陽御子さまと米村家の交流
食料生産棟のコントロール室で、由川と優子は顔面蒼白になりながら米村と陽御子のやりとりをを見ていた。
見学者が来ているにも関わらず携帯でゲームをしており、あまつさえ北皇宮の皇女である陽御子の顔を知らないと公言してしまった米村。
「あなた、お名前は?」
陽御子は麦わら帽子をファサっと脱いでその顔を表すと、米村の名を尋ねた。その目はチラチラと米村の携帯の画面を見ている。
「米村幸助デス。陽御子さまとは存じ上げズ、失礼いたしまシタ。」
米村は改めて頭を下げる。
「米村さま、その手にお持ちの携帯を見せていただけるかしら?」
米村は自分の携帯を見ると、ハッとして、「失礼しまシタ!」と言ってゲームを閉じようとする。
「待って!」
陽御子の制止の声に固まる米村。
「そのまま、お見せ下さい。」
米村は戸惑いながらも「ぷにクエ」が開いている携帯を見せる。
「これ、ぷにぷにクエストですわね?」
「!?」(米村)
「は?」(優子)
「え?」(由川)
「わたくしもこのゲーム、嗜んでおりますの。」
世話係の時子がこめかみを指で押さえて溜息をつき、島田は直立不動の状態で無言で陽御子を見つめている。臥院は何やら楽し気な表情をして事の成り行きを見守っていた。
由川は微妙な空気が流れているこの場の雰囲気にいたたまれなくなり、
「あ、あの、ぷにクエって、キャラクターかわいいですよね、、、」
とフォローの言葉を入れた。陽御子はゆっくりと由川を振り返り、
「キャラクターの可愛さで誤解を受けていますが、ぷにクエは、デッキ編成による戦略となぞり消しのパズル要素を合わせ持つ高度な頭脳ゲーム、言うなれば羊の皮を被った狼なのです。」
と言い放つ。
うそやろ、ネムと同じようなこと言っとる、、、
優子は唖然とする。陽御子は時子の方を向くと、
「時子、携帯をお借りしても良ろしいかしら?」
と手を差し出す。時子は、
「いえ、陽御子さま、ここではちょっと、、、」
と躊躇すると、
「時子、構わん、お貸ししなさい。」
と臥院が、楽しそうに言う。
「お父さま、しかし、、、」
渋る時子に、
「陽御子さまはこの方たちと交流を求められている。いい余興ではないか。」
と言い、由川、米村、優子の方を向く。
「大山から聞いたが、君たちは学校のPCでゲームをしていたそうだな。」
大山先生、臥院のおっちゃんに何吹き込んどるんや、、
「はあ、、まあ、、」
由川はバツが悪そうに苦笑いする。
「時子、いつも建前ばかりの交流をしている陽御子さまも、たまには本音の交流を望まれているのではないか? ここには我々しかいないのだから、願いを叶えて差し上げろ。」
時子は諦めたような顔をすると携帯を陽御子に手渡す。陽御子は目を輝かせてそれを受け取った。
「ボスラッシュ・クラッシック、わたくしも早くやってみたかったのです。」
と言って「ぷにクエ」を起動する。
「米村さまはどのボスを選んだのですか?」
「第2回・妖怪ラッシュのラスボス、デス。」
「それ覚えていますわ、確か遅延スライド使えるボスです。」
陽御子は早速デッキを組むと、ボスに挑戦する。
開幕上下二段「固ぷに」配置やん、うちが手も足もでんかったやつや (優子)
皆が見守る中、陽御子は遅延スキルでボスのターンを遅らせつつ手慣れた手つきで「固ぷに」を次々と処理していく。そしてデッキをスライドさせて控えを表に出すと、数ターンの猶予のうちにスキルを発動させた。
「エンハンス! 条件付きエンハンス! 全色盾割り! 怯え! プリズム生成!からの、全色変換!」
ずどどどどどどどどどどーーん、どーーん、、、
<37億ダメージ>
「凄い、全盾ボス、一撃粉砕やん!」
しかし、米村が叩き出した<82億ダメージ>には及ばなかった。
陽御子はくやしそうな顔をすると、
「火力が足りませんわ。」
と呟く。
「今、火力とか聞こえたんやけど、うちの空耳やろか?」(優子)
「、、うん、僕にも聞こえた、、」(由川)
陽御子は島田に振り向く。
「島田? 」
島田は、無言で自分の携帯を差し出した。
「鍛えてあるわね?」
「はい、プラス、とっくん共にMAXでございます。」
陽御子は島田から携帯を受け取ると「ぷにクエ」を起動する。
まさかの、サブアカ!?(優子、由川、米村)
優子たちは唖然としながら、陽御子が島田から受け取った携帯でデッキを組み始めるのを見ていた。
フルパワーキャラてんこ盛りデス(米村)
課金額すごそう、、、(由川)
島田さん、どんだけ陽御子さまのこと好きやねん(優子)
デッキを組み終わると、陽御子は再び先ほどと同じボスに挑戦し始めた。開幕から2分もたたないうちに遅延スライドを成功させると、盤面を巧妙に整地しながらスキルを発動させる。
「エンハンス! 条件付きエンハンス! 被ダメアップ! 連鎖ワイルド化! 通常攻撃連撃化! 同時消し係数アップ! からの~~、4分離同時消し!」
ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、どーーん、、、、
<276億ダメージ、最大ダメージ更新しました>
「全盾ボス消し飛びよったわ、、」(優子)
陽御子は、ふうと息をつくと、かいてもいない汗を拭う動作をする。
「まあ、こんなものかしら?」
ドヤ顔で米村を見る。米村はそんな陽御子を見て、ニコっと微笑むと、
「すごいネ、完敗デス。」
と言って陽御子の頭に手をのせて、そっと撫でた。
あまりにも自然な動作だったので、島田を含めその場の一同は全く動けなかった。
「あ、失礼しまシタ、いつも妹たちを褒めるときのクセで、思わず、、」
米村は手を離すとペコリと頭を下げた。
い、今のは何ですの? ものすごく心地よい感触でしたわ、、、
陽御子は頬を紅潮させてうっとりとした表情で米村を見る。
「い、いえ、わたくしも少し大人気なかったですわ。」
陽御子は火照った頬に手を当てると、はにかむように俯いた。
「はっはっは、陽御子さま、楽しまれたようで何よりです。」
臥院は快活に笑うと、島田を見て、
「島田、その手のスタンガンを納めなさい。」
と注意する。島田は手に持ったスタンガンをポケットに納めると一歩退く。
島田さん、怖い、、、(由川)
臥院のおっちゃん、ナイスフォロー(優子)
「米村君といったな、妹さんと仲が良いのだな。」
「あ、ハイ、中学1年生の双子の妹デス。今日は実家の果樹園の手伝いをしていると思いマス。」
「ほう、陽御子さまと同級生か。君の家の果樹園、見学させてもらってもいいかな?」
「ハイ、今ブドウ狩りの時期デスので、RMSで予約して頂ければ、父と母も喜びマス。」
「陽御子さま、よろしいですかな?」
臥院が陽御子に問う。
「是非とも、米村さまのご実家の果樹園、拝見したいですわ。」
それから陽御子さま御一行は、食料生産棟の中を一通り見学すると、ゲスト端末を使って米村果樹園のブドウ狩りを予約した。
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一般的に果物狩りでは、高めの料金設定をして客が食べきれないことを想定して利益を出している。
自給生活協会の場合、レベルの低い者でも果物狩りを楽しめるように「収穫を手伝うことによっておすそ分けをもらう」というシステムになっていた。収穫した果物に対してどの割合でおすそ分けするかは、RMSの演算によって決定される。
米村果樹園のブドウ狩りでは、
レベル1~9 : ぶどう40房の収穫で1房
レベル10~19 : ぶどう20房の収穫で1房
レベル20~29 : ぶどう10房の収穫で1房
レベル30以上 : ぶどう5房の収穫で1房
のレートが設定されていた。
午後になって米村果樹園の近くのバス停に二人の少女が立っていた。白い半袖のTシャツに紺色の半パンジャージ、髪の毛は二人ともおかっぱのショートカットで、くりくりした大きな目を期待で輝かせている。
「あ、あのバス、見学者の人じゃないかな?」
「うん、きっとそうだよ!」
バスが彼女たちの前で停止すると、中から、由川、優子に続いて、二人の大人の男女と、一人の少女、そしてがっしりとした体格の初老の男が下りてきた。
「陽菜ちゃん、萌ちゃん、お迎えありがとうな。」
優子がにっこりと微笑んで双子の姉妹に礼を言う。
「優子おねえちゃん、よっしーおにいちゃん、こんにちは!」
「こんにちは!」
陽菜と萌は、優子と由川に挨拶する。そして四人の見学者に向き、
「米村果樹園にようこそ!」
「ようこそ!」
とペコリと頭を下げた。すると麦わら帽子をかぶった少女が前に出てきて、
「お出迎えありがとうございます。陽御子と申します。」
と頭を下げる。陽菜と萌は、ぱぁっと顔を輝かせると、
「ひみこちゃん、かわいい、お人形さんみたい!」
「ひみこちゃん、髪さらさら、きれい!」
と言って陽御子に駆け寄る。臥院はそんな二人に、
「幸助君の妹さんたちかな?」
と聞く。
「はい、陽菜です!」
「萌です!」
と言って、Tシャツに貼ってある「陽菜」「萌」の名札を見せる。
「陽菜君、萌君、それではブドウ狩りの案内を頼むよ。」
「はーい!」
「はーい!」
陽菜と萌は陽御子の両脇に立つと手をつないだ。
「ひみこちゃん、行こう!」
「行こう!」
「はっ、はい、よろしくお願いいたしま、わっ!」
陽御子は、陽菜と萌に両手をぐいぐいと引っ張られて、果樹園までの細い道を歩いて行った。
時子と島田はハラハラしながら三人の後を付いて行く。臥院は「はっはっは」と豪快に笑いながらその後を追う。
優子と由川は、最後尾で見学者がはぐれないようについて行った。
「陽菜ちゃんと萌ちゃん、ネムと同じで陽御子さまの顔、知らんのかな?」
「北皇宮殿下であられることも知らないのかも、、」
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果樹園に着くと、米村の父親と母親が出迎えた。父親の方は少女が陽御子であることに気付くと恐縮して「娘たちが失礼しました」と冷や汗をかきながら頭を下げる。臥院は米村の父親に近づくと小声で、
「陽御子さまにはどうか普通に接して頂きたい。二人のお子さんにはこのまま案内をお願いします。」
と告げる。
「は、はい、かしこまりました。」
ブドウ狩りは、子供組と大人組の二組に分かれて行うことになった。子供組にはSPの島田が付いて行こうとしたが、臥院が危険はないのだからと言い、時子が付くことになった。
子供組:陽菜、萌、陽御子、時子
大人組:優子、由川、臥院、島田、
ブドウの収穫方法の説明は、子供組は、陽菜と萌が、大人組は、優子と由川が行う。優子と由川は、以前米村に招待されてブドウ狩りをしたことがあったので収穫方法は心得ていた。
陽菜と萌は陽御子の耳元に口を寄せてささやいた。
「優子おねえちゃんたちが知らない、おいしいブドウの場所、知っているから。」
「内緒で教えてあげる。」
陽御子は、
「そうなのですか? 陽菜さま、萌さま、案内よろしくお願いいたします。」
と答える。陽菜と萌は、あはははは、と笑いながら陽御子の両脇にくっつく。
「陽菜ちゃんでいいよ?」
「萌ちゃんって呼んで?」
陽御子は自分の顔に数センチまで近づいている陽菜と萌の顔に戸惑いながらも、言われるがままに彼女たちの名を呼んでみる。
「ひ、陽菜ち、ち、ちゃん?」
「はい、ひみこちゃん」
「も、萌ち、ちゃん?」
「はい、ひみこちゃん」
陽御子は照れて顔が真っ赤になる。
「もっと、呼んでみて?」
「練習、練習!」
「ひ、陽菜ちゃん」「ひみこちゃん!」「も、萌ちゃん」「ひみこちゃん!」「陽菜ちゃん!」「ひみこちゃん!」「萌ちゃん!」「ひみこちゃん!」「陽菜ちゃん!!」「ひみこちゃん!!」「萌ちゃん!!」「ひみこちゃん!!」「陽菜ちゃん!!」「ひみこちゃん!!」「萌ちゃん!!」「ひみこちゃん!!」、、、
陽御子は、何だかハイな状態になり、にへら~、と笑う。
「じゃ、ひみこちゃん、行こう!」
「こっちだよ!」
「あ、待って、陽菜ちゃん、萌ちゃん!」
陽御子は時子を振り返ると、
「時子ちゃんも早く!」
と言って陽菜と萌を追いかける。時子は一瞬呆気にとられると、
「陽御子さま、お待ちください!」
と言ってブドウを入れるカゴを担いで追いかける。その口元は心なしか緩んでいた。
優子と由川はそんな彼女たちを生暖かい目で眺めていた。
「時子さん、笑ろうとったな。」
「そうだね。」
島田は何とも言えない情けない顔をして陽御子の後ろ姿を目で追っている。
臥院は目を細めながら、
「陽御子さまはこの先いくつもの困難を経験するだろう、だが、今日のこの経験はきっと宝物となって彼女を支えてくれるに違いない。だから、島田、案ずることはないのだ。」
と呟く。島田はスッと表情を引き締め、
「そうでしょうか? 自分にはパンドラの箱を開けてしまったように思えてなりません。あのように無邪気な振る舞いをする陽御子さまは初めてです。ここを離れるときの反動が心配です。」
と答える。
「そうだな、いつもの鳥籠に戻されれば辛い思いをするだろう。だが陽御子さまは聡いお方だ。きっと乗り越えて下さる。民の心を理解できる優しい北皇になられるだろう。」
「自分はこの国の民よりも陽御子さまの方が大事です。」
島田は走り去る陽御子の背を見つめながらそう言い切った。
「お前は正直な男だな島田、今のは聞かなかったことにしといてやる。」
臥院は島田の肩をたたくと、由川たちに声をかける。
「我々も行きますかな?」
由川と優子は臥院たちの方を振り向いた。
「はい、それでは案内しますので、行きましょう。」
島田はブドウを入れるカゴを担くと、由川と優子に続く。
臥院は殿を務めると、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「これで良いのだな、大山。」
スペック:
陽菜: 150cm, 41kg, O+
萌: 150cm, 41kg, O+