レベル制度が導入されました。
ほんの少しでも楽しんでいただければ幸いです。
やあやあ久しぶり。神だよ。五百万年ぶりくらいかな? どうよ最近? 元気してた? ぼちぼち? そりゃ結構。
私はねー、退屈してたよ。すごくすご~く退屈。ディアブ〇もF〇もディス〇イアもカンストしてさ。もうねえ、暇すぎてソシャゲのBGMを完コピしちゃったよ。聞かせてあげようか。
エスタァリアーレーホルヒリィヤー エスタールノォサンタマラレッ エスタァリアーホーヌロミリーヤ エスリーリアッバァーナレー。エスタァリアーレ――もういい? あっそう。
あとはねー、ラヴでクラフトなTRPGとかね。いやー、白痴の王チートすぎない? 私とタメ張れるよあれ。一回ガチでバトってみたいよね。
いやーいいよねー。RPGはいい。アクションとかシューティングとかはさ、ほら、私ってば神じゃん? 神ステータスで脳筋プレイ余裕なわけ。小足見てから昇竜余裕でした的な。その点RPGはさ、ゲームの進み具合がシステム的に制御されるじゃん? 攻撃演出を挟む以上は、光速の十倍で攻撃ボタン押しても、それで攻撃回数が増えるわけでもなし。レベルの上昇もゆっくりだから、なが~く遊べて大変よろしい。好きだよRPG。
ということで。今からレベル制度を導入するから。よろしくね。それじゃ、アデュー。
……
……
「え、えー、ただいま画面に乱れが生じました。謹んでお詫びします。え、っと……はい、ではお天気コーナーに……はい、お天気行きますか?}
それまでこなれた感じで番組を回していた爽やか系アナウンサーが、見ていてかわいそうになるくらい動揺している。
後でお叱りを受けるんだろうか。いや、誰も彼を責められないはずだ。つっかえつっかえでも、何とか職務を全うしようとする姿は讃えられるべきだ。僕にはとても真似できる気がしない。
だってそうだろう? 枯れ葉舞う憂鬱な月曜日の朝に、土日で溜まったニュースを紹介している最中、突然画面が切り替わり、自称神さまの駄弁が垂れ流されるという稀代の放送事故に遭遇したわけで。
迷惑だ。こちとら寝癖も直していないってのに。憂鬱な月曜日の朝から――ワクワクが止まらなくなってしまったじゃないか!
うわー。うわー。なんだこれ。放送事故? テロか? いや、ヤバいカルト宗教の電波ジャック。これが一番おもしろい!
僕は急いでスマホを引っ掴むとSNSを起動する。案の定、タイムラインは先ほどの放送事故でしっちゃかめっちゃかになっていた。某巨大掲示板もお祭り状態。流れが速すぎて、とてもじゃないが追いきれない。電波ジャックなんてそうそうお目にかかれない一大事件だ。おまけにこれは日本だけじゃなく、どうも世界中のテレビがジャックされたらしい。にわかには信じられなかったけれど、探せば証拠の動画がいくらでも出てくる。まずい。興奮しすぎて変な声が出る。不謹慎? 馬鹿言うな無礼講だ! これは歴史に残るぞ!
さて。熱狂もひと段落ついて。僕はようやく、先の発言の内容に頭を向けるだけの落ち着きを取り戻したわけだが。
レベル。レベルか……。なんともゲーム的というかなんというか。好きだけどさ。
個々人の能力を数値化する、というのなら、あまり意味はない。たとえば運動能力。STRとか、CONとか。つまり腕力、体力だが、そんなものは体力測定でいくらでも可視化できる。去年の握力が五十キロ、一年間トレーニングして六十キロまで増えました。となったら、それは一年間の経験値が溜まってレベルアップした結果だといえるだろう。レベルアップしてSTRが五十から六十に上がりました、なんてのと本質は同じだ。
あるいは明確な階級制度を作りたい? ……レベルが上の人間は、下の人間に命令できる、ってのはどうだろう。
『俺レベル10。お前は? レベル3? ゴミじゃん、カツサンド買ってこいよ。嫌ならZAPすっぞこら』
なんてことになったり。スクールカーストが加速する! いやまて、リア充のほうがレベル高いなんて決まってないんだ。だとすると……これはもしかして、リア充連続爆死事件なんかが起きるかも!
……なんてことを煽り煽られネット上でやり取りしていると、そろそろ講義に間に合うギリギリの時間になっていた。
一度中断しなければ。こういう時のバイク通学は不便だ。スマホが触れなくなるからね。続きは大学に着いてからだ。僕はカバンとメットを掴んで家を出た。寝癖を直す時間はなかった。
大学構内ではやはりというかなんというか、やれ政府の社会実験だの、神様降臨だの、至る所で今朝の事件についての考察が繰り広げられていた。
それは僕の周りでも同じで、
「レベルと体力測定を同列に扱うな。阿呆か貴様は」
我らがアナログゲーム同好会、通称アナ同の定席と(勝手に)なっている大学食堂の隅にある柱の影のテーブルで、下郡先輩は大層不機嫌にそう言った。
「体力知力など一時のものよ。老いれば衰え、怠ければ下がる。しかしどうだ。レベルは一度上がればそのままよ。特殊攻撃でも受けん限りは、レベル九十九は九十八には下がらん。であるならば。
レベルアップは己が魂の位階を引き上げた結果なのだ。そして昇華した魂は、より高次元の物理干渉能力を与え、副次的に体力が向上したように見える。
肉も精神も劣化すれど、しかして魂は劣化すまい? つまりゴブリンなりスライムなりを殺滅して得る経験値とは、それ即ち魂の梯子に相違ない」
そう自信満々に言い切ると、それはもう見事なドヤ顔でもってこちらを睥睨する。地顔が理系人間の顔つきをした二枚目なので、そのドヤ顔には愛嬌の欠片もない。実に嫌味な感じでドヤっていらっしゃる。
「なるほど。先輩のレベル観は理解しました。
ですが先輩。なにがしかの生物を殺傷して魂が昇華すると仮定するのなら、それは大量殺人鬼を肯定してしまうことになるのでは」
「む? ふむ、それは気持ちの良いものではないな。……って馬鹿者。ゲームと現実を混同するな。貴様はPTAの回し者か」
あんまりだ。ゲームと現実を混同して議論を始めたのは先輩だろうに。
無言の抗議など知らぬ存ぜぬとでも言いそうな顔で下郡先輩はスマホをいじりだしたので、僕は仕方なく食堂据え付けの大型テレビに視線を向ける。
当然と言えば当然だが、今朝の電波ジャックの特集が組まれているようで、大きなパネルに刺々しい言葉が並んでいる。お祭り気分で悪ふざけするネットとは随分と調子が違う。まあ、テレビ屋さんにとっては忌々しい事件だしね。
カメラが切り替わると、ワイドショーのコメンテーターが、いかにも自分が民衆の代弁者ですとでも言いたげに、感情的な能弁を垂れ始めた。
苦手なタイプの人種だ。横に座るもう一人の評論家がいなければ、僕も先輩に倣ってスマホを取り出しただろう。
遠くに聞こえる緊急車両のサイレンをBGMにして辛抱強く見ていると、やっと順番が回ってきた男性が、
「この事件には不可解な点が二つあります。
まず一つは、確認できているだけでも、G20加盟国の全てで同様の電波ジャックが発生していますが、果たしてそんなことが現実的に可能であるのかという点。
二つ目は、仮に世界的電波ジャックを実行可能な組織が存在するとして、現状、その目的がまったく見えてこないという点です」
流石にこの人は冷静だ。うん、僕も同じ意見。
誰が、何の目的で、どうやったのか。基本的なことだが、基本だからこそ明らかにしてほしい。隠された暗号が込められているのかもしれませんよ、なんて議論はまだ必要ないし、陰謀論や終末論なんて論外だ。テレビでやる話じゃない。
必要なのは客観的な事実のみ。関係者には、どうか粛々と調査を進めてほしい。できれば、僕がこの話題に飽きる前にね。
番組が一区切りついたようなので、飲み物のお替りを貰いに席を立つ。
「お替りしに行きますけど、ホットでいいですか?」
「アイスプリーズ」
アイスね。了解。
僕はコーヒーサーバー……ではなく、ドリンクディスペンサーへ。コーヒーは一杯三百円だけど、こっちなら無料だからね。熱いお茶に砂糖を溶かせば、アジアンテイストっぽくすることもできるしね。
……世間がどうかなんて関係ない。アナログゲーム同好会にとって、アイスとはお冷。ホットがお茶。そういうことになっているのだ。
門外漢からすれば、子供の玩具のようなカードや駒を使うアナログゲームは、さぞお安いと思われがちだが、声を大にして言いたい。
アナログゲームはお金がかかるんだ。おまけに僕たちはTVゲームも大好きだから、もうにっちもさっちもいかない所存。それにしてもサイレンがうるさいな。さっきから鳴りっぱなしじゃないか?
火事でもあったんだろうかと想像しつつ、自分の分のお茶に砂糖を入れようか、それともクリープでも試してみようかと思案していると、
「――レベルが上がると――」
傍のテーブルから、気になる単語が聞こえてきた。
女子学生が二人、声を落として話をしている。周りの雑音で会話の詳細は聞き取りづらいが、出てくる単語から察するに……。
なるほど、僕たち以外にも件の怪放送を見てレベル談議に花を咲かせている殊勝なゲーマーがいたのか、と嬉しくなって耳をそばだてると、こんな会話が聞こえてくる。
「技能点を――」「どれを――」「――ど、戦いに――殺さなきゃ――」「――残酷なこと、で――」
「――、でもやらないと――死にたくな――」
途切れ途切れに漏れ聞こえる単語からして相当に剣呑だが、僕はむしろ嬉しく思う。中々に踏み込んだ考察を交わしているようじゃないか。良きかな良きかな。ゲーマーとはかくあらねば。
僕は足取り軽く席に戻ると、さっそく先輩に報告をする。
「先輩、同好の士を発見しました。女子ですが、中々に見どころありと――先輩?」
けれど先輩は身じろぎ程度の反応すら見せず、石のように固まって。食い入るようにスマホを凝視している。
その様子は明らかに異常で、僕は言葉を詰まらせる。その眼に動揺が、はっきりと見て取れて。声をかけるにも躊躇ってしまう。
先輩は目を閉じて鼻頭に触れる。その間は数秒か、数十秒か。行き交うサイレンの音が嫌に耳に残る。
ややあって、僕は無言で差し出されたスマホを手に取った。
有名な動画投稿サイト。一時停止されている動画には、『モンスター出現か!?』と銘打たれていて。
――その動画の中では。小型犬ほどもあろうかという――非常識なまでに巨大な――
――無数の蟻が、人の肉を食い千切っていた。
「高野よ」
先輩は、お冷を一息に飲み干して、言った。
「どうやらこの世界に、レベル制度が導入されたようだ」
男性キャスター(27)
有名私大卒。入社五年目。
朝の情報番組『始発でドゥーン』の司会を務める。
趣味はボルダリング。