07:魔力は水のよう
「さぁ坊ちゃま!今から魔法の学習を始めましょうね!」
ヨハンは興奮気味にフェリクスからレイハルトへ魔法の指南が許可を勝ち取り、さっそく始めようと意気込んでいた。
こんな才能ある方は見たことがない、なんて素晴らしい!坊ちゃま天才です!生まれて来てくださってありがとうございます!などと心の中で叫んでいるヨハンは目の前にいるレイハルトの引き気味な様子に全く気が付く様子はなかった。
レイハルト自身こんなにも早く魔法が学べるとは思っていなかったのでうれしい反面、自分よりやる気に満ちている見た目年齢40歳イケおじの姿を見てしまうと、なぜかすっと冷静になってしまうのだった。
「ヨハン、どこ?」
ヨハンの感情を表に出した姿は珍しくもう少しこのままでも良いかなとも思ったレイハルトであったが、さすがによくわからない空間の中をずんずん進むヨハンに不安を覚え、尋ねた。
「ここは私の空間魔法でつくった仮想空間です。今回は時間の経過を操作はしていませんが、現実世界との時間の流れを変えたり、空間内の時間を止めることができます。時間停止はよくアイテムボックスなどで用いられますね。中に入れたものはそのままの状態で保存されるので腐食などがなくとても高価なものですが商人や冒険者などに重宝されています」
アイテムボックスを付与されているバッグなどが存在し、長旅などで重宝されている。しかし、空間魔法の使える者はとても少なく作り出せる容量も付与師の技量によるところも大きいので1メートル四方のもので家一軒買えてしまえるほど高価なものである。余談であるが、アイテムボックスは時間を進めることもでき、製作者の技能レベルによっては温度管理も可能な万能魔導具であることはこの世界の住人にはあまり知られていない。
「この空間は何が起きても耐えられるようにつくりました」
そう、空間魔法では術者のレベルによって理論上どんな衝撃にも耐えられる空間を作り出すことができる。しかし、多くは技量不足などの問題があるので現実的には不可能であるが、ヨハンには可能だった。ヨハンのスペックは相変わらずチート主人公である。
「まほう、ちゅかう?」
「はい、魔法の学習には実際にご覧いただいた方がイメージしやすいと思いますので。さて坊ちゃま、先ほどお教えした属性について覚えておいででしょうか」
ようやく練習場所についたのか、ヨハンはレイハルトを下ろした。
「うん、えっと、ひ、みじゅ、ちゅち、かじぇ、ひきゃり、やみ?っと、むじょくしぇとくうかんと…しょうかん!」
先ほどヨハンに教えてもらった属性について、一つ一つ指を折りながら挙げていった。ヨハンの反応を見ると、しっかり覚えられていたようで安心した。
「正解です。魔法には属性がありますが、各属性の中にもレベルというものがあります。例えば、昨日魔法を使い始めた人はまだ魔法を使い慣れていませんよね。そのような場合はたいていレベル1です。そこから何度も練習や実践を重ねるとレベルが徐々に上がり、最高は7になります」
「うん」
「レベルが7という方はめったにいません。ちなみに現在生きておられる方では賢者様や魔王くらいですね」
——……魔王?
ヨハンはさらっと言ったがなんだか聞き逃せない名前が聞こえ、前世持ちとしては大変気になったレイハルトであった。
「ところで坊ちゃま、お生まれになってから魔法はお使いになったことはありますか」
聞こうか聞かないか、もんもんとしているところにヨハンが尋ねてきたのでとりあえず魔王発言については聞かなかったことにした。都合の良い耳である。
レイハルトは生まれてこの方魔法を使ったことなどない。何しろ今日魔法の存在を知ったばかりなのだ。
「ううん」
「左様ですか」
何か問題でもあるのだろうかとレイハルトは不安になった。その様子が顔に出ていたのだろうか。
「いえ、不安になるようなことではありません。実は、坊ちゃまの魔法適正は全属性ですが、その全てがすでにレベル5になっているのです」
——レベル5、とは
「先ほどレベルは1から7だと申し上げましたが、5歳の検査では1の子供が多くを占めています。レベル2となるとかなり珍しく、その子どもの魔法適正は平均よりも大きく上回っていると言えます。そして我が国の平均はレベル3です」
「え?」
国の外には魔獣など危険な生物がいるが、多くの人々は都市などの塀の中に住んでいるので普段戦うことなどない。生活の中で魔法を使うことがあってもレベル1の生活魔法程度を使い続けても能力はあまり上がらないのだ。そんな中で、レイハルトのレベル5というのはかなり異常なことなのである。
「坊ちゃまのことですから何もあり得ないことではありません。なにしろ創造神の加護があるのですから」
「しょ、しょうなの?」
「はい、そうです」
なんだか勢いだけで押し切られたような、過信されているような、よくわからない気持ちである。
「しかし坊ちゃま、いくらレベルが高くても肝心の魔法の練習をしなければいけませんよ。本人のレベルとは違い、魔法にも階級があるのですから」
――うーん、属性のレベルとはまた違って魔法自体にも段階があるのか……
「魔法の階級は6段階あり、初級・中級・上級・特級・覇級・神級に分けられます。初級は生活レベルの魔法で子どもでも使用可能です。一般的に中級までは努力すれば使うことができますが、それ以上は本人の属性レベルに依存し、使用できる者も少なくなります」
「ぼくは?」
「坊ちゃまはもうすでに属性レベルが5ですので、しっかり学べば特級まで使用できると思います。しかし、これから成長されるのでそれを考慮すると……おそらく神級まで使用できるのではないでしょうか。神級となると、それこそ賢者や魔王でもなかなか使うことは難しいですね」
――わお。なにそれ危険人物じゃん。賢者や魔王でも難しいって……勇者か神か。あ、神級だから神レベルなのか
ふとヨハンのことが気になった。初代国王の子どもから教育係をしていたならば、相当なのではないだろうか。そう思いヨハンに尋ねた。
「私ですか。私は属性にもよりますが覇級までしか使えませんよ。坊ちゃまより下ですね」
「…………」
ふふっと笑いながらサラッと言ってのけたが覇級まで使えるヨハンも異常なのでは。この世界の大多数が中級までだというのに、いくら魔人族と言えどそんなポンポンと波及を使える人なんていないはず。そう思いながらレイハルトはヨハンの底知れなさをひしひしと感じていた。
「それでは坊ちゃま、今から魔法のお勉強をしていきましょうね。まずは自分の中の魔力を感じていただくことから始めましょう。坊ちゃま、お手をお貸しください」
レイハルトが手を出すと、ヨハンは跪いてその手を取った。魔法の練習であり同性であるとわかっていても、ヨハンの素敵なおじ様オーラで跪かれて手を握られるのには困りものだとつくづく感じたのだった。そんなレイハルトをよそに、ヨハンはにこりとほほ笑みながら手を握っていた。
「坊ちゃま、今から私が手に魔力を流しますので、何か感じたらおっしゃってくださいね」
「あい」
ヨハンに握られた手に神経を集中させると、何か温かいものが身体に入ってくるような感じがした。
「なんかきちゃよ、あっちゃかいね」
「坊ちゃまはとても才能がありますね。その温かいものが魔力です」
——そうか、これが魔力なのか
初めて魔力というものに触れ、レイハルトは魔法の存在を少し実感しわくわくしていた。魔力はこんなにも温かいものなのか。
「では、ご自分の中の魔力を手に集めてみましょうか」
レイハルトは先ほど感じた魔力を自分の中に探した。しかし、何度集中してもなかなか見つけることができない。苦戦している様子にヨハンはもう一度手を取りながら話した。
「坊ちゃま、焦らずに、ゆっくりと深呼吸してください。そしてご自分の中に魔力があるとイメージして、それを手に集めてみて下さい。魔力は常に温かいわけではなく、使うために集めると温かくなるのですよ」
「あい」
——そうか、普段は血液と同じようなものなのかな。身体の中を流れているとあまりわからないけど、触ると温かい、みたいな。
レイハルトは自分の中に流れているはずの魔力を手の平に集めるイメージをした。すると、両手がだんだん温かくなり、ほんのり光を帯びていた。
「素晴らしいです。魔力は純度が高いと発光します。しかし、純度が高すぎては魔法として使うことができません。今坊ちゃまの手で光っているくらいの魔力が最適と言われています」
魔力は基本的に行使する人物の体内から作り出される。魔力は基本的に純水が電気を通さないのと同じで純度が高すぎると魔法を使うことができない。多少の不純物が混じるくらいが最も効率のいい魔力なのである。ちなみに、あまりにも純度の低い魔力では火を起こしたりそよ風を吹かせるほどの魔法しか使うことができない。
魔力の純度を上げる方法は今のところ分かっておらず、使う本人の勘、としか言いようがないのが現実である。傾向としては王侯貴族などは比較的純度が高く、平民階級の者は純度が低いと言われているが、魔力操作に長けているものは自在に変化させることができるのではっきりとは言えない。また、必ずしも魔力量に比例するとも言えないので、現状では謎に包まれているのである。
「それではその感覚を忘れないうちに、魔法を使ってみましょうか」
「あい!」
いよいよ魔法を使うときが来た!と身体いっぱいに喜びを伝えるレイハルトであった。