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糞ザコお人好し先輩が、糞ザコお人好しである所以-2


 荒れ地へ分け入るのは勇気がいった。何も出ませんように、と祈りつつ、急いで僕は目当てのものを伐採して戻った。


「なるほど。考えたな」


 ソレを見た先輩は感心したように頷いた。


 僕のような素人でも生産が容易で、確かな殺傷能力を持ち、相手と間合いを取れ、日本各地で材料が手に入る。


 その名は竹槍。どうか笑うことなかれ、これでもれっきとした武器だ。その有用性は歴史が証明している。


 先端を斜めにカットした竹を二振りづつ、加えて先輩は出刃包丁、僕は手斧をベルトに差して、十字路へと並んで歩く。


 バイクはその場に残した。万一に備えてエンジンは切らない。僕が駄目だと判断したら、すぐさま飛び乗って逃げる。そう取り決めた。


 荒事は僕の領分だ。なにしろ慣れている。そこは先輩も承知しているから、自然と僕が音頭を取る形になったのだ。


「刺激しないように静かに近づいて、同時に槍で突きましょう。逃げられないように、上から槍で串刺しにするんです。体重を乗せて地面まで押し込んだら、先輩はそのまま槍を固定してください。後は僕がやります。……せめて咥えているものだけでも吐き出してくれるといいんですが」


「カエルの食い意地は汚いという。期待は薄かろう」


 そう言って先輩はカエルを一瞥すると、噛みしめるように。


「実験のための殺生が人助けに化けるとは、とかくこの世は奇天烈よな。どうにも思い通りにさせる気はないらしい」


「気はないって、誰がですか?」


「さて。神か仏か、神を自称する存在か。いずれにせよ、高野よ。これは『善い行い』だ。今や捕食されんとする見ず知らずの少女を、我々は身を挺して救わんとしている。立派な行為だ。平時なら勇気ある若者として表彰されよう」


 もったいぶった言い回しに無言で続きを促す。こういうときの先輩は、呆れるくらいお人よしだと知っている。


「故に。いいか、殺すことを悔やむな。対象が大きければ大きいほど、『命を奪う』感触も大きい。あれだけの巨体だ、蚊を潰すようにはいかんだろう。

 だがな、奴は『線引き』の外側の化け物で、あの少女を今まさに食わんとしている。貴様が悔いる道理はない」


 そうして、俺が代わってやれればいいんだが、と悔しそうに呟いた。


 悔いるなと言い聞かせる本人のほうがよっぽど悔しそうで、僕は思わず苦笑してしまう。


「医学生が言うと重みがありますね。けど大丈夫です。適材適所ってやつですよ」


 力こぶをつくってみせる。現役のころよりは細くなったとはいえ、まだまだ体力は有り余っている。おまけにコンタクトスポーツ経験者だ。痛いのにも、痛くするのにも一日の長がある。


 流石に命を奪うのには嫌悪感があるけれど、実は抵抗感は薄かったりする。先輩の言う通り、アレは線の外側だ。だから殺せる。あれは殺してもいい命だ。


 そうして、僕たちはカエルに行き会った。


 本当に大きい。冷蔵庫を横に倒したくらいか。なるほど人だって食べるわけだ。脚の雰囲気から察するに、まず目当ての少女で間違いない。カエルの口端を内側から伸びた手が握っていて、ああして今まで耐えてきたのかと妙に納得した。


 そろり、そろりと足音を忍ばせる。カエルは横を向いたままだ。一歩。二歩。仕掛けるにはまだ遠い。せめてあと五歩、あと四歩――


 つぶらな瞳が不気味に動く。獲物を横取りされるとでも思ったのか、急いで少女を飲み込もうと暴れ出す!


 猶予はない。やるしかない。


「行きます!」


 駆ける。歩いて四歩、走れば二歩だ。大きく踏み出し、奴の背中目掛けて跳び上がる。


 猛獣の狩りをなぞる。浮遊する体でバランスを取り、左右の槍の穂先を、落下の勢いそのままに、奴の背中へ――突き立てる!


 柔かい肉を掻き分ける感触。甲高く濁った音が耳朶を打つ。初めて聞いたカエルの悲鳴は、猫の鳴き声に似ていた。


 まだ浅い。左右の槍で力が分散してしまったか。素早く片手を離し、両手で竹を掴む。脇に抱えるようにして、再度体重を落とし込む。


 赤い血が噴き出し槍が沈む。続く土の手応え。


 縫い留めた。先輩は?


 もう一本に手を伸ばしながら横を見る。


 ――浅い。それはそうだ。僕でも無理だったんだ、先輩にはよほど難しかろう。二本目の杭を打ち込みながら、


「同時は無理です! 一本ヅっ――……!?」


 不意の衝撃で言葉が途切れた。体が宙を舞う。先輩の驚愕に歪む顔。受け身を取る暇もなくしたたかに背を打って息が詰まる。


 僕を弾き飛ばしたのか。八十キロの僕を、まるで木っ端のように。


 巨体に見合った怪力だ。なるほど伊達じゃない。


 ……そうだよな。お前だって、大人しく殺されたくなんてないよな。


 カエルは飛び出た目でこちらを威嚇する。竹槍で地面に縫い付けてはいるが、今はただ刺さっているだけだ。重しがなければ簡単に引き抜いて逃げられてしまう。


 それでもいい。奴は鳴いて、少女から口を離した。僕たちの勝ちだ。そう思った。


 先輩が、僕の竹槍にしがみついているのを見るまでは。


「――先輩! 手を放してください!」


「駄目だ!」


 振りほどこうと暴れるカエルの前足を避けながら、先輩は有無を言わさぬ迫力で、


「槍は内臓に達している。もう助からん。

 ここで介錯してやらねば、この化け物が哀れに過ぎる!」


 そう、大真面目に言い放った。


 僕は絶句してしまう。苦しみながら死ぬのは可哀そうだから、ここでいっそ楽にしてやれって? 人を襲うような化け物を?


 嘘だろ先輩。僕の指示に従うんじゃなかったのか。こちとら体中を打撲させられて、先輩だって返り血で真っ赤に染まってるってのに、あんたどれだけお人よしなんだと怒りすらこみ上げてくる。


 なんて馬鹿なんだ。殺すと決めたのは先輩じゃないか。苦しむ? いいじゃないかそれくらい。怪物の末路に相応しいと思えないのか。


 ――思えないんだろうな。


 そうだよな。そうだ。それでこそ下郡先輩だ。そのどうしようもない眩しさに惚れこんでいるから。だから僕はあのときに言ったんだ。



『貴様はどうだ?』

『僕は卑怯者で結構ですよ。というより、程度の差こそあれ、卑怯じゃない人間なんていないと思ってますから。

 ただ、そうですね。先輩がいくというならお手伝いします。一人でいかせるのは危なっかしいですから』



 ああくそ。得難い友人ってのは厄介だ。どうしたって力になりたくなる。


 僕は立ち上がる。手斧に手を伸ばす。


 化け物を殺すために。殺しきるために。その苦しみを与えた責任を取るために。


「……じゃあなカエル君。お互い運がなかったと思って諦めろ」


 なによりも、先輩の信念に敬意を払うために。


 軋む体を奔らせる。痛みを感じる暇もなく、一息でその巨体に肉薄する。


 手斧を大きく振りかぶり、暴れる前足に力いっぱい打ち込むと、まるで布に包まれた生木を折るような感触。中ほどまで叩き切られた足がぶらりと垂れさがる。もう一度。同じ場所に打ち込んで、完全に前足を斬り飛ばす。


 無防備な脇腹を晒す格好。これで先輩が振りほどかれる心配はなくなり、同時に僕は心臓を狙える。


 手斧を捨て、空手になった腕を伸ばす。先輩の竹槍を引き抜くと、穂先がわずかに赤く濡れていた。これでは地面どころか内臓に届いているかも疑わしい。


 少し安心した。殺すのは僕で、致命傷を与えたのも僕だけだ。いくら口では強がっても、先輩に重荷を背負わせたくはない。今はまだ、その必要はないはずだから。


 僕は竹槍をしっかりと握りしめる。


 脇下から突いて心臓を狙う。横からだと距離はあるが、竹槍なら十分可能なはずだ。正面から突けば確実だけれど、カエルの鼻先に立つなんて危険を冒すつもりはない。こいつの怪力は身をもって思い知らされた。一度捕まれば逃げることは難しい。


 細く息を吐く。


 圧倒的に有利な状況。悪役なら勝ち誇り、ヒーローは断罪の言葉を投げかける。そんな場面。


 けれど、僕はただの大学生で。大層な信念も正義感も持ち合わせちゃいない。


 だから大きく息を吸い込んでから呼吸を止め、体ごとぶつかるように竹槍を――


 ――カエルの目が揺れた。そんな気がした。ああ、こいつもやっぱり生きているんだと実感して。死にたくないんだと訴えている――


 ――そうじゃない。上辺の博愛が顔を出すな。命に敬意を払うのなら、ここでやめてはいけないんだ。そうなんだろ、先輩。


 生理的な忌避に踏み止まろうとする体を押し殺す。これは本能で行う狩りじゃない。徹頭徹尾、ヒトの理性と独善で押し通す自己満足だ。


 ならば最後まで。最後まで理性的に――殺してみせろ。


 衝突。湿った肌。肉を貫く感触が伝わる。


 背中に走る怖気に震え、僕はなお止まらない。そのままさらに槍を押し込む。


 腕で押しても体重は伝わらない。体重の移動とは、すなわち重心移動だ。腕と肩は固定して、腹で押すイメージ。


 一度は勢いが止まりそうになった槍が、再度奥深くにめり込む。


 カエルの絶叫に脳が揺れる。知らず、負けじと僕も吠えていた。


 深さは十分。心臓に当たったかは不明。けれど確かに手応えはある。筋肉とも骨とも違う、弾力のある塊を貫いた。


 槍を引き抜こうとするも、肉が締まって離そうとしない。足をかけ、体全体で引っ張ると、空気の抜ける音と共に槍が引き抜けた。


 ぽっかりと穴が開く。穴の先の暗闇から、とめどなく血が流れ出る。角度を変えてもう一度。突く。感触。突く。突く。口が渇く。突く。突く。突く。肩に手。突く。


「高野。もういい。もう十分だ」


 泣きそうな顔の先輩。見ると、カエルはぐったりしていて、いつの間にか鳴き声も止んでいた。


 死んだ。違う僕が殺したんだと、胸につかえたモノを熱い吐息と一緒に吐き出すと。


 世界が白く染まった。


 比喩じゃない。本当に、一瞬のうちに。僕はどこだか、真っ白い部屋の中で椅子に座っていた。


 前には簡素な机があって、紙と鉛筆が置かれていて。


 ……今朝テレビで見た人物が、薄っすらと笑みを浮かべて僕を見ていた。


「やあやあ久しぶり。神だよ」


 カエル(3) LV1


 ウシガエル。鳴き声は牛というより猫。

 本来は夜行性。レベル制度に早くから順応した個体。

 取得した技能はSTR+、SIZ+などの基礎ステータス関連。


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