08：はじめての暴走
「でははじめに水を出してみましょう。このように、手のひらに水を溜めてみて下さい」
ヨハンの手に少しずつ水が溜まるのを見て、レイハルトは自分の手のひらに水が溜まるイメージを描いた。するとしだいに水が湧き、手のひらから溢れ出した。
「やっちゃよ、ヨハン！」
「初めてで成功するとは、とても素晴らしいですね。しかし坊ちゃま……」
初めて魔法を使えたことに興奮しているレイハルトは気が付かなかった。レイハルトの手から溢れ出す水の量が徐々に増え、噴水のように吹き出しはじめた。自分がびしょ濡れになって始めて、水の勢いが増していることに気が付いた。
「よはん！ど、どちよ！みじゅ！みじゅ！」
そうこうしている間にも水はどんどん吹き出し、徐々に足元に溜まり始めていた。止まれと必死で念じても止まる気配の見えない水にレイハルトはパニックになり、それどころかますます勢いが強まるばかりである。水の溜まるスピードも加速し、ついにはレイハルトの腰上まで到達していた。
「よはん！よはん！」
顔を真っ赤にしながらパニックになっているレイハルトをヨハンが抱き上げた。
「坊ちゃま、落ち着いてください」
ヨハンはレイハルトの背中を優しくたたきながら声をかけた。
「ふぇっ、うぅ……よはん？」
「大丈夫です、坊ちゃま。落ち着いて、手のひらの魔力を徐々に小さくしてみて下さい。身体の中の魔力が手に流れないように、少しずつ、少しずつ、ですよ」
「少しずつ、少しずつ……」
ヨハンが背中をトントンとゆっくりたたくのに合わせて、レイハルトは目をぎゅっと瞑りながら手のひらに集まった魔力を少しずつ霧散させ、自分の魔力が手に流れないようにした。しばらくそうしていると、勢いよく噴き出ていた水が徐々に収まり、ようやく止まった。
「坊ちゃま、坊ちゃま、もう大丈夫ですよ」
ヨハンは安心させるような声音でレイハルトに声をかけた。
「よくできましたね。さすが坊ちゃまです」
「よはんっ——」
魔力の暴走が収まりようやく何が起きたか把握できたレイハルトは盛大に泣き出した。
自分の手から溢れ出る水が足元に溜まり続け、もしかしてこのまま止まらずに溺れてしまうのではないかと想像し恐怖した。幸いにも無事止まったことにはホッとしたが、魔法の制御することができず暴走してしまったことへの恐れを抱かずにはいられなかった。
——もしあのまま止まらなかったら……
レイハルトが様々な恐怖と不安を抱いていたが、それ察したヨハンはしゃがんで顔を突き合わせた。
「坊ちゃま、何も心配することはありません。こうしてちゃんと止められたではないですか」
「で、でも」
「坊ちゃま、魔法が怖いですか。これから魔法を使えるようになって、奥様や旦那様を喜ばせたくはありませんか」
「まほ、こわいよ」
もしあのまま止まらなかったら、もし溺れていたら、もし、もし、様々なことを考えると恐くて仕方がない。これから同じことが起きないとは言えず、自分だけでなく家族や他人まで巻き込んでしまうかもしれない、考えてもきりがないほど次から次へと浮かんでくる。
——でも、僕を生んでくれた母様や父様、屋敷のみんなに喜んでもらいたい……！
でも、これは自分がたくさん練習してしっかり制御できるようになるしかない。もうこのようなことが無いように。それに……
「でも、やりゅ！」
「さすが坊ちゃまです！魔法はちゃんと練習をすればコントロールできます。これから私と一緒にたくさん練習しましょうね」
こうしてヨハンも側にいてくれるのだから。ヨハンがいれば何も怖くない、自分はできる。レイハルトは強く思った。
「あい！」
——また暴走させないためにも頑張ろう。たくさん練習して、父様や母様、メイリーにも自慢できるくらい上手くなろう！
まだ少し魔法への恐怖はぬぐえなかったが、目標にために努力しようと心に決めた。
「では坊ちゃま、今日はここまでにしてお屋敷へ帰りましょうか」
「あい！」
「着いたらお着換えしなければなりませんしね」
パチンとウインクしながらレイハルトを抱えてヨハンは屋敷に向かって歩き出した。
「しょーいえば……」
そういえば、なぜ魔法まで使って空間を作ったのだろうか。庭でも良かったのに。そんな疑問が顔に出ていたのかヨハンは「坊ちゃまですから」とほほ笑んでいる様子になんだか解せないレイハルトであった。
その後屋敷に着いて出迎えてくれたミーアはこの時の様子を聞いて卒倒し、フェリクスはしばらく固まったままだった。
