遊女サクラ
サクラはビシッと模擬刀『黒龍』を指さすとこう言った。
「あたしも、それ、やってみたいです!」
鬼林はそんなサクラをしばし呆然と眺める。
「われ、模擬刀を振ったことあるんか?」
「あります!」
覆面ライダー剣王のおもちゃの刀であることは黙っていた。
鬼林は逡巡する。
大山に貰った大切な『黒龍』であるが、サクラがどんなふうに振るか見てみたい気持ちもある。
相対俊気は実戦的な武術だ。あらゆるシチュエーションで最適な戦法を取ると言われている。おそらく刀剣を使った戦い方も取り入れられているだろう。
「ええで、じゃあやってみい。」
鬼林はベルトから鞘の付いたまま模擬刀を抜くとサクラに手渡した。
サクラはそれを手に取るとズシリとした重さを感じる。
「すごい、かっこいい!」
そう言ってさわさわと模擬刀『黒龍』を撫でる。
「素振りしてみるか?」
「さっき、やり方を見てたので大丈夫です!」
まあ、こいつなら、ぶっつけ本番でもできるかもしれんの
鬼林はサクラが、以前、ウォーミングアップなしで、いきなり赤城と青柳を倒したのを思い出していた。
鬼林は大山に振り向くと、
「大山会長、的玉はまだあるんかの?」
と尋ねる。
しかし大山は鬼林の問いに気付かず、ただサクラの顔をじっと眺めていた。
「会長?」
再び鬼林が呼ぶと、大山は、はっとして鬼林を見た。
「あ、ああ、何かね?」
「的玉はまだあるんかいの?」
大山は籠の中を確認すると、
「まだ二つある。」
と答えた。
「こいつが、空中斬撃をやりたい言うんじゃが、やらせてみてもええかいの?」
とサクラを指さす。
「ああ、構わん。」
大山はそう言うと籠から的玉を一つ取り出した。
サクラは大山に駆け寄ってきて的玉を受け取った。
「ありがとうございます!」
大山はサクラの顔をまじまじと見つめる。
「あの、あたしの顔に何かついていますか?」
サクラが大山の視線に気付き不思議そうにそう尋ねた。
「あ、いや、何でもない、その模擬刀、君には重くないか?」
「うーん、まあ、いつも使ってる刀より重いですけど、たぶん大丈夫です。」
覆面ライダー剣王のおもちゃの刀であることは黙っていた。
「そうか。」
サクラは模擬刀と的玉を持って庭の中央に歩いて行った。
鬼林は赤城たちと少し離れたところで見守る。
隆一たちも、その隣で事の成り行きを眺めていた。
「行きます!」
サクラはすぅっと深呼吸をすると、的玉を上に放り投げた。
すかさず抜刀の姿勢を取る。
「!」
しかしサクラの様子がおかしかった、模擬刀の柄を握りしめ、慌てている。
その様子を見て鬼林が何かを察したのか、
「留め金外すんじゃ!」
と叫ぶ。
「え?」
サクラは鬼林が言っている意味が分からないようだ。
的玉は既に地面に落ちる寸前だったが、次の瞬間、それは再び宙に浮いていた。
サクラが足で的玉を受け止め、ふわりと蹴り上げたのだ。
「えい!」
サクラは鞘のついたまま模擬刀を振った。
べちんっ
的玉は割れることなく、大山邸の壁に向かって飛んで行った。
べちゃ
壁に当たって、そのままずるずると地面に滑り落ちる。
しーーん、、、
皆が見守る中、一瞬、静寂が訪れた。
「姐さん、ナイスバッティング!」
「ホームランじゃぁ!」
赤城と青柳がやんやと囃し立てる。
鬼林はサクラに歩み寄って行った。
「われ、ほんまに模擬刀振ったことあるんか?」
サクラは悔しそうに俯むき、ぽつりと呟いた。
「抜くべき時じゃなかったみたいです。」
「あ?」
「黒龍、抜くべき時じゃないと抜けないようになっているんですよね?」
「ばかたれ、貸せ。」
鬼林はサクラから模擬刀を受け取ると、
「模擬刀は簡単に抜けんようにロックが掛かっとる、こうやって外すんじゃ。」
チャキッ
鬼林はロックを解除して見せるとサクラに渡した。
「抜いてみい。」
サクラは模擬刀を受け取ると、鞘から刀身をすーと抜いた。
「あ、抜けた。」
鬼林はため息をつくと、
「まあええ、鞘はわしが持つけえ、少し両手で振ってみい。」
と言い、サクラから鞘を受け取る。
サクラは模擬刀を両手に持って、ぶん、ぶん、と振り回した。
まるで素人同然の振り方だった。
「われ、どこで習うたんじゃ?」
鬼林の問いに、
「えーと、まあ、イメージトレーニング? みたいな?」
と答える。
覆面ライダー剣王のテレビ放映を見ながら、おもちゃの刀を振っていたことは黙っていた。
「それはバットの持ち方じゃ、まあ達人の中にはそんな持ち方する者もおるんじゃが、普通、模擬刀は両手の間隔をあけて鍔の下と柄の端を持つ。」
「えーと、こうですか?」
右手を鍔の下に、左手を柄の端にして模擬刀を握る。
「そうじゃ、それで振ってみい。」
「えい!」
ビュン
「まあ、少しはましになったかの。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二階の窓からシェンと孝之が、庭にいるサクラの様子を眺めていた。
「サクラとかいう遊女、監視カメラで見たときは凄い動きだったけど、実物を見るとそうでもないな。」
シェンが呟く。
「僕もサクラはんが素手でダーツ掴んだいう話聞いたときは驚いたんやけど、こんなもんなんかな。」
先程、サクラが落ちそうになった的玉を咄嗟に蹴り上げたときは、これはと思ったのだが、あの程度の動きであれば、少し反射神経のいい者であればできるだろう。
「相対俊気の本流の動きが見れると思ったんだけど、所詮こんなものか。」
下を見ると、大山が庭を離れて玄関に向かって歩いて行くところだった。
「大山先生も興味を失ったみたいだな。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ビュン、、ビュン、、
サクラが庭で素振りを続けていると、玄関から大山が一振りの模擬刀を持って出てきた。
「サクラ君にはこっちの模擬刀の方が合っているのではないか?」
そう言って手に持った模擬刀を鬼林に渡す。
「会長、この模擬刀は?」
「『雷切・改』だ、カーボンで軽量化している、女性でも取り扱いやすい。」
『雷切』は刀身が短く片手で扱える模擬刀である。大山が持ってきた『雷切・改』は刀身と鞘が炭素繊維強化プラスチックで成形された特注品で、強靭で非常に軽いのが特徴である。
鬼林はサクラに尋ねた。
「おい、別の模擬刀、使うてみるか?」
サクラは素振りを止めると鬼林を見た。
「ん? それは?」
「大山会長が持ってきてくれたんじゃ、『雷切・改』いう片手剣じゃ。」
サクラは『黒龍』を鬼林に戻すと、『雷切・改』を受け取った。
「わ、軽いっ!」
紫色をした鞘に小さ目の鍔、柄の部分は片手でも持ちやすいように緩やかに湾曲しており滑り止めに柄糸が巻いてあった。
「抜いてみていいですか?」
サクラは大山に尋ねた。
「ああ、構わん。」
サクラはロックをチキッと解除し、スッと鞘から刀身を抜く。
「この感じ、すごくしっくりします!」
『雷切・改』は、偶然にも覆面ライダー剣王のプラスチック製のおもちゃの刀に、重さと手に持った時のバランスがそっくりだったのだ。
サクラは、左手に鞘を持ったまま、右手で模擬刀を振り始めた。
ヒュン、、ヒュッヒュ、、ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ、ヒュン、ヒュッ
目にも止まらない速さで模擬刀を振る。
「ほう。」
大山が目を見張る。
「片手剣の方が向いとるかもしれんの、ええ動きじゃ。」
鬼林も感心してそう言った。
サクラは模擬刀をくるりと手の中で回すと、スッと納刀した。
チキッ
そして大山と鬼林に振り向いた。
「リベンジしたいです! もう一回さっきのやらせてください!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
隆一は隣にいる澤田と三島に尋ねる。
「サクラっちに刀剣道を教えたのか?」
澤田も三島も首を横に振る。
「俺も三島も刀剣道はやったことないから教えようがないです、たぶんあれは我流です。」
澤田がそう答える。
サクラの動きは覆面ライダーのスタントマンの殺陣を真似ていたのだ。
大山は籠から最後の的玉を取り出した。
「的玉はあと一つある、やってみなさい。」
「ありがとうございます!」
「今度はロック外すの、忘れんようにな。」
と鬼林。
「任せて下さい!」
サクラは左手に『雷切・改』を持ち、右手で大山から的玉を受け取ると、庭の中央に移動した。
それを見て、赤城と青柳が、
「お、姐さん、今度はどこに打つんじゃ?」
「次は場外ホームランかいの?」
と揶揄ってきた。
サクラは赤城たちの侮辱の言葉にピクッっと眉を動かすと、左手に持った『雷切・改』をビシッと彼らに向けた。
「次は決めます、吠え面かかせてあげますからね!」
その瞳はほんのりと赤く染まっていた。
澤田はそれを見て、ふっ、と笑った。
「スイッチ入ったな。」
三島も頷く。
「あいつ、負けず嫌いだからな。」
時刻はお昼を過ぎようとしていた。太陽は雲に隠れており、風も殆ど吹いていない。
サクラは大きく深呼吸する。
「必殺、、、」
え?(由川)
必殺?(隆一)
「あたしの必殺技、パート2、、、」
へ?(赤城)
パート2?(青柳)
サクラは的玉を高々と放り投げた。
どこ投げとんじゃ!(鬼林)
的玉は10メートルくらい離れた場所に落ちていく。
「稲妻斬り!!」
技名叫んだ!!?(由川、隆一)
サクラは、ダンッと地面を蹴ると、あっという間に落下地点に到達した。
速っ!!(隆一)
チキッとロックを外すと、すかさず抜刀し、的玉に向かってジャンプする。
スパパンッ
次の瞬間、水しぶきを上げて的玉が割れていた。
トン
サクラは着地すると、
ヒュッ
と刀身を振って水を切り、手の中でくるりと一回転させ、スッと納刀した。
「おおぉぉぉ!」
皆が歓声を上げる。
「ふっ、ざっとこんなもんです。」
サクラは腰に手を当てドヤ顔で赤城と青柳を見る。
「さすがサクラ姐さんじゃ!」
「姐さん、最高じゃ!」
赤城と青柳は、今度は手放しでサクラを褒めたたえた。
皆が歓声を上げる中で、大山と鬼林だけは真面目な顔をしていた。
「鬼林君、気付いたか?」
大山は鬼林に尋ねた。
「会長も気付いたんかの、的玉が割れる音が2回したのを。」
大山は頷く。
「ああ、おそらく彼女は2回斬っている。」
刃のない模擬刀で的玉を2回「斬る」など普通考えられない。刀剣道経験者の大山と鬼林だからこそ、その異常さに驚いていたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二階から見ていたシェンと孝之は驚愕していた。
「本物だ、、、相対俊気の本流、、、本当にいたんだ、、、」
シェンがそう呟くと、孝之も頷いた。
「いやはや、人間技とは思えん動きやったわ、、、」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
隆一のRMS端末にピロンとメッセージが届いた。
<隆ちゃん、お昼の準備できてるけどまだかかりそう?>
「おーい、皆、咲がお昼ご飯の準備できたから早く帰って来いってよ。」
湖岡町組の皆はそれを聞いて隆一に振り向く。
サクラは大山の元に歩いて行った。
「会長さん、これ、ありがとうございました。」
『雷切・改』を名残惜しそうに撫でると、大山に差し出した。
「それは君が持っていなさい。」
「え?」
「模擬刀は人を選ぶ、それは君が持つにふさわしい。」
戸惑うサクラに、鬼林は手に持った『黒龍』を掲げた。
「わしも、黒龍貰うたんじゃ、遠慮せんでええ、われも貰っとけ。」
サクラの顔は、ぱあっと明るくなった。
「はい! ありがとうございます!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
湖岡町に帰るワゴン車の中。
孝之は天仁町の医務室に当番で残るので、助手席にはサクラが乗っていた。
隆一は運転しながらふと助手席を見る。
サクラは『雷切・改』を大事そうに抱きしめて、すやすやと眠っていた。
後ろの席では鬼林が『黒龍』を抱えて窓の外を見ていた。
赤城と青柳は右腕に<生活更生委員>の黄色い腕章をつけたままイビキをかいていた。
隆一は、バックミラーを見るとフッと微笑む。
まあ、いろいろあったが、何とかなるんじゃねぇか?
ワゴン車は天仁川の横の国道を湖岡町アパートに向かって走って行った。