09:お披露目会
「やったよヨハン!」
初めて魔法を使用した日から1年、北の地に訪れた穏やかな夏の日、レイハルトは今日も練習に励んでいる。
はじめは意図せず暴走してしまう自身の魔力に恐怖を感じていたものの、ヨハンの的確な教えと両親や使用人たちからの励ましで何とか克服することができた。
もちろん今でも気を抜くと魔力が暴走してしまうという怖さはあるものの、それ以上に練習を重ねるごとに上達することが楽しくて仕方がなかったのだ。
そして何より……
「母様、フィーネ!見て下さい大きな虹ができました!」
妹ができたことがレイハルトの背を押した。
「きゃ、きゃっ」
名前はフィーネ。今からちょうど3か月前、花々が一斉に芽吹き始めた日の朝に生まれた。
フィーネが生まれたとき、レイハルトは前世の二人の妹のことを思い出していた。
妹たちが小さいときは一緒に暮らしていたが、自分と姉以外はしばらくして父親の実家に引っ越したのでお互いの家を行き来するくらいだった。一緒に旅行したり、最期の4年間は上の妹が大学のために勝手に家に居座っていて何とも言えない状況であったのは記憶に新しい。
人と暮らすこと自体久しぶりだったので最初はぎごちなかったが、だんだんと馴染んでいったのを覚えている。
――でも、妹によく臭いとか言われたなぁ。あれ結構傷つくんだよね……
外面は良いが何とも気の強い妹だったのでいろいろ言われたことを思い出す。
レイハルトにとって前世では妹の小さいころしか面倒も成長を間近に見ることもなかったので、今世ではとにかく可愛がってやりたい存在なのだった。そのため、妹に魔法を教えるために必死で魔法を学んでいる。
今日はよく晴れているのでせっかくだから、とレイハルトはこれまで練習してきた魔法をミーアとフィーネに披露していた。いつもは魔力の制御を主に練習しているのでまだ大きな魔法は使えないが、土や水で像をつくったり風や火の威力を調整するなどコントロールに関して、ようやくヨハンのお墨付きをもらえたのだ。
地味な練習が多く早く派手な魔法を使ってみたいと思わないこともないが、初めて魔法を使ったときに暴走して凝りていたし、レイハルト自身自分の中の魔力を自在に扱えることや増えることを実感していたのでとても楽しかった。
――それに、なんだかヨハンに逆らってはいけない気がするし……
「坊ちゃま、気が乱れていますよ」
「……っはい!」
考えていることが伝わってしまったのか、ただの勘なのか、よくわからないがヨハンに逆らわない方は良いのは確実なのである。
「レイ、あれできる?あれ、ええと」
「雪うさぎですか?」
「そう、雪うさぎ!」
「今つくるので、少し待ってくださいね」
雪うさぎとは、前世でのあの雪でつくった丸い雪うさぎではなく、レイハルトがつくった本物のようなうさぎの雪像ことである。以前ヨハンとの練習で雪像をつくるとき、もうすぐできる妹に可愛らしいものを見せてあげたい、と思いうさぎを思い出したのがきっかけだった。時間をかけて作ったものをすぐ壊してしまうのがなんだかもったいなかったので部屋に飾っていたところをミーアに発見された。
その時ミーアが「何の動物かわからないけど、とにかくとても可愛いわ!」と大絶賛し欲しいと言うので譲ったがうさぎがこの世界にいないとは想像していなかった。
次の日そのことをヨハンに話すと、やはりこの世界には前世のような可愛らしいウサギは存在せず、ホーンラビットという鋭い角を持った凶暴なウサギもどきしかいないことが発覚した。
そもそも可愛らしい動物自体がほとんどいないようなので、雪うさぎはレイハルトが考えた想像の動物ということになっている。ちなみにレイハルトがつくる像は動き、込めた魔力が尽きるまで形を保つので、可愛いもの好きのミーアには大好評だった。
「はい、できましたよ。母様、今度は溶けても泣かないでくださいね」
しかし、魔力が切れて溶けてなくなってしまった時のミーアがよほど可愛がっていたのか大号泣していたのは何とも言えない思い出である。
「泣かないように頑張るわ。けれどとても可愛らしいんですもの、なくなったら悲しくなってしまうわ」
部屋から出てきたと思ったら突然泣き出したミーアに、泣きつかれたレイハルトはもちろん、側で見ていたフェリクスや使用人たちも驚き、どうしようもなく困惑していたので、もう泣かないでくださいとレイハルトは切に願った。
「ところで母様、なんだかフィーネが泣き出しそうなのですが」
「そろそろご飯の時間だものね……」
「ふっ、ふぇっ…ふぇぇええん!」
「あらあら、レイは全然泣かなかったし手もかからなかったけれど、この子はよく泣くのよね。でもこれが普通よね。むしろ全く泣かなかったレイが少し変だったのかしら!」
「ふぇぇぇえん!ふぎゃぁああああ!」
「はいはい、僕は変ですよ。そんなことよりも母様、早く屋敷に戻ってフィーネにご飯を上げて下さい」
「そうね、先に屋敷に戻っているわ。レイも練習が終わったら早く戻ってくるのよ」
「はい、ではまたあとで」
よく泣くフィーネを抱えてミーアは屋敷に戻っていった。
レイハルトが赤ん坊のころもミルクはミーアに与えられていた。この世界、というより貴族でもこれが普通なのかと思っていたが、通常は身分が高い者は乳母をつけて乳母が与えるらしい。というのはヨハンに聞いた話なのだが。しかしミーアは自分でしたいと言っていたようで、貴族の女性にはかなり珍しくミルクもおむつ交換もミーアが行っていた。
――そのおかげで思う存分パフパフできたわけだけど
前世では縁のなかったパフパフを存分に楽しめたものの、おむつに粗相をすることや下半身むき出しで交換をされることにとても抵抗があり、こればかりは克服できず苦労したので赤ん坊生活はもうしたくないとレイハルトは思っていた。
当の本人は様々な葛藤を抱えて大変だったが、母であるミーアにとっては全く手のかからない子どもであったので今度も大丈夫だとフィーネが生まれて間もないころまでは思っていた。
しかし毎日数時間おきのミルクやおむつ替え、夜泣きなどでレイハルトは全く基準にならないことを悟ったミーアは乳母と一緒に無理のない範囲で育児をしている。
「さて坊ちゃま、夕食のお時間まで魔力増幅の訓練をしましょうか」
「はい!」
「では坊ちゃま、いつものように魔力を循環させましょうね」
レイハルトはヨハンの手を握って魔力を流した。すると流した分だけヨハンからも魔力が流れてくる。こうして魔力を循環させることで流れを良くする。
「はい、では私の魔力を流しますね」
レイハルトの身体にヨハンの魔力が流れてきた。今度は魔力を循環させるのではなく、ヨハンから受け取った魔力をレイハルトの中にとどめる。そうすることで溜めることのできる魔力の量を飛躍的に増加させるのだ。例えるなら、おばちゃんが詰め放題の袋を徐々に伸ばして容量アップさせながら詰め込むようなものだろうか。何か違う気もするがそういうことだ。
もちろん、魔法を使うことでも増加するが、今行っている方法よりも増加量は微々たるものであるので効率が悪い。そして魔力許容量を一気に増幅させてしまうと身体が追い付かず、倒れたり制御できずに最悪魔力暴走を起こした上死んでしまうこともある。だからレイハルトは毎日徐々に訓練しているのだ。
しばらく魔力を循環させたり受け取ったりしていたが、ようやく終わった。
「はい、今日はここまでにいたしましょうか。随分と魔力量も増加し、魔法を使うことができるようになりましたね」
「ヨハンのおかげだよ」
「なんと!そんな言葉をかけていただけるとは、執事になった甲斐があるというものです。しかし坊ちゃま、今の坊ちゃまは全てあなたが努力して得たものです。私がお教えしたことは微々たるものであり坊ちゃまだからこそこんなに成長されたのです。これからもより成長されることですから、ヨハンはそれが楽しみでなりません。坊ちゃま、生まれて来てくださって本当にありがとうございます。こんな私ですが、これからも精いっぱい坊ちゃまにお仕えいたしますので、よろしくお願いいたしますね」
ヨハンのレイハルト崇拝は今に始まったことではないが、この1年でだいぶ重症になっている。レイハルトがヨハンに感謝を述べれば泣いて感動し、上手く魔法を使うことができればこちらがむず痒くなるほど褒めちぎる。熱狂的なレイハルト信者である。
ヨハンはラングハイムの家令であり、本来の主人は当主のフェリクスであるはず。こんなにも毎日長時間レイハルトの面倒を見ていると家令の仕事はどうした、と思わないでもないがそこはヨハンなので抜かりない。それにこの家の使用人は皆優秀なので無問題だ。
「さて坊ちゃま、そろそろお夕食のお時間です。その前にお仕度しましょうね」
「うん。今日は母様やフィーネに披露して少し頑張りすぎて疲れたなぁ」
「坊ちゃま、お疲れですか。ヨハンが抱えて差し上げましょうか」
「い、いいよ!大丈夫、自分で歩けるよ。ほら、早く行こうっ」
「そうですか……無理なさらないでくださいね」
冗談か本気か。ヨハンのことだからおそらく本気なのだろうが、中身はおじさんが抱えられる画は目に痛いのでレイハルトは必至で元気アピールをした。
「でも、とても楽しかった。今度は父様やお爺様お婆様にみてもらいたいからもっと練習頑張るね!」
「はい。では私も坊ちゃまのサポートを頑張りますよ」
そんなたわいもない話をしながら屋敷へ向かった。