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対立ルートのフラグが立った?


「よくやってくれた。損な役回りをさせてしまったな」


 ……

 …………

 戻ってきた。


「どうした、傷が痛むのか? それとも――む? 貴様、雰囲気が……」


「説明は後で。先輩は女の子を。僕は健太郎君に連絡します」


 なにか言いたそうな先輩を制し、不良少年改め健太郎君に少女を保護した旨を伝える。よほど心配していたのだろう、電話越しに大きな安堵の吐息。続けて無事なのかと尋ねられ、僕は言葉に詰まってしまう。


 一見して命に別状はない。だが、無事と言うのはどうだろう。


 表情には締まりがなく、目は虚ろに僕たちを映す。ぐったりと身体を投げ出し、先輩の呼びかけにも鈍く喉を鳴らして返事を返すのが精一杯。相当に長い間、あの中で耐えたのだろう。精も根も尽き果てた。そんな表情をしている。


 体も凄いことになっていた。頭から腰のあたりまでカエルの唾液にタップリと濡れて、女の子にはさぞ悍ましかろう。流石に用水路の水で濯ぐわけにもいかず、彼女には我慢してもらう他ない。


 精神的な面だけでも心配だが、肉体的にも不安が残る。左の太ももは赤黒く変色しているし、どれだけ必死にしがみ付いたのか、左右の爪が剥がれてしまっている。無事な指は一本もない。


 よくも女の子の細腕で耐えきったものだと思ってはいたが、なるほど火事場の馬鹿力というやつか。脳のリミッターが外れると、信じられないほどの力を出すものだ。アルツハイマーになった親戚のおばあさんに腕を掴まれたことがあるが、あの時は信じられないほどの握力に面食らったものだ。僕の半分もないようなガリガリにやせ細った腕で、果たして握り潰されるんじゃないかと本気で恐怖した。


「先輩、どうですか?」


「無事だ。が、大腿骨が折れている。当分は歩けんだろう。開放性骨折であれば厄介だが、さて」


「医療キットがありましたよね。取ってきます」


 スマホを預け急いでバイクまで戻ると、リュックを背負ってバイクを移動させる。スマホと赤い十字が刻印されたハンドバッグを交換すると、先輩は中を覗き込んで思案顔。


「ラテックスに包帯に……そうか、シーネはなかったか。高野、なにか添え木になるものはあるか?」


「治せるんですか?」


「いや、仮固定するだけだ。内出血の量、軸圧痛、異常可動性。明らかに完全骨折している。ボルトを入れねばどうにもなるまい」


 むう。どうも寝ていれば治るような状況ではなさそうだ。


 しかし添え木か……。リュックの中には適当なものはないし、また竹でも切ってくるか? 医療に使える技能でもあればよかったのだが――そうだ、僕には技能がある。


 フッ素加工されたアルミのフライパン。千円かそこらで売っている、ごくごくありふれたフライパンだ。試しに縁を折り曲げてみる。中々に硬いが、これならいけそうだ。底のカーブを手で押して一度平らに。出来上がった丸い金属板を少女の脚に合わせて曲げれば完成だ。


「これで使えませんか?」


「やはりゴリラだったか」


 違います。STR+の技能です。


 うん、技能は問題なく機能する。あっちでは何が何やら判然としない『ご褒美』だったのだが、こっちに戻されてから、何とはなしに技能の存在を感じる――気がする。自転車に乗るのと同じで、コツだとかやり方だとかを口で説明するのは難しい。


 自転車に乗ろうと思えば乗れるし、早く漕ごうとすれば早く漕げる。技能の使用感はそんなところだ。呪文だとか印だとかが必要ないのは便利だけれど、ちょっと寂しくも思うのがゲーマーというやつだ。


 僕が技能の確認をしている間に、先輩は手早く骨折箇所に処置を施し、ものの数分で少女の太ももを固定した。その手際の良さに感心しつつ、僕は女子中学生の表情を覗う。


 焦点の定まらない目が僕を見る。


 よく頑張った、もう大丈夫、安心してくれ。そんな風に言葉をかけると、長く細い吐息を最後に少女の目蓋が落ちた。


「……大丈夫なんですよね?」


「ひとまずはな。感染症の(おそれ)もある、早く搬送すべきだ」


「健太郎君はなんて?」


「救急を寄越すと言っていた。警察にも連絡はしたそうだが、まだ着かんらしい」


 なるほど。……幸い少女も気を失っている。秘密を共有するにはいいタイミングか。


「先輩、折り入ってお話が」




 白い部屋、自称神、技能、先駆者ボーナス。


 普通なら笑い話で、とても信じられない話で、けれど僕たちは、そもそもソレを調べるためにここに来たのだ。先輩にご褒美部屋での経緯を説明すると、なるほど道理で、と合点がいったように頷いた。


「目撃情報に褒賞を出す。何かあると踏んではいたが、なるほど。つまりは先んじてレベル2になり、あるいは3を目指し、先駆者ボーナスを獲得しようという腹積もりか」


 僕の話を毛ほども疑わず、先輩は鼻頭を触っている。


 モンスターの情報を買い取っていた理由。


 なんのことはない、レベルを上げるための経験値を求めた誰かが――レベル1になり、先駆者ボーナスの存在を知った誰かが、情報を収集していたのだ。


 獲物を狩るために。


「ですがレベル毎にボーナスが設定されている確証はありません。聞いてもはぐらかされましたし、あの感じだと他の人もそうでしょう」


「自分のレベルだけではない。家族、友人、恋人。ボーナスを譲りたい人間なぞいくらでもいよう。外を歩いているだけで都合よくモンスターと出会えるわけでもあるまい?」


 ああ、それは僕たちも経験している。カエルを見つけられたのは健太郎君と関係を持ったからだ。二人だけなら、果たしてどうなっていたか。きっと今も、この周りを探して回っていたはずだ。


「ネットにレベルの仕組みが拡散しないのも当然ですね」


「然り。情報が出回らんわけだ。誰も彼もが秘密にしているのだ。情報を共有すれば、いたずらにライバルを増やすことになる。事態が収束するにせよ、しないにせよ、レベルの高低がその後の支配階級に影響する、などと想像するに難くない」


 そう。レベルが上がった今だからこそわかる。


 レベルの恩恵は絶大だ。フライパンを曲げるだけなら以前の僕でも無理はないけど、細かく反りを戻して平らにするなんてことが出来るか?


 そんな人間に脅されたら屈服するしかない。あるいはINT+のレベルを上げれば、どんな難関大学だって入り放題だ。


 他者に先んじてイニシアチブを取れる。それがわかっているから、数千人の先駆者は皆、情報を秘匿した。赤の他人よりも身内を優先したのだ。

 僕のように。


「では僕が言いたいことも了承してもらえますか?」


 先輩は頭がいい。僕なんかが一々言わなくても、僕の意図は伝わっている。


 問題は、それを先輩に受け入れてもらえるか。


「身内に限定して情報を共有する。そういう話だな?」


「そうです」


「それは身内のレベルを上げるために、他人を切り捨てる行為に等しい」


「その通りです」


「救える命もあろう」


「何処かの誰かの命に興味はありません」


「人類への裏切りだとは思わんか?」


「命には価値があるんでしょう?」


「人類と言った。個別の問題ではない」


「スケールの大きい話です」


「俺は公表すべきだと主張する」


「先輩ならそう言うでしょうね」


 そうか、と先輩は、


「そこまで理解しているのなら――よかろう。貴様の信頼に応えるに吝かではない。

 貴様がそうであるように、俺も己の信念に義理を果たそう」


「公表するんですね? そうですか。

 ではそうしましょう」


「はえ……!?」


 驚いたのは先輩の方。素っ頓狂な声を上げて目を丸くしている。


「ああ、でも先に家族と友人に連絡させてください。先輩のようにすんなり理解してもらうのは難しいでしょうから。そのくらいの役得はあっていいでしょう?」


「ちょ、ちょっと待て。貴様、どういうつもりだ。俺は公表したい、貴様はしたくない、ならばどうするという流れだろう。ええい、スマホを弄るな。俺の話を聞け」


「聞いてますよ。先輩は身内の保身より、誰とも知れない不特定多数を取った。ひどいですね。ご家族が可哀そうです。せっかく有利に事を運べたのに。ほら謝って。先輩と僕の家族に謝って」


 先輩は訳が分からないと唸ってしまう。ちょっと楽しい。


「もしや最初からそのつもりだったのか?」


「まさか。秘密にするべき、それが僕の意見です」


「ならば、なぜ……」


 なぜだって? そんなのは決まってるじゃないか。


「先輩がそうであるように、僕も人の善意を信じてみたくなった。と、そんな感じです」


 ……口にすると恥ずかしいな。よし、もうやらない。健太郎君、早く来てくれ。


 僕は明後日の方向に顔を向けて、もう何も言うなといった雰囲気を醸し出す。なのに先輩は小さく笑い、


「貴様も大概に甘いではないか」


 と言った。


骨髄にばい菌が入るとドエライことになるゾ。みんなも気を付けよう。

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