アカデミー入学式
この作品に登場する国、人物、団体等は全て架空であり現実と関係ありません。
自給生活協会附属アカデミーの入学式当日、校長室の来客用のソファにテーブルを挟んで大山と銀髪の女性が座っていた。
「アカデミーの校長を引き受けてくれて助かる、ディル。」
銀髪の女性はティーカップを手に持ち、自分が入れた紅茶の香りをゆっくりと嗅ぎながら大山を見た。
「あなたの小さな王国に協力できて光栄だわ、タイゼン。」
大山をファーストネームで呼ぶこの女性、ディルティマ・メルティスは、アメリア王国の貴族メルティス家の末裔であり、大山の大学時代の後輩である。和皇国の滞在歴が長いので流暢な和皇語を話す。
「ここは王国ではない、私は支配者ではないからな。」
大山はそっけなくそう答える。
「あら? そう?」
ディルは手元のRMS端末に話しかける。
「リーム、自給生活協会の王様は誰かしら?」
<自給生活協会は国家ではないので王は存在しません、ですが、あなたの質問を比喩的に捉え、王を組織の長と解釈するならば会長の大山泰全が相当します>
「AIの方が柔軟じゃない?」
ディルがしたり顔で大山を見る。
「君にはかなわんな。」
ディルティマ・メルティスは大山とそれほど年齢は離れていないのだが、その外見は若々しく好奇心に満ちた知的な目をしていた。
「あなたが考案した資源管理システム、凄くクールで良いのだけど、もう少しホットな要素を加えてみてもいいんじゃないかしら?」
大山はふんと鼻を鳴らすと、
「ホットとは?」
と尋ねる。
「LSUスコアだけじゃ測れないでしょ?人の生き方なんて?」
「生き方の議論なんてものは、生き残ったものがすることだ。」
「ごもっとも、でもね、何の喜びもない長い人生と喜びに満ちた短い人生、どちらに価値があるかしら?」
「なるほど、君は人の生き方を評価する審判者というわけか。」
ディルは肩をすくめる。
「そんなおこがましいこと考えてないわ、私が言いたいのはね、どうせなら楽しく生きましょうってこと。」
大山はティーカップを手に取るとディルが入れた紅茶を一口すする。
「君の言わんとすることは分かる、好きにすればいい。」
ディルは大山の言葉に満足げに頷く。
「言質取ったわよ?」
「ふん、仕込みはもう済んでいるのだろう?」
大山は澄ました顔で紅茶をもう一口すする。
「ジェイスンとマティがいい具合にやってくれてると思うわ。」
大山はティーカップをテーブルに置くとソファに背中を預けた。
「シェンは彼らに素直に協力したか?」
ディルは悪戯っぽくフッと笑みを浮かべる。
「WLSはマティとひと悶着あったみたいだけれど、最終的には協力してくれたわ。」
「そうか。」
RMS端末がピロンと鳴り、アカデミーの入学式の30分前を知らせた。
「そろそろ時間ね、行ってくるわ。」
ディルはソファから立ち上がると大山を残して校長室を出て行った。
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アカデミーの体育館では、入学式に参加する生徒たちがぞくぞくと集まり席に座り始めていた。
「陽菜ちゃんと萌ちゃん、まだ来ていないのかしら?」
陽御子は最前列の席でそわそわしながら周りを見渡していた、
「陽御子さま、落ち着いて、前を向いてお待ちください。」
隣に座っている時子が囁き声で陽御子をたしなめる。島田は陽御子の後ろの席に座り、無言で周りに目を光らせていた。
「すぐ会えると思ったのに、、こんなことなら、ぷにクエの掲示板で入学式の席順を聞いておくんでしたわ。」
体育館の椅子は学籍番号順に並んでおり、既に半数近くの者が自分の席についていた。陽御子と側近の時子、SPの島田は最前列の右端の特別席が割り当てられていた。
「時子ちゃん、わたくしの携帯。」
時子は差し出された陽御子の手を見つめて、はぁと溜息をつく。
「陽御子さま、RMS端末をお持ちでしょう?」
「あ、そうでしたわ!」
陽御子はいそいそと自分の端末を取り出す。
「リーム、陽菜ちゃんと萌ちゃんは今どこかしら?」
<あなたの音声記録から、『陽菜ちゃん』と『萌ちゃん』が米村陽菜と米村萌であると推測します>
「リーム、合っていますわ。」
<米村陽菜と米村萌は、アカデミー生活棟から出て体育館に向かっているところです>
陽菜と萌はセキュリティ設定で位置情報を公開していたようだ。
陽御子は高まる興奮を押さえつけるように胸に手を当てる。時子はそんな彼女を生暖かく見つめるのであった。
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アカデミーの校門では、由川と青柳が<学生誘導員>の緑の腕章をしてロードトレインから降りて来た学生たちを案内していた。
「由川君、おつかれさま!」
辻が遊女たちを引き連れて由川に声を掛けて来た。
「あ、辻君、久しぶり。」
由川はそう言うと、辻の後ろでキョロキョロ周りを見ている遊女のホノカが目に入った。
湖岡町アパートで辻君に抱きついてた遊女の子かな?
由川は、ホノカに続いて歩いてきた遊女の中にサクラの姿を見つけた。
サクラさんも来てたんだ、、、ん?
彼女の背中には模擬刀『雷切・改』が括りつけられていた。
大山先生に貰った模擬刀、、、いつも身に着けているのかな?
サクラは由川と目が合うと、
「あ、ども。」
と軽く会釈する。どうやら由川のことは覚えていたみたいだ。
由川が少し照れながらサクラに会釈し返す。
由川の隣にいた青柳は、ホノカに声をかけて来た。
「穂香ちゃんも入学するんかいの?」
ホノカは青柳に、ニコッと頷いた。
「うち、クルミちゃんたちと一緒にクレープ屋さん始めよう思うてね、アカデミー入ったらお店の開き方教えてもらえるんよ。」
自給生活協会でスキルを持つ者は自分で開業してCPを上げることも可能だ。ホノカたちは副業として調理スキルと開業スキルを学びクレープ店を開こうとしていたのだ。
「ほーか、そりゃすごいの、がんばりんさい。」
青柳は施設にいたころからホノカのことを知っていたので頬を緩めて彼女を応援した。
それから、ふとサクラの方を見た。
「サクラ姐さんもクレープ屋やるんかいの?」
「ううん、あたしは、アカデミーの刀剣道部に入りに来た。」
青柳の横でサクラの話を聞いていた由川は、
それで模擬刀を背負ってたのか、、、
と納得する。それから由川は辻の方を向いた。
「辻君案内よろしく。」
青柳は辻の肩をポンと叩く。
「辻の兄ちゃん、穂香ちゃんたちのこと頼むで。」
「はい、任せてください。」
辻は由川と青柳に手を振ると、ホノカたちを連れて校門を通った。
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体育館の入り口では、優子と鬼林が<学生誘導員>の腕章をして学生たちを案内していた。
優子は鬼林が腰に差している模擬刀『黒龍』をチラっと見る。
「さっきから気になってんやけど、その腰に差しとるん何なん?」
「これか? これは模擬刀じゃ。」
「なんや物騒なもん持っとんな?」
鬼林はそんな優子に、
「安心せえ、これは抜くべき時じゃないと抜けんようになっとる。」
と言って、頬に傷がついた恐い顔でニッと笑う。
「バヤシさんも冗談いうんやねぇ。」
苦笑いする優子。そこへ辻が5人の若い女性を引き連れてやって来た。
「おミヤさん、おつかれさまです。」
優子は辻をジト目で眺めた。
「永ちゃんハーレムの登場やな。」
「ハーレムじゃないし!」
辻はすかさず突っ込みを入れる。
「冗談や、で、この人らは生涯学習コースやったっけ?」
「うん、そうだよ、ホノカさん、クルミさん、ツバキさん、カエデさんの4人は調理スキルを学ぶために来たんだ、そしてサクラさんは刀剣道部で格闘スキルを学ぶよ。」
優子はサクラとその背中に背負っている模擬刀『雷切・改』を見る。
サクラは優子の視線に気付くと、
「安心してください、これは抜くべき時じゃないと抜けないようになってます。」
と大きな瞳をキラリと輝かせながら、ニッと笑う。
「あんたもかい!」
思わず突っ込む優子であった。
鬼林はホノカの頭にポスっと手を置く。
「夢が叶うてえかったの。」
施設にいた頃、まだ幼かったホノカは、大きくなったらクレープ屋さんになりたいと言っていたのだ。
「ぬふふふ、お兄ちゃん、これどう? かわいいじゃろ?」
ホノカはコートの前を開いて、下に着ているセーラー服を見せる。
「、、、お前、なんじゃその恰好、、、」
「学校に入るんじゃけ、制服着て来たんよ。」
ニコニコと微笑むホノカ。
どう見てもアカデミーの制服ではない。そもそも社会人の入学者は私服で良いのだが。
「店のコスプレ衣装だけどね、うちらも着て来た。」
クルミ、ツバキ、カエデの3人もコートの前を開いてセーラー服を見せる。
優子はそんな彼女たちを見て、
大丈夫やろか、この人たち、、、
と一抹の不安を覚えるのだった。
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辻と遊女たちが体育館に入ってしばらくすると、陽菜と萌が駆け足でやって来た。
「ふぅ、間に合った!」(陽菜)
「ぎりぎりセーフ!」(萌)
優子は、息を切らせてやって来た双子の姉妹に声を掛ける。
「陽菜ちゃん、萌ちゃん、寝坊したん?」
「昨日の夜、楽しみで寝れなくて!」(陽菜)
「朝、目覚まし鳴ったのに気付かなかった!」(萌)
「もうすぐ始まるから、急いで入り。」
「うん!」(陽菜)
「わかった!」(萌)
陽菜と萌は、体育館の入口でRMS端末をかざして認証を済ませると中に入った。
体育館の中では、学生たちが既に席についており、陽菜と萌は自分たちの学籍番号を探して後ろの方の席に座った。すると体育館の照明がゆっくりと暗くなり、舞台の上の照明が灯った。体育館の中のざわめきが徐々に静まっていく。
陽菜は隣の萌に囁いた。
「ひみこちゃんに挨拶したかったけど、もう始まっちゃうね。」
「入学式が終わったら会いに行こう。」
萌が囁き返す。
しばらくすると舞台の袖から、コツコツと足音を響かせて、銀髪の女性が現れた。
その女性は、演説台の前に立つと、マイクに向かい第一声を放つ。
「Hi、Everybody、ようこそ、自給生活協会附属アカデミーへ。」
スポットライトに照されたその女性は、学生たちをゆっくりと見まわす。
「私の名前はディルティマ・メルティス、このアカデミーの校長よ。」