僕はニートじゃない
フィオテルシア地方の南部、小高い絶壁に魔王城は建っていた。
時刻はAM4:30。当然辺りは静寂に包みこまれている。
が、魔王城最上階右翼特務室だけは様子が違った。
「カタカタカタカタ………」
「くそッ……、ふざけんなおい!今のは当たっただろ!!!」
「ああもうクソゲーだわこれ、運営は修正早くしろよな………」
「ったくよぉ…、マジこんな時間にゲームやってるやつみんなニートだろ???ちゃんと働けよな、親泣いてるぞ???」
「「「ニートはお前だろ!!!!!!」」」
「は?僕はニートじゃないけど?」
僕がヘッドホンを着けたままそう呟くと、三人組は同時にひどく大きなため息をついた。こいつらいつの間に入ってきたんだろう。
「お前はニートじゃなかったら何なんだ?寄生虫か?」
「今日という今日は部屋から出てもらいますよ若様」
「まず部屋の掃除だよね。ここ不衛生過ぎ」
「同時に喋るなお前ら、一つも聞き取れなかったぞ」
僕は聖徳太子じゃないんだぞ?まずな?
「アルフレッド!人の事を寄生虫って言うな!リアルでも寄生虫呼ばわりされたら敵わん!」
「ネットでは既にされてんのかよ…」
この生意気な奴はアルフレッド。
オーガの中でも最上位種とされるオリオンオーガの末裔で、とにかく腕っぷしが強い。その代わり劇的におつむが弱い。以上!
「次ゼネット!僕はちょうど二週間前に一度この特務室から出た!もう二週間はここに居ても文句を言われる筋合いはない!」
「何故一ヶ月に一度部屋から出ればそれでいいとお思いになられているのですか???」
このメイド服の奴はゼネット。
簡単に言うと邪魔な人間の殺害からその死体処理まで、何でも出来るメイドで………滅茶苦茶口うるさい。以上。
「次カエデ!個人的にお前のが一番傷ついたぞ。この部屋は汚くない」
「いや汚いよ?何被害者ヅラしてんの???」
こいつはカエデ。
幼女。以上。
「「「ていうか全部聞こえてるじゃん」」」
「ごめんなさい……」
僕はこの時謝りながら、彼らは一体何の用があってこの特務室にカチコんで来たのかを考えていた。
アルフレッドはバカだが、他の二人は違う。
何の考えもなく僕をこの『魔王城最上階右翼特務室』から引っ張り出そうとなんてしないはずなのだ。
――――父さんが死んでからというもの。
僕は自動的に魔王の座とこの城と大勢の家臣たちを受け継いだが、当然こんな若造に魔王など務まるはずもなく家臣団は次々瓦解。
更にこれまで良好にやってきた人間たちとの種族間条約も更新を疎かにしてしまい、世界を混沌の渦に突き落とし。
挙句の果てに僕は、全てを放棄して部屋に閉じこもった。
そして執念で籠城して三年が経った。
「回想ありがとうございますレイ様」
「人の回想を覗くな」
僕がそう言ってゼネットを睨みつけると彼女は小さく微笑んだ。
そう、微笑んだのだ。
滅多に笑わない彼女が。今確かに微笑んだのだった。
「レイ様に折り入って大切なお話があります」
「な、なんだよ改まって…」
「レイ様も知っての通り、かつて数千の魔族の王として君臨なさっていた先代様の残していかれた家臣も、今や我々三人だけです」
「え?そうなの?初耳だけど」
「そこで我々は考えました。どうすればかつての栄華を取り戻せるかを。そして一つの結論に至ったのです」
「け、結論…?」
「転生しましょう、レイ様」
「へ?」
「転生して一から魔王目指しましょう!」
「何言ってるんだ?ゼネット??正気か???転生????」
「俺達は本気だぜ魔王サマ」
「アルフレッド……」
どうせお前はバカだから大して話も聞かず乗せられたんだろ。
眼を見りゃわかる。夏休みに虫を取りに行く小学生の眼だそれは。
転生はそんな簡単な事じゃない…。転生ってのは……。
「もう二度とこの世界線には戻ってこられないよ」
「カエデ……、お前は正気だよな?」
「うん!一回やり直そう!レイ君!!!」
「やっぱりこいつもバカだった!!!!!!」
待て待て待て、本当に転生なんてだめだ………。そんな安っぽいライトノベルみたいなマネして見ろ…。現実はそう上手くはいかないんだ!
転生したからって特殊能力なんて得られないし、種族も指定できない!
どんな世界に生まれ直すかもわからないんだぞ?
何よりもうニート出来ない!そんなの最低だ!働きたくない!!!
「観念してくださいレイ様、大丈夫です。ある程度はこちらで手を回しておきますので全員同じ世界に生まれられますから」
「そんなことは心配してない!」
「じゃあOKだね!」
「向こうであってももう主従関係はないからな、たくましく生きろよ」
「待ってくれ!わかった!わかったから身支度だけさせ………!」
そう僕が言い切る前にゼネットの拳が僕の腹部にクリーンヒットし、僕は意識を失った。
これは僕のやり直す物語。
新しい世界で本当の意味で魔王として君臨する日を夢みて。
僕は歩みださなければならなくなったらしかった。