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穏やかな革命 ~Adiabatic Revolution~  作者: 刃竹シュウ
第5章 協会の危機
22/36

露天風呂パニック

湖岡町支部の慰労会が終わったあと、隆一は辻を呼び止めた。


「辻ッチ、ここの露天風呂RMSで予約できんだが入ってかねえか?」


おじさんたちと飲んでいい具合に酔っていた辻は、


「いいですね露天風呂! 行きましょう!」


と二つ返事で答える。


孝之は、


「僕はこのあとシェン君とオンライン会議あんねん、君らだけで楽しんどいで?」


と手を振ってアパートに戻って行った。


「おつかれさまです!」


隆一と辻が去り行く孝之に手を振ると、隆一の端末からピロロロロと音声通話の呼び出し音が鳴った。隆一の後輩で用心棒の三島からだ。


「もしもし、、、何、二次会?、、、ああ、わかった、じゃあ、その居酒屋で待ち合せな、じゃあ。」


隆一は通話を終えると、辻に手を合わせて謝る。


「辻ッチ、悪りぃ、三島ッチたちと二次会で飲むことになった。」


謝る隆一に、辻は、いえいえ大丈夫です、と手でジェスチャーする。


「一人でのんびりと温泉に入ってきますね。」


実際、辻は一人で感慨にふけりたい気分でもあったのだ。


辻がRMS専用端末を取り出し露天風呂の予約をしようとすると、隆一が、


「あ、俺もう露天風呂の予約してっから、辻ッチに譲渡するわ。」


と言ってきた。


「じゃあ、お願いします。」


辻がRMS端末で予約するのをやめると、隆一は自分の端末で譲渡の手続きを始めた。


<紅葉温泉 露天風呂エリアCの予約を、辻永周さんに譲渡します、方法を選んでください>


<10CPで譲渡>

<無償譲渡>


隆一が<無償譲渡>を押すと、辻の端末がピンポーンと鳴る。


<清水隆一さんから、紅葉温泉 露天風呂エリアCの予約の無償譲渡の申し出があります、受け取りますか?>


<受け取る>

<キャンセルする>


辻が、


「隆一さんにCP渡さなくていいんですか?」


と尋ねると、隆一は、


「いいって、10CPぽっちだしな、ゆっくり入って来いよ。」


と言ってビッと親指を立てる。


「はい、ありがとうございます。」


辻が<受け取る>を押すと、隆一の端末がピンポーンと鳴った。


<辻永周さんが、紅葉温泉 露天風呂エリアCの予約の無償譲渡を受け取りました>


「じゃあ、僕は露天風呂に入ってきますね。」


辻は隆一に手を振ると廊下を歩いて行った。


隆一は辻が廊下の突き当りを右に曲がるのを見届けると、咲さんにメッセージを送る。


 隆一:<作戦第一段階クリア>


 咲:<了解だよ、隆ちゃん!>


「エリアAは男湯、エリアBは女湯、そしてエリアCは、、、」


隆一はニヤリとほくそ笑む。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


辻が露天風呂の脱衣所に着くと、入り口に<紅葉温泉 露天風呂 エリアC>という紙が貼ってあり、その下にタブレットが設置されていた。


タブレットの画面には、


<ただいま、0名入浴中、5名予約中>


<予約された方はカメラにRMS端末をかざして下さい>


と表示されていた。


辻はRMS端末で予約の二次元バーコードを表示させてタブレットのカメラにかざす。


<辻永周さん、ようこそ、1番のロッカーを使用して下さい>


<新しいタオルは入り口の棚からお取り下さい>


<お使いになったタオルは使用済みのカゴに入れて下さい>


と音声メッセージが流れた。同時に入り口のタブレットの表示が、


<ただいま、1名入浴中、4名予約中>


と変わる。


辻は脱衣場に入ると棚からタオルを取り、指定されたロッカーで服を脱いで外に出た。


「うっ、寒いな。」


季節は2月の真冬、辻は白い息を吐きながらぶるぶるっと震える。


岩場に囲まれた小さな露天風呂からは湯気が立ち昇り、熱い源泉がちょろちょろと音を立てて流れていた。


辻はタオルを岩場に置いてゆっくりと湯に浸かる。


「はぁぁ、生き返る! 温泉に入るのなんて久しぶりだなぁ!」


空を見上げると三日月の明かりに照らされて灰色の雲がゆっくりと流れていた。辻は岩にもたれかかりながら湖岡町に来てからの事を思い出していた。


鉱山跡地の廃アパートにソーラーパネルと圧縮空気タンクを設置、アパートの内装の改修、食堂の改修、製薬会社との交渉、深夜のバイト、本多早苗との出会いと別れ、遊女たちの入会、遊女に誘われて入会した男性会員たち、臨時の合同委員会、、、


 そういえば、おミヤさんメガネしてなかったけどコンタクトに戻したのかな?


 米村君と、由川君は相変わらず変わっていなかったな、、、


そんなことを思っているうちに、辻はウトウトとし始めた。


辻が岩に背をあずけ目を閉じていると、脱衣所の扉が開きひとりの人影が現れた。その人影は寒さに震えながら露天風呂にゆっくりと浸かると、そろそろと辻の所に近づいて来た。


「お兄さん、お兄さん、こんなとこで眠とったらいけんよ? 溺れるかもしれんけ。」


その人影は辻の肩をポンポンと叩く。


辻がハッと目を覚ますと、幼い顔をした女の子が辻の顔を覗き込んでいた。


「え!?ちょ、、え!?幻覚!?」


その女の子は、


「幻覚じゃないんよ、うちは本物なんよ。」


と言って、ぷうっと頬を膨らます。


 何この子、おミヤさんみたいなしゃべり方するけど、、、


「君、南州の子?」


女の子はコクリと頷くと、


「南州の西の方、平島ひらしまじゃけ。」


と言う。


「君、お父さんとお母さんは? はぐれちゃった?」


「お父ちゃんもお母ちゃんもおらんよ? うち、遊郭で働いとるけ。」


「え!?君、いくつ!?」


辻はどう見ても小学生か中学生にしか見えないその女の子に尋ねる。


「19じゃけど?」


女の子はそう言うと、辻をまじまじと見つめる。


「あ、お兄さん、辻くんじゃろ? メガネしとらんけ、分からんかったわ。」


辻は、ぼんやりとした視界の中で、その女の子を見る。


 遊郭の子って、今日の慰労会にはこんな子来てなかったと思うんだけど、、、


「えと、ごめん、名前聞いてもいい?」


その女の子は辻にニッコリと微笑むとこう言った。


「ホノカ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


場所は変わって湖岡町支部のアパート。


孝之は慰労会から帰って自室に戻り、パソコンを立ち上げていた。


「そろそろ、時間やな。」


オンライン会議の画面に、シェンの顔が現れた。


「孝之さん、お疲れ様です。」


「シェン君、お疲れさん。」


「前回のオンライン会議でお話しした件、どうなりました?」


「ああ、今日、ちょうどその温泉で協会の慰労会あったんや、けっこう有用な情報得られたで。」


「有用な情報とは?」


孝之は、慰労会で出会った新会員の一人に、三友重工の技術部長がいたことを話し始めた。


「その部長はん、山村はん言うんやけどな、何でも再生可能エネルギー発電部門を統括しとるいう話で、地熱発電も手がけたことあるいうんんや。」


「それは、すごいですね、温泉を使った発電について何か情報得られました?」


「何でも三友重工で既に温泉で発電できる小型発電装置が製品化されとるんやて。」


孝之が画面を切り替えて資料を表示する。


<低温熱源を利用した小型バイナリー発電装置>


沸点の低い有機溶媒を利用して発電する装置である。工場の廃熱や温泉の熱湯などの熱源で有機溶媒を気化させ蒸気タービンを回した後、冷却水で溶媒を液体に戻して循環させる。基本的に熱湯と冷却水を用意すればメンテナンスフリーで発電できると説明してあった。


「価格はどれくらいですか?」


シェンが尋ねる。


「1千万円くらいや言うとったで。」


シェンは、うーむ、と唸る。


「協会の基金で買えなくはないですが、かなり高価な買い物ですね。」


「せやな、部長さんが言うには、協会の持つ資源だけで安く自作する手もあるそうや。」


孝之は資料を切り替える。


<スターリングエンジンを利用した低温度差発電装置>


「温泉程度の熱源やと、このスターリングなんちゃらの方が効率ええんやて、三友重工を定年退職した真田さなだはんいう人が開発しはったんやけど、商用利用にするには出力弱いらしゅうてお蔵入りになったそうや。」


孝之の説明にシェンは、


「スターリングエンジン、ネットで検索してみましたが、なかなかマニアックな技術みたいですね。その真田さんという方も協会に誘ってみてはどうでしょう?」


と提案する。


「僕もそう思うてな、部長はんにお願いしとるとこや。」


孝之がそう言うと彼の端末がピロンとなりメッセージの着信を伝えた。


「ん? ちょうど今、部長はんから、メッセージ届いたわ。」


山村部長:<三宅様、真田さんと連絡取れました。是非、自給生活協会に入会して協力したいとおっしゃっていました>


孝之は、ぐっと、ガッツポーズをする。


「シェン君、やったで、真田さんの入会、OKしてもろうたわ!」


「え!? そうなんですか?」


シェンはあまりのタイミングの良さに驚いていた。


「これも辻君の幸運やろか? ほんま、とんとん拍子で事が進むわ。」


孝之がそんなふうに言うと、


「今回も、辻先輩がからんでるんですか?」


とシェンが尋ねる。


「部長はんなんやけど、慰労会で辻君と仲良うなってな、辻君おらんかったらこんな風に連絡取ることもなかったわ。」


孝之は茶をすすりながら、うんうんと頷くのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


場所は露天風呂に戻る。


「ほ、ホノカさん?」


辻はぼんやりとした視界の中でホノカを見つめる。


 そういえば温泉のオーナーの古河さんがそんな名前を言ってたような、、、


辻は遊女たちと距離を取るようにしていたので、未だに彼女たちの顔と名前を覚えていなかった。


遊女たちの間では咲さんからの情報で辻のことは知れ渡っていたのだが。


「んふふふ、辻くん、メガネ取ると可愛ええね。」


ホノカは辻に顔を寄せると、ぺたぺたと手で辻の頬を触ってきた。


「うわ、ちょ、くすぐったい。」


「辻くん、ぎゅーしてもええ?」


「え、ぎゅー?」


「こうするんよ。」


ホノカは辻に抱きついてぎゅーと辻の顔に胸を当ててきた。


「うぐ、むぐぐぐぐ、、、」


 い、息が、、、


辻の顔はホノカの大きな胸にうずまっていた。


「ぷはっ」


辻は仰け反ると、ぜえぜえと息をする。


幼い見た目に騙されてたけど、この子も大人の女性、、、ん?


「考えてみれば、なんで女性が男湯にいるの?」


辻が今更な質問をすると、ホノカは、


「ここ混浴じゃろ?」


と澄ました顔で答える。


「そうなの!? なんでホノカさんは混浴に!?」


「女湯満員じゃったし、うち混浴でも気にせんけえ。」


実はRMSで予約するときは、エリアCは「混浴」と表示されるのだが、譲渡するときにはエリアCとしか表示されない仕様のようである。隆一はこのことを巧みに利用して辻を混浴に誘い出したのだ。ちなみに脱衣所の入口には<露天風呂 エリアC 混浴>と書いてあるのだが、上から<紅葉温泉 露天風呂 エリアC>という紙が被せられていた。


ニコニコと微笑みながら辻を見つめるホノカを見て、


 やばい、ホノカさんに胸を押し付けられて変な気分になってきた、、、


辻は下半身を押さえて立ち上がる。


「ぼ、僕、のぼせてきたからもう出るね。ホノカさん、ゆっくり浸かっていってね!」


辻はタオルを持って露天風呂から出ると、そそくさと脱衣所に向かっていった。


ホノカは、そんな辻の後姿をニコニコしながら見ていた。


「辻くん、サクラちゃんが言うとったとおり、ええ子じゃね。」


辻が去ってしばらくして、脱衣所の扉がガラリと開いて若い女性が3人出てきた。


「うっわ、寒っむ。」


「辻くん、いる〜? 癒しに来たよ~」


「あれ? あそこにいるのホノカじゃない?」


クルミ、ツバキ、カエデの3人組だ。


ホノカは、3人を見ると、


「クルミちゃんたちも来たん?」


と、のほほんとした表情で迎える。クルミは、


「なんでホノカがここにいんの?」


と聞いてくる。


「仕事終わって慰労会に来たんじゃけど誰もおらんかったけ、温泉に入りに来たんよ。」


「そうなの? てか辻君は?」


クルミの問いに、ホノカは、


「辻くんならさっき出よったけど?」


と不思議そうに答える。


クルミは肩をすくめた。


「咲さんに頼まれて辻くん励ましにきたんだけど、なんかすれ違ったみたい。」


どうやら隆一の作戦ではクルミたち3人を辻と鉢合わせることだったらしいのだが、奇しくも辻と出会ったのは遊郭の仕事から帰ってきて何も知らないホノカだったようだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


辻は紅葉温泉を出ると、アパートに向かって歩いていた。


「まさか混浴だったとは、、、隆一さんもうっかりものだなぁ。」


うっかりではなく確信犯であったのだが、辻は隆一のことを疑いもしなかった。


温泉で体の芯まで火照っていたので、外の冷たい空気も涼しく感じる。


辻が夜空を見上げながら白い息を吐いて歩いていると、湖岡町支部のアパートが見えてきた。


LEDの常夜灯に照らされて、アパートの入り口に3人の男が立っているのが見えた。


 あれ? 見かけない人たちだけど、何してるんだろ?


辻は、アパートに辿り着くと、その男たちに声をかける。


「あの、ここは自給生活協会のアパートですけど、何か御用ですか?」


男たちの一人が辻を見る。


「われ、ここの会員か?」


男の一人が辻を見る。チンピラ風のいかにも悪そうな顔立ちである。


辻は眉をひそめて男を見る。


「あ、あなたたちは、何ですか?」


男は辻の質問には答えず、


「ちょうどええわ、われ、鍵開けえや。」


と辻に詰め寄る。辻の全身が総毛だち緊張が走る。


 この人たちは、変だ、絶対に通してはいけない!


辻は男の目を真っすぐに見つめると、


「断ります。」


と答えた。


「あ? ええ根性しとるの?」


もう一人の男が辻の胸倉を掴んだ。


辻はひるむことなくその男の方を向く。


「絶対に、通さない!」


3人目の男は、2人の男の後ろに立ち、辻を鋭い目つきで観察していた。


「鍵は持っとらんじゃろ、PSチップじゃ。」


アパートの扉に元々ついていた鍵穴は使われておらず、入り口の施錠はPSチップをセンサーに当てることで行っていた。どうやらこの男はそのことに気付いたらしい。


鬼林おにばやしさん、こいつ絞めてええですか?」


鬼林と呼ばれたその3人目の男は、無表情にこう答えた。


「兄ちゃんも覚悟できとんじゃろ、ええで、やれや。」


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