大山と鬼林(2)
場所は大山邸の居間、鬼林は自給生活協会に入会するために大山の面接を受けていた。
大山は、ゆっくりとティーカップをテーブルに置くと、鬼林を見つめてこう言った。
「君は湖岡町のアパートの扉がPSチップで開くことを知っていたな、なぜだ?」
大山の鋭い眼光が鬼林を射貫く。
だが鬼林は大山の眼差しに特に慌てるでもなく、
「扉の横にセンサーが付いとったけえの、わしが闇金の取り立てしよった家に同じ型のセンサーが付いとったことがあったんじゃ。」
と落ち着いた口調で答えた。
「なるほど、それで君はアパートの扉がPSチップで開くと推測した訳か。」
「そうじゃ。」
大山は、ふむ、と腕を組むと続けてこう尋ねた。
「君はまだその金融屋の仕事をしているのか?」
「いや、もうあいつらとは手を切っとる、もともとバイトがてらにやっとった仕事じゃけえの。」
「何という組織だったんだ?」
「猪野淵商会いう金貸し屋じゃ、社長の猪野淵がわしの小学校のダチじゃったけえ、手伝うとったんじゃ。」
鬼林は大山から目を逸らすことなくそう言った。
数秒間の沈黙の間、暖炉で燃えていた木片が、小さくパキッと音を立てて弾けた。
大山は、束の間、目を閉じ再び開いた。
「あと一つ、聞いてもいいか?」
「ええで、何でも聞いてくれ。」
「今日君といっしょに来た二人の仲間は君とどういう関係だ?」
「赤城と青柳はわしが施設におった頃の仲間じゃ、あいつらはわしを裏切らん、信用してもええ。」
大山は、大きく頷いた。
「なるほどな、ではその二人にも話を聞いてみるとするか。」
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場所は変わって、大山邸の2階のサーバー室。
由川は監視カメラの音声付きの映像を見ていた。
「入口のPSチップのセンサーはカモフラージュした方がいかもしれませんね、、、」
由川がそう呟くと、横にいる孝之も頷いた。
「せやな、辻君がインプラントしとんの気付かれんかったのは幸いやったな。」
その横でシェンはパソコンを使って鬼林が言った金融屋を検索していた。
「平島の猪野淵商会ですが、実在します、あと、鬼林が在籍していた小学校の卒業名簿も見つかりました、確かに猪野淵と鬼林は同級生です。」
監視カメラのサーモグラフィを監視しているAIはグリーンを示していた。
「鬼林はん、うそは言うとらんみたいやな。」
と孝之。すると突然、由川のRMS端末から呼び出し音が鳴った。
「あ、大山先生からだ。」
監視カメラには大山がRMS端末で電話をかけている様子が映っている。
由川はその映像を見ながら通話ボタンを押して電話に出た。
「はい、、、赤城さんと青柳さんですか? 食堂で待機してもらっています、、、はい、、、ええ、では、彼らも居間に案内しますね。」
由川は電話を切る。
「大山先生が赤城さんと青柳さんにも話を聞きたいそうなんで行ってきます。」
由川が立ち上がると、シェンが振り向いて声をかけた。
「由川先輩、お疲れ様です、俺たちは引き続き、鬼林の身辺調査を続けます。」
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場所は変わって、大山邸の食堂。
テーブルには由川が予め用意してた茶菓子が置いてあり、赤城と青柳はそれをつまみながら退屈そうに待っていた。テーブルを挟んで三島がそんな2人の様子を監視している。サクラはその隣でRMS端末を取り出して何やら見ていた。
隆一はサクラが見ている端末の画面をチラリと覗く。
「ん? それ覆面ライダー剣王じゃねえか?」
隆一の問いに、サクラは端末から目を逸らすことなく、
「あー、はい、DVDボックス初回限定盤が出たので予約しているところです。」
と言って購入ボタンをタップする。すると端末にSISからメッセージが届く。
<ご購入の品は資源保管棟に到着後、湖岡町アパートに配送されます>
そんなサクラを三島があきれたような目で見て来た。
「お前、戦隊とかライダーみたいなの好きだよな?」
「剣王は特別です、ベルトも買ったし、トレカも揃えたし、後はこの初回限定盤のDVDボックスを買ったらコンプです。」
三島は、ふぅと溜息をつくと、サクラの恰好を見ながら、
「まあ、お前の趣味をどうこう言うつもりはないが、せめて、着るもんくらいは買えよ?」
と言う。
サクラが着ているのは自給生活協会で配布される基本衣料で、木綿生地の何の飾り気もない白いパーカーと天然染料で藍染されたデニム生地のジーンズであった。アクセサリーなどの装飾類は全く身に着けておらず、手の爪も短く切り揃えていた。
「だってお店に行けば衣装あるし、自給生活協会ならRMSで予約できるから普段着はこれで十分です。」
そんなサクラに隆一は、ニッと笑って、
「俺も剣王は好きだぜ、『俺、見参!』ってな、カッコイイよな?」
と言い、ビッと親指を立てる。
「ですよね!」
サクラは端末から顔を上げ隆一を見る。
妙なところで気が合う、隆一とサクラであった。
そこへ、扉が開いて由川が入って来た。
「赤城さん、青柳さん、お二人も面接しますので、来てもらえますか?」
赤城は後ろを振り向いて由川を見た。
「お、わしらの番か? 鬼林さんはどうしちょる?」
「鬼林さんは、まだ大山会長と面接中です、お二人には鬼林さんと一緒に面接に参加していただきます。」
「ほうか、わしゃ昔から面接いうんが苦手じゃけ、鬼林さんが一緒じゃったら安心じゃ。」
と赤城。
「ガキの頃から悪さばっかりしよって職員室によう呼ばれよったけえの、説教されるんは苦手じゃ。」
と青柳。
そんな二人を見て由川は苦笑いした。
「あの、お説教とかじゃないので、お話を聞くだけなのでご安心ください。」
大丈夫かなぁ、この人たち、、、
由川はそんな風に思いながら赤城と青柳を居間に案内した。
隆一と三島とサクラも由川に付いてきて居間の扉の前で待機してる澤田と合流した。
「護衛の方と隆一兄さんはここで待機していただけますか?」
居間の扉の前には椅子が4脚ほど並べられており澤田はその一つに座っていた。
由川は扉をノックする。
「入りたまえ。」
大山の返答が聞こえ、扉を開くと由川は赤城と青柳を連れて居間に入った。
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居間に入ると、ソファに座っている鬼林が後ろを振り向いて声をかけて来た。
「来たか、大山会長さんがお前らにも話聞きたいそうじゃ。」
大山はソファから立ち上がると、入って来た二人をギロリと眺める。
「会長の大山だ。」
赤城と青柳は大山の風貌とその鋭い視線を受けてビクンと身体を震わせた。
「あ、あ、赤城いいます。」
「あ、青柳いいます。」
ビッと頭を下げる。
二人とも本能的にどちらが上なのか察しているようである。
「まあ、楽にして、そちらに座りなさい。」
と鬼林の横に座るように促す。二人がソファに座ると大山も着席した。
「由川、すまんが、ワインを持ってきてくれるか?」
「あ、はい、準備しますので、少々お待ちください。」
由川が部屋から出ていくと、大山は赤城と青柳にこれまで平島でしてきた仕事について尋ねてきた。
二人が鬼林の顔を不安げに見ると、鬼林はただ黙って頷いた。
それから赤城と青柳は大山に平島での仕事について話し始めた。それは概ね鬼林が言っていたことと一致していた。
「こ、これで、ええんですかいの?」
最後に赤城が大山に尋ねる。
「ああ、十分だ。」
すると、大山のRMS端末がピコンと鳴り、シェンから通知が来た。
<全員シロです>
ちょうどそのタイミングで、由川がトレイにワインボトルとグラスを乗せて入って来た。そしてテーブルにグラスを4つ置いてワインを注ぐ。
「すまんな、由川、あと未使用のRMS端末を3つ持ってきてくれるか?」
「え? ああ、そうか、じゃあすぐに持ってきます。」
大山の言葉に由川は一瞬、きょとんとしたが、すぐに何なのか理解したようだ。
由川が去ると、大山は鬼林たちに向き直った。
「君たちはワインはいける口かね?」
「酒なら何でもいけるで。」
と鬼林。隣の二人もコクコクと首を縦に振る。
「合格だ、今日から君たちは自給生活協会の会員だ。」
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由川が居間を出ると隆一が話しかけてきた。
「誠ッチ、どんな具合だ?」
「たぶん、三人とも合格です。」
「へー、そうなのか、まあ大山会長のお墨付きなら俺は文句ねえけどな。」
そんなやりとりを見て澤田が由川に話しかけてきた。
「俺たちの護衛任務はもういいのか?」
「念のためもう少し待機していただけますか?」
「了解した。」
サクラはRMS端末で明日の遊郭の勤務表を確認していた。
「なんか楽な仕事でしたねー、これで10000CP貰えるなんてラッキーです。」
由川はそんなサクラを眺めながら、開示請求で見た監視カメラの映像を思い出した。
この人が、あんな凄い動きで人を倒したなんて信じられないな、、、
実際、隣に座っている筋骨隆々の三島や澤田に比べて、サクラの体つきは細く普通の女性にしか見えなかった。
「ん? 何ですか?」
視線を感じたのかサクラが端末から顔を上げ由川を見る。すっとした小顔に思わず吸い込まれそうになるほど綺麗な大きな瞳、中学生の頃の由川だったら興奮のあまり卒倒していただろう。幸い優子のおかげで美少女耐性がついていたためそういうことにはならなかったが。
「あ、いえ、何でもありません、、、では、、、」
由川は少し顔を赤らめると頭を掻きながら、そそくさとその場を立ち去った。
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その後、由川が3台の未使用のRMS専用端末を持って居間に戻って来ると、中では大山たちがワインを飲みながら待っていた。
「端末をお持ちしました。」
「うむ、では入会手続きを始めるか。」
由川は鬼林たちにRMS専用端末と入会申請用紙を配る。申請用紙には自給生活協会の会員規則とプライバシーポリシーが記入してあった。由川はその内容を読み上げる。
「以上です、同意していただけたら、署名をお願いします。」
「ああ、ええで。」
鬼林は即答すると、由川からペンを受け取り申請用紙に名前を書く。
赤城と青柳は、
「小難しいことはようわからんけ、鬼林さんがええんなら、わしらもええわ。」
と答え、同じように、申請用紙に名前を書いた。
「それではRMS端末にペアリングをします、PSチップをお持ちですか?」
「ああ、持っとるで。」
鬼林は袖をまくるとブレスレッド型のPSチップを見せた。他の2人も同様にブレスレッドをしていた。
「それでは、鬼林さんから、端末の案内に従って操作して下さい。」
<この端末は初期状態です、ペアリングを行いますか?>
<YES>
<NO>
鬼林が<YES>をタップすると、
<端末にPSチップを当ててください>
とメッセージが出た。鬼林がRMS端末にブレスレッドを当てるとピロンと音がしてスキャンが完了する。
<RMSサーバーにアクセス中・・・>
<初めまして新規の会員様、あなたの会員番号は****になります>
RMS実装後に新規に会員になる者はPSチップのペアリング時に自動的に会員番号が割り振られる。
<続いて個人情報を確認します、PSサーバーにアクセス中・・・>
<個人情報を確認しました、ニックネームを登録しますか?>
<YES>
<NO>
「ニックネーム?」
鬼林が由川を見る。
「本名を隠したいときはニックネームを登録して下さい。」
と由川が解説する。遊女のように本名を隠して源氏名で登録したい者はニックネームで登録するのだ。
「本名でええわ。」
鬼林は、<NO>をタップする。
<鬼林勝さん、ようこそ、続いてスキルを確認します・・・>
<PSサーバーにアクセス中・・・>
<自動車運転免許を確認しました、自動車運転スキルが付与されました、1000QPが加算されました>
<レベル2になりました>
<刀剣道2段を確認しました、格闘スキルが付与されました、10000QPが加算されました>
<レベル3になりました><レベル4になりました>
刀剣道とは真剣に模した模擬刀を使用する和皇国の武道で、世界的には Pseudo Sword Arts
(スードソードアーツ)と呼ばれている武術競技の一つである。
「ほう、君は刀剣道の段位を持っているのか。」
大山は鬼林を見て感心する。
「施設におった頃、先生の一人が刀剣道の師範しよったけえの、教えてもろうとった。」
その後、赤城と青柳もRMS端末のペアリングを行った。
赤城:自動車運転免許、柔道初段、レベル3
青柳:自動二輪大型免許、柔道初段、レベル3
赤城と青柳は別の先生に柔道を習っていたようだ。鬼林曰く彼らは頭は悪いが柔道の実力はかなりのものらしい。
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RMSの登録が済むと、大山は鬼林たちに今後の活動内容について説明した。
「君たちは、基本的に有事の際に会員たちを守る護衛任務もしてもらう。」
「守るいうても、敵はどこにおるんですかいの?」
赤城が大山に尋ねる。
「今はいない、が、将来的に現れるかもしれん、実際、君たちのような者が現れたからな。」
「はっ、確かに、わしらみたいなもんはどこにでもおるけえの。」
青柳がこれは一本やられたとばかりに自分の額をペチッと叩いた。
「じゃけど、普段わしらは何をしよったらええんかいの?」
鬼林が大山に問う。
「実は君たちにはもう一つ重要な任務がある。」
と大山は鬼林たちを眺めながら言った。
「重要な任務?」
鬼林は大山を見つめ、赤城と青柳はゴクリと唾を飲む。
大山は大きく頷いて鬼林たちを見るとこう言った。
「生活更生委員だ。」
大山の答えに、鬼林はポカンと口を開けて途方に暮れていた。
「、、、なんじゃそりゃ?」