は期間限定のレアガチャを引いているようだった。


 100回引いても当たる確率は9.5%、どうせ当たらないわ、、、って何!?


島田はものすごい勢いでガチャを回し続けていたのだ。


 え? この人廃課金勢!?


マティが呆れていると画面の中の島田が横目でジロっと彼女の方を見た。


彼女は一瞬怯んで視線を逸らす。


和皇国のサムライは気配で敵を察知すると聞いたことがある。


 まさかね、、、


マティは視線を島田に戻すと、彼は前を向いてガチャを続けていた。


しばらくして島田はガチャを終え、顔を上げて陽御子を見る。


陽御子:<手に入れたわね?>


島田は無言で頷く。


陽御子は先ほど島田が手に入れた☆7レアカードをサポーターに使ってデッキを組んだ。


 プリンセスのためにガチャ回してたの? サムライの忠誠心、侮れないわ、、、


陽菜:<島田さん、すごいね!>


萌:<ひみこちゃん、がんばって!>


陽御子は巧妙にぷにを消してデッキをスライドさせながらスタメンと控えの全カードのスキルを発動させた。


陽御子:<いきますわよ>


1連鎖,2連鎖,3連鎖,4連鎖,5連鎖,6連鎖,7連鎖,8連鎖,9連鎖,10連鎖,11連鎖,12連鎖,13連鎖,14連鎖,15連鎖,16連鎖,17連鎖!!


ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、、、、、、、


<2900兆3000億ダメージ>


とんでもない桁数のダメージが表示され、イベントボスは一瞬にして消し飛んだ。


 え、何? 今いったい何が起こったの?


バーチャルモニタの映像をリプレイさせて陽御子が使ったスキルを画像解析にかける。


 なるほど、デッキをスライドさせるスキルがあるのね、あの男が取ったレアカードに高倍率のバフを重ね掛けして、さらに敵にもデバフをいくつも掛けて、さらに連鎖係数を上げて、さらに通常攻撃を連撃化させて、、、


マティは解析結果を見て納得した。


 プリンセスのゲームスキル、伊達ではないってことね


和皇国の皇女は善良な国民の模範として厳しく躾けられているものだと聞いていたのだが、まさかダメージ厨のゲーマーだったとは、、、


マティはバーチャルコンソールを開いて、ディルにメッセージを送った。


マティ:<ママ、プリンセスはゲーマーだったみたい>

 

すかさず返事が来る。


ディル:<なんというゲームなの?>


マティ:<ぷにぷにクエスト>


しばらく間が空く。どうやらディルは調べているようだ。


ディル:<かわいらしいキャラクターがいっぱいじゃない?>


マティ:<表向きはね、でもインフレ上等のガチゲーよ>


ディル:<あなたがやっていたEFGもそうだったでしょ? WLSと最ダメ競ってたじゃない?>


マティ:<、、、まあね、どうする?>


ディル:<プリンセスをRFPMの模範プレイヤーにする計画に問題はないわ>


マティ:<ガチャの課金要素は問題じゃない?>


ディル:<そうね、それについては私に考えがあるわ、任せてちょうだい>


マティがディルとメッセージのやり取りをしていると、バーチャルモニタ上に警告メッセージが表示された。


<Somebody approaching you(接近者あり)>


2人の人物がマティに向かって近づいて来ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あの、冒険者ギルドの登録ってここでいいんですか?」


度のきつい眼鏡を掛けた冴えない男性と、ショートカットで綺麗な瞳の若い女性が立っていた。アカデミーの制服を着ていないので社会人の生涯学習コースの学生だろう。


 なんでわたしに聞いてくるのよ、、、


マティは溜息をつくと、尋ねてきた男性を見て鑑定した。


<辻永周、男性、28歳、レベル21、スキル特になし>


辻は、マティが自分の質問に答えず、きょとんとしているように見えて、彼女が和皇語を話せないのかと思った。


「ドゥ ユー スピーク ワコーズ?(和皇語話せますか?)」


辻のつたないアメリア語をグラシィズは正確にマティに伝えたが、彼女は、分からないといった素振りを見せて、


「Sorry, you should ask somebody else(ごめんなさい、他の人に聞いてもらえますか)」


とすげない返事をする。


 諦めてあっちに行ってくれないかな、、、


マティがそんなふうに考えていると、辻の隣のショートカットの若い女性が、


「この人の声、なんかおかしい」


と呟いた。


マティはそれを聞いて動揺した。


 え? ちゃんとシンクロしてたはずよ、、、


マティは、壁伝いに一歩後ずさる。


「Please, let me alone(どうか、私のことは、ほっておいて下さい)」


ショートカットの女性は、辻の方を向き、


「辻さん、この人しゃべるとき何か指を動かしてました、そしたらメガネの中で何か動いて見えました」


と言う。マティは胸に手を当てて動悸を抑えていた。


グラシィズのバーチャルモニタは着用者のみ認識可能であり、外から見ても何の変哲もない透明なレンズにしか見えないはずだ。グラシィズが『gogglesゴーグル』ではなく『glassesメガネ』と呼ばれるのは、その見た目が普通のメガネと何ら変わらないからだ。メルティオーレ財団が数百万アメリアドルかけて開発した特注品である。


 なんなの、この人、、、


マティは辻の隣に立つ女性を鑑定する。


<サクラ、女性、年齢不詳、レベル40、セックススキル、格闘スキル、、、>


 せ、セックススキル!? いや、レベル40ってカンストでしょ、、いやいや、格闘スキル!?


マティは混乱する頭で朦朧としながらサクラの背中に括り付けてある模擬刀を見た。


 ニンジャだ、、和皇国にはクノイチという女ニンジャがいるって、、、


マティが真っ青になって固まっているのを見て、サクラが心配そうに近づいてきた。


「大丈夫ですか、顔色すごく悪いですよ?」


マティはパニックになり、口をパクパクさせながら、


「ddddddddd don d do ddd don dont cccc co com come nn ne near mmmmmm meeee 」

(ち、ち、ち、ちち、ちか、ちか近よららら、ななななない、い、い、い、いでえええ)


と『地声』を発した。


周りの学生が何事かと一斉にマティの方を見る。


「え、今なんか変な声しなかった?」


「あの金髪のメガネの子が何か変な声出した」


マティを取り巻く大勢の好奇の目。彼女はそれを知っていた。嫌というほどに。


 ああ、だから、駄目なんだ、、、


彼女は涙ぐんで顔を俯けて、足早にその場を去った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時は10年以上前に遡る。


ディルティマ・メルティスと内縁の夫ジェイスン・メルティオーレは子宝に恵まれることはなかった。ある日、二人は養子を迎えるべく、ある施設を尋ねた。そこで彼らは一人の少女に出会った。


その少女は、いつも一人でゲームばかりしていた。まわりの子供と遊ぼうとしないのだ。なぜなら少女は人と話すときにいつも緊張してうまく喋れないからだ。


吃音症きつおんしょう


言葉が円滑に話せない障がいである。


しかし少女には才能があった。5歳にしてEFGのトッププレイヤーだったのだ。


ディルとジェイスンはその少女、マティーファに興味を持ち養子に迎えることを決めた。


ディルの献身的な努力にもかかわらずマティの吃音症は改善しなかった。しかしディルは彼女がキーボードでタイピングしながら文字をつかって流暢にコミュニケーションができることに気付いた。そこでディルは方針を改め、彼女の『声』を作ることにした。そうして開発されたのがボイストランスとそのインターフェースであるグラシィズである。マティはそれらのデバイスを着用するとあっという間に使いこなせるようになった。


「ママ、わたしに声を与えてくれてありがとう」


マティは口の動きに合わせて指先でグラシィズのバーチャルキーボードをタイピングし、ボイストランスからは豊かな抑揚を含んだ少女の声が発せられた。


マティはさらに訓練を重ね、口の動きとボイストランスの音声を完全にシンクロさせることができるようになった。しかし慎重な彼女はディルやジェイスン以外の人前では滅多に話すことはなく、相変わらず友達が一人もできなかった。


 それでもいいの、ねえ、みんな


マティは周りの子供たちが楽しくおしゃべりしているのを眺めながら思う


 わたしの声は、心にあるの


マティーファ・メルティスのインナーワールドは誰にも侵されない神聖な場所


 わたしの世界は、ここにある


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時は現在に戻る。


マティは、ギルド会館を飛び出ると、アカデミーの校庭を一人でとぼとぼと歩いていた。


 プリンセスはもう冒険者登録したのかな、、、


 ママにはなんて報告しようかな、、、


涙を拭いながら、ふと見上げると、風が吹いて桜の花びらが舞っていた。


 ああ、そうだ、体育館に行こう、、、掃除をしよう


マティは体育館に到着すると、右手の指輪を耳のピアスに触れ、その指を入口のセンサーにかざす。彼女のピアスに内臓されたPSチップの認証情報が指輪を通してセンサーに届き入口が解錠された。


体育館の中は人気が無く、照明も点灯していなかった。


マティはグラシィズのバーチャルモニタで自身のMP値を確認する。


MPの最大ゲージは100で、99まで貯まっていた。


 MPは充分あるわね


<Rem, release the Magic (リーム、術式解放)>


マティはリームを通してRFPMの術式を解放させた。


<The Magic released, chant please(術式解放しました、詠唱して下さい)>


リームのプロンプトの後、マティはボイストランスで詠唱を唱える。


「陽の光の精霊ソリスよ、汝の眩しき光で我らを照らし給え、、、サニー!」


体育館の天井全体が空のように晴れ渡り、太陽の光を照らす。


中を見渡すと椅子は片付けられていたが、床にはまだ桜の花びらが散乱していた。


マティはゆっくりと体育館の中央まで歩いて行くと、再び詠唱を唱える。


「風の精霊ウェントゥスよ、汝の俊敏なる力で我が地を清め給え、、、スウィープ!」


床に散っていた桜の花びらがソニックウェーブで浮き上がり、体育館の壁の端から一斉に動き出す。それはまるで波が押し寄せてくるような光景だった。


ソニックウェーブはマティの足元を通過して反対側の壁に到達し、浮遊していた桜の花びらは壁際に一列になってゆっくりと床に落ちた。


 もっと一カ所に集めた方がいいわね、、、


<Rem, eneble the tiny-chant(リーム、短縮詠唱、有効化)>


<the tiny-chant, enebled(短縮詠唱、有効化しました)>


マティは壁に向かって手をかざす。


「スウィープ!」


花びらはマティがかざす手の方向にゆっくりと集められていく。


 もうちょっと、微調整、、、


バーチャルモニタの枠内に桜の花びらが集合して小刻みに振動しながらその場に留まる。


 こんなものかしら、、、


マティはかざした手をゆっくりと降ろす。


空中に浮遊していた花びらの塊が、ふわっと床に落ちた


マティは、ふうと一息つくと、その場にゆっくりと腰を下ろした。


 何もない空間っていいわね、心が落ち着く


マティがぼーっと床を眺めていると、バーチャルモニタ上に警告メッセージが表示された。


<Somebody approaching you(接近者あり)>


 え!?


パチ、パチ、パチ、パチ、、、


体育館の入口から拍手が聞こえてきた。


「すごーーーい!!」


「今のどうやったの!?」


陽菜と萌がマティに向かって駆け寄ってくる。


その後ろを陽御子、時子、島田が続いて歩いてきた。


「あなた、マティーファさんですわね?」


マティは床に座ったまま呆然としていた。


 プリンセス!? 何でここに!?


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