ある剣工の国
青年は諦めたように視線を落とすと、つぶやいた。
「作った剣の試し斬りですよ。印のついた人間ならいくらでも斬っていいって決まりなんです」
そう言いながら首元を指差す。そこには首輪のような印がついていた。
「皆が剣工になるよう、剣工以外は斬るという法律。それがこの剣工の国の掟ってわけです……」
剣工の国。どこよりもすぐれたる刃を生むための国。その自由の実情。剣工の国を存続させるための異常な法律。剣工以外を人と思わない国。それが彼らの訪れた国の在り方。
人を斬る剣工となるか、人を斬らない試し斬りの標的になるか。そんな自由。
斬りたいがゆえに剣工になるか、斬りたくが無いゆえに斬られるか。そんな自由。
「そんなものが自由だなんて……」
小さな魔女見習いは、手にした杖を強く抱きしめる。
「悪いことは言いません、早くこの国を出たほうがいい」
青年の言葉に彼は立ち上がった。
「いくぞ」
「ジョンさん……」
確かに一刻も早く出て行くべきではある。ここにいても、なにもできない。ここにいる人たちが今を変えたいと思わなければ、どうしたって無駄だ。けれど、感情は別。魔女見習いは愛らしい唇を小さくかんだ。
「おい、お前ら」
青年の家をでると、そこにはけばけばしい衣装に身を包んだ者が従者らしき者達を引き連れ、立っていた。王。今の剣工達の国を支配する者。自由を選定した者。
「よそ者だな? この国の掟は知っているか?」
にやにやと下卑た笑みを浮かべ、けばけばしい男は近づいてくる。
「……知らんな」
目の前の王の横、従者の一人へ躊躇うことなく腰の剣をたたきつけた。
「!?」
何の抵抗もすることもできず、従者はただ倒れ付した。切り返し。刃を王へ奔らせると、王は腰の短剣を抜き放つ。
衝撃。
それは受け止められた剣より。瞬間、彼の剣は音を放ってへし折れる。
王の短剣には奇妙な凹凸が並んでいた。
ソードブレイカー。剣を止め、砕くための武器。
一瞬、王の笑いが彼の視界に。剣を亡くした者など恐怖の対象にはならない、そういう笑いだろう。だがそれも一瞬、次の瞬間には従者の一人が彼に向かって剣を振り下ろさんとしている。
剣戟音。
音の根源は剣。従者の剣と、青年の剣がぶつかる音。
「どうして、逃げないんです!?」
青年は声を荒げ、彼に問う。その間にも、次の従者達が迫る。しかしそれらは突如現れた炎に炙られ声ならざる声をあげる。
いつのまにか、彼のすぐそばに魔女が控えていた。彼はいつも通り無感情な顔で、しかし小さな魔女はどこか嬉しそうな顔で同じ言葉を口にする。
「気に入らないからだ」「気に入らないからです」
炎が治まるや否や彼は王の従者達に殴りかかっていく。スマートさも、流麗さもない。ただ握った拳を顔や腹に叩きつけていく。
「なんのためにここにいる? なんのために剣工やめた?」
剣を亡くした者の、そんな愚直な暴力は、従者達には恐ろしく見えた。
「座して死ぬためか? 意地を通して死ぬが誇りか?」
武器が無い。しかし戦う。それが従者達にとって理解できないことであった。戦う牙を持たない獣は狩られる側。それがこの国の常識であり、常であったから。
「だったらそんな意地や誇り、蛆虫にでも食わせてしまえ」
怖気づく従者達に苛立ったか、そこら中から剣を持った者達が現れる。首輪を持たぬ者、剣工達。今の狂気に身を委ねる者達。
「だったらどうしろっていうんです!? 国を変えろとでも言うんですか!?」
「……したいならすればいい」
波のように迫る剣工達を殴り、蹴り、時に切りつけられながら、彼と青年はなおも言葉を交わす。
「そんなことが出来るわけないでしょう!」
「どうせ死ぬんだと諦めるなら、死ぬまで力を尽くせばいい」
周囲は完全に包囲された。剣工の輪の中に、彼と魔女と青年はいる。
「例えば今、このままなら完全に死んでしまいますよね。これから貴方はどうしますか?」
「どうするって……」
「座ってどうぞ殺してくださいと頼みますか? それとも醜くあがいて死にますか?」
「……」
魔女の言葉に彼は言葉を発せ無い。言いたいことは解る。それでも。
「醜くあがくことは辛い。だが、それでも、醜くとも、この心根に殉じる」
遠く、幾つもの足音が聞こえる。
「いつだって死ねる。やれる全てをこなして、完全に追い詰められるまで血反吐でも吐くぐらい全てをやり尽くしてからでも死ねる。どうせ死ぬなら、前を向いて死ね……」
怒号。
剣工の輪を決壊させて彼らの前に現れたのは、首輪を持つ者達。
革命。クーデター。反乱。
その手には剣はない。包丁、農具、掃除道具、 ありとあらゆる剣以外の武器持って、剣工でない者達は立ち上がった。前を向いていくために。 それはただただ純粋な暴力。手にしたもので相対するものを打ち払わんとする暴力。
彼は走った。王の下へ。混乱する王の顔面へと拳を飛ばす。なんでもない、ただまっすぐに握りこぶしを相手に当てる。二発、三発。 容赦はしない。殴り飛ばされ、地面に倒れ付した王の元へと暴力が集まる。
「お二人は行ってください!」
周りは暴動に満ちていた。王亡きこの国に、もう我慢は必要ない。剣工達に虐げられ続けたものたちは徒党を組み、剣工達はその暴力の濁流に恐怖する。
「僕達もこの国を出ます。お二人も心置きなく行ってください」
青年は頬を流れる血を乱暴に拭うと、乱暴な笑みを浮かべた。己の手にしていた剣を鞘に収めると、彼に向かって突き出した。
「持っていってください。僕らの夢を、貴方の夢に付き添わせてやって欲しいんです」
瀟洒な細工が施された鞘が鈍く光った気がした。
「この国は今日で終わるでしょう。ですが、それは貴方が世界を変えて行っている証拠です」
青年の言葉に小さな魔女は口を開こうとしたが、彼がそれを手で制した。青年はそんな様子にふと優しい笑顔を浮かべる。
「いつか貴方が僕達の力が必要なとき、きっとまた会う。これはその誓いと思ってください」
「……ありがたく」
剣を受け取り、深く頭を下げると、男は駆け出した。魔女もそれに続く。走りながら振り返ると、青年へと叫ぶ。
「いつか、いつか、きっと!!」
「ええ、必ず!!」
ある剣工の国で、ある魔王が夢を受け取る。