アカデミー入学式(2)
「私の名前はディルティマ・メルティス、このアカデミーの校長よ。」
壇上の銀髪の女性はアカデミーの学生たちをゆっくりと見まわす。
「さて、和皇国では季節の枕詞を使って情緒豊かな挨拶をするみたいだけど、その辺は省略せてもらうわ、その方が効率的でしょ?」
体育館の入口付近で中の様子を見ていた優子が思わず吹き出した。
さすが、大山先生の後輩さんやな
優子は外の警護を鬼林に頼んで体育館の中に入り扉を閉めると壁際に設置されたスタッフ用の席に座った。
壇上では、ディルが話を続ける。
「皆さんはアカデミーの学生であると同時に自給生活協会の会員でもあるわ。私たちの目標は私たちのコミュニティを永続させること、そのための手段が資源管理システム、RMSよ。」
入学式に参加している学生は、初等部のまだ小さい子供たち、中等部、高等部の若者たち、生涯学習コースの社会人たちなど多様な顔ぶれで、ディルの話に大きく頷く者や、何のことか分からないといった表情をしてキョトンとしている者、隣の者と囁き合っている者がいた。
「あなたたちには、RMSによって2種類のステータスが与えられているわ。一つがコミュニティへの貢献度によって上昇する Contribution Point、CP、もう一つが、あなたたちの能力、資質によって上昇する Quority Point、 QP よ。」
ディルは自分のRMS端末を取り出し、何やら操作して演説台の上に置いた。
「皆さんには一人ずつRMS端末が支給されていると思います、今それを出してもらえますか?」
学生たちはおもむろに自分たちのRMS端末を取り出した。
「メインメニューにある『QA』というアプリを起動してみて?」
学生たちがそのアプリを起動すると、
<QA:Quick Anser>
というタイトルの下に、
<質問者:アカデミー校長、回答者:アカデミー学生>
という条件が表示され、画面中央に、
『はい』『いいえ』『わかりません』
の3つのボタン、その下に、
<統計情報>
と書かれた画面が表示された。
「これから私は話の合間にあなたたちに問いかけをするから『QA』で答えてね? 私の質問の意味が分からなかったら『わかりません』でいいわ。 OK? じゃあ、皆さん、『はい』を押してみて?」
学生たちは一斉に『はい』を押す。初等部の子供たちは近くにいたアカデミーのスタッフに使用方法を教わってアプリを起動して『はい』を押していた。
皆のRMS端末に『QA』の統計情報が表示され『はい』の数が学生の人数と一致した。
「みんな返事してくれたみたいね。」
ディルは満足そうに頷く。
優子も自分のRMS端末で『QA』の統計情報を見ていた。
みんなの反応がわかるん、おもろいな
ディルは統計情報をリセットして話を続ける。
「さて、これからあなたたちは、このアカデミーで様々なことを学んでいくのだけど、あなたたちが得た知識、技量、そしてこれは大切なことだけど、道徳も、スキルとして習得すればQPが加算されていくわ。そして得られたスキルを使ってコミュニティに貢献すればCPが加算され、レベルアップすることができるわ。」
ディルは再び皆に問いかける。
「皆さん、レベルアップしたらどんないいことがあるか知っていますか?」
『QA』では、ほとんどの者が『はい』と答えていたが、何人か『いいえ』や『わかりません』を押していた。
「レベルアップしたら、コミュニティの資源を優先的に使えるようになるわ。おいしいものを食べることができたり、広い部屋に住むことができるってことね。RMSについてはまだ分からない人がいるかもしれないけど、大丈夫、オリエンテーションがあるから、ゆっくりと覚えていけばいいわ。」
ディルがそう説明すると『わかりません』と答えた学生たちは安堵の表情を見せた。
「ところで、皆さんはRMSが何を基準にしてCPやQPの加算レートを決めているか知っているかしら?」
『いいえ』の返答や『わかりません』という返答が多くあった。多くの学生はディルの質問の意味が分からなかったのだろう。
「ちょっと難しい質問だったみたいね、じゃあ、誰か『はい』って答えた人で説明できる人はいるかしら?」
しーんと静まり返るなかで、一人だけ手を挙げた学生がいた、陽御子だ。
ディルは陽御子を好奇心に満ちた目で眺める。
噂のプリンセスね、ふふふ、なんて可愛らしいのかしら、、、
「スタッフの方、マイクをお願いできますか?」
ディルがそう言うと、優子がスタッフの席からマイクを持って陽御子の所に駆け寄ってきた。
「陽御子さま、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
陽御子は優子からマイクを受け取ると、立ち上がった。
学生たちが陽御子に注目する。
「RMSは、LSUスコアを基準として、CPやQPの加算レートを決めています。」
ディルは陽御子に尋ねる。
「LSUとは、何かしら?」
「 LSUとは、Life Sustaining Unit、生命維持単位のことです。RMSを司るAIは、LSUスコアを最大にするようにプログラムされています。すなわち、コミュニティ内の人間がCPを上げて生活レベルを上げようとすることが、コミュニティ全体の生存率を上げることに繋がっています。」
ディルは陽御子の答えに頷くと再び質問した。
「CPを上げることとお金を稼ぐことは何が違いますか?」
ディルの質問は陽御子にとって想定の範囲内であった。アカデミーへの入学を決めたとき北皇である母親と何度も議論していたからだ。
「お金を稼ぐこと、すなわち利益の追求は、かならずしもコミュニティ全体の生存率を上げることに繋がっていません。一方、RMSでCPを上げることは本質的にコミュニティの生存率を上げることに繋がっています。自給生活協会は持続可能な世界を構築する上での実験的な社会モデルであり、私たちアカデミーの学生はそれを実証するためにここにいます。」
陽御子の答えに学生たちが、おお、と感嘆の声を上げた。
「あなたの言ったことで間違いないわ、ありがとう。」
ディルが陽御子を見ると、彼女は、当然ですわと言う感じで澄ました顔をしていた。
さすが、国民の模範となる三皇の次期継承者の一人ね、お利口だこと
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陽菜と萌は、陽御子が立ち上がってマイクで話すのを見て興奮していた。二人とも陽御子の話の内容よりも彼女の姿を見ることができたことに興奮していたのだ。
ひみこちゃんだ!!(陽菜、萌)
二人は思わず席を立ちあがって、陽御子に向かって、ぶんぶんと大きく手を振る。
優子は陽御子からマイクを受け取りながら、後ろの席で大きく手を振っている二人の少女を目にした。
「あそこで手振っとんの、陽菜ちゃんと萌ちゃんやろか?」
陽御子はそれを聞いて、バッと、後ろを振り向いた。
二人の少女が陽御子に向かって一生懸命に手を振っている。
陽御子の顔は見る見る紅潮していき、目からじわっと涙が溢れてくる。
陽菜ちゃん!! 萌ちゃん!!
陽御子は小さく飛び跳ねながら両手をぶんぶんと振って陽菜と萌に答える。
壇上のディルは、陽御子に手を振る二人の少女を眺めた。
あら? プリンセスのお友達?
そして、感極まって飛び跳ねながら手を振り返す陽御子を見た。その横のおそらく皇宮庁関係者だろう女学生が必死で陽御子を押さえつけようとしている。
ふふふ、澄ましたお人形さんかと思ったら、意外と情熱的なのね? いいわぁ、、、
ディルは恍惚とした表情となる。
<ママ、涎が出てるわよ>
ディルの耳に装着していたイヤホンから突然声がした。
あら? マティ?
ディルは声の主の方を見た。そこには高等部の座席に座ってディルのことを軽く睨んでいる少女がいた。
<あたしのRMS端末には望遠機能がついてるの、恥ずかしい顔しないでよね>
その名は、マティーファ・メルティス。ディルの娘である金髪碧眼の美少女だ。彼女は特製の眼鏡型のRMS端末『グラスィズ』を着けており、その手には小さな手鏡を持っていた。グラスィズのマイクロカメラが鏡に映ったマティの唇の動きを認識し、音声データに変換してディルのイヤホンに送っていたのだ。
ディルはマティに向かってウインクすると無言で唇を動かした。マティのグラシィズが望遠機能でディルの唇を読み取り文字に変換して彼女の視野にあるバーチャルモニターに表示する。
<don’t be jelly, my kitty( 嫉妬しないでね、子猫ちゃん)>
マティはそれを見て、うっと呻くと、無言で唇を動かす。
<真面目にやれ、ロリコン校長>
ディルはイヤホンから聞こえるマティの罵声を軽く受け流して、陽御子たちに声をかける。
「そこの学生さんとそのお友達、席についてね?」
陽菜と萌は、やばっ、と口に手を当てて席に座り、陽御子も名残り惜しそうな顔をしながら前を向いて席に着いた。
ディルは陽御子たちが席に着くと、再び学生たちを見まわして話を始める。
「さて、皆さんは、これから先どんなスキルを獲得したいかもう決まっているかしら?」
『QA』の統計情報では『はい』と『いいえ』が半々くらいであった。
「まだ、何をすればいいのか決めていない人も多いみたいね。実はそういう人にうってつけのものがあるのだけど、それを説明する前にちょっと聞いてみたいことがあるわ。」
ディルはそう言って学生たちを見まわす。
「あなたたちは、ロールプレイングゲームは好きかしら?」
統計情報を見ると殆どの学生が『はい』と答えていた。それもそのはず、アカデミーの募集パンフレットには、
<あなたの人生をロールプレイしよう>
というキャッチコピーが書かれていたからだ。
「皆さん、RPGは好きみたいね? なら話は早いけど、何をするか決めていない人のために『冒険者』というものが用意されているわ。」
それを聞いて学生たちの間で、ざわめきが起こった。
ディルは続ける。
「『冒険者』はRMSを経由して依頼された様々なミッションをこなしてCPを稼ぐ者たちのことよ。たいていの依頼は特定のスキルがなくてできる簡単なもの、例えば、校舎の清掃とかね。依頼内容によっては、専門のスキルを必要とするものもあるわ、例えば、調理スキルを取得して給食を提供したりね。」
それを聞いて、ホノカは、
「うちが作ったクレープ、給食に出したいんよ。」
とぐっと手を握る。
「あと、難しい依頼では、生涯学習コースの社会人限定になるけど、狩猟スキルを取得して害獣を駆除したりといったものもあるわ。」
天仁町では、ここ最近、イノシシが山から降りて来て畑を荒したりゴミを漁ったりして問題となっており、その対策が急務であった。
サクラは、狩猟スキルというのを聞いて、
「おもしろそうです! 辻さん、あたし冒険者になる!」
と横に座っていた辻に話しかける。
「えっと、たぶん罠とかで捉えるんじゃないかな?」
辻は模擬刀の柄に手をかけているサクラにそう答える。
「罠にかからないときもありますよね? そのときはあたしの剣でやっつけます!」
辻は、危険だから止めといたほうがいいんじゃ、とか、でもサクラさんなら本当に剣で倒しちゃいそうだな、とか思いながら、結局、
「うん、じゃあ、僕も冒険者になるよ。」
と彼女をサポートしようと決めたのだった。
ディルは、学生たちの反応を見て、
「ふふ、『冒険者』って響き、いいわよね? わくわくしない?」
と言う。学生たちは、目を輝かせると『QA』で『はい』と答えた。
「それでは、私からあなたたちに、とっておきの祝福をしてあげるわ。」
ディルがそう言うと耳元のイヤホンから声がした。
<ママ、本当にやるの?>
ディルはマティの方をチラッと見て、無言で唇を動かす。
<why not ?(もちろん)>
マティのグラシィズにディルの返答が投影される。
マティは、ふっと息をつくと、無言で唇を動かした。
<Rem, release the Magic(リーム、術式解放)>
ディルの耳元のイヤホンから、リームのプロンプトが聞こえて来た。
<The Magic released, chant please(術式解放しました、詠唱して下さい)>
ディルは、ゆっくりと深呼吸すると学生たちを見まわし、詠唱を唱え始める。
「慈悲深き愛情の神ベネディクトゥースよ、御身の祝福の光をどうか我らに授け給え、、、」
体育館の天井付近が淡く輝き始め、学生たちがそれを見て「何?あれ?」とざわつき始める。その光は徐々に巨大な魔方陣へと形を成していった。
魔方陣がくっきりと形を成すと、ディルは最後に術名を唱える。
「アエテルニタース、ベネディクション!」
魔方陣は眩く黄金色に光り輝き、学生たちを照らすと同時に、桜吹雪が舞い散って来た。
「おおお、、、」
「すげぇぇ、、、」
黄金の光に照らされ桜吹雪が舞っている中で、学生たちは驚きの声を上げる。
島田は咄嗟に学生服を脱ぐと、立ち上がって陽御子の頭を覆う。
陽御子はそんな島田に微笑みかけた。
「大丈夫ですわ、島田、これは良いものです。」
時子は、舞い散る桜の一片を手に取る。
「本物の桜の花びらのようです、手が込んでますね。」
優子は、舞い散る桜を見ながら、興奮していた。
「これや! 大山先生のリアルRPGに足りんかったのは、こういうのやったんや!」
そして、ふと我に返ると、
「あ、でもこれ掃除すんの大変やな、、、」
と床に散り積もっていく桜を見ながらそう思うのだった。