温泉発電プロジェクト
湖岡町の第2パーティーのアパートの畳の部屋で、孝之、隆一、辻が集い、胡坐をかきながらノートPCに映るオンライン会議の画面を眺めていた。彼らのPCは自給生活協会の専用ローカルネットワークを通して天仁町の大山たちのPCと繋がっていた。このローカルネットワークは、シェンが自給生活協会のために200台調達してきたRMS専用端末のために用意されたものだ。キャリアの電波は使わずに、協会の敷地内に点在するアクセスポイントに接続することで通信することができる。天仁町と湖岡町の間の遠距離通信は専用の光回線で繋がっている。
「それでは、これより自給生活協会、第1、第2パーティーの合同委員会を開催します。湖岡町の皆さん、聞こえていますか?」
議長の由川の顔がオンライン会議のメイン画面に映り、湖岡町の皆に声をかける。
「はい、聞こえとります。」
「聞こえてるぜ、誠ッチ。」
「うん、聞こえてるよ。」
小さく分割された画面の中で、孝之、隆一、辻がマイクを通して答えていた。
「本州のシェン君、聞こえますか?」
「はい、聞こえています。」
同じく分割された画面のシェンの顔が答える。
「これで全員ですね。それでは、大山先生お願いします。」
オンライン会議のメイン画面が議長の由川から大山に切り替わる。
「今回の委員会の招集、急で申し訳ない、不測の事態のため運営委員の皆に意見を聞きたいのだ。」
湖岡町の面々はそれを聞いて互いに顔を見合わせた。
「大山会長でも不測の事態ってあるんすね。」
隆一がマイクを通さずに隣に座っている孝之に言う。
「せやな、何が起こっとるんやろ?」
孝之は見当もつかないといった感じで呟いた。
辻は久しぶりに見る優子たちの顔を画面越しで黙って見つめていた。
メイン画面の大山が続けて話し始める。
「皆、知っていると思うが、RMSのポイント加算レートを決めるパラメータとしてLSUスコアが使われている。」
LSU(Life Sustaining Unit)とはあるユニット内で外部からの資源供給が全くない状態で人間が生きていける時間の平均値として定義される。LSUスコアは協会内部の人間が自給自足でどれだけ生きていけるかを表すパラメータだ。
孝之がマイクを入れる。
「たしか AI が協会内部のLSUスコアを最大にするようにポイント加算レートを設定しとることや思うたけど。」
大山は頷く。
「その通りだ。」
「そのLSUスコアに何や問題が?」
孝之の問いに大山は重々しく頷くと、
「実は協会内部のLSUスコアだが、1週間前の時点では9100日、およそ25年であったが、今週になって1820日、およそ5年にまで落ちた。」
と衝撃的な事実を伝えた。
「なんやて!」
「まじかよ、、」
「そんな、、、」
湖岡町の部屋で孝之、隆一、辻は愕然としていた。
「どういうことですか? LSUスコアは、医薬品の確保で伸びているはずです!」
それまで黙っていた辻がマイクを入れて大山に質問する。
「たしかに医薬品の確保、食料の安定生産、居住施設の拡充により、スコアは伸びていた。」
と大山。
「じゃあ、何で?」
疑問をぶつける辻。大山は、
「今回のスコアの減少は、AI に逐次入力されている膨大なデータの中の何かが起因となっている。それが何かを皆に考えてもらいたい。」
と辻の質問に答える代わりに皆に尋ねた。
すると、シェンがマイクを入れて発言する。
「その事なんですが、つい先ほど、AI によってRMSに不可解なミッションが追加されたことを確認しました。」
「不可解なミッションやて?」
孝之が聞き返す。
「はい、30分前に更新されたばかりなので、まだ確認されてない方が多いと思いますが。」
湖岡町の面々は、自分のRMS専用端末を取り出して、更新されたばかりのミッションを確認する。
「何、これ、、、」(辻)
「おいおい、嘘だろ、、、」(隆一)
「AI はん、狂ったんちゃう、、、」(孝之)
RMSのミッションに、以下の文字列が加わっていた。
<原子力発電設備の建設 1億5千万CP>
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RMSのミッションに追加された原発の建設を見て、優子が興奮気味に発言した。
「電力は太陽光発電と圧縮空気発電で十分足りとるやろ! 何で原発作らんとあかんの? てか、原発とか放射性廃棄物ぎょうさん出して危険なんちゃうん?」
優子の発言に辻が便乗する。
「そうです! 原発なんて危険なもの作っちゃ駄目だ! そんなことをしたら、LSUスコアがもっと下がっちゃう!」
優子と辻の発言に大山が冷静に答える。
「いや、AI がこのミッションを追加したということは、おそおらく放射性物質のリスクを鑑みても、原発を作った方がスコアが伸びると判断したのだ。」
すると米村が発言した。
「協会が持つ資源から考えてモ、原発作るなんテどのみち無理デスヨ、燃料の濃縮ウランとか一般人は入手できないデス。」
しごく現実的でもっともな意見だった。
「せやな、にもかかわらず、AI はんが敢えてこのミッションを追加した言うことは、よっぽどの理由があるんやろ?」
AIはただ機械的に動作しているだけなのであるが、どうしても擬人化してしまう孝之であった。
すると、由川が自信なさげにポツリとこう発言した。
「あの、僕、たぶん分かった気がします。」
皆が由川に注目する。
「RMSのミッションに追加されたものは原発の建設だけじゃないです、下の方を見てください。」
由川に言われて、皆各自のRMS専用端末を操作して、ミッションのページを下にスクロールさせる。
<地熱発電設備の建設 2千万CP>
大山はそれを見て、ほう、と呟くと、
「なるほどな、そういうことか。」
と納得する。優子は訳がわからずこう質問した。
「よっしーも、先生も何考えとるんかよう分からんわ、うちにも分かるように説明してや?」
大山は頷くと、
「その前に確認することがある、シェン、AI の入力データはインターネットを通じて全世界の事象を取り込んでいるのだったな?」
とシェンに尋ねる。
「はい、そうですが?」
シェンは大山の質問の意味が何なのか考え込む。そして直ぐにあることに気付いた。
「ああ、なるほど、1週間前の南半球のトンバ島であった火山の噴火が原因ということですか?」
「そういうことだ。」
大山がシェンの推察を肯定すると、孝之も手をポンと打った。
「ああ、せやったんか、AI はんも心配性やな。」
と納得する。米村も、
「そういうことだったんデスね。」
と納得する。それを聞いて、辻が、
「え? みんな分かっちゃったの? 僕まだ分かんないんだけど?」
と言うと、
「うちも、まだ分からんわ!」
と優子も、じれったそうに言う。
大山は、そんな彼らにこう説明した。
「人類が利用するエネルギー源は様々な種類がある。石油や石炭などの化石燃料、風力や水力などの自然エネルギー、それらは全てなんらかの形で太陽に依存している。だが、この地球上で太陽に依存しないエネルギー源が二つだけある。それが原子力と地熱だ。」
大山に続いてシェンが説明を加える。
「1週間前に起こったトンバ島の火山爆発で、火山灰が大気中に拡散して日照量が大幅に落ちました。トンバ島近くの地域では太陽光発電の発電量がかなり落ち込んでいると考えられます。おそらくAI は、この情報を取り込んだことにより、協会のエネルギー事情が太陽のみに依存していることを修正しようとしているのだと思います。」
大山とシェンの説明を聞いて、優子は由川に尋ねる。
「よっしーが気付いたんも、このことなん?」
「うん、大学にいた頃に地球科学の授業を受けたことがあったんだけど、地熱の起源は、何十億年も前に小さな隕石がぶつかり合って地球が誕生したときの余熱と、地殻にある放射性同位元素の崩壊熱であると言われているんだ。だから太陽がなくても地熱発電は可能なんだよ。」
「そうなんや、ようわからんけど、太陽光発電があかんのやったら水車とか風車作って発電でけへんの?」
「風力は太陽で熱せられた大気の対流によって起こるし、水力も太陽で蒸発した海水が上昇気流で冷却されて雨や雪になって山の上に降り注ぐ循環が元になっているんだ。だから太陽がなければ発電できないよ。」
と由川が説明する。
「そんなら、木材とかでバイオマス発電させればええんちゃうん?」
「その木材の元になる森林が太陽の光合成で成長してんやからあかんのや。」
と孝之がフォローする。
「おそらくAIが見積もった1820日というLSUスコアは、太陽光が大幅に減衰したときを想定して、協会内の森林資源や備蓄されている石油でどれだけ生きていけるかを算出したものだろう。」
と大山。
「トンバ島の火山灰って、北半球の和皇国にも影響あるんですか?」
辻がそう尋ねた。
「いや、気流の関係でそれほど影響はないだろう、だが和皇国は4つのプレートが隣接した火山地帯だ。いつトンバ島のような大噴火が起こってもおかしくない。」
と大山。
「でも米村先輩が言ってたように、原子力発電設備を協会内に作るのは現実的には無理ですね。」
そうシェンが言う。
「せやな、太陽以外のエネルギーで現実的に僕らが選択できるんは、地熱発電っちゅうことやな。」
と孝之が続ける。
「そういうことになるな。方針は定まった。次の委員会までに、我々がどうやって地熱発電をするかを皆で考えてくれ。」
大山がそう締めくくると、メイン画面が議長の由川に切り替わった。
「想定外の事態に備えることは大切だと思います。起こってしまってから後悔しないためにも、、、」
由川が言っている想定外というのが、23年前に起きた北州大震災であることを皆が感じていた。
「本日の委員会は、これで終了します。皆さんお疲れさまでした。」
「お疲れさん。」(孝之)
「お疲れさま!」(辻)
「お疲れっす。」(隆一)
湖岡町の面々はそう言ってオンライン会議を切ると、ぐたーと畳に寝そべった。
「なんや、面倒くさいことになりよったけど、まあ、ぼちぼち考えよっか?」
「そうですね。」
「とりあえず飯でも食おうぜ?」
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孝之、隆一、辻がアパートを出て、隣の食堂の建物に入ると、中には遊郭から引っ越してきた遊女たちが集まっていた。
「あ、辻くんだ。」
「辻くん、今からご飯?」
「うちらと一緒に食べない?」
遊女のクルミ、ツバキ、カエデが辻に声を掛けてくる。
「なんや、辻君、人気やな。」
孝之が辻にそう言うと、
「いえ、たぶんからかわれているだけです。」
辻はそう言って、遊女たちにペコリと頭を下げ、離れたテーブルに座った。
孝之と隆一は肩をすくめて辻と同じテーブルに座る。
「せっかく誘われてんのに、もったいねえな。」
と隆一が残念がると、
「僕なんかが女性にもてる訳がないんです。」
と言って辻は下を向く。
「辻君、そんなに自分を卑下するもんやないで? 辻君のええとこ分かっとる女の子きっとおるはずや。」
そこへ咲さんが、料理を持ってやってきた。
「会議おつかれさま、今日は天ぷら丼だよ?」
そう言ってテーブルに丼を並べる。食料生産棟で養殖したエビと、カボチャ、ナス、サツマイモの天ぷらがてんこ盛りのご飯にのっていた。
「うまそうだな、いただきます。」
「いつもおおきにな、いただきます。」
「ありがとうございます、いただきます。」
三人が食べ始めると、咲さんは隆一の隣に座って、辻をじっと見つめる。
「辻ちゃん、遊郭の店長が辻ちゃんにありがとうって言ってたよ?」
「僕に?」
「協会員のお客さんが増えて、すごく繁盛してるんだって。」
自給生活協会に入った遊女たちは、自分たちのレベルを上げるためにRMSで予約を募り始めた。協会員の客がRMSで遊女たちの予約をするとSISを通して店の取り分の代金が支払われ、遊女にはRMSによってCPが加算された。人気のある遊女はQPも多く加算されるのですぐにレベルが上がっていった。湖岡町の労働者の間で自給生活協会に入って自分の口座をSISに登録すると格安で遊女たちと遊べるということが噂になった。ただし遊女を予約できるようになるにはRMSを通してCPやQPを上げてレベルアップしなければならない。QPの高い医療関係者や特殊技能を持った技術者などは最初からレベルが高いので遊女の予約を取りやすかった。そんな訳で湖岡町支部には、高い能力を持った男の人材が集まるようになったのだ。エロのパワー恐るべしである。
「ほんまに辻君は運を呼び寄せる力あんなぁ。」
と孝之は感心したように言う。
「そうだぜ、湖岡町支部の会員の平均レベルは天仁町本部より高いんだぜ?」
(まあ性欲レベルも高いがな、、)
隆一は親指をビッと立てて、辻にウィンクする。
「僕は自分が運がいいなんて思ってません。」
孝之や隆一の励ましの言葉にもかかわらず俯く辻に、咲さんは優しく微笑みながらこう言った。
「辻ちゃん、大丈夫だよ、あたし辻ちゃんのために、励ます会作ったから。」
「へ?」
あっけに取られる辻を横目に、咲さんは向こうのテーブルにいる三人の遊女たちに手を振った。
咲さんに呼ばれたクルミ、ツバキ、カエデは、デザートのバナナを食べながら辻たちのテーブルにやって来た。
「会長、呼んだ?」
「辻くん、励ますんでしょ?」
「うちら今日非番だし、付き合ってもいいよ? あ、これってCP上がんの?」
彼女たちの香水の匂いにクラクラしながら辻は、
「咲さん、会長って、、、どういうことですか?」
と咲さんを見る。咲さんは三人の遊女を後ろに従えて、
「あたしが会長だよ? 辻ちゃんを励ます会の。」
とニコニコしながら宣言した。すると後ろにいたクルミが、
「あ、それから今出勤中でここにはいないけど、サクラは副会長だから。」
と言う。隣に立つカエデも、
「そうそう、サクラ、辻くんのこと誘ったのに来てくれないって嘆いてたよ?」
と腰に手を当てて辻をじっと見つめる。
孝之はニヤニヤしながら、
「辻君、モテ期到来やな?」
と言うと、隆一も、
「辻ッチハーレム誕生ってか?」
と、これまたニヤニヤと笑いながら辻の肩に手を回す。
辻は天丼を一気に口の中に掻き込むと、咽る胸をドンドンと手で叩いて飲み込んだ。
「からかうのも、いい加減にして下さい!」
そう言って、立ち上がると、いそいそと丼を持って洗い場に戻し、
「失礼します!」
と頭を下げて食堂から出ていった。
ツバキは、
「会長ぉ、辻くん出てっちゃったけど、いいんすかぁ?」
とバナナを食べながら咲さんに尋ねる。
咲さんは、オロオロすると、
「どうしよう、あたし辻ちゃんを慰めたかったのに、怒っちゃたかな?」
と栗色の瞳を潤ませながら泣きそうな顔で隆一を見る。
隆一は、
「ま、辻ッチも男のプライドってもんがあんだろ?」
と腕を組む。
「せやな、辻君、純情やからな。」
と孝之。
咲さんは、しょぼんと項垂れる。
「咲、心配すんな、俺にちょっといい考えがある。」
と隆一はニヤッと笑う。
「なんや、隆一君、悪い顔しとんな?」
と孝之が笑う。
「ふっ、題して、辻ッチ接待、ウハウハ温泉作戦だ!」
更新遅くなりすみませんm(__)m
次回、ラノベ恒例、温泉ハーレムなるか?(笑)