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糞ザコお人好し先輩が、糞ザコお人好しである所以


 いやに鳴り響き続ける救急車のサイレンと、忙しなく行き交うパトカーを除けば、街はいたって平穏のように見えた。モンスター映画でよく見る、恐慌状態で店舗を荒らす略奪者や、血まみれで通りを歩く人影といったものはなく、ここまで火の手だって一つも見当たらない。


 地元の友人から譲ってもらったVTR250。そのタンデムシートに金属バットを握りしめた先輩を乗せ、真剣な顔で左右へ目を配る様は、まるで世紀末の人狩りのようではあるが、流れていくのは喉かな田園風景だ。すっかり稲刈りも終わってさっぱりとした田畑を横目に、かれこれ三十分はこの辺りを流している。


 モンスターは影も形も見当たらない。その代わり、僕たちと同じようにネットを見たんだろう、ポツポツとスマホ片手に歩く人が見て取れた。


 一見して農家ではない。街によくいる若者だった。もっと言うと、悪そうなやつは大体友達とでも吹きそうな風体だった。端的に言うと、不良少年だった。


「見当たりませんね」


 バイクを止め、首だけ回して先輩にそう言うと、


「見ればわかる」


 と短く返された。


 西区に向かう、と先輩が宣言してからこっち、どんどん先輩の気が張り詰めていくのが分かる。背中に感じる気配が鋭くなっていくのだ。緊張しているのだろう。言動は尊大でも、根は繊細なのが下郡先輩なのだ。


 しかし、さて。どうしたものか。


「先輩、ちょっと彼らに話を聞いてみませんか?」


 尋ねると、好きにしろ、と返ってきたので、僕はバイクを降りて一人の不良少年の元へと歩いていく。


 派手な茶髪を整髪剤でガチガチに固めた少年だ。タバコを咥えてスマホをいじっている。近くに寄るとパッと顔を上げたので、気安い感じで片手を上げる。敵意がないことを示すのが、彼らのような人種と付き合う第一のコツだ。


「お疲れ様。ちょっといいかな?」


 話しかけると、彼の目が素早く上下する。


 僕を値踏みしたのだ。こいつは自分より上か、それとも下か。一瞬で推し量った気配を感じる。


 不良にはそういう能力があるのだ。そしてこういう状況では、僕の身長百八十センチ、体重八十キロのマッチョ体型は、実に有効に働いてくれる。


「……ッス。なんすか?」


 案の定、彼はタバコを踏み消してこちらに正対してくれる。


 これが第二のコツ。序列をハッキリさせること。


「このあたりで変わった生き物を見なかったかな? 大きなカエルだとか、虫だとか」


「や、見てないっす。自分らも探してんすけど、全然っすね」


 だろうね。そんな感じはしてたよ。ら、ということは複数人か。無手なのを見るに、ただの怖いもの見たさで集まったんだろう。あるいは度胸試しか。好きだからね、男の子はそういうの。


「あの、もしかして『研究所』の人っすか?」


 少年の視線が僕を通り過ぎて後ろの――バットを持って微妙に距離を取る先輩の方に向けられた。


 こら先輩。威嚇しちゃだめですよ。


「多分違うと思うけど、研究所っていうのは?」


「あー、自分もネットで見ただけなんすけどね。あのバケモンは秘密の研究所から逃げ出したやつらで、今そこの職員が回収して回ってるっつー」


「それはまた、なんというか」


 思いっきりデマのような。いや、けどそうも言いきれないのか。何もわかっていない荒唐無稽の現象である以上、どんな可能性だってあり得るのではないか。


 ……やっぱりデマだな。うん。


「だとしたら、今朝の電波ジャックの説明が付かないよ。あんなことをする理由はないんじゃないかな」


「いやほら、スリーパーセルっつーんですか? 仲間に向けて暗号的なアレじゃないんすかね」


「陰謀論は苦手でね。けど、君はよくそんなものを探そうと思ったね。秘密を見られたからには、ってのがお約束だと思うけど」


「や、それとは別口で、場所と動画を撮ったら金くれるって話なんすよ。このアカウントなんすけどね」


 ちょこちょこっとスマホを操作した少年に見せられたのはSNSのアカウント。簡素なプロフィール画面には、確かに少年の言う通り、怪物の情報に金一封を贈呈する旨の説明がされていた。


「物好きがいるものだ」


 率直な感想に、少年も同意を示す。


「それを見つけたのは誰だ」


 うわびっくりした。音もなく背後に立たないでくださいよ。少年も驚いてるじゃないですか。


「そのアカウントを見つけたのは誰だ。貴様か?」


「いや、違うけど……」


「話を聞きたい。電話をしろ」


「ちょっとなんすかこの人?」


 ヤベー奴なんじゃないのかって? そうだよヤベー奴だよ。


「ごめん、僕にも何が琴線に触れたのか分からないんだけどさ、ちょっと電話をかけてもらってもいいかな?」


 不信感をあらわにする少年に片手で拝む格好。渋々といった体で電話をかけてくれる。


 ……

 ……

 ……繋がらない。


「出ないっすね」


 友人を変人に引き合わせずに済んで安堵したような口ぶり。


 けど違うぞ少年。逆だ。


 ()()()()()()()()()()()ということが、一体どんな意味を持つのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「どこだ。電話の相手はどこにいる」


 先輩の静かな迫力に気圧された少年が助けを求めて僕を見てくる。


 だから僕は言った。努めて冷静に。


「向かった方向だけでもいい。教えてくれ。怪物が現れた世界で連絡がつかない、その相手の行き先を」



 グループチャットで他の友人に聞いてみても、『化け物探し』を始めたのを最後に、件の中学生と連絡を取れた者はいなかった。


 ようやく事態を察した少年の顔が青ざめていく様は、見ているだけで胸が痛んだ。


 自分を後ろに乗せてくれるように懇願する少年をなだめ、警察に連絡すること、散らばった友人を集めること、そして周りの家から応援を呼ぶことを言い含めて、僕たちはバイクに飛び乗った。


 懸賞金を得るには動画を撮る必要がある。であれば、探し歩いている間もスマホは手に持っていただろう。それが呼びかけに応じないということは……。


 嫌な予感に背を押され、少年に示された方向へバイクを走らせる。車一台分の狭い農道を、出来るだけ早く、かつ痕跡を見落とさないギリギリの速度で進む。


 木枯らしに揺れる素朴な風景が、どうしようもなく不安を掻き立てる。


 まだ日こそ昇ってはいるが、時刻は四時を過ぎている。秋の夕暮れは短い。夜になれば捜索を断念せざるを得なくなる。否が応でも焦ってしまう。


「あの藪はどうですか! 一度降りますか!」


 風の音に負けないよう声を張る。


 メットは脱いだ。探すのに邪魔だし、後ろの先輩とやり取りできないからだ。


「金のためとはいえ、化け物が潜んでいるやもしれん藪の中を女子中学生が掻き分けて行くとは思えん! このまま先行しろ!」


 返ってくる声に無言で頷く。


 西区の農地は綺麗に整地されていて、一区画が大きく、かつ規則正しく並んでいるのだが、それでも所々に荒れた民家と遊休農地が見て取れる。


 そういったところは背の高い草が生い茂っていたり、竹藪が出来てしまっていたりで、いかにも何か出そうな雰囲気がするが、なるほど先輩の言う通りだ。何がいるかもしれない藪の中に分け入るには僕だって躊躇してしまう。特に今の状況では。


 よしんばいたとして、二人だけで探すのは無理だ。マンパワーによるローラーが最適解。バイクのある僕たちの役目は先行して道路沿いの痕跡を探すこと。頭では分かっていても、酷くもどかしい。


 ……無事でいてほしい。たとえ見ず知らずの赤の他人でも、自分の手が届く範囲で死なれるのは気分が悪い。


 今、この場所に僕がいなければ、あるいは死んでいてもいい。僕は大学にいて、少女がここで死んで、それが何だっていうんだ。知ったことじゃない。


 けれど、僕は今ここにいる。僅かばかりにでも彼らと関係を持った。であれば、もう彼らは『線の内側』にいる。


――先輩は犠牲を我慢できないと言った。お前はどうだと問うた。あの時僕は――


「高野! 停まれ!」


 ――鋭い声にブレーキを深く踏む。車体がグンッと沈み込み、体が前に泳ぎそうになる。クラッチを切るのがもう少し遅れていたら、危うくエンストしていたところだ。


 振り返る。先輩は何も言わない。ただ黙って一点を見つめている。


 視線を追う。示す先は十字路――いや用水路か。今いるところよりも一回り幅が広い農道に並行して流れている。道幅は二車線、用水路も同じくらい幅がある。ちょっとした川だ。僕たちがいるのが枝道で、あちらが本道なのだろう。合流地点には用水路を越えるための小さな橋が架けられていて――


――その橋のほとりに、カエルがいた。


 カエルだ。カエル。巨大なカエル。ぞっとするほど大きいカエル。遠めに見ても分かる大きさ。灰色。川べりから体を出していて、あれだけ大きいと人だって食べれそうで。


 ――事実、化けカエルの口の隙間からは、スカートを履いた人間の脚が突き出ていた。


 死んでいるのだろうか。カエルも、脚も、ピクリとも動かない。


 僕たちだって動けない。押し黙って、その悪い冗談みたいな光景を見ることしかできない。動いているのはアイドリングするエンジンだけだ。


 気味が悪い。あんな巨体は非常識だ。動画で確認したカエルはもっと小さかった。別個体? それとも更に成長した? 分からない。嫌悪感。うわっ咥え直した。と同時に。


「……今、動きませんでした? 脚」


「……ばたついたように見えたが……」


 顔を見合わせる。お互いに深呼吸。


「カエルって、歯、ないですよね」


「ああ、丸呑みのはずだ」


「じゃあ生きてますかね?」


「だとすれば急がねば」


 先輩はリュックを下ろし、中から手斧を引っ張り出す。


「応援を待った方がいいのでは?」


「水に潜られると厄介だ。ここで仕留める。一撃で決められるか?」


 人を持っていれば他所へ行ってしまうかもしれない。攻撃を受ければ驚いて獲物を離すかもしれない。一方で、咥えたまま用水路に逃げる可能性もある。確実を期すには初手で即死させるべきだが……。


「厳しいと思います。手斧じゃ首を落とせません。もっと重量のある、たとえば木こり用の斧なら可能かも」


「ならば出刃包丁はどうだ。カエルの解剖をしたことがあるが、肋骨が見当たらんで驚いたのを覚えている。腹側から滑り込ませて心臓を突けんか?」


「心臓の位置はわかりますか?」


「ああ、前足の付け根あたりだったはずだ」


 なるほど。手斧よりはよさそうだ。刃の長さが心もとないが、こうなっては致し方ない。本当ならもっと長くて鋭いもの、たとえば槍なんかが……槍……


「……先輩、やっぱり斧を貸してください」


 不良少年(17)

 甘いチューハイ一本と気の合う仲間マブさえいれば一晩中語り合える。

 地元のラーメン店『ぶっちぎり』でバイト中。

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