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穏やかな革命 ~Adiabatic Revolution~  作者: 刃竹シュウ
第2章 思い出(科学部)
11/36

高校1年の夏

北央高校科学部が創設されて最初の夏が到来した。


ガラっと教室の後ろのドアが開き、優子が欠伸あくびをしながら入ってきた。


「ネム、おはよう。」


通路側の一番後ろの席に座ってぷにクエをしてた米村はチラッと視線を優子に移すと、


「お早うございマス。」


と言いすぐに携帯の画面に視線を戻す。


「おミヤさん、おはよう!」


辻も後ろを向いて挨拶をする。


「永ちゃん、おはよう。」


優子は窓側の席を見て、由川がいないことに気付いた。


「 よっしーは?」


「さっきまでいたけど、トイレかな?」


優子は自分の席に着くと、携帯を取り出しゲームサイトの掲示板を眺める。


すると、由川がそそくさと教室に戻って来て優子の前に座った。


「よっしー、トイレにでも行っとったん?」


由川は、振り向くと、


「え? あー、うん。」


と恥ずかしそうに頷く。


「さては、おっきい方やな?」


優子がからかうと、


「は、はははは、まあね。」


と苦笑いする。


優子はそんな由川を見ながら、


 中学んときの友達やったら、「こんもり出たで」とか「もうピーピーやったわ」とか返すんやけど、まあ、よっしーにそれを求めんのもな、、、


とぼんやりと考える。


由川は人から揶揄からかわれたり、嫌な事をされても、こんなふうに愛想笑いをしてしまうのだ。


 まあ、人それぞれやしな、、、


その日の放課後、優子が理科室に行くと、由川が慌てて理科室から飛び出してきた。


「あ、おミヤさん、ごめん、僕、急用ができたから、今日は先に帰るね。」


そう言って廊下を走って一目散に去って行った。


そこへ、米村と辻がやって来た。


「由川君は?」


「何か、急用がある言うて帰ったで。」


「そうデスか、じゃ、今日は三人でレベル上げでもしマスか。」


「せやな。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日の朝、ガラっと教室の後ろのドアが開き、優子が携帯を見ながら入ってきた。


「ネム、おはよう。」


通路側の一番後ろの席に座ってぷにクエをしてた米村は顔を少し動かしを優子を見ると、


「お早うございマス。」


と言いすぐに顔を携帯に向ける。いつもの朝の光景だ。


「おミヤさん、おはよう。」


「永ちゃん、おはよ。」


窓側の席を見ると、今日も由川はいなかった。


 また、トイレにでも行っとるんやろか?


優子は席に着くと頬杖をついて窓の外を見る。初夏の眩しい太陽と青い空を流れる雲、下を見ると何人かの生徒が小走りに校門を通り抜けていた。


キーン、コーン、カーン、コーン、、、


チャイムが鳴り担任が教室に入ってくると、朝のホームルームが始まった。


「お早うございます。今日は皆さんに少し悲しいお知らせがあります。昨夜、由川君の御父様が亡くなられました。」


それまで、あちこちで雑談をしていた生徒たちが、一斉に静かになり、教室内が静寂に包まれた。


「明日、お葬式があるそうなので、行ける人がいたらご焼香して来て下さい。場所は天仁町の葬儀場です。詳しくはこのプリントを見てください。」


そう言ってプリントを配った。


昼休みに、優子は辻と米村のところに行く。


「よっしーから何か聞いとった?」


「由川君からは何も連絡なかった。たぶん、お通夜の準備とか忙しくて連絡できないんだと思う。」


辻が答える。


「お葬式、行こう思うんやけど、どうする?」


「僕も米村君と一緒に行きます。」


そして三人は俯いたまま沈黙が流れる。


「今日は、部活はなしデスね。」


ポツリと米村が呟く。


「せやな。大山先生にはうちが伝えとくわ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


学校が終わって、優子がアパートに帰ると、兄の孝之がボサボサの頭で迎えた。


「おかえり、優子。」


「ただいま。夜勤明けやったん?」


「せや、さっきまで寝とった。」


孝之はこの時期、大学病院で研修医をしていたのだ。


優子はソファに座ると、ふう、と溜息をつく。


「浮かん顔しとるけど、何かあったん?」


孝之が尋ねる。


「クラスの同級生の親御さんが亡くなってもうてな、明日お葬式あんねん。その子、由川君いうんやけど、部活の友達やし、うちもお葬式出よう思うねん。」


「そうやったんか、ちょっと待ち。」


孝之は自分の部屋に戻ると、香典袋を持ってきた。


「ちゃんとせなあかんからな、僕が出しといたる。」


「ありがとう。喪服とかどないしよ?」


「学生やったら学生服でええ思う。」


優子は自分の制服を見る。


「おかしないかな?」


「そのリボンは、黒いネクタイにした方が無難やな、僕のやつ貸すわ。」


優子が葬式に行くのは小学生の頃に親戚の祖父が亡くなったとき以来だった。


 ほんまにこの格好でええんやろか、、、


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


葬式の当日、葬儀場の前で、由川が参列者に挨拶をしながら迎えていると、二人の少年と背の高い大人が揃って歩いてきた。


三人は受付で挨拶すると、香典を渡し記帳する。そして由川のところにやって来た。


「この度はご愁傷様です。」


「辻君、米村君、大山先生も、来ていただいてありがとうございます。」


由川が深々とお辞儀をする。


「おミヤさんも、ちょっと遅れてくるよ。さっき携帯にメール来てた。」


「そうなんだ。ありがとう。」


しばらくして、受付をしている伯母の清水さんの所に一人の少女が小走りにやってきた。少女は受付の前で立ち止まって息を整えると、


「こ、この度はご愁傷様です、由川君の同級生の三宅優子です。」


とぎこちなくお辞儀をする。


「誠のお友達なの? 今日は来てくれてありがとう。」


清水さんはそう言って微笑みながらお辞儀をする。


優子はバッグから香典袋を出して記帳を済ませると、由川の所にやってきた。


「この度はご愁傷様です。」


深々とお辞儀をする。


「おミヤさん、来てくれてありがとう。」


と由川も深々とお辞儀をした。


「よっしーのお母さん、優しそうな人やね。」


「え? ああ、、、」


由川はちょっと困った感じで笑顔を見せると受付の清水さんを見る。


「誠、そろそろ始まるから、先に行ってるわね。」


「分かった、僕も行く。」


由川は、そう答えると、


「じゃあ、僕は準備があるから。」


と言って葬儀場の中に入って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


優子が葬儀場の中に入ると、参列者は少なく、20人くらいが椅子に座って待っていた。後ろの方の席に大山、辻、米村が並んで座っていた。優子は自分がこの場にいることに、ひどく場違いな感覚を覚えながらも、辻と米村が同じ学生服を着ているのを見て少し安心する。


葬式は粛々と進行し、最後に出棺のため霊柩車が到着した。棺が霊柩車に乗せられ、由川が助手席に同乗すると親族が乗ったタクシーと共に火葬場に出発した。葬式が終わって皆が式場から出ていく中、優子はホッと息をつく。


葬式からの帰り道、大山、辻、米村、優子が並んで天仁町駅まで歩いて行く。


「せやけど、お棺乗せた車に乗るんはお母さんの方か思うとったけど、よっしーが乗っとたな。」


優子の言葉に、辻が驚いて振り向く、


「由川君のお母さんはいないよ?」


「え? 受付におったやろ。」


「あの人は由川君の伯母さんだよ。由川君のお母さんは、震災で亡くなっているから。」


それを聞いて優子は、突然立ち止まった。


「おミヤさん?」


辻が優子を見ると、彼女は俯いたまま真っ青になって地面を見つめていた。


優子は由川に「よっしーのお母さん、優しそうな人やね」と言ったときに彼が少し困ったような笑顔をしていたのを思い出していた。


由川は嫌なことがあってもあんなふうに笑うのだ。


 うちはなんちゅう、ひどいことを言ってもうたんや、、、


辻は心配そうに優子を見つめる。米村はそれを横目で見ていた。大山は無言のまま彼らを眺めている。


優子は顔を上げると、辻に尋ねた。


「永ちゃん、お棺が入った車どこに向こうとるか分かる?」


辻は優子がなぜそんなことを聞いてくるのか不思議に思いながらも答える。


「北央市営火葬場だと思う。この近くには火葬場はあそこしかないから。」


「うち、行ってくる。」


辻は驚いて聞き返す。


「行くって、どういうこと?」


「うちは、よっしーに謝らなあかん。」


 由川君のお母さんのことで何かあったのかな?


辻はそんなことを考えながら、


「それだったら、今度、学校で会った時でも、、、」


と言うと、


「今、謝らんとあかんのや!」


優子が大声で叫んだ。道行く人々は何事かと優子を見る。


「北央市営火葬場は、ここから車で40分くらいデス。」


米村が携帯で検索して地図を見せた。


「今、タクシーを呼んだ。」


大山が携帯を切りながらそう言った。


「ネム、先生、、、」


米村は辻に目を合わせると、二人はコクリと頷いた。大山は黙って三人を見ている。


タクシーが到着すると、大山は、辻に1万円札を渡す。


「辻、米村、一緒に行ってやりなさい。」


「はい!」

「ハイ。」


タクシーは優子たち三人を乗せて火葬場に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


火葬場では、由川と伯母の清水さんが遺骨を拾って骨壺に納めていた。骨壺は桐の箱に収納され紫色の布でお覆われると、由川に手渡された。


由川が火葬場の入り口まで遺骨の箱を持って歩いて行く途中、横に並んで歩いていた清水さんが肩に手をそっと触れた。


「誠、お父さんきっと天国でお母さんと一緒に誠のこと見守ってるわよ。」


「うん。」


「暑かったでしょ、何か飲み物買ってきてあげるわ。」


「ありがとう。」


由川が遺骨の箱を持ってポツンと立っていると、一人の少女が息を切らして走って来た。


少女は由川の前で立ち止まると、ゼエゼエと息をしながら手を膝に着く。


「おミヤさん? 何でここに、、、」


優子は顔を上げると、由川を見つめる。


「よっしー、、、ごめんなさい」


「え?」


「うち、知らんかったんや、あの人、よっしーのおかんやないって、、」


そう言うと、優子の目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。


そこへ清水さんが、ペットボトルのお茶を持って戻って来た。


「誠、この子は?」


「学校の友達、今日の葬式に来てくれた子だよ。」


「ああ、あの時の、、」


優子は、清水さんを見ると頭を下げる。


「由川君のおばさん、ごめんなさい。由川君のお母さん亡くなっとるんに、おばさんのこと由川君のお母さんや言うてもうて、うち、由川君、傷つけた、、、」


優子はそう言うと、フラフラと身体を揺らして、ぺたりと床に膝をついた。


「おミヤさん、大丈夫!?」


由川は遺骨の箱を床に置いて、慌てて優子を支える。


「ごめんなさい、許してください、、うっ、うっ、、」


由川はオロオロしながら、


「許すもなにも、僕全然、気にしてないから、、悦子おばさんは、僕にとってお母さんみたいなものだから、、おミヤさんは何も間違ったことを言ってない。」


清水さんも膝を着いて優子の肩に手を置く。


「そうよ、誠は私の息子のようなもの、あなたは何も間違ってないわ。」


優子はそれを聞いて、大声で泣き始めた。


「うわあぁぁーーーん、うっ、うっ、、、うわあぁぁーーーん、、、ひっく、ひっく、、、うわあぁぁーーーん、、、」


由川は、どうしたものかとオロオロしながら、


「はい、ハンカチ、これで涙を拭いて、、、」


とハンカチを渡す。清水さんも、


「暑かったでしょ、ほら、お茶、あるから、飲んで。」


そう言ってペットボトルのお茶を開け、優子に渡す。


「ひっく、ひっく、あ、ありがとう、、ございます、、、」


入り口の近くで、そっと様子を眺めていた米村と辻は、互いに顔を見合わせた。


「なんか、逆になぐさめられていマスね。」


「うん、そうだね。」


そう言って空を見上げた。


火葬場の煙突から白い煙が細く揺らめきながら、青い空に向かって立ち昇っていた。


過去エピソード、とりあえず次で最後です。次はシェンの予定です。

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