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穏やかな革命 ~Adiabatic Revolution~  作者: 刃竹シュウ
第5章 協会の危機
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黒龍

大山が鬼林たちに与えたもう一つの任務、「生活更生委員」とは?


「由川、説明してくれるか?」


鬼林たちが一斉に由川の方を向く。


「あの、確認なんですが、生活更生委員というのは、僕と白潟さんが月に一回やっているあのミッションのことですか?」


由川は慌てて大山に尋ねた。


「ああ、そうだ。」


自給生活協会は、半年くらい前からやっかいな問題を抱えていた。新規に入会した協会員の中にCPを上げる仕事を全く行おうとしない者が出てきたのだ。


和皇国では由川たちが大学生の頃、バブル経済が崩壊し就職氷河期に入っていた。由川が本州で就職を諦めて天仁町に戻ったのも、優子が銀行の内定を取れなかったのもこの時期である。就職口のない若者や職を失った者の多くはフリーターをしたり次の職が見つかるまで生活保護を受けたりしていた。


そういった中で天仁町に自給生活協会が設立され徐々にその活動が認知されると、町議会で自給生活協会を失業者の受け皿にしてはどうかという案が出てきた。折しも北皇宮殿下が自給生活協会を視察して好印象を持たれていたと噂になっていた時期でもあった。


大山にとっては町議会の提案は願ってもない事であった。町の役員達とパイプを繋げることで将来的に自給生活協会の不動産を町に譲渡するという第2フェイズの計画が進めやすくなると考えたからだ。そういうわけで半年くらい前に数十人の失業者を自給生活協会に受け入れたのだ。


入会した失業者の多くは、食料生産棟や衣類生産棟で仕事をしたり、生活棟の清掃や雪かきなどの雑務を行ってCPを得ていた。レベルを上げることで生活環境が良くなることが彼らのモチベーションになっていた。しかし中にはレベルを上げることに全く関心が無い者がいた。彼らは生活棟の最低ランクの部屋に籠もり基礎食料ベーシックフード基礎衣料ベーシッククローズを受け取るだけで働こうとしないのだ。資源享受のタダ乗り、いわゆるフリーライダーである。


フリーライダーたちが何の生産性もなく資源を消費することで協会内のLSUスコアが微減していくことをAIが認識すると「生活更生ミッション」が追加された。


そういうわけで、天仁町役場でケースワーカーの経験のある由川と白潟さゆりが月に一回、働かない会員を訪問して彼らの健康状態や生活状況を見ながら相談に乗り、協会のために貢献するように説得していたのだ。


「、、、という訳です。」


由川が説明し終わると、鬼林は、


「はっ、そういう横着もんはどこにでもおるわ、わしらが闇金の取り立てしよった頃にもおったで、働かんと仮病つこうて生活保護ナマポ受け取る連中がの。」


としたり顔をする。そんな鬼林の言葉を聞いて横に座っている赤城は我が意を得たりという感じで、


「そういうことじゃったら、わしらがそいつらをボコって仕事させればええんかの?」


と息まく。


「あの、、、暴力はダメですよ?」


由川は冷や汗を流しながらそう言った。


「由川の言う通り、暴力はいかんぞ、それに働かない者のなかには健康上の理由で働きたくても働けない者もいる、そういったことを鑑みるのも、生活更生委員の任務だ。」


大山がそう言って鬼林たちをたしなめる。


「ああ、わかっとるわ、わしらも弱いもんいじめはせんけえの、じゃが、中にはおるじゃろ、平気で噓をついて人を騙す性根しょうねの腐っとる奴が、そういう奴はこっちが舐められると、とことんつけ上がるで?」


鬼林の言葉に由川は頷いた。


「確かに、一人すごく粗暴な会員さんがいて、訪問するたびに逆切れしてちょっと困ってたんです、鬼林さんたちが付いてきてくれたら少し心強いかなとは思います。」


「任せろ。」


鬼林の自信ありげな表情に由川は一抹の不安を覚え、


「あの、、、ほんとに暴力はダメですからね?」


と念を押す。鬼林はニヤリと笑うと、由川に手を差し出した。


「まあ、そんな無茶はせんけえ安心せえや、由川の兄ちゃん。」


由川は鬼林が差し出した手を恐る恐る握り返した。


「よ、よろしくお願いします。」


  あれ? なんかあんまり怖くなくなったな、慣れてきたのかな?


その横で、赤城と青柳がこっそりと囁きあっていた。


「怠けもんとこ行ってビビらせればええんじゃろ?」


「ビビらせるんは得意じゃ。」


 、、、やっぱりちょっと、不安かな、、、


由川は苦笑いすると、ふと何かを思い出した。


「あ、そうだ、ちょっと待ってください。」


そう言って、暖炉の横に設置してある棚に向かい、引き出しを開けて何やら取り出してきた。


「これは、生活更生委員の腕章です、持っていて下さい。」


<生活更生委員>の和皇文字の下に小さなアメリア文字で<Life Rehabilitation Committee>と帯状にデザインされた黄色い腕章を、鬼林たちに渡す。


「おお、何かかっちょええの!」


「わし、偉ろうなった気がするわ!」


赤城と青柳はその腕章を気に入ったのか、右腕に巻いて悦に入っていた。


「何事も形から入るのは悪くない。」


大山はそんな二人を見ながら微笑むのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


鬼林たちとワインを飲みながら談笑していると、今度は大山が、


「そうだ、ちょっと待ちなさい。」


と言って立ち上がった。そして暖炉の横の棚まで行き、一番下の幅広の引き出しを開けると中から一振りの模擬刀を取り出した。


「私も刀剣道の経験者でな、これは私のコレクションの一つだ。」


と言って、鬼林に手渡す。


鬼林がそれを手にすると、ズシリとした重さを感じた。


「こりゃあ、真剣かいの?」


「いや、『黒龍』と呼ばれる模擬刀だ、和黒檀ワコクタンを削り出した刀身になっている。」


「抜いてみてええんかいの?」


「ああ、構わん。」


鬼林は、模擬刀のつばの下の留め金(ロック)を親指でチャキッと解錠すると、ゆっくりと鞘から刀身を引き抜いた。刀身の断面は平たい楕円形でその表面はワックスがけされており、和黒檀独特の木目が刃紋のように流れていて美しく輝いていた。


「こりゃあ、業物わざもんじゃのう。」


鬼林は見とれるように模擬刀をしばらく眺めると、ゆっくりと刀身を鞘に収めた。チャキッと音がして自動的にロックが掛かる。


「ええもん、見さしてもろうたわ。」


鬼林が模擬刀を大山に返そうとすると、


「それは君に進呈しよう。」


と大山は言った。鬼林は驚いて大山を見た。


「くれるんか? これを? ほんまに、ええんか?」


「ああ、私が君を信用することの証だ、持っておきなさい。」


鬼林は感銘を受けたのかしばらく無言で模擬刀『黒龍』を見つめた。


「わしはこれに見合うだけの男なんかのう、、、」


「それは君次第だ。」


鬼林は目を閉じ暫し回想した。施設で刀剣道を習っていた頃、師範から一度だけ道場に飾られていた名刀を持たせてもらったことがあった。


 それに見合う男になれるかは、お前次第だ


師範もそんなこと言っとったのう、、、


鬼林は目を開き、大山を見る。


黒龍これはわしにかける首輪いうとこかの?」


鬼林の皮肉とも取れる言葉に、大山は気を悪くするどころか、むしろ上機嫌になる。


「君はやはり見どころがあるな、理解が早くて助かる。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


コンコン、居間の扉でノックの音がした。


「あ、たぶん、隆一兄さんかな?」


由川がソファから立ち上がり、扉に駆け寄る。


「はい。」


由川が扉を開くと、隆一を先頭に澤田、三島、サクラが立って待っていた。


「誠ッチ、俺たちそろそろ帰りたいんだが、護衛任務はまだ必要か?」


「あ、待たせちゃってごめんなさい。」


由川は振り向いて大山に声をかける。


「先生、護衛任務はもう大丈夫ですか?」


「ああ、待たせてすまなかった。面接は終了だ、護衛任務は完了とする。」


大山は、RMS端末を取り出し、任務完了の操作をした。


澤田、三島、サクラのRMS端末が一斉にピコーンと鳴った。


<護衛任務が完了しました。10000CPが加算されました>


その様子を見て、鬼林も立ち上がった。


「協会の役に立てるよう精進するけえ、よろしゅうお願いします。」


そう言って大山に深々と頭を下げた。赤城と青柳も慌てて立ち上がりビッと頭を下げる。


「うむ。」


鬼林たちが出口に向かうと、大山が声をかけて来た。


「せっかくだ、その模擬刀、庭に出て少し振ってみないか? 空中斬撃の的玉まとだまもあるぞ?」


空中斬撃とは、刀剣道の演舞の一つで、的玉と呼ばれる水風船を放り投げ、落ちてくる間に抜刀して空中で破裂させる技である。刀剣道の上級者がデモンストレーションで行うことが多い。


鬼林は目を輝かせた。


「是非。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


大山が鬼林を連れて玄関から庭に出ると、その後ろから他の者たちがぞろぞろと付いてきた。


「何が始まるんだ?」


隆一が由川に尋ねる。由川は大山がコレクションの一つの模擬刀を鬼林に譲ったこと、そしてその模擬刀を使って庭で空中斬撃の演舞を行うことを話した。


鬼林は腰のベルトに模擬刀を差すと、


「少し素振りさせてもろうて、ええかの?」


と大山に尋ねる。


「ああ、構わん。」


鬼林は腰を落とし、居合の構えを取ると、ふぅぅと息を吐く。


チャキッ


親指でロックを外すと同時に、ヒュン、と音を立てて模擬刀が振り抜かれた。


鬼林は即座に模擬刀を両手に持つと、


ヒュッ、、ヒュッ、、ヒュン、ヒュン


と4回振り、スッと納刀する。チャキッと音がしてロックが掛かる。


「思うた通り、ええ模擬刀かたなじゃ、手に馴染む。」


その様子を見ていた隆一が、


「へー、あいつ、なかなかやるじゃねえか。」


と感心する。横で見ていた澤田と三島も、


「有段者だな、あれは。」


「ああ、素人の俺でもすげぇって分かる。」


と同じく感心する。


サクラは黙ったまま鬼林の持つ模擬刀『黒龍』を食い入るように見つめていた。


大山は、鬼林に向かって大きく頷くと、


「見事な太刀筋だ。」


と言い、手に持った籠から的玉まとだまを取り出して鬼林に渡した。


鬼林は的玉を受け取ると空を見上げた。


時刻はもうすぐお昼になる頃で、流れる雲に太陽が隠れようとしていた。


真冬の冷たい空気の中、ピーンと張り詰めた緊張感が伝わってくる。


鬼林は的玉を上に放り投げると、すかさず腰を落とし抜刀の構えを取る。


チャキッ


ロックを解除する。


的玉は鬼林から少し離れた場所に落下して来る。


鬼林は一歩踏み込むと、


ヒュンッ


と模擬刀を振りぬいた。


パァーン


的玉が空中で弾け、水しぶきが上がった。


「おおぉぉ!」


周りで見ていた者たちから歓声が上がる。


由川も思わず声を漏らす。


「すごいな、、刃がない模擬刀で水風船を割るなんて、、、」


大山はそんな由川に、


「それだけ振り抜く速度が早いという事だ、運動量と力積の関係、物理で習っただろう?」


と言う。


先の丸い弾丸が風船を割るように、断面の丸い模擬刀でも早い速度で当てれば風船を割ることが出来るのだ。


鬼林は模擬刀についた水滴をヒュッと一振りして飛ばすと、鞘についていた布で刀身をきれいに拭いた。


そしてスッと納刀し、チャキッとロックを掛けた。


「さすが、鬼林さんじゃ。」


赤城と青柳がそう言って、鬼林の元に歩み寄って来た。


しかし、その横をサクラが、すーと追い抜いて鬼林の目の前に立った。


「やらせて下さい!」


「あ?」


サクラの言葉に鬼林はポカンとする。


他の一同も、何事かとサクラを見つめた。


サクラはビシッと模擬刀『黒龍』を指さす。その目は期待でキラキラと輝いていた。


「あたしも、それ、やってみたいです!」


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