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セブンスコード  作者: 鳥島飛鳥
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1話 『プロレスラー豊田竜二』(6)

 その光景は今朝見た光景とはかけ離れていた。

 燃える家、逃げ惑う人々。空を舞う見たこともない巨大な『生物』。

 音は悲鳴が聞こえる。あちらこちらから、助けをこう声が、泣き叫ぶ声が、悲痛な声が。

 匂いは酷く鼻につく血の匂い。人が焦げる匂い。


 そう。人が燃えている――。


「な、なんだよ……これは! なにが起きている!」

 俺たちを街まで連れてきたリンガーに掴みかかる。こんなのは知らない。俺の世界には……なかった。少なくとも現代日本には。

 これは喧嘩や人殺しではない――戦争だ。

「隣国、『レインディア』が有するセブンスコードの襲撃だ。レインディアは決断したようだ。セブンスコード同士をぶつける……世界が滅びかねない戦争を」

 無表情に答えるリンガー。怒りを抑え込んでいる様な顔。

「何故だ! 何故こんなことをする!」

「……そんな決まっているじゃないか。そこのお嬢ちゃんがこの場に居るからだ」

「……はっ?」

 リンガーの言葉に間抜けな声が出た。そんな理由で街が、人が死ぬだと……? いや……魅力的なんだ。魅力的で手に入れたいんだ。死者を蘇らせるミセの力を。

 ここまでして。人を殺して。国を巻き込んで。そうまでして手に入れたいんだ。

「狂っている」

「ごめんなさい。私の所為で……」

 ミセは謝る。呆然と無表情で。ただ謝ることしかできないのだ。あの時の俺の様に……。

 さっきまでの自分の考えを持っていたミセは影をひそめ、今いるのは自身が原因になったことにどう責任を取ったらいいのかわからない無力な少女だ。

 俺が――何とかしなくては。それの考えが俺を突き動かす。

「リンガー、援護しろ! セブンスコードを抑える! この戦争を止めてやる!」

「……正気かい? 相手は世界を相手取る力だよ?」

「ああ。残念ながら正気だ。お前らにとってもおいしい話だろ?」

「……仕留められればね。はぁ。どうせ僕はキミには逆らえない」

 ここで俺のリングの効力が利いているのが幸いした。あとは……。

「ミセ。俺はちょっと出かけてくる。その間待っててくれ」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 ミセはひたすら謝り続ける。ミセは己の為に他者が犠牲になることに耐えられるほど強くないのだ。かつての俺と同じように……しかも俺の時とは規模が違う。

「人じゃない……『人々』が死んでいるんだ。こんなの個人が背負える訳ないだろ……! 怜奈。ミセを頼む」

「わかりました……私の死具は籠城戦に適していますから……先輩。もしあたしに悪いと思っているのなら、死なないで下さい。それでチャラにしてあげちゃいます」

「……ああ。約束する」

 怜奈のいつものおちゃらけた様な笑顔。俺はそれを背に戦火に飛び込んでいこうとする。


『お兄さんたちに手間は取らせません』


 その時、不意に後ろから感じた――『死』を。

「……! お、お前は!」

 振り向くとそこには小柄な少女が立っていた。燃える様な赤い髪に赤いドレス。可愛らしい顔。なのに感情が一切見えない表情。歳は怜奈よりもさらに下だ。

「怜奈ぁぁぁぁぁ!!!」

「はい!」

 少女の危険性を素早く察知する俺と怜奈。怜奈は瞬時に魔方陣を展開。マンション内部にミセを隠す。超大型の死具が現れたにも関わらず少女の表情は崩れない。

「なるほど石の城ですか。これがミセ・ガスト・ワンの蘇生召喚ですね」

「壊してみるか? まあ、それを俺が許すと思うなよ? おっさん。悪いけど一緒に戦って貰う」

「冗談きっついな~。相手はセブンスコードだよ?」

 そう言いながらも臨戦態勢を整えるリンガー。こいつはやばい。リンガーも手強かったがこいつは規格外だ。どうにか不意を突ければ……。

「……ふぅ」

 少女は息を軽く吐く。それだけの行動。それだけの行動をした瞬間。

 無数の体長3メートルはあろうドラゴンが俺たちを取り囲んだ。

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 圧倒的な神秘。この死の景色は、ある意味で幻想的だ。

 だってこんな生物を俺は二次元でしか知らない。

「……こいつら見掛け倒しとか?」

「そうだったらどんだけ幸せだろうね~。最強種ドラゴン。あいにくこれが目の前のセブンスコード『グレン・ホタル・シックス』の力『ドラゴンサモナー』だよ』

「……今日は警告です。ガストのお姉さんが投降するのならこれ以上は燃やしません。戦争をするにしてもガストは無傷で手に入れたいそうなので。明日また来ます」

 少女、グレンはそれだけ言うとドラゴンの背に乗り飛びたっていく。

 ――助かった。命が助かった瞬間だ。戦っていたら死んでいた。

 安堵の感情。今俺は死を回避したのだ。それが胸中を駆け巡ると同時に、絶望の感情が押し寄せてきた。


   ◇◇◇


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 ミセは無表情で贖罪の言葉を並べながら街を徘徊する。死者を見つけては蘇生させ、またさまよい。蘇生させる。その繰り返し。ただその繰り返し。

 正直……見てられない。今のミセはただ自分の罪から逃れたいだけだ。

 人を生き返らせるという禁忌の力を持つ重圧に耐えられない。いや……それは誇っていいことだ。それに耐えられる人間など人間じゃない。それこそ神様だ。

 ミセはどこまでも人間なんだ。人間にむいている。

「……蘇生なんて……いつまで続けさせる気だ?」

「リンガーか……いつまでも何も……止められるかよ」

 人を殺してしまった罪悪感というのは簡単に消えるものじゃない。いつまでも纏わりつき、消えてくれない。一種の呪いのようなものだ。

「青年、いいか。抽象的にしか言えなくて悪いが……これはよくないことだ」

「……どうしろっていうんだ? なら、どうしろっていうんだ! 優しい言葉をかけてやれってか! そんなの何にもならない! 今は放っておくしかないんだ!」

 そんなことをしても辛いだけだ。

「僕が言ってるのはそいうことじゃない。お嬢ちゃんは死ぬべきだ……生きていてはいけない」

「……黙れ」

「確かにお嬢ちゃんがこの惨状をやった訳じゃない。でも切っ掛けを作ったのはお嬢ちゃんだ。それがわからないほどキミは馬鹿じゃないだろう……?」

「黙れって言ってるだろ! お前今すぐに崖からヒモなしバンジーさせてやろうか!?」

「なら! キミは蘇生を扱う人間をほっておけというのか! お嬢ちゃんの力はこの世の理を破壊する忌むべき力だ! お前さんは死者を生き変えらせるということの本当の危険性をわかっちゃいない!」

 鬼気迫るリンガーの顔。

 わかってる……わかってる。でもミセは……ミセは!

「……ちっ。あんたそんな顔するのかよ。さっきまでへらへらしてた癖に」

「キャラじゃないのはわかっているけどね。……今の僕はキミの奴隷だ。キミの決断が正しいものだと願っているよ」

 リンガーは自称気味に笑いながら去って行く。

「……」

 リンガーの言いたいことはわかる。俺も誰かを蘇生させたいと願った人間のひとりだ。

 当時……もし前の世界に居たら、俺はミセを利用していただろう。人間の狂気は誰にも止められない。自分自身にも。

それを俺はよく知っている。

「……リュウジ」

「ミセ……終わったのか?」

 ミセは力なく笑い頷く。ボロボロだ。肉体的にではなく精神的に。壊れる一歩手前。それが痛いほどわかる。

「……ミセ。今日は一緒に酒でも……! お、お前……」

 違和感に気が付く。さっきまでのミセとは何かが欠けている。

 生命力そのものがなくなっている様な……考えればミセは死者を蘇生させるという神業を難なくやってのけているのか……? リスクを背負っているのではないか。

「まさかお前……蘇生に寿命を……使ってるのか?」

「……ふん。あなた生命力の感知能力も強いのね……本当にいい拾いもの……」

 諦めた様な笑顔。それが全てを物語っている。

「何年だ! 何年使った!? 俺たちの時も使ったのか!?」

「……そうね。あなたたちを召喚するのに五十年。いまのでざっと五十年。でも、私、ネクロマンサーは魂の寿命が長いから……残りは普通の人間と同じぐらいかな?」

 他人事のように語るミセ。ミセに悪気はない。自分の命の価値が曖昧になっているんだ。それは俺も経験したことがあるからわかる……『自分が死ねばよかった』という自暴自棄。でも傍から見るとこんなにも――腹立たしいことなのか……。

「……」

「あなたたちに使った寿命が多いのは死具を付けたからで――」

「お前はなんでそんな他人事なんだ! なんでそんなに平気な顔をしてられるんだ!」

 俺はミセの肩を掴み叫ぶ。俺が言うことじゃない……自分を棚に上げたクソみたいな叫び。だけど……叫ばずにはいられない。悔しくて……自分が情けなくなってくる。

 なんで止めてやれなかったのだと。『お前は悪くない』と言ってやれなかった?

 俺は俺が情けない。

「ね、ねえ。なんでそんなに怒ってるの? わ、私が命を削ったから? あ、あ、謝るから許して。私を見捨てないで……わ、私にはあなたとレイナしかいないの……」

 今度は弱弱しく泣きじゃくる。子供みたいに。俺はそんなミセを抱きしめる。

「……ミセ。この世界で俺がやりたいことが見つかったよ。お前の能力を悪用しようとしている奴らを全てぶっ飛ばしてやる。そして――お前がこの世界で生きていいと、胸を張れるようにしてやる」

「リュウジ……」

 この少女を自分みたいなクズにはさせない。絶対に世界にミセの居場所を作る。

 これが俺がこの世界で生きる意味だ。


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